「うっ。臭っ」

 第七の引き継ぎの為に新団長のシニアスさんがやって来た。

「お前… ポーションを飲めよ。酒臭いとかあり得ない。ちょっと緩みすぎだ。団長とは隊員の鏡であり~」

「はい… シニアスさん。今日は勘弁して下さい。お説教は後で聞きます… うっぷ」

 そうだった。ポーション飲めば良いんだった。貧乏だったからそこまで頭が働かなかった… ポーション高いし、貧乏貴族には馴染みがないんだよ。

「は~、しょうがない。ベネット、ポーションを用意してくれ。こんな状態じゃ引き継ぎは出来ないだろう?」

 新しく副団長になるベネットさんがポーションを買いに走る。

 すみません。

 ドーンは急いでお金を渡している。何から何まで… 情けない。ぐすん。

「窓を開けるぞ? 薬を飲むまでそのままでいい」

 うんと頷いてソファーに横になる私。ドーンは引き継ぎ用の書類を机に並べている。

「昨日の団長会議で第七の課題を言われたが、到底… 平民騎士の底上げ? これは第七に限った事じゃないだろうに。どうすればいいんだ」

 返事を待たずに資料を読んでいる。私は使い物にならないからね。

 ベネットさんが帰ってきてポーションを飲ませてくれた。

 じ~ん。

 身体の中心から吐き気と倦怠感がみるみる抜ける。すごい。一発じゃん。

「は~、めっちゃスッキリしました! こんな使い方があるなんて! ありがとうございます、ベネットさん」

「いえ。私は団長のご希望に沿ったまでです」

 メ、メガネ女子ベネットさん。すちゃっとメガネを上げる仕草が頭良さげだ。シニアスさんもメガネ。メガネコンビかぁ。第七のイメージとかけ離れてるんだけど。まぁ、逆にいいのかな? うん、品行方正っぽく見える。

「おい、頭が回る様になったのなら話を進めるぞ。平民騎士の底上げについて何かあるか?」

「う~ん。これは私が始めた事でして、休憩中や休日を使って読み書き計算の勉強をしてもらっています」

「勉強か… 講師は?」

「引退した騎士達です。そもそもの勤務体制や給与などの改革案の一つですので資料を参考にして下さい。恐らくですが、平民騎士について、ただの勉強ではなく教育を施して欲しいのかも知れないですね。今は最低限の仕事をする上で必要な勉強なので。鍛錬についても、主に自主的にしてもらってます。指導出来る騎士が少なくて。手の空いた私の側近がやっていただけですので」

「なるほど」

「私は団長なのに指導出来るほど実力はありませんでした。はは。新しい武器、十手の指導で手が回っていなかったせいもあります」

「十手か。第二でも採用されて基礎は私も出来る様になった」

「なので、総団長は私の案を次の段階へ移行させたいのではないでしょうか? 多分ですよ?」

 つまりはブラッシュアップ。私より騎士として実力も頭脳も上のシニアスさんに白羽の矢が立ったのだろう。スバルさんが『平民騎士の教育』に興味を持っていたしね。

「それで私か… わかった。資料を精査するよ」

「よろしくお願いします。あと、私の側近を据え置いて下さい。必ず役に立ちます。まず、コリーナは薬学の知識に長けていますし騎士にしては博学です。テッセンはドーンの秘蔵っ子です。頭の回転が速く事務処理能力はピカイチです」

「ほぉ~。よく集めたな」

「隊員全員と面接したので、へへへ」

「全員… そうか努力したんだな」

「ありがとうございます。シニアスさんに褒められるなんて、初めてですね」

「ははは、第二に居た頃よりかなり成長した様だな。団長職がそうさせたのか。ラモンはよくやっている。私もがんばってみるよ」

「みんな良いやつばかりです。ちょっと平民が多いので礼儀とかアレですけど。根はいい人ばかりですのでよろしくお願いします」

「了解」

 こうして第七の引き継ぎは終わった。あとは細かい事を質問されたり答えたり。すんなり終えたと思う。

 さぁ! 次だ。次は新しい職場、第三だよ~。

「ラモンちゃん、ようこそ第三へ」

 団長室へ入ると既にユーグさんが来て居た。

「ユーグさんよろしくお願いします」

 第三のユーグさんが改造した部屋はそのまま残っている。家具やカップ、筆記用具まで、全部そのまま。

「本当にいいんですか? 全部もらっちゃって」

「いいのよ。私の次の職場には持って行けないし、ここに残しとけば良い休憩所になるわ」

 あ~、ユーグさん、自分の為ね。時々来るつもりだな。

「では、第三ですが会議の時にチラッと言ってましたが、その件はユーグさんの時からですか?」

「実は、私はここに五年居たのよ。でもこの問題はずっと前から。ある意味、貴族社会の当たり前? でもね、そんな悪習は今の世には合わないわ。変えないとね。私も気にはしていたんだけど、貴族社会の暗黙の了解って言うの? それで見えなくなっていたのかしら? それとも公爵と言う家が邪魔になっていたのか… この件は私には見え辛かったの。ごめんなさい、言い訳ね」

「そんな事… では結構深刻な問題ですか?」

「どうかな? 深刻? う~ん、見る立場によるわ」

 立場ね。

 今回、第三に課せられた課題は『風紀の乱れの改革』だ。

 貴族のおじさま達が身分を傘に、侍女ちゃんやメイドちゃんに手を出している。恐らく、侍女長とかががんばっていたんだろうけど限界はあるよね。今回改革するにあたり、警備騎士の第三にお鉢が回って来た。王族が着手してもいいんだろうけど、こう言った下半身の問題は直接手を下すモノでもないんだろう。う~ん。

「悪習か… よくある話ですか?」

「ん~。愛人や婚外子問題は貴族のあるあるじゃない?」

「は~、ま~」

「私も目を光らせていたのよ? ほら、私って『公爵』じゃない? その看板で抑えていた感はあったのだけど、それ以上に下品な奴らが増えて来てしまってね。根本からどうにかしないといけないってなったのよ」

「なった? でも、私、抑止力になる様な爵位ではないですけど? 人選、間違ってません?」

「そんな事ないわ! 総団長の推薦だし、何せ『掃除屋ラモン』でしょ?」

 何その変なネーミング。カッコ悪い。

「ちょっ! 誰ですか! そんな名前付けたの! 『掃除屋』って暗殺者じゃないですよ!」

「そっちの掃除じゃないわよ。第七のどうしようも無かった案件を一気に片付けてキレイにしたじゃない。だからじゃない?」

「はぁぁぁ? いっつも思うんですけど、そう言う名前って誰がつけるんですか? ちょっと抗議しなくちゃ!」

 息巻く私とは正反対に、ユーグさんは優雅に紅茶を一口飲んでから静かに言う。

「陛下よ」

 …

 陛下か。そ、そうか。

 言葉にならない私の後ろで、ドーンが声を殺して笑っていた。