俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 帰宅後は室内に冷房をかけて、すぐにシャワーを浴びた。冷蔵庫に入っているビールに目を留めた時、タイミングを計ったように付き合いが長いW出版の女編集長、曽野部から電話があった。

 彼女は、岡村に原稿を取りに行かせたのだが来たか、と尋ねてきた。先程まで出掛けていたのだと柳生が答えると、溜息が返ってきた。どうやら、岡村は不在であることをいいことに、色々と理由をつけてどこかに寄り道でもしているらしい。

「全く、岡村君には困ったものだわ」
「あいつは、あまり仕事がないのか?」
「いいえ、一応きちんと仕事はしてもらっているのよ。……まあ確かに仕事の量は少ないし、うちの部署では一番、時間を自由に使っている社員ではあるけれど」

 だって、そういう相手が必要でしょう。私では頭が固すぎて無理なことだもの……と独り言のように続けた曽野部は、ハッとした様子で咳払いを一つした。

「忙しくなったら、とことん使ってやるつもりだから、いいのよ」