とはいえ、ここ最近、岡村は口許にチョコやらクリームやらを付けたままであると、いつもその同じ台詞を口にした。
実は三カ月前ある女性随筆家との打ち合わせをした際、口許のチョコを指摘され「あなたって、可愛いのね」という一言と、母性を感じさせた彼女の笑顔が忘れられなくなっただけの話なのだ。
その女性随筆家というのが、新田(にった)ノノハ、六十五歳。体系はふくよかで薄い唇に真っ赤な口紅を塗り、ボブカットにパーマをあて、ワンピースドレスと真珠のネックレスが印象的で、的確で厳しい評論家としても有名である。
W出版社の編集者一の自由奔放な男、岡村(おかむら)、三十八歳独身。未だ彼女もない彼は、少し変わっている。
叱ると気持ち悪いくらい懐いてくるし、飲み会で泥酔した女編集長の曽野部に睨みつけられ、全員が凍りつくほどの衝撃的な女帝発言を受けた時、彼は「靴を舐めてついていきます!」と間髪入れず答えた、ある意味誰よりもタフな男だった。
「…………お前、今度もまたケーキバイキングなのか?」
「夏に販売される新作ケーキが決定するイベントと重なっていたので、ついでに投票もしておこうかと思いまして」
そう答えながら、岡村がもう一度パーカーの腕袖で唇を拭った。そんな彼のパーカーの肘袖あたりに残るクリームの残骸らしき影を、柳生は己の記憶の中から故意に抹消することにした。
実は三カ月前ある女性随筆家との打ち合わせをした際、口許のチョコを指摘され「あなたって、可愛いのね」という一言と、母性を感じさせた彼女の笑顔が忘れられなくなっただけの話なのだ。
その女性随筆家というのが、新田(にった)ノノハ、六十五歳。体系はふくよかで薄い唇に真っ赤な口紅を塗り、ボブカットにパーマをあて、ワンピースドレスと真珠のネックレスが印象的で、的確で厳しい評論家としても有名である。
W出版社の編集者一の自由奔放な男、岡村(おかむら)、三十八歳独身。未だ彼女もない彼は、少し変わっている。
叱ると気持ち悪いくらい懐いてくるし、飲み会で泥酔した女編集長の曽野部に睨みつけられ、全員が凍りつくほどの衝撃的な女帝発言を受けた時、彼は「靴を舐めてついていきます!」と間髪入れず答えた、ある意味誰よりもタフな男だった。
「…………お前、今度もまたケーキバイキングなのか?」
「夏に販売される新作ケーキが決定するイベントと重なっていたので、ついでに投票もしておこうかと思いまして」
そう答えながら、岡村がもう一度パーカーの腕袖で唇を拭った。そんな彼のパーカーの肘袖あたりに残るクリームの残骸らしき影を、柳生は己の記憶の中から故意に抹消することにした。


