寂しい姿の木々が、一、二本、窓の外に見える。

 こんな虚しい風景を、秋の終わりの頃から毎日見ていたのかと思うと、なんともいえない感情が僕を襲った。



「久しぶり」
「……来たんだ」



 躊躇いがちに、お互いぎこちない挨拶を交わす。

 ベッドに腰掛けている晴音。
 ぼんやりと窓を見つめるその瞳には、一体何が映っていたのだろう。


 晴音は、事前に聞いていたとおり、少し、でも確実に、腕や足が細くなっていた。


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美影(みかげ)さんは、お家のご都合で転校することになったそうです』



 朝学活。
 突然担任の口から告げられた一言に、まだ寝ぼけ眼だった僕は一気に目が覚めた。



『今日は引っ越しのご準備をされているとのことでお休みですが、さいごに会えた時は、ぜひお別れを言っておいてくださいね』



 引っ越し。
 引っ越し。
 引っ越し――。

 …………引っ越し?

 何テンポか遅れて、やっと理解が追いついてきた僕の脳を待ってはくれず、話題は来月に迫るテストへと移っていってしまう。



『あの晴音が、引っ越し?』



 後ろの方から、思わずといったつぶやきが小さくきこえた。


 お家のご都合で。
 なんて都合のいい言葉だろう。


 ぽっかりと空いている、窓際の二列目。

 突然の引っ越し。
 初めての欠席。
 誰にも、何も告げずに。


 その三条件がそろうことが、一体何を示しているのか。
 そんなことは、容易にわかってしまった。

 わかってしまった、から。



『先生。あの、少しお話が』
『……成松さん?どうかしましたか』



 柄にもなく、朝学活を終えて出ていった先生を呼び止めていた。



『あの、晴……美影、さんのことで』



 晴音の名前を出した時、一瞬、先生の顔がこわばったような気がした。

 そんな気がして、胸のざわめきが、どんどんと膨らんでいく。



『ああ、美影さんのことね。何かあった?』
『いえ、……その』



 何かを確かめたくて呼び止めたはずなのに、いざ対峙すると、思ったように言いたい言葉が出てこなかった。

 その代わりに出てきたのは、



『 “ さいご(・・・)に会えたら ” って、どういう意味の、さいごですか』



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 もしかしたら。
 過去の自分を、吹っ切るチャンスになるかもしれない。

 そんな不純な思いで、気づけば、晴音の告白を了承していた。


 わかっていた。
 覚悟はしていた。

 だけれど。本当に、本当に少しだけ。

 心のどこかでは、実は晴音が嘘をついているんじゃないかって、期待をしてしまっていたんだ――。


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「来ないと思ってた」
「……ごめん」



 目を、そらしていて。

 最後まで言わなかったのに、彼女は気まずげに視線をそらした。


 流れる沈黙。
 二人きりの、病室。

 まさかこんな形でまた二人きりになるとは、想像していなかった。
 いや、心のどこかでは、していた、のかもしれない。

 だから、今日までここに、この病室に、足を向けることができなかった。



「何しに、来たの」



 どこか突き放すような声が、空気を切り裂く。

 引っ越すと告げられたあの日。
 晴音の両親から、なんとか事情を聞き出したあの日。
 もう、長くはないと、知ってしまったあの日。

 僕は、ただただ恐ろしかった。




「晴音の“ありがとう”が、聴きたい」



 もう一度(・・・・)大切な誰かを失ってしまう(・・・・・・・・・・・・)ことが。



「ここに来れなかったこと、少し、言い訳させて」
「……は、」



 晴音のかわいた声が、広い病室によく響いた。