俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 元妻から届けられる手紙には、自分達は元気に暮らしているというようなことが、素っ気なく短かく書かれているだけだった。わざわざ手紙を送るような用件でもないし、つまりは離婚して幸せになったと言いたいのだろうか、と嫌がらせの可能性を少し考えた。

 ならば気が済めばやめるのだろう。そもそも、別に手紙を送り返す必要もないとそのまま放っておいていたら、その数年後、娘本人から早々に結婚したという手紙が届いた。今は大きな葡萄園を持った跡取り息子の嫁なのだという。

 柳生は、妻や娘と過ごす時間をあまり多く持たなかった。とはいえ、娘から結婚の知らせを受けた時、そういえば彼女が昔、テレビを眺めながら「いつか農家のお嫁さんになるんだ」と言っていたことを思い出してもいた。

 そんなの苦労するだけだ、大学に行って公務員になれ――そう忠告したら、聞こえない振りをされてしまった。その時に見た、まだ中学生だったあどけない娘の、どこか大人び始めた穏やかな横顔が、何故か今でも頭を離れないでいる。

 娘を見たのは、妻の車に乗り込んだ姿が最後だった。当時は中学二年生であったが、現在は二十四歳で、手紙によれば第一子にも恵まれたらしい。