「いやはや、賭けは私の勝ちですな」

 ドーンはホクホク顔で上機嫌だ。

「でもなんで息子が捕まるって分かったの?」

「簡単ですよ。通達は家に送ります。あのトロイ・タッカーは遊び歩いているので有名ですからね。団にも家にも通達が送られても、本人の耳に届くのは随分後、遅くなると予想しました」

「でもでもあの日に限って親子で不貞を働く? 同じ日なんて偶然過ぎない?」

「それはあの日、王城内の食堂でやつを見かけたからですよ。王城に来ていると知っていたのです」

「せ~こ~い~!」

「ふふふ、まぁ私も賭けでしたが… まさか本当に不貞を働くとは。バカで助かりました。いえ、失言です。相手の侍女に失礼でした」

「まぁ約束だしぃ、今度の夜会でダンスをしますぅ」

 『稲妻ブレーン』健在なり。ちぇ~。でもま~、アホが捕まったし。良しとしよう。

「はい。それでは今日は審議会です。第六に参りましょう」

「へいへい」


「これより非公式にて審議会を始める。イグナーツ・タッカー、トロイ・タッカー前へ」

 審議の場には、陛下と第一の総団長、総副団長、皇太子殿下、私、ドーン、そして第六の騎士が数人。そうそうたるメンバーが集まった。

「タッカー伯爵家両二名、先日、王城にて侍女とメイドに無体を働いた事、相違ないな?」

「陛下、直々にですか?」

「あぁ。罪状に意はあるか?」

「はい。私はメイドの粗相に手をあげただけです。牢に入れられる(いわ)れはありません」

「そうか。トロイ・タッカーはどうだ?」

「… 私は第二の団長です。こんな屈辱。団長として風紀を正しておりました。それをあの侍女が騒ぎ立てて~」

「もうよい。聞くに耐えんな」

 後ろに手を組んで膝を付いているこの親子。全く反省の色が見えない。はぁ~。

 陛下はあからさまに苛立っている。皇太子殿下は… めっちゃ目が怖い。細~い目で睨んでいる。

「陛下。行き違いがあった事は水に流しましょう。私は心が広いですからね、そこの小娘、団長だと声高に私を早とちりでこうして縄にかけた過去は目を瞑って差し上げます。我々は未来の親族ではございませんか、陛下? あなた様のお心一つでどうにでもなるでしょう? 早く縄を解いて頂きたい」

 こいつ、空気が読めない君だったとは… 恐るべしイグナーツ。よくこんな怖~い場所で訳わかんない持論を展開できるなぁ。まっ、だから捕まったんだけど。ぷぷ。

「黙れ! 恥を知れ。イバンナへの迷惑を一度でも考えなかったのか?」

 皇太子殿下の怒りが爆発してしまった。わぉ!

「ははは、何をそんなに怒ってらっしゃるのです、ミハエル様。イバンナは貴方様が見初めた通り完璧な淑女ですよ? 男の、当主の願いにはいつだって従順です。あなたも分かってらっしゃるでしょうに、へへへ。あいつは私のした事には従います。ですので、今回も~」

「今回も? 今回も何だ? いつものようにムチで打って言う事を聞かせると?」

「… ム、ムチですか? はて、何の事やら、ははははは」

 イグナーツは冷や汗をかいて必死に誤魔化してるのが丸出しだ。

 私は思わずドーンを見る。ムチ打ち? 娘に? 信じられない。ドーンは下を向いて目を瞑っていた。ムカついてるんだね。私もだよ。

「白々しい… 父上! この貴族の風上にも置けないクズ。どうか、どうか相応の罰をお願いします! 許されるべきではありません!」

「ミハエル、落ち着け、そして違えるな。この審議はメイドへの陵辱、強姦が焦点だ」

「し、しかし! … 申し訳ございません。グッ」

 はい、ここでまた空気読めない君二号。

「陛下も殿下も、も、もしですよ、もしそんな事を我々がしたとしたら、未来の親族です。王族にも影響が出るのでは? ここはひとつ穏便にいきましょう」

 と、息子のトロイも変な事を言い出した。

 終わったな。この親子。

 陛下はバカな物言いに何とか心を落ち着けようと目を瞑って深呼吸をした。

「ふ~。現場を押さえた第一騎士団長、第三騎士団長。何か付け加える事はあるか?」

 まず第一騎士団団長のハドラー様が進言する。

「当時の状況は繰り返し申し上げる事ではありませんので報告書通りです。私は陛下のご判断に委ねます」

「第三は?」

「はい、私も総団長と同じ意見です」

「わかった」

 しばらく沈黙が続き、陛下が静かに話し出す。

「まず、イグナーツ・タッカー。お前は伯爵家当主でありながら、王城にて強姦・脅迫・買収をした。上位貴族としても人としても恥じる行為である。よって、爵位剥奪の上流刑。その生が終わるまで罪をあがなえ」

「な! 私はイバンナの父親ですぞ! そんな流刑など! 貴族の恥です!」

「黙れ! お前は知らないのか? あぁ、娘から聞いてないのか。ははは、今までの行いが返って来たんだな。きちんと登城した際に、娘に会っていれば少しは未来が変わったものを。娘を虐げてきた罰がここで返って来るとは。イバンナは三日前に辺境伯へ養子に出ている。もうお前の娘ではない!」

「ま、まさか! そんな事、私は了諾していないぞ! 養子縁組など無効だ! こんな話聞いていない! イバンナを出せ!」

 イグナーツにもう逃げ道はない。足掻いているが無駄だろう。伝家の宝刀の『イバンナ』様にまで見放されたんだ、いい気味。

「殿下! 嘘ですよね? 妹が、あのイバンナが我々を裏切るなど…」

「裏切る? 散々虐げておきながらよくそんな事が言えるものだ。最初からお前達など彼女の中には存在しない! その汚い口で彼女の名を呼ぶな!」

「そ、そんなぁ…」

 トロイは床に頭を打ち付けて絶望している。

 一方、イグナーツは下を向いて突然笑い出した。

「ふふ、ふははははは。私を罪に問えるものか! 娘の出自を知っているのか? 王族だから調べたはずだ! それこそ醜聞だろ! えぇ! 未来の王妃イバンナは、イバンナこそ、昔王城へ見習いに来ていた侍女の… うっ」

 イグナーツが話し終える前に、スナッチ副団長が後ろ首にサッと手刀して失神させた。

「出過ぎた真似を。御前を失礼しました」

「よい。皆、今の話は忘れるように」

「「「「はっ」」」」

 ペラペラ、ペラペラと余計な事まで。本当に… 死ねばいいのに。

「はぁ、次だ。トロイ・タッカー。お前は未遂だったが王城にて侍女に無体を働いた。しかも勤務中にだ。本来、民を守る騎士の団長である事を忘れていたのか? 胸糞悪い。よって、お前もそこの父親同様、爵位剥奪の上流刑だ」

 トロイは頭を下げたままピクリともしない。だんまりだ。もう諦めたのかな?

「陛下、もう一人の娘はいかが致しましょう? 領地にはイグナーツの妻もおりますが?」

「そうだったな。もう一人の娘は父親が爵位を失ったのだ、修道院へ。妻の方は実家に帰せ。万一、実家が拒否した場合は同じく修道院へ送れ」

「御意」

 陛下はひとつため息を吐いてから立ち上がった。

「皆、これは非公式だ。決して外に出してはいかん。それと、ラモン」

 え? 私?

「ひゃい」

 いきなりだから噛んじゃったじゃん。

「今回の『防犯笛』、よくやった」

「ありがとうございます」

「ふ~、よし。これにて閉廷」

 ミハエル様はしばらくの間、拳を硬く握り締めこの親子をじっと睨んでいた。

 私とドーンは無言で会場を出る。そしてそれに続く誰もが厳しい表情で会場を後にした。