寂しい姿の木々が、一、二本、窓の外に見える。
こんな虚しい風景を、秋の終わりの頃から毎日見ていたのかと思うと、なんともいえない感情が僕を襲った。
「久しぶり」
「……来たんだ」
躊躇いがちに、お互いぎこちない挨拶を交わす。
ベッドに腰掛けている晴音。
ぼんやりと窓を見つめるその瞳には、一体何が映っていたのだろう。
晴音は、事前に聞いていたとおり、少し、でも確実に、腕や足が細くなっていた。
************************************************
『美影さんは、お家のご都合で転校することになったそうです』
朝学活。
突然担任の口から告げられた一言に、まだ寝ぼけ眼だった僕は一気に目が覚めた。
『今日は引っ越しのご準備をされているとのことでお休みですが、さいごに会えた時は、ぜひお別れを言っておいてくださいね』
引っ越し。
引っ越し。
引っ越し――。
…………引っ越し?
何テンポか遅れて、やっと理解が追いついてきた僕の脳を待ってはくれず、話題は来月に迫るテストへと移っていってしまう。
『あの晴音が、引っ越し?』
後ろの方から、思わずといったつぶやきが小さくきこえた。
お家のご都合で。
なんて都合のいい言葉だろう。
ぽっかりと空いている、窓際の二列目。
突然の引っ越し。
初めての欠席。
誰にも、何も告げずに。
その三条件がそろうことが、一体何を示しているのか。
そんなことは、容易にわかってしまった。
わかってしまった、から。
『先生。あの、少しお話が』
『……成松さん?どうかしましたか』
柄にもなく、朝学活を終えて出ていった先生を呼び止めていた。
『あの、晴……美影、さんのことで』
晴音の名前を出した時、一瞬、先生の顔がこわばったような気がした。
そんな気がして、胸のざわめきが、どんどんと膨らんでいく。
『ああ、美影さんのことね。何かあった?』
『いえ、……その』
何かを確かめたくて呼び止めたはずなのに、いざ対峙すると、思ったように言いたい言葉が出てこなかった。
その代わりに出てきたのは、
『 “ さいごに会えたら ” って、どういう意味の、さいごですか』
************************************************
もしかしたら。
過去の自分を、吹っ切るチャンスになるかもしれない。
そんな不純な思いで、気づけば、晴音の告白を了承していた。
わかっていた。
覚悟はしていた。
だけれど。本当に、本当に少しだけ。
心のどこかでは、実は晴音が嘘をついているんじゃないかって、期待をしてしまっていたんだ――。
************************************************
「来ないと思ってた」
「……ごめん」
目を、そらしていて。
最後まで言わなかったのに、彼女は気まずげに視線をそらした。
流れる沈黙。
二人きりの、病室。
まさかこんな形でまた二人きりになるとは、想像していなかった。
いや、心のどこかでは、していた、のかもしれない。
だから、今日までここに、この病室に、足を向けることができなかった。
「何しに、来たの」
どこか突き放すような声が、空気を切り裂く。
引っ越すと告げられたあの日。
晴音の両親から、なんとか事情を聞き出したあの日。
もう、長くはないと、知ってしまったあの日。
僕は、ただただ恐ろしかった。
「晴音の“ありがとう”が、聴きたい」
もう一度、大切な誰かを失ってしまうことが。
「ここに来れなかったこと、少し、言い訳させて」
「……は、」
晴音のかわいた声が、広い病室によく響いた。
こんな虚しい風景を、秋の終わりの頃から毎日見ていたのかと思うと、なんともいえない感情が僕を襲った。
「久しぶり」
「……来たんだ」
躊躇いがちに、お互いぎこちない挨拶を交わす。
ベッドに腰掛けている晴音。
ぼんやりと窓を見つめるその瞳には、一体何が映っていたのだろう。
晴音は、事前に聞いていたとおり、少し、でも確実に、腕や足が細くなっていた。
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『美影さんは、お家のご都合で転校することになったそうです』
朝学活。
突然担任の口から告げられた一言に、まだ寝ぼけ眼だった僕は一気に目が覚めた。
『今日は引っ越しのご準備をされているとのことでお休みですが、さいごに会えた時は、ぜひお別れを言っておいてくださいね』
引っ越し。
引っ越し。
引っ越し――。
…………引っ越し?
何テンポか遅れて、やっと理解が追いついてきた僕の脳を待ってはくれず、話題は来月に迫るテストへと移っていってしまう。
『あの晴音が、引っ越し?』
後ろの方から、思わずといったつぶやきが小さくきこえた。
お家のご都合で。
なんて都合のいい言葉だろう。
ぽっかりと空いている、窓際の二列目。
突然の引っ越し。
初めての欠席。
誰にも、何も告げずに。
その三条件がそろうことが、一体何を示しているのか。
そんなことは、容易にわかってしまった。
わかってしまった、から。
『先生。あの、少しお話が』
『……成松さん?どうかしましたか』
柄にもなく、朝学活を終えて出ていった先生を呼び止めていた。
『あの、晴……美影、さんのことで』
晴音の名前を出した時、一瞬、先生の顔がこわばったような気がした。
そんな気がして、胸のざわめきが、どんどんと膨らんでいく。
『ああ、美影さんのことね。何かあった?』
『いえ、……その』
何かを確かめたくて呼び止めたはずなのに、いざ対峙すると、思ったように言いたい言葉が出てこなかった。
その代わりに出てきたのは、
『 “ さいごに会えたら ” って、どういう意味の、さいごですか』
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もしかしたら。
過去の自分を、吹っ切るチャンスになるかもしれない。
そんな不純な思いで、気づけば、晴音の告白を了承していた。
わかっていた。
覚悟はしていた。
だけれど。本当に、本当に少しだけ。
心のどこかでは、実は晴音が嘘をついているんじゃないかって、期待をしてしまっていたんだ――。
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「来ないと思ってた」
「……ごめん」
目を、そらしていて。
最後まで言わなかったのに、彼女は気まずげに視線をそらした。
流れる沈黙。
二人きりの、病室。
まさかこんな形でまた二人きりになるとは、想像していなかった。
いや、心のどこかでは、していた、のかもしれない。
だから、今日までここに、この病室に、足を向けることができなかった。
「何しに、来たの」
どこか突き放すような声が、空気を切り裂く。
引っ越すと告げられたあの日。
晴音の両親から、なんとか事情を聞き出したあの日。
もう、長くはないと、知ってしまったあの日。
僕は、ただただ恐ろしかった。
「晴音の“ありがとう”が、聴きたい」
もう一度、大切な誰かを失ってしまうことが。
「ここに来れなかったこと、少し、言い訳させて」
「……は、」
晴音のかわいた声が、広い病室によく響いた。