「皇太子殿下の婚約者、イバンナの父親だ。面会を希望する」

「はい。先触れが来ておりましたね。ご案内致します」

「いい。自分で参る」

 私は城の入り口で警備騎士を振り払い、一階奥の休憩の為の応接室へ進む。

「おい、そこの侍女。ミーシャと言うメイドを呼んでくれ。この部屋だ」

 ビクッとなった侍女はコクリと頷きミーシャを呼びに行く。

 よしよし。今日は金を払って口止めをするか… いや待てよ。今日の今日だ。まだいけるか? ふふふふふ、もう一度ぐらい遊んでもよかろう。

 私はソファーに座り、ミーシャが来るのを待つ。先週の情事を思い出すと身体が昂ってきた。

 ふふふ。

 コンコンコン。

「し、失礼します。お呼びとの事で参りました」

 蚊の鳴くような小さな声でおずおずとミーシャが入ってくる。

「ドアを閉めてこちらへ来い」

「…」

 ミーシャは両手を胸の前に組んで、ドアをチラチラ見ながらこちらへやって来る。

 よしよし。

「ほら、金だ。先週の事はこれで水に流せ」

「しかし…」

 ガタガタ震えて今にも泣きそうになっている。ふふふ、いいな。

「あとは、そうだな~」

 と、私はミーシャの腕を掴み自分に寄せる。

「最後に楽しもうじゃないか」

「や、止めて下さい。大事な事になります」

「いいではないか。ほら、こっちへ来て奉仕しろ」

 ここでミーシャが組んでいた両手を離し、手の中の小さな物から出ている紐を引っ張った。

 ピーーーーーーーーーー!

 もの凄い騒音が鳴り響く。

「おい、おい、止めないか! 今すぐ止めろ!」

「私は… 私は…」

 ミーシャは泣きじゃくって手に持っている物を投げつけてくる。

 何だこれは? どうすれば鳴り止む? 私はそれを色々見て回したが止め方が分からなかった。まさかコレが例の笛か?

「おい、これを止めろ!」

 と、ミーシャの胸ぐらを掴んで張り手をした瞬間、ドアから警備騎士が流れ込んで来た。

「お止め下さい。タッカー伯爵」

 途端に騎士達に押さえつけられる。

「無礼者。私はタッカー伯爵だぞ? 離せ!」

 後から入って来た少女? 女性騎士がアゴで音の鳴る物に指示を出す。騎士の一人が音を消した。

 次々と、人が入って来た。これは… 大事になり過ぎじゃないか。

「貴様、誰の許可を得て私を捕縛するんだ。名を名乗れ。どこの家の者だ!」

「はぁ~。私は第三騎士団団長ラモンです。イグナーツ様ですね?」

「あ? そ、そうだが? 早くこれを何とかしろ!」

 私は捕まれている手を振り払おうとするが解けない。

「おい、お前! キリス殿ではないか! 私だ。タッカーだ。これを何とかしてくれ」

 しかし、キリス殿は蔑んだ目で私を見ただけで無視をした。

 貴様!!! 脳天に怒りと屈辱が込み上げる。

「はいはい。イグナーツ・タッカー伯爵。婦女子への乱暴の現行犯として捕縛します」

「誰が! メイド風情に手を上げただけで捕縛とは! どうなっている。上を出せ、上を連れて来い!」

「私が上です。団長ですから」

「貴様、小娘。見た事がないぞ! 爵位は? どこの家だ!」

「どこでも関係ないですよ。私は団長なんです。権限があります。ちなみに子爵位ですけど」

「子爵だと! 貴様、後で痛い目をみる事になるぞ。今なら許してやろう。今すぐ解放しろ」

「バカなの? こんな状況証拠まであるのに?」

 と、小娘は私が先ほど机に上に放り投げた十万Kが入った袋を持ち上げている。

「… それはただ置いただけだ」

「ははは。ご自分のと認めるのですね?」

 しまった。悔しさで思わずクッと下唇を噛む。

「あとで尋問しますので。では。連れて行って、第六よ」

「第六だと? あそこは牢ではないか」

「そうですよ。王城での事件は第六の担当なんで」

 誰か、誰か味方は居ないか?

「お~! そこの、侍女長殿。イバンナを呼んで来てくれ。誤解なんだ、な?」

「… 私にはその権限はございません」

 侍女長はメイドの肩を抱いてキリッと睨みつけてくる。

 何なんだ! これは一体どうしたと言うのか!

 何もかもが思い通りにいかない。どうしてだ!

「私は、皇太子の婚約者の父親だぞ! 未来の王妃の父親、そして未来の王子の祖父になる男だ! おい、聞いているのか! 離せ! 離せ!」

 誰も私の話を聞かない。誰もが無視をしている。

「いい加減黙ってくれない? 手が滑って私のコレがあなたの大事なそこに飛んでいくかもよ? この十手、投げる事も出来るんですよね」

 ペシペシと棒の様な武器を手に打ちつけながら、私の息子をゴミのように見てくる小娘。

 クソっ。思わず一歩下がってしまった。

 それから警備騎士達は腕を掴んだまま私を第六へ移送した。

 どうなっている。

 どうしてこうなった。

 なぜだ。

 なぜだ。

 ~※~※~※~※~※~※~※~

 一方、時間を少し置いてリネン室では、息子のトロイ・タッカーがドーンと第一騎士団長に捕まった。

 バカだ。

 未遂だったが、侍女ちゃんの露わな姿に言い逃れが出来ず…

 あっさり御用となった。

 本当にバカばっか。

 そして、今日の通達で釣れたのがあと一人。男爵位の官僚だった。

「本当に男って… いや、こんなにも犯罪が横行していたのね。防犯笛を開発してよかったわ」

「そうですな」

 ふ~っとため息を吐いて報告書に目を通す。

 これで少しでも侍女ちゃん達が怯えずに済むなら。本当に良かった。