俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

――『亡くなってしまった人を私が騙るなど、決して許されないことでしょう。
  許して欲しいという、都合の良いことは望んでおりません。ただ、あなた様に謝罪と、少し長くはなってしまいますが、私の話を聞いて欲しいと思い、こうして手紙をしたためさせて頂きました。』

 柳生は、膝から力が抜けるままソファに腰を落とした。

 それは謝罪から始まる、長い長い告白の手紙だった。

             ◆◆◆

 私は1970年代に山形県で生まれました。父も山形の人間で、大きな農家の次男坊でしたが、山形で旅館を経営している母のもとへ婿養子として嫁ぎ、母方の姓を名乗っています。

 私は末の子でしたので、兄弟の誰よりも自由な暮らしを送っていました。旅館を手伝った記憶はほとんどなく、父の実家である大きな農園によく遊びに行って、ちょっとした手伝いだけで果物を食べたり、日常生活を満喫していたと思います。

 私は隣の県の大学へと進み、そのままそちらで就職もしましたが、長男と次男は地元に残り、現在は共同で両親の旅館を経営しております。