金曜日の放課後、部活を終えて下駄箱を開けると、たたんだ白いルーズリーフが入っていた。正確に言えば、ルーズリーフを貼ったり折ったりして作った封筒だった。表には「清野さんへ」と書道のお手本のような楷書で書いてある。差出人はと思ってひっくり返すと、意外な名前があった。
「水谷先輩?」
呟いてしまってから、きょろきょろと周りの様子を確認した。なんとなくこのことは誰にも知られてはいけないと思ったからだった。
「あずー、早く帰ろー」
同じ調理部の友人の声が、背後から聞こえてきて、杏実はブレザーのポケットに手紙を突っ込んだ。友人は隣のクラスなので、下駄箱が通路を挟んで向こう側にあるのだ。
頷きかけたが、昨日のことが気にかかった。桧山は水谷にジャージを返してくれただろうか。どんな会話を交わしたのだろうか。水谷に会いに行くのを怖がって、杏実が桧山に託したのだと思われていないだろうか。
「ごめん、忘れ物っ。先帰ってて」
中に何が書いてあるのか気になる。とにかく一人になりたかった。
「えっ、待ってるよ」
「いいから! ばいばい」
友人が外履きを脱ぐより早く、来た道を走って戻った。
「なんで、そんなに急ぐの? なんかあったんでしょ」
バタバタと追いかけてくる音がする。杏実は角を曲がったところにある女子トイレに駆け込み、個室の鍵を閉めた。
口を両手でおさえ、乱れた息を殺す。
「そんなにヤバかったの? 忘れ物なんて嘘つかなくていいのに。昇降口で待ってるからね」
トイレに入るところは見られてしまったみたいで、外から友人の声がした。幸いにも中には入ってこない。急に便意を催したと思われてしまった。とっさにトイレに入ってしまったことを後悔したが、もうどうしようもない。
便座の蓋を閉め、その上にリュックを置いた。ブレザーのポケットから手紙を取り出した。封を開けようとしたが、きっちりとのり付けされていて開かない。杏実は封筒の上部を手でちぎって中身を取り出した。入っていたのは四つ折りされたルーズリーフ。開くと、表書きと同じく綺麗な字が並んでいた。
『清野さんへ
ジャージを迅速に返してくれてありがとう。あと、お釣りも。僕が気づいていなかったのだから、持ち帰ってしまっても良かったのに、そうしなかった君の心はとても綺麗なのだと思います。
本来ならば直接会って君にお礼を伝えるのが一番なのだけど、今日は予定があって早く帰らなければならないのと、来週の水曜日だと遅すぎると思ったので、こうして手紙を書きました。
まずはお礼まで。また水曜日に。
水谷慎之介』
思わず持っていた手に力がこもり、手紙にしわができた。慌てて伸ばす。
また水曜日に。
水谷の字を指でなぞる。偶然会っているだけだと思っていた。彼は違ったのだ。水曜日は杏実と会う日だと認識してくれていた。
ルーズリーフを元の通りに折りたたみ、封筒にしまった。リュックのファスナーを開け、縦向きに入れた教科書類の中から、一番分厚かった国語便覧を選び出す。真ん中あたりを開き、手紙を挟んだ。現代文の教科書とノートの間に手を差し込み、できた隙間に便覧を置くようにして入れた。ファスナーを閉める。いつも通りにしているつもりが、少しだけ時間をかけて丁寧に閉めていることに気づいてしまった。
リュックを背負い、個室の鍵を開ける。リュックは水谷からの手紙のぶん重くなったはずなのに、杏実の足取りは軽かった。
「水谷先輩?」
呟いてしまってから、きょろきょろと周りの様子を確認した。なんとなくこのことは誰にも知られてはいけないと思ったからだった。
「あずー、早く帰ろー」
同じ調理部の友人の声が、背後から聞こえてきて、杏実はブレザーのポケットに手紙を突っ込んだ。友人は隣のクラスなので、下駄箱が通路を挟んで向こう側にあるのだ。
頷きかけたが、昨日のことが気にかかった。桧山は水谷にジャージを返してくれただろうか。どんな会話を交わしたのだろうか。水谷に会いに行くのを怖がって、杏実が桧山に託したのだと思われていないだろうか。
「ごめん、忘れ物っ。先帰ってて」
中に何が書いてあるのか気になる。とにかく一人になりたかった。
「えっ、待ってるよ」
「いいから! ばいばい」
友人が外履きを脱ぐより早く、来た道を走って戻った。
「なんで、そんなに急ぐの? なんかあったんでしょ」
バタバタと追いかけてくる音がする。杏実は角を曲がったところにある女子トイレに駆け込み、個室の鍵を閉めた。
口を両手でおさえ、乱れた息を殺す。
「そんなにヤバかったの? 忘れ物なんて嘘つかなくていいのに。昇降口で待ってるからね」
トイレに入るところは見られてしまったみたいで、外から友人の声がした。幸いにも中には入ってこない。急に便意を催したと思われてしまった。とっさにトイレに入ってしまったことを後悔したが、もうどうしようもない。
便座の蓋を閉め、その上にリュックを置いた。ブレザーのポケットから手紙を取り出した。封を開けようとしたが、きっちりとのり付けされていて開かない。杏実は封筒の上部を手でちぎって中身を取り出した。入っていたのは四つ折りされたルーズリーフ。開くと、表書きと同じく綺麗な字が並んでいた。
『清野さんへ
ジャージを迅速に返してくれてありがとう。あと、お釣りも。僕が気づいていなかったのだから、持ち帰ってしまっても良かったのに、そうしなかった君の心はとても綺麗なのだと思います。
本来ならば直接会って君にお礼を伝えるのが一番なのだけど、今日は予定があって早く帰らなければならないのと、来週の水曜日だと遅すぎると思ったので、こうして手紙を書きました。
まずはお礼まで。また水曜日に。
水谷慎之介』
思わず持っていた手に力がこもり、手紙にしわができた。慌てて伸ばす。
また水曜日に。
水谷の字を指でなぞる。偶然会っているだけだと思っていた。彼は違ったのだ。水曜日は杏実と会う日だと認識してくれていた。
ルーズリーフを元の通りに折りたたみ、封筒にしまった。リュックのファスナーを開け、縦向きに入れた教科書類の中から、一番分厚かった国語便覧を選び出す。真ん中あたりを開き、手紙を挟んだ。現代文の教科書とノートの間に手を差し込み、できた隙間に便覧を置くようにして入れた。ファスナーを閉める。いつも通りにしているつもりが、少しだけ時間をかけて丁寧に閉めていることに気づいてしまった。
リュックを背負い、個室の鍵を開ける。リュックは水谷からの手紙のぶん重くなったはずなのに、杏実の足取りは軽かった。