いつでもいいとは言われたものの、名前入りのジャージを家に置いておけば、母に余計な詮索をされるリスクがある。翌日返そう、と借りた時から心に決めていた。ジャージと釣り銭を入れた封筒を紙袋に詰め、学校に向かった。
教室に荷物を置き、水谷のクラスに行く途中の階段で桧山とすれ違った。目が合ったのでなんとなく会釈をして通り過ぎようとすると、早口で言われた。
「昨日、慎之介くんからジャージ借りてた二年生でしょ」
とても低い声、杏実のことを快く思っていないことを示すような声だった。杏実は一瞬で体が冷たくなっていくのを感じ、足が動かなくなった。
「見てたんですか」
自分の声がわずかに揺れていることに気づく。桧山はにこりともせずに答えた。
「自販機、生徒会室の真下だからさ、見ようとしなくても見えんの。それ、慎之介くんのジャージでしょ? あたし返しとくよ」
桧山の手が紙袋に伸びた。とっさに背中に隠すと、舌打ちされた。怖かったが、それを悟られてはいけないと思った杏実は、まっすぐに目を見て答えた。
「私が借りたものなので、私が責任持って返します」
「あなた、名前は?」
「清野杏実です」
「清野さんね」
桧山の口角が上がった。上から下まで、じっくりと値踏みするような視線を送られ、気分が悪い。
「髪型はセミロング、スカートは膝下、ナチュラルメイクというか、ただ薄いだけの化粧。あなたみたいな『普通』のおとなしめな女子生徒は、慎之介の隣にふさわしくない。付き合ったとしても共倒れになるだけ」
最後の言葉に固まった。
――どういうこと? 桧山先輩は、私が水谷先輩を好きだって思ってるってこと?
ぐるぐると考えが回っている間に、背中から紙袋を抜き取られた。
「じゃ、返しとくね。二年生の清野さんは、三年生の教室に来るのは緊張するでしょうから」
嬉しそうな笑みを浮かべ、桧山が階段を登っていった。その背中を見ながら思う。
――私、水谷先輩のことが好きなの?
桧山の姿が見えなくなっても、自分の教室に帰っても、答えは出なかった。
教室に荷物を置き、水谷のクラスに行く途中の階段で桧山とすれ違った。目が合ったのでなんとなく会釈をして通り過ぎようとすると、早口で言われた。
「昨日、慎之介くんからジャージ借りてた二年生でしょ」
とても低い声、杏実のことを快く思っていないことを示すような声だった。杏実は一瞬で体が冷たくなっていくのを感じ、足が動かなくなった。
「見てたんですか」
自分の声がわずかに揺れていることに気づく。桧山はにこりともせずに答えた。
「自販機、生徒会室の真下だからさ、見ようとしなくても見えんの。それ、慎之介くんのジャージでしょ? あたし返しとくよ」
桧山の手が紙袋に伸びた。とっさに背中に隠すと、舌打ちされた。怖かったが、それを悟られてはいけないと思った杏実は、まっすぐに目を見て答えた。
「私が借りたものなので、私が責任持って返します」
「あなた、名前は?」
「清野杏実です」
「清野さんね」
桧山の口角が上がった。上から下まで、じっくりと値踏みするような視線を送られ、気分が悪い。
「髪型はセミロング、スカートは膝下、ナチュラルメイクというか、ただ薄いだけの化粧。あなたみたいな『普通』のおとなしめな女子生徒は、慎之介の隣にふさわしくない。付き合ったとしても共倒れになるだけ」
最後の言葉に固まった。
――どういうこと? 桧山先輩は、私が水谷先輩を好きだって思ってるってこと?
ぐるぐると考えが回っている間に、背中から紙袋を抜き取られた。
「じゃ、返しとくね。二年生の清野さんは、三年生の教室に来るのは緊張するでしょうから」
嬉しそうな笑みを浮かべ、桧山が階段を登っていった。その背中を見ながら思う。
――私、水谷先輩のことが好きなの?
桧山の姿が見えなくなっても、自分の教室に帰っても、答えは出なかった。