窓から差し込む西陽が傾いてきて、晴音の横顔がオレンジ味を帯びていく。



「だから、怖かったんだ」



 君を、失うことが。
 あの時と同じように、包んだ手のひらから、大事な何かが溢れてしまうことが。

 僕の声が、病室に、融けてゆく。
 黙りこくっている晴音。

 僕も、これ以上何かを喋る気は起きなくて、ぼんやりと、ベッド脇の花籠を見つめる。


 元気になってね、の文字が書かれた可愛らしいデザインのカード。
 それを目にするだけで、彼女が、晴音が、いかに皆から愛されているのかが伝わってくる。



「……“ありがとう”」



 向こうをむいたまま、彼女はそっと、ささやいた。



「教えてくれて、ありがとう」



 静かに、鼻をすする音が聴こえた。

 ふと、頬に熱を感じて手をやる。
 久しぶりの感情が、気づかぬうちに、溢れていた。



「会わないほうが、いいと思った。もう一度、大切な人の最期なんて見たら、抑えられる自信がなかった」



 ゆっくりと、僕はパイプ椅子から立ち上がる。
 夕焼け小焼けのメロディが、どこからともなく聴こえてきた。



「……自信なんて、私もないよ」

 

 病室のドアノブに手を掛けた僕に、いつものあの口調で、晴音は言った。




「死ぬ覚悟、実はまだ、できてないんだ」




 ぴたりと、踏み出しかけた足が止まる。

 無性に、振り向きたくなった。
 どうせあの時のように、泣きながら、笑っているんだろう。

 晴音のそういうところが何よりも嫌いで、痛々しくて、愛おしかった。


 だから。
 ……だから。


************************************************


 思えば。
 芽依も晴音も、妙にしっかりしているくせに。

 根も葉もない迷信を、いつも、信じていた。


************************************************