翌週の水曜日、水谷に会ったら何を言えばいいのだろうと不安に過ごしたが、杞憂だった。自動販売機の前に立っていたのは桧山だったのだ。
「清野さん」
 複雑な思いを抱えながら会釈だけして通り過ぎようとすると、呼び止められた。しぶしぶ足を止め、桧山に顔を向ける。桧山は眉間にしわを寄せていた。
「前も言ったよね。ここは生徒会室から丸見えだって。最近、慎之介と仲良くしすぎなんじゃない?」
 明らかなけん制だ。「負け試合だ、挑戦したら傷つく」。脳裏によぎった。
「先週、聞いてたんですか」
 ゆっくりと口を動かした。
「さすがに声は聞こえないけど、雰囲気でなんとなく分かるでしょ」
「雰囲気」
 ただ復唱しただけなのに、桧山の気に障ったみたいだ。
「なによ。水曜日、たった数分ここでお喋りしてるだけのあなたが、生意気にあたしにたてつくの? あたしと慎之介は、小さい時からずっと一緒なんだから。慎之介のことならきっと誰よりも分かってる。もしかしたら慎之介よりも、あたしの方が」
 桧山が距離を詰めてきたので、一歩後ずさった。戦うな、と脳内では警告音が鳴っている。でも。
「『週一回、数分しかお喋りしていない後輩』がそんなに気になりますか? 水谷先輩がとられそうだから?」
 ここは水谷が「苦手を無理に克服する必要はない」と言ってくれた大切な場所で、それをつまらないマウントの記憶で塗り替えられるのが嫌だった。だから言い返してしまった。
「水谷先輩は、桧山先輩と『付き合ってない』と言ってました」
「は? だったら何?」
 大きな目に睨まれると迫力が違う。ひるみそうになるが、ここで引いたら水谷の「生徒会長に立候補したことを後悔している」という告白すらもなかったことにされてしまうような気がして、頑張って桧山の目を見返した。
「恋人でもないあなたに、水谷先輩の交友関係を制限する権利はありませんよね」
「あんた、全然引っ込み思案じゃないよ」
 桧山の冷たい声に、背中に寒気が走った。
『また失敗するんじゃないかと思うと何も話せなくなるんです。この引っ込み思案な性格をなんとかしたいです』
 先週の水曜日、水谷に伝えた言葉だ。聞こえないと言いつつ、本当は全部聞いていたんじゃないかと思う。あるいは水谷が教えたのか。どちらにせよ、分が悪いのは杏実だ。リュックを背負いなおし、「帰ります」と呟くと、桧山は口の端を釣り上げ、ひらりと手を振った。
「気をつけて帰ってね。ああそうだ、一つ教えてあげる。今度から飲み物は先生が買ってきてくれることになったの。自販機で買うより、スーパーで二リットルのペットボトルを買う方が安いから。慎之介も会長の仕事が忙しくなってきたし。だから、水曜日に待ってても無駄だからね」
 それには答えず、杏実は学校をあとにした。桧山の言った通り、水谷と会うことはなくなった。自分たちはこんなにも儚い関係性だったのだと思い知らされた。