俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 その間にも、友人や会社の関係者、警察、彼女と付き合いのある人達や、娘さんのクラスメイト達や教師といった学校関係者達が出入りし、誰も私に一人きりの時間を与えてくれませんでした。


 一緒に暮らし始めて約一年。私の家には、二人の匂いや思い出が、たくさん染みついていました。たった一年ほどしか共に暮らせなかった悲しみと、自分だけ悲惨な事故から生還した絶望が、眠りから目覚めるたび、二人の死を思い出させて私の心を何度も砕いて押し潰しました。

 しばらくは、会社にも行けませんでした。上司は私に気を遣ってくれて、しばらくの間は長期休暇という形で暇をくれました。

 無事に初七日が過ぎてしまった後も、私は目覚めるたび辛い現実を一時忘れ、二人の姿を探したりしました。我が家に似合わぬ仏壇を見つけて、二人の遺影に目を留め、見せつけられた現実を前に一人で泣き続けました。

 事故の際にガラスの破片で瞼の上を切ってしまいましたが、幸いにも神経は無事で眼球にも傷はありませんした。全身打撲と胸骨のわずかなヒビ、車のフロントが大破した衝撃で挟まれた左足も、骨折程度で済んでいました。

 左腕は筋肉を裂くほどの酷い裂傷であったにもかかわらず、手も足も全てリハビリで元に戻ると、医者は告げました。

「運が良かったですね」

 老いた医者は、遠慮がちでしたが、確かにそう言いました。私の身体に、取り返しのつかない故障は一つも残らないのです。けれど神様はどうして、その運を少しでも、彼女と娘さんに分け与えてくれなかったのでしょうか?