俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

「食べます?」
「菓子は要らんぞ。暇をしているのは、お前の方だろう。私は打ち合わせで来ているんだ」

 柳生は小さく舌打ちしたものの、自分より若い者の意見を聞きたいところではあったので、さりげなく尋ねてみた。

「待ち合わせをしようと思っているのだが、お互いが長らく顔を見せてなくてな。それで、何か目印になるものを身につけようかと考えているんだが……」
「人混みでもお互いが分かりやすいとなると、あまりそこら辺の人とかぶらない服とかがいいですよねぇ。あ、そうだ。赤い帽子とかどうですか? 僕のを貸してあげますよ」

 岡村はそう提案して、嬉しそうにへらりと笑った。
 一体何が可笑しいんだか、と柳生もつい苦笑をこぼしてしまった。全く、お前といると自分の悩みなんて、ちっぽけに思えてくるよ。

             ※

 そして本日、待ち合わせ当日。

 打ち合わせがあった柳生は、待ち合わせの予定時刻の前にと、原稿を携えて出版社を訪れた。次は一泊二日の船旅の取材をしてみないか、と女編集長である曽野部は言った。