結局フィナーレは多くの友達たちと見ることができた。連続して大ぶりの花火が上がる様子は圧巻で、全て忘れて見入ることができた。
 夏祭りが終わって、片付けはいいからと琥珀に背を押され、藍は桃真の元を訪ねていた。琥珀の、稲荷神社の横の豪邸、という言葉に間違いはなかった。『大神』と書かれた表札の下に設置されたインターホンに、震える指を伸ばす。
 夜遅いのに、大丈夫かなあ。なんて失礼なんだ! って言われたりして、稲荷神の生贄に、なんて。
 と、恐ろしい妄想をしたときにはすでに、夜の道路に明るいチャイムが響いていた。
『はいはい?』
 女性の声が応答した。お母さんだろうか。はっとカメラがついていることに気づいて、必死に声を平にし無害な笑みを浮かべる。
「桃真くんいますか?」
『あらっ、相生さんかしらもしかして』
 どうやら伝わっているらしい。こうなると話は早い。
「あ、はい。熱が出たと聞いて。お見舞い、です」
『あらまあご丁寧に。今は元気なのよ。ありがとうね』
 少し、相手の声が遠ざかって。
『桃真〜』
『んー誰?』
『相生さんよ』『えっ』『行っておいで、遅くなってもいいから』
『ちょっ・・・・・・母さん』
 照れたなこれは。
 向こうの様子は見えないが、直感的に思った。ふっと顔の強張りが、内側から溶けた。
 間もなく、ばたばたばたと騒がしく足音がしたかと思うと遠ざかり、どたん! と一度轟音が鳴った。驚きつつも少し待っているとドアが開いた。
「っはあ、相生さん?」
「・・・・・・大丈夫そう?」
 多分、パジャマ姿とかだったんだろうけど。私が来たということで急いで着替えたんだろうけど。
 即席で着たであろうパーカーはくしゃくしゃだし。耳とか尻尾が半透明で透けて見えるし。いやヤバいだろ。何気に足庇って痛そうだし、派手に転けたことだけがわかった。
「あっ、あっ、ああ。ああ、平気だ」
 表情を訝しむ風に作ってじーっと眺め回していると、桃真はまず他人に見られてはまずい諸々を消し、パーカーを軽く引っ張って全く意味がなさそうなシワ取りをした。
「そっか。手持ち花火。持ってきた」
 途中、コンビニで買ってきたそれをひょいっと持ち上げ彼に見せる。
「やらない?」
「やる」
 即答だ。
「トリの線香花火は負けた方どっかで奢ろう。というか・・・・・・どこでしよう」
 高校生とはいえど未成年だけで花火をしていいものか。火遊びの分類である。
「そりゃ稲荷神社一択だろ」
「三択ぐらいあると思うけど」
「・・・・・・たとえば?」
「稲荷神社、公園、それから──皆誘って道路でやる!」
 最後の選択肢は苦し紛れに適当にひねり出した。案の定ツッコまれる。
「最後はほぼ不良だろ。稲荷神社なら下手に燃えたりしないから、大丈夫。うちからも見れるし」
 街灯の下で笑顔を見れて安心した。どうやら本当に元気らしい。
「じゃあ、行こう」
「俺、蝋燭取ってくる。バケツは?」
「え、いるんだっけ。ライターはあるけど」
 火元もバケツも、失念していた。よく考えればライターから直に火をつけるのは危ない。ものによっては勢いよく花火が飛び出すだろう。火傷確定の遊びなんて地獄にもほどがある。
 桃真が心底呆れた顔になった。
「燃え尽きた花火どうするんだよ」
「あ〜・・・・・・どうにかなるかな」
「何年人間やってるんだよ」
 多分普段聞かれないことを大真面目に聞かれた。
「一応、十六年。桃真は?」
「俺・・・・・・も十六。人間としては」
「同い年じゃんっ」
 鋭くツッコむ。いかにもバカにしたような声だったから、もしや一年多いのかもなんて思ったのに同い年である。
 が、桃真の話には続きがあった。
「その前にまあ千年弱狐として」
「えっ?」
 今とんでもない数字が聞こえた気がするのだが。
 せん・・・・・・? ってなんだっけ?
「じゃ、取ってくる。先行っといてくれ」
 聞き返す暇もなく、桃真の背中は玄関に消えた。
***