新たに生徒会役員になった杏実たちは、生徒会室での定例会に参加しながら、先輩方から引き継ぎを受けることになっていた。
 水曜日、定例会の前に温かい飲み物を買おうと外に向かうと、自動販売機の前で桧山とばったり会ってしまった。その手にはフルーツティーが握られていた。杏実は、桧山の目も鼻も真っ赤なことに気がついた。今朝のさくらの言葉を思い出す。
『副会長、会長に振られたらしいよ』
「そんなに見ないでよ。どうせ馬鹿にしてるんでしょ」
「馬鹿になんかしてません。なんの話ですか?」
 桧山に睨まれた。以前と違って、恐怖は感じなかった。桧山の目が充血して潤んでいたせいかもしれない。
「振られたの。『歌恋のこと、人間としては好きだけど、恋人としては好きじゃない』って。あんたのせいよ!」
「どうしてそう思うんですか?」
 不思議なくらい気持ちが落ち着いていた。
「あんたが、慎之介にちょっかいかけるから。慎之介をずっと支えてきたのはあたしだったのに。もう慎之介はあたしなんか必要ないんだ」
「それは違います」
 きっぱり言い切ると、桧山が驚いていた。
「水谷先輩は、桧山先輩のことを『仕事もできるし、すごく頼りにしてる』と言っていました。最初は腹が立ったけど、桧山先輩のおかげで、私は生徒会長に立候補しようと決意できました。頑張ることで、私は自分を少し好きになれました。自信もつきました。本当にありがとうございました」
 一礼する。呆れたような声が返ってきた。
「あんた、慎之介のこと好きなの?」
「たぶん……」
 目を逸らした。
「あんたたち、なんだかんだお似合いなのかもね……」
 桧山が顔を両手で覆った。しゃくり上げるような声が聞こえてきたので、杏実はそっとその場を立ち去った。その日、桧山は定例会には来なかった。