「さくら、私、生徒会長に立候補するから、応援演説してくれない?」
 教室に帰ってすぐに宣言すると、さくらは目をしばたたかせてから首を傾げた。
「あずちゃん、生徒会に興味あったの? 全然知らなかったよ」
「うん。たった今、興味持った」
 さくらの首の傾きが大きくなる。
「どうして? あっ」
 そして、何かに気づいたかのように目を見開いた。杏実の耳元に口を近づけて、囁いてくる。
「もしかして、今朝話した会長と副会長のこと関係ある?」
 少しためらったが、頷いた。
「たぶん」
「分かった。私でよければ協力する」
 さくらは深く追究せず笑顔で手を差し出してきた。聞かれてもうまく答える自信がなかったからありがたい。杏実はさくらの手を握った。
「ありがとう」
「選挙は十月だよね? よく分かんないけどいろいろ準備しなきゃいけないんでしょ? 忙しくなりそうだね」
 さくらの笑顔を見て、水谷への怒りは徐々に覚悟へと変わっていった。苦手を克服して、水谷の隣に立つのにふさわしい人間になりたい。いや、水谷を越えてみせる。

 公約を考えたり、演説の内容を考えたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。選挙期間中は毎朝校門前に立ってあいさつをした。昼休みは校内放送でスピーチをした。最初の日は恥ずかしくてほとんど声が出なかったが、毎日続けているうちに慣れてきて、笑顔で大きな声を出せるようになってきた。充実した毎日で、家に帰るとすぐ寝てしまうが、今までの人生で一番楽しいと思った。自分が変わっていることを実感できて、とても嬉しかった。
 そんな中不安だったのが、もう一人の生徒会長立候補者の存在だった。今年度、生徒会で書記をやっていた隣のクラスの女の子で、噂では桧山が影でアドバイスをしているらしい。絶対に勝ちたいという思いがめらめらと燃え上がった。
 いよいよ生徒会選挙の日。杏実は震える足を無理やり動かして、ステージの真ん中に移動した。マイクを手に取り、深呼吸する。全校生徒と先生方の視線が自分に集まっていると思うと、緊張した。訳が分からず、涙が出そうになる。不意に水谷と目が合った。みんなが「どんな話をしてくれるんだろう」という目を向けてくる中、一人だけ「分かるよ」という顔をしているような気がした。杏実の肩から力が抜けた。笑顔を作り、口を開いた。
「みなさんこんにちは。清野杏実です。私が生徒会長に立候補した理由は二つあります。一つ目は引っ込み思案な自分を変えるため、二つ目は引っ込み思案だからこそ、いろんな人に寄り添えると考えたためです。私は人前に立つことが苦手です。だから、自分の意見を言う難しさを知っています。私が生徒会長になったら、どんなに小さな声も逃さず、ここにいる生徒全員にとって過ごしやすい学校づくりを目指していきたいです」
 声が震えた。でも最後まで言えた。
 頑張ったら結果はついてきた。僅差ではあったものの、選ばれたのは杏実だったのだ。