あれは、僕がまだ小学校に通っていた頃。
 一人の転校生が、まだ幼かった僕のクラスに編入してきた。



田河(たがわ)芽依(めい)です。よろしくお願いします』



 自分たちと同級生のはずなのに、まとっている空気は他の誰よりも大人びていた。

 綺麗なコだな。
 それが、芽依への第一印象だった。

 
 より距離が縮まったのは、放課後のうさぎ小屋。


『あれ、今日当番だったっけ?』
『……いつの間に』


 勢いよく振り返った彼女は、珍しく、切れ長の目をまん丸にしていた。

 職員室へプリントを届けに行った帰り。
 たまたまうさぎ小屋に人影が見えたので、気になって立ち寄ってみたのだった。


 少しむわっと暑い空気に顔をしかめながら、僕は無粋にも尋ねた。



『今日は確か、奈波(ななみ)ちゃんたちの番じゃなかったっけ』
『……帰ったよ。遊ぶ約束、してるんだって』



 一瞬、彼女の瞳が翳ったかと思うと、次には何事もなかったかのように元に戻っていた。

 小屋越しに、遠くで騒ぐコたちの声が聴こえる。



『――うさぎってさ、寂しいと死んじゃうんだって』



 ぽつりと、彼女がつぶやく。
 まるで、孤独であることを嘆くような。
 無性に抱きしめたくなるような声だったのを、覚えている。



『仲間と一緒に行動していないと、寂しくて生きていられないんだって』



 まるで、私みたい。
 そんな心の声が聴こえてきたような気がして、だからこそ、僕はあの時、あんな言葉を彼女にかけたのだと思う。


 じゃあ、芽依ちゃんは生きていけるね、と。


 ど、う、し、て。
 口の動きだけでこぼれ落ちた彼女の声に、僕はいたって純粋な心でこたえた。



『だって、芽依ちゃんには僕がいるでしょう?ほら、寂しくないよ』
『……颯、くん』



 初めて、交差した視線。
 彼女の唇は、注意して見ないと気づかないほどに、小さく震えていた。



『……そうだね。寂しくないよ』
『僕がいるから。みんながいるから』
『うん』
『うん』



 真っ白な一匹のうさぎが、うなずきあう僕らを不思議そうな目で見上げていた。





 それから、一ヶ月。
 彼女は持病で亡くなった。