私は両手で押さえている人達を払い除け、王女の短剣を持つ手首を掴んだ。

「あっぶな!」

「避けないでよ。もう」

 と、王女はニコッと笑い反対の手に黒い霧を乗せた魔法をこの距離で放つ。

「ちょっ。他の人に当たるじゃん! 何してるのよ!」

「他の心配してる場合? ほら。ダークフォグ」

 黒い霧が私の全身を襲う。思わず私は光魔法をぶっ放す。

「ピューリ」

「まぁ! あなた光魔法が出来るの! チートじゃない! って、まさか私が上手くいかないのってあなたが光魔法を取ったせいね?」

「取るって… どうやってよ。本当に完全に頭おかしいわよ!」

「それは… ねぇ! あなた、もしかして女神様の加護とか持ってるんじゃない? 加護持ちかぁ~。やられたわ~」

 と、軽口をたたきながら、ちゃっかり闇魔法を連打する王女。

「ちょっ。だから、この距離は止めろって! もう!」

 王女の両手を塞ぎながら私も光魔法を連打する。

「しょうがないわね。最後よ」

 ニヤッとした王女が手を横にかざすと特大の闇魔法が出現した。

「ブラックポイズン」

 周辺に群がっている操られている人達や、第5の覆面、グローやミロ、そして王女のかざした手の延長線上にドーンがいた。

 一斉に霧がまとわりついてバタバタと人が倒れ、口からは汚物や血が流れる。

「もう!」

 私は力を振り絞り王女の首に肘を当てる。と、王女は苦しいのか両手で私の肘を持った瞬間、私は王女の鳩尾に思いっきり拳を叩き込んだ。

「クッ… 身体強化してないとでも? 魔法って言ったら小説では当たり前よ?」

 ちっ。

 言ってる事はすごいけどさぁ、身体強化って。どこまでこの世界の魔法を極めてるの? でもちょっと効いたかな? お腹を抑えながら王女は一歩、二歩と後ろへ下がる。

「身体強化とか! 早くくたばってよ!」

 横で青黒い顔して苦しんでいるみんなが気になる。てか、ドーンだよ。膝をついて下を向いて完全に毒に侵されてるよ。ゼイゼイと苦しむ大きい息遣いがここまで聞こえてくる。

「それは私のセリフよ! なんで邪魔するのよ!」

 と、その時、総団長が単独で到着した。肩で息をしている。多分みんなを振り切ってやって来たのだろう。若干笑顔だ。

 総団長は、礼拝堂の惨状を確認し素早く風魔法を放った。

「ウィンド」

 霧が一気に晴れて視界がスッキリする。そのまま総団長は走りながら王女をロックオンして一気に大剣を振りかざしジャンプした。

『ガチャン』

「おじ様! 危ないわ~。手がジンジンするじゃない」

「ははは、これをその短剣で受けるか!」

 容赦のない総団長はニヤッとして次の攻撃に入る。それにしても総団長、楽しそうに剣を振るうな。完全に『あっ! 面白いおもちゃ発見~!』状態だ。

 一方、あんな余裕な台詞を吐いていた王女だが、やっぱり総団長は手強いのか明らかに圧されている。王女も総団長を相手にするとか、何だかんだと闇魔法使いのチート級だよね。

「あっ! それよりみんなを!」

 私は王女を総団長に任せ、倒れているみんなに光魔法をかける。

「エリアヒール」

 キラキラした光の粒がみんなを包み込む。次々に回復し顔色が戻ってきた。倒れてはいるが大丈夫そうだ。

「よかった~。ふ~」

 でも、ドーンだけは膝をついたまま立ち上がらない。どうしたんだろう?

「ドーンさん!」

 私が駆け寄ると脇腹を押さえていた。相手をしていた王女の2人の連れが倒れており、刀が一本足元に、もう一本が腹に刺さったままでいる。そしてかなりの出血!

「うそ! ハイヒール!!!」

 私が全力で込めた回復魔法でたちまち傷が癒えていくが… 出血量が尋常じゃない。ドーンの足元には血の海が出来ている。

 何で! 何でよ!

「ドーンさん! 大丈夫ですか? 誰か! ポーションを!」

 ドーンの顔色は蒼白だ。血を失いすぎたのか目も虚になっている。私はドーンの腰やポケットをまさぐる。ポーションがない? どこ?

「あ… あぁ。気分は… よ… よくなった… す… まん」

 ドーンはボソッとつぶやいて、気が抜けたのかその場に倒れ込む。

 みんなはヒールをかけられたとは言えダメージを受けたから、各自持っているポーションを飲んでいる最中だった。みんな『しまった』という顔でこっちを見ている。

「ダメ、ダメよ。ダメダメダメ! 誰でもいいから! ポーションないの!」

 し~ん。総団長と王女の戦う音しかしない。

「どうしよう、どうしよう! ダメよ、ドーン。そ、そうだ! め、女神様! オーフェリン様、助けて! オーフェリン様ぁぁぁ!」

『もう、しょうがない子ね。こんな時しか呼ばないなんて』

 と、天から優しい声がすると、私とドーンのいる場所に光の柱が立った。そこだけ夏のカンカン照りのように眩しい光が私達を包み込む。

「オーフェリン様! この人を! ドーンを助けて! 血が、血が!」

 女神様は光の中に姿を現して『よしよし』と私を撫でる。

 そして、泣きながらドーンの傷口にかざしている私の両手にそっと手を添えた。

『いい?』

 すると私の手から金色の光の粒が放出される。

「わ~! ヒールみたい」

 放出された光がドーンを包み込んで身体が宙に浮いた。光の中でドーンは傷が癒やされているようだ。服までもキレイに直っている。

「あぁ… あぁ… ありがとうございます! ありがとう、ありがとう、オーフェリン様」

 号泣な私は心底安心して両手で顔を覆いその場にしゃがみ込んだ。

『いいのよ… でもねこれも代償が必要よ。今回は私とラモンが光魔法を使ったから反動は少ないけど… ごめんね、愛しの我が子。これも理《ことわり》なのよ』

「代償?」

『… えぇ』

 今回は女神様はちょっと申し訳ない顔になっている。代償… また嫌なものじゃなければ良いけど。

 女神様と話していたらドーンが目を覚ました。包んでいた光が収まりゆっくりと床に着地する。

「ドーン! ドーン!」

 私が急いで顔を覗き込むとドーンは目だけがうっすら開いた。

「だ、団長? ラ… モン?」

 え? うそ! 私の名前を呼んだ?

『ふふふ。衝撃が大きすぎて封印していた記憶が戻っちゃったかしら? ラモンとの恋心が鍵だったのに~、ぶ~。かなりの神力を使ったから私の干渉で… ふふ、まぁ、いいわ。じゃぁちょっと人が増えてきたし、私は戻るわね。また会いましょう~』

 女神様は私の頬をそっと撫でてからす~うっとその場で消えた。と、途端に光の柱も消えてしまう。

 気がつけば前衛と中衛の騎士達が礼拝堂へ戻って来ている。ガヤガヤと騒々しい。捕縛した敵を捕まえて、私を指差したり祈りを捧げる者がいる。

 しまった。

 総団長は? どこ?

 総団長は王女を仕留めて後ろ手に縄を括っている最中で、私達の方を口を開けて見ていた。

「総団長… どうしよう…」

 力無く呟いた私に『ハッ』とした総団長は大声で叫んだ。

「ユーキ、ラモンを連れて行け! 王都を出ろ! 出来るだけ遠くだ!」

 ユーキさんもぼお~っとしていたのか『ビクッ』となって我に返っている。

「りょ、了解。ユーキとラモンは騎士団を離脱します」

 ユーキさんは私に駆け寄り、私をお姫様抱っこするとすぐさま転移した。