「キリス様、またゲイン様とご一緒ですか?」

 ゲート公爵家の派閥の私は、職務中によくこの手の質問を受ける。

「ゲイン、先に行ってくれ。お待たせしました。先程のご質問ですが今は仕事中ですので。家の事情は別と考えております」

「そうなの? お父様が見たらがっかりなさるわよ。もう騎士など辞めてお父様を支えて差し上げたらどうかしら? ちょうど私の姪が年頃で、社交界デビューをしたばかりなの。今度お茶でもいかが?」

 香水プンプンのご婦人が扇子をパタパタさせながら、私を上から下まで見定めている。

「機会があれば是非。では、仕事中ですので失礼します」

 相手の返事を待たずに敬礼し、ゲインを追いかける。

「おい、待てよ。私も行く」

「いいのか? 派閥の結構上のオバハンだろ? 俺と並んで歩くと陰で言われてしまうぞ?」

「いいんだ。私は団長の下で変わったんだ」

「そうか… ならいいんだ」

 私はある事件から心を入れ替えた。ゲインもそうなのかある時から派閥云々を持ち出さなくなった。


 私は、団長と初めて会った時、小さな少女でまだまだ子供だと侮っていた。

 団長は『爵位は関係ない』と豪語していたが、所詮はただのハッタリだと思っていた。あの若さで下位爵位なのに団長になったから虚勢を張っていると。

 この第三は王城の警備騎士だ。嫌でも上位貴族や派閥、王族など、家の爵位がついてまわる。現に今までも団内で親の派閥に自然と別れ、子供の我々もそのように団結していたし、城内でもそんな空気が漂っていたからだ。

 しかし、彼女は第三の範囲を越え、王城内の他の従業員の為に尽力をし始める。

 考えてみれば、王城内の警備なのだから範囲と言えば範囲だろうが、団長は私の思惑を飛び越え、横行していた貴族の野蛮な遊び、行為を一掃しようと画策していた。

 なぜだ。

 下手をすれば自分の家が潰れてしまう。相手次第では末端の一族にまで迷惑がかかるかもしれないから、今までは臭いものに蓋ではないが、誰も着手しようとはしなかった。しかし、そこにメスを入れたのが彼女だった。

 しかも、団長は本当に有言実行した。皇太子殿下の婚約者の伯爵家をご自身で捕縛したのだ。その場に居合わせた私は唖然としてしまった。権力を振りかざしわめき散らす伯爵に対して『バカじゃないの?』と言い放ったのだ。

 雷が落ちた。

 そうだ! 犯罪に爵位など関係ないのだ。私は頭を思いっきり殴られたような衝撃を受け、ありきたりだがそのまま改心した。派閥とか… 本当に小さな事を鼻にかけ、私は騎士としての本分を忘れていたのだ。

 ラモン団長。

 彼女は不思議な雰囲気で周りの人を虜にする。

 ドーン副団長然り、この前なんてアレク王子が第三にやって来て一悶着があったばかりだ。私は内容が内容だけに声も出せず、部屋の隅で黙って仕事をして誤魔化したが。
 また、休憩時間や就業終了間近には前団長のユーグナー様がやって来るし、スバル殿も時々来る。こんなに上位の人が集まってくる人気者なのに、当の本人は周りの人の気持ちに鈍感な所がある。

 あと、団長と言えば、朝が弱いのかよくボ~ッとしてドアに頭をぶつけている。時々、シャツのボタンをかけ違えているし、よく人の名前を噛んでいる。慣れてきた今ではタメ口で話をしてくる。絶対、社交界では遠巻きにされるような残念なご令嬢なのに。

 なのに! 仕事に対する姿勢や考えは尊敬出来る。いや、賞賛に値する。私は団長の下に着けた幸運に感謝しなければならない。

 うん。これは本当に私にとって人生一度の幸運だ。この縁を大切にしたいと思う。