俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 いや、しかし奴も大人である。緊急の連絡だったら困るだろう。数日前に渡した別件の食事処の随筆の件も脳裏に浮かび、柳生は電話に出た。

「柳生だが。こんな時間に一体なんの用だ?」
「あぇ? う~ん…………まちがえた…………………」

 岡村の眠たげな声が「むにゃむにゃ」と電話越しに続いたかと思うと、続いてプツリと通信が途切れた。

 しばし柳生は「ツーツーツー」と鳴る携帯電話を見下ろし、ゆっくり頭の中で現状を思い返した。つまり、あの男はあろうことか、寝ぼけて間違え電話を掛けてきたのだろう。

 途端に彼は「この野郎!」と携帯電話を床に叩きつけていた。防水タイプで頑丈なボディを持った携帯電話は、そのまま床をバウンドして柳生の脛をしたたかに打ち、言葉にならない激しい痛みに襲われて一人で悶絶した。

 一睡もしていない状態だったので、その痛みだけで彼の脳が完全に覚醒することはなかった。じんじんと続く鈍い痛みと、辛い眠気が思考の半分以上を占めていた。