「はっ! ラモン! 団長は?」

 ガバッと起き上がった私は病室のベットの上にいた。

「皆はどこだ?」

 私はガンガンする頭を抑えながら考えを整理する。

 あの時、対峙していた王女の手下二人が、いきなり襲ってきた毒の魔法に気を取られた私の隙を突いて刺した。すかさず倒したが傷から毒が回り傷口からは血がドバドバと流れ出る。意識は朦朧とし、何とか膝をついてこらえていたのは覚えている。

 そして、急に光が私を包みこむと身体が軽くなったと思ったら、頭の中に色々な情報が流れ込んでくる。ラモン団長と過ごした日々や記憶を失っていた自分…。力を振り絞って目を開けると涙でぐしゃぐしゃになったラモン団長の顔。と、そこで記憶が途絶えている。

「団長は… 今は何日経ったんだ?」

 病室には私しかいない。ドアの外には二名の騎士がいる模様。

「あの光。まさか団長は皆の前で光魔法を使ったのか? 私はそれで助かったのか…」

 早く情報が欲しい。どうする? ドアの外に騎士の気配がするのでとりあえず声をかけるとしよう。

「おい。誰か呼んでくれ」

 外にいた騎士は部屋に入らずそのまま『はい』とだけ返事をしてドカドカとどこかへ行ってしまった。

 コンコンコン。

「どうぞ」

 入ってきたのは医師長とアレク様とトリス、クルスだった。

「気分はどうですかな?」

 医師長はニコニコと私の手首を取り脈を見ている。

「大丈夫なようですな。血をたくさん失いましたから。後でポーションを飲んで下さい。私はこれで。何かありましたらお呼び下さい」

 医師長が出て行くまで誰も話さない。アレクは窓の外を見ながら私のベット脇の椅子に座っている。

 パタンとドアが閉まるとトリスが話し出した。

「ドーン殿、いかがですか?」

「あぁ。調子はいいよ。ポーションが要らないくらいだ」

「そうですか。で? どのぐらい覚えてます?」

「王女の件は覚えている。私は後衛で指揮をとっていて敵を倒し負傷し毒にやられた所をラモン団長に治してもらった。と思う」

「思う?」

「傷が癒え身体が軽くなって目を開けたらラモン団長の顔が見えた。恐らく光魔法が使われたんだろう。アレクも団長の事情を知ってるから言ったが、もう団長の光魔法は周知の事実になっているんだろう? しかし、そこで私の記憶は止まっている。その後はさっき目が覚めたら病室だった」

「そうですか。では、ラモン団長の記憶が戻っているのですね?」

「あぁ。何かの拍子で記憶喪失になっていたようだ… 理由は分からないがラモン団長の記憶は完全に戻った」

 ここまで話すとトリスがアレクを見る。

「ドーン、お前は西の教会事件から六日間寝ていた。王女は、あいつは国王と国に対する陰謀及び反逆罪、平民に対しての監禁・無差別殺人未遂で処刑されたよ。今回は平民の数が尋常じゃなかったから王族だが罪が付け加えられた。そして総団長は牢の中だ」

「はぁ? ハドラーが牢だと?」

「あぁ。あの日、ラモンはドーンを助ける為に『女神降臨』をした」

「女神降臨? それで… あの深い傷が何ともないのか」

「ドーンを死の淵から蘇らせたラモンは尋常じゃない魔法使い、今や『女神の使徒』とまで呼ばれている。しかし、ハドラーが無断でラモンを即時逃亡させたんだ」

 逃亡… なるほど。ハドラーのやつ英断だな。

「そうか… ハドラーはいつ出られる?」

「ラモンの居場所を話さないからまだ牢からは出られない。息子の、ユーキも行方不明だ。ラモンを連れ出したのはユーキだ。『女神降臨』が終わって直ぐユーキとラモンは転移して姿を消した。今、第五が捜索中だ」

「そうか」

「ん? 他に何か言う事は? ラモンが心配じゃないのか? それとも何か知っているのか?」

 ここでようやく察しがついた。アレクは私を見舞ったんじゃない、私を尋問しているんだ。陛下側か? いや、自分の欲の為に陛下側に回ったか。

「何度も言うが知らない。失くした記憶もさっき起きて戻ったと自覚したんだ」

「そうか… 何かあったら言ってくれ。出来る限り尽力する。あと、ドーンもここからしばらく出られない。面会は許可制だが可能なので家族を呼ぶといい。かなり心配していたぞ」

「了解した」

 それから、アレクは一息ついてから私をじっと見つめて何も言わずに退出して行った。

 あの小僧。ラモンを女神の使徒? に祭り上げて自分と結婚する算段だな。バカめ。そんな事させてたまるか。それより、味方と情報が欲しい。

 私はベットから降り部屋を確認する。どこかに抜け道はないものか。

 ふっと、洗面台の鏡が目に入る。

「なっ!」

 鏡に映っていたのはかつての若かりし自分だった。髪が黒く、肌もシワが減っている。ペシペシと頬を叩く。うん、自分だ。

「どう言う… まさか! 女神降臨の回復魔法で? ここまでか! それは… 国が、陛下が黙っていないか! ラモンが危ない! これはハドラーが牢に入ってまで黙秘する訳だ」

 よし。そうと決まればラモンの元に行かなければ。今頃、逃亡先で心細い思いでいる事だろうし。まずは息子達を呼ぶか。

 私は早速ドアの騎士に伝令を飛ばしてもらう。

『目が覚めたので会いに来い。家族全員で』

 それから一時間後に家族がやって来た。

「父上? あれ? 父上ですよね?」

 私を見て上の息子が混乱している。

「あぁ。今回の事件で死にかけたら女神様に助けられてな… ついでに若返った」

「そんな事が! あぁ、女神様に感謝を!」

 息子と息子の嫁、下の息子が膝をついて祈り始めてしまった。

「おい、祈りはもういい。それより今から話す事は誰にも言うなよ」

「はい」

 下の息子はまだ困惑している。若い父親が珍しいのだろう。

「これからの事だ。お前達は私を国が保護していると聞いているのか?」

「はい、あの事件の後なので… 重傷を負いましたし国が丁重にもてなすと」

「ははっ本当にそう思うか? これは体のいい軟禁だ。現に私は許可がなければここから出られない。実はな、お前はラモン団長を覚えているか?」

「え? 父上は記憶を無くしたんじゃぁ…」

「それが今回の事で戻った。時間が無いからまずは私の話を聞け」

「はい。すみません」

 上の息子はしょんぼりして私を見る。嫁も下の息子も一緒に項垂れている。

「ラモン団長が今回の女神様に関係していて行方をくらませた。加担したハドラーは牢の中だ。それでな、私はハドラーを牢から出してラモン団長の元へ行こうと思う」

「しかし、そんな事! 陛下が! 父上が捕まってしまいます!」

「いや、そうはさせない。私がこれから陛下と一戦交えるかな。そこで、お前達はこの後直ぐに領地へ帰れ。領地で私の帰りを待っていて欲しい。それまで絶対に手出しはさせないから」

「ち、父上! 私は今は第六の騎士です! 騎士団を裏切れません!」

「バカ者! 騎士団は国側、つまり陛下側だ。私の敵だぞ? それに、ラモン団長は第六のユーキ団長が命をかけて守ったんだぞ? お前は第六の騎士として自身の団長を信じないのか?」

「で、でも… ユーキ団長も今や逃亡犯になっています!」

「は~、聞き分けてくれ。完全にお前を巻き込んでいるのはわかっている。が、私はどうしてもラモン団長を助けたい。それにお前が心配なんだ。お前も兄と共に領地へ行くんだ。私の息子ってだけで今後はどうなるか分からない。安全な地に居て欲しいんだよ」

「… 団には何と?」

「何も言うな」

「… 迷惑をかけてしまいます」

「緊急事態だ。しょうがない」

 下の息子は泣きそうな顔で渋々了承した。

「お義父様? 得物はどうしましょうか? あとはどなたかに声をかけましょうか?」

 キリッとした顔をしている嫁は切り替えて私の援護をしてくれるようだ。頼もしい。さすが私が選んだ嫁。

「あぁ、第一のスバルとユーグナー、キャスにも声をかけろ。あとは得物はウチの家宝の剣を持ってきてくれ」

「了解です。各御仁に手紙を書いて下さると助かります。では、今からタウンハウスに帰り準備いたします。領地へ帰る前に、そうですね~夕方にまた来ますので。その時に得物も」

「すまんな。苦労をかける」

「いえ。ドーン副団長の頼みですもの、ふふふ。昔を思い出しますわ~。家族の命は私にお任せ下さい! 何が何でもお守りいたします!」

「あぁ、頼んだ」

 実は嫁は第四時代の私の部下だ。ヒョロイ息子に嫁いでくれた変わり者だが。

「父上、くれぐれも… 若返ったからと言って無茶はしないで下さいね。恐らく今のお姿は三十五前後ぐらいですか? 父上の全盛期じゃないですか… ふ~、よし、私も腹を括ります。存分に、しかし無茶だけは! お願いしますね。あと、領地の事も考えて下さると助かります。陛下と穏便に、出来れば話し合いで…」

 上の息子も観念したのか顔つきが変わった。

「不肖な父で申し訳ない。ではよろしく頼む」