「今日は東側、主に平民街の教会を周りましょう」

「ん? 西の教会はどうするんです? 怪しいのは西ですよね」

「そうなんだけど、教会も横につながってるでしょうから調査がてらね」

「「了解」」

 私とグロー、ミロで調査へ出かける。ケリー、サンチェス、ネスタリオは体制が元に戻ったので、第二の現場監督で見回りをする。

「東かぁ。スラム問題はどうなってるんでしょうね?」

 ミロはニコニコしながら質問してくる。その顔、いつも同じ笑顔だから質問とのギャップが… その内慣れるかな。

「スラム問題か。前々団長も対応はしてたみたいだけど… あいつのせいでどれだけ酷くなってるか… あとでちょっと覗いてみようか?」

「うっす。それならスラム近くの教会は最後にしますか。残りの二教会を先に行く感じでいいっすか?」

「そうね。まずはここ。東門に一番近い教会へ行きましょう」

 東門に近い教会には少し思い入れがある。第七の時にやった移民問題で、自立出来なかった老人が数人居るのだ。その後どうなったか気になっていたんだ。

 教会に到着してドアを叩く。が、誰も出て来ない。 ん?

「団長、司祭様を呼んで来ます」

 グローが礼拝堂を抜けて奥の部屋へ走って行った。教会の入り口で待つ事数十分。教会には人気(ひとけ)が全くなかった。

「ねぇミロ? 教会ってこんなにも人気がないもの?」

「う~ん。平民の教会は初めてなので何とも… でも誰も居ないのはおかしいですね」

「そうよね~」

 奥の部屋からグローが戻って来た。

「団長、本当に誰もいないっす。おかしいです。食堂や厨房を確認したら料理を作った形跡がないっす」

「はぁ? ここって廃墟って訳じゃないでしょ? 私が第七に居た頃、半年ぐらい前だけど人が居たはずよ。どう言う事?」

「わかんねぇっす」

「ん? 団長、これを見て下さい」

 ミロが教会の玄関ドアの内側を指差した。うっすらだが血を拭き取った後のような、茶色い血飛沫の跡があった。

「血? う~ん。結構前かな? 茶色に変色してるし… グロー、一、二ヶ月前に苦情や問い合わせとかなかった?」

「ねぇっす。団を回すのに手一杯だったけど苦情とかの報告書だけは全部目を通してたんで… 教会で刺されたとか、騒動があったとかなかったっす」

 じゃぁこれは?

「了解。じゃぁ、他に変な所はないか各自でチェックしよう」

「団長? 今、離れるのは得策ではないですね~。このまま三人で周りましょうか?」

「ミロ、でも、誰も居ないし」

「ダメですよ。こんな時こそ団体行動をとらないと、ね?」

 まぁそうですね。ミロが言うんだし、ここは従っときますか。

「そう? じゃぁ、みんなで見て回ろう」

 三人で教会内を見て回る。それこそ、司祭様の部屋や併設されている孤児院とか、裏の庭や小屋の中まで。

 おかしい。どことなく生活感はあるのに人の気配が全くない。

「やっぱり変っす。昨日まで人が居た感じなのに…」

「そうですね。人だけ転移されたみたいですね」

「転移? 結構な人数じゃない? それなら魔法が使われたはず。近所で騒ぎがないのはおかしいわ。それにお祈りに来た信者さんは変に思わない?」

「変かもしれないけど、信者が入るのは礼拝堂だけだし、誰もいない時間もあるだろうから… でも変には感じているだろうね、言わないだけで。転移より現実的なのは連れ去られたとか? 夜中とかに」

 三人で考えてはみるが答えは出ない。

「ミロ、現状では答えは出ないわ。メモとって次の教会へ行くわよ」

「了解です」

 次の教会は平民街とスラムの境の小さな家だ。ここはシスター達と数人の孤児が暮らしている。

「こんにちは~」

「は~い」

 エプロン姿の女性が手を拭きながら出て来る。若いな。

「急にすみません。私は第二騎士団団長のラモンです。こちらは部下です」

「あら? 新しい団長様ですか。ケイン団長はお辞めになったのかしら?」

 ケイン団長って、前々団長じゃん。アホのトロイは団長交代の通達さえしてないのか。はぁ。

「ケイン団長は昇格されて別の団へ異動になりました。今日はご挨拶がてら来てみたんです。で、二、三質問があるんですが入っても?」

「えぇ、何もございませんが、どうぞ」

「恐れ入ります」

 小ぎれいにはしているが、そこらかしらが古臭くて隙間風が吹いてそうな室内だった。スラム街も近いのに、防犯が心配だな。

「どうぞ。こんなものしか…」

「お構いなく。私共は仕事で来ているので… 早速ですが、シスター。シスターでいいんですよね?」

 簡素なワンピースにエプロン姿の彼女は恐らく二十代。そばかすが印象的で笑顔がかわいい。

「いえ、私はシスターではございません。ここの出身で子供達の世話をしています。ソフィアです」

「ソフィアさん、シスターか司祭様は? 我々が把握している分では、ここは教会のはずですが?」

「その~… 年老いたシスターがいたのですが、三ヶ月前に病死してしまって。代わりに私が」

「後任は?」

「教会本部へ手紙を書いたのですが、新しいシスターがまだ派遣されていません… それより団長様、助けて下さい! もう蓄えもなくなってしまって… 騎士団からの支給品も四ヶ月前から来なくなって… その~」

 はぁ? 四ヶ月前。またあいつかよ。

「それは! 至急対応します。グロー、一走りして食堂から食料を持って来て」

「了解っす」

「ほぉ~、ありがとうございます! これで数日は… ありがとうございます!」

 ソフィアさんはその場にひざまずき女神様に感謝の礼を捧げている。

「では、私からいいですか? 東門前の教会とは最近連絡を取っていますか?」

「はい」

「それはいつ?」

「ちょうど一ヶ月前に。先程言ったように、支給が滞って食べ物がないので小さな子供を二人預けました」

「その時はどんな様子でしたか?」

「えぇ、あちらも大変でしょうがこことは規模が違うので、裏庭の野菜があるからいいよと快く迎えて下さって。野菜も頂いたり」

「詳細の日時は?」

「四月五日です」

 私はミロに目配せする。

「その日、司祭かシスターと話をしましたか? 誰かと揉めているとか…」

「ここの亡くなったシスターと交流のあるシスターと話をしました。でも、争ってるような話はありませんでしたよ。… あっ! その日は、新しく入ったシスターを紹介されて、そのシスターと話をしたんですが、『今度女神様についての集会があるから行かないか?』と誘われました! どうかしたんですか? 揉め事とか…」

「あぁ、大丈夫です。で?」

「この通り、私以外子供の世話をする者がいないので… それにお布施? 献金が少し必要だと言われて断りました」

「その新しいシスターは何処から来たのでしょう? 自己紹介はされましたか?」

「西の教会から派遣されたと。あとは、髪や手がキレイでした。お、お恥ずかしいのですが、その、とてもキレイで印象的だったもので… すみません」

「ふふふ、私も女性です。気持ちはわかりますよ。キレイな人は目を惹きますよね。そんな恥ずかしい事ではないですよ。そのシスターの名前を覚えていますか?」

「アデルさんです。緑がかった美しいブロンドでした」

 はい、怪しい人発見。

「アデルさんですか。わかりました、今度あちらへ行った時に挨拶します。キレイな人かぁ、楽しみです。今日はお時間頂いてありがとうございました」

「いえ。こんなボロ屋でお構いも出来ませんで」

「いえいえ。今後、騎士団からの支給が滞ったら、王城の第一騎士団長宛に手紙を書いて下さいね。それより、この度は申し訳ありませんでした。支給物資などの手配を早急にしますので、以降は安心して下さい」

「ありがとうございます! それなら預けた子供達を引き取れます! よかった~」

 やばいなぁ。今接触されると誰もいないことがバレちゃうな。

「その二人については私が伝言しますね。東門の教会に行く予定があるので… 少し待って下さいね」

「? はい… 団長様が言うのであれば、お願いします」

「では、また来ます」

「はい。ご苦労様です」

 帰ろうと席を立ったら、ちょうどグローが戻ってきた。食料を運ぶ手配をしたのでこの後荷車で来ると伝えていた。

「さぁ、ミロ、グロー。どうする? このまま西の教会へ行っちゃう?」

「う~ん」

「早速当たりを引きましたね~。さすが、運がいいですね団長は」

 運がいいってなんだよ。まぁ、運はいいと思うけど。

「ミロ、運も実力の内よ。一旦帰って、見回りの騎士達にも話を聞きましょうか」

「そうですね。それが賢明です」

「でもその前にスラムも行っとこう」

「うっす」

 私は、何だかんだと自然とミロに相談している。ドーンのような感じだな。グローもドーンみたいに前に出て物理的に守ってくれたりするし。ドーンの代わりじゃないけど、二人でちょうどいい感じだね。