「えっ」
ある日の放課後、昇降口を出てすぐにある自動販売機の前でしゃがみ込む水谷を見かけた。思わず声を出してしまったのは、傍らにペットボトル飲料でいっぱいのエコバッグがあったからだ。もしかしてパシられてる? 一応この学校の生徒のトップに立つ人間なのに。
杏実の声に反応して、水谷が立ち上がった。お茶のペットボトルを持ちながら笑う姿には、何かを強制されている様子は見られなかった。
「こんにちは。君は、二年生かな?」
水谷が、杏実のネクタイに目をやった。学年はネクタイの色の違いで分かるようになっている。今年は三年生が緑、二年生が青、一年生が赤だ。
「はい。そうです。清野杏実と言います」
「清野さんね。僕は水谷慎之介。一応、この学校の生徒会長をしてる」
「知ってます」
「そう、だよね。あんなに悪目立ちしたら、ね……」と水谷が笑った。
「今帰り? 部活は休みなのかな」
「はい。料理部なので」
「そっか、料理部の活動は火曜と金曜だよね」
杏実は水谷と普通に話せていることに驚いていた。舞台上での彼の姿がひどすぎて、コミュニケーション能力に問題がある人なのかと思っていたのだ。
「あ」
水谷が言う。杏実がちらちらと足元のエコバッグを見ていることに気づいたようだ。
「勘違いしないで。これ、僕が自発的にやってることなんだ。清野さんも入学式での祝辞、ひどいなって思ったでしょ?」
「あー」
杏実が目を泳がせる。水谷が困ったように空をあおいだ。
「気を遣わなくていいよ。僕のあとの新入生代表のあいさつの方が立派だったよね。あんな感じで、僕、何もできないお飾り生徒会長だから。役に立つことがないかなって思ったんだ。それで見つけた仕事が、生徒会メンバーの飲み物調達。これくらいなら僕にもできるし、お金はみんなからもらってるから、心配しなくていいよ。ほら」
水谷が、握りしめていたがま口財布を杏実に差し出してくる。杏実が手を差し出すよりも先に水谷が指を離してしまったので、地面に落ちた。衝撃でがま口が開いてしまい、小銭がばらまかれた。
「ああっ、またやっちゃった」
水谷がへたり込んで十円玉を拾い上げた。
「大丈夫ですか!」
二人で地面にはいつくばって小銭を集めていると、何をやっているのだろうという気持ちになってくる。そんな杏実の気持ちを代弁するように、頭上から声が聞こえた。
「何してんの。早く戻ってきて」
顔を上げる。三階にある生徒会室の窓から、副会長の桧山が顔をのぞかせていた。
「お金落としちゃった。集めたら戻るから」
水谷が上に向かって手を振った。
「あっそ。なるべく早くね」
ぴしゃりと窓が閉められる。桧山の顔が引っ込む直前、睨まれたような気がしたのは杏実の思い違いだろうか。
ある日の放課後、昇降口を出てすぐにある自動販売機の前でしゃがみ込む水谷を見かけた。思わず声を出してしまったのは、傍らにペットボトル飲料でいっぱいのエコバッグがあったからだ。もしかしてパシられてる? 一応この学校の生徒のトップに立つ人間なのに。
杏実の声に反応して、水谷が立ち上がった。お茶のペットボトルを持ちながら笑う姿には、何かを強制されている様子は見られなかった。
「こんにちは。君は、二年生かな?」
水谷が、杏実のネクタイに目をやった。学年はネクタイの色の違いで分かるようになっている。今年は三年生が緑、二年生が青、一年生が赤だ。
「はい。そうです。清野杏実と言います」
「清野さんね。僕は水谷慎之介。一応、この学校の生徒会長をしてる」
「知ってます」
「そう、だよね。あんなに悪目立ちしたら、ね……」と水谷が笑った。
「今帰り? 部活は休みなのかな」
「はい。料理部なので」
「そっか、料理部の活動は火曜と金曜だよね」
杏実は水谷と普通に話せていることに驚いていた。舞台上での彼の姿がひどすぎて、コミュニケーション能力に問題がある人なのかと思っていたのだ。
「あ」
水谷が言う。杏実がちらちらと足元のエコバッグを見ていることに気づいたようだ。
「勘違いしないで。これ、僕が自発的にやってることなんだ。清野さんも入学式での祝辞、ひどいなって思ったでしょ?」
「あー」
杏実が目を泳がせる。水谷が困ったように空をあおいだ。
「気を遣わなくていいよ。僕のあとの新入生代表のあいさつの方が立派だったよね。あんな感じで、僕、何もできないお飾り生徒会長だから。役に立つことがないかなって思ったんだ。それで見つけた仕事が、生徒会メンバーの飲み物調達。これくらいなら僕にもできるし、お金はみんなからもらってるから、心配しなくていいよ。ほら」
水谷が、握りしめていたがま口財布を杏実に差し出してくる。杏実が手を差し出すよりも先に水谷が指を離してしまったので、地面に落ちた。衝撃でがま口が開いてしまい、小銭がばらまかれた。
「ああっ、またやっちゃった」
水谷がへたり込んで十円玉を拾い上げた。
「大丈夫ですか!」
二人で地面にはいつくばって小銭を集めていると、何をやっているのだろうという気持ちになってくる。そんな杏実の気持ちを代弁するように、頭上から声が聞こえた。
「何してんの。早く戻ってきて」
顔を上げる。三階にある生徒会室の窓から、副会長の桧山が顔をのぞかせていた。
「お金落としちゃった。集めたら戻るから」
水谷が上に向かって手を振った。
「あっそ。なるべく早くね」
ぴしゃりと窓が閉められる。桧山の顔が引っ込む直前、睨まれたような気がしたのは杏実の思い違いだろうか。