夜会の会場へ戻ると、チラチラと見ては来られたがみなさん遠巻きに私達を観察している。

「アレクさん、手を、手を抜きたいんだけど?」

 入場前にエスコートの手を離そうと思ったら、アレクの腕と脇腹にぴっちり挟まれて抜けない。どうがんばっても抜けない。

「ラモン諦めろ。ククク、このまま御前まで進むぞ?」

「それは勘弁して。隅に行きたいな~なんて」

「いや、もうすぐ発表があるだろう。前の方へ行っておいた方がいい」

「了解です」

 バルコニーに近い壁際に移動する。

 ここでやっと手が離れた。ふ~。抜こう抜こうとがんばったせいか、指先がジンジンする。ドーンがピタッと後ろにつく。

 周りを見渡せば騎士団関係者が集まっていた。

「おうおう、まだ居たのかガキ?」

 げっ。第六じゃん。嫌なのに会ったよ~。団長会議でもいっつも絡んでくるから鬱陶しいんだよね。

「こんばんは」

「びしょ濡れになったからてっきり帰ったかと思ったが?」

「残念でした」

「ふん。相変わらずムカつくガキだな。新編成でも席があればいいなぁ?」

「どうでしょうね~」

「こいつらも… 一丁前に男を侍らせやがって。騎士なら剣で勝負しろよ」

「そうですね~」

「クソっ、こいつ」

 と、なった所でドーンとアレクが私の前に立った。

「ユーキ殿、これ以上はお止め下さい」

「はんっ、結局お前達か… 底が知れるぜ。けっ」

 第六の団長は捨て台詞を吐いて離れた場所へ移動した。

「は~、あの人。いっつも絡んで来て… 嫌ならわざわざ話しかけて来ないで欲しいわ」

「ああ言う手合いは無視が一番です。団長も相手せずともよろしいのに」

「だって… 嫌だけどおちょくり甲斐があるって言うか、へへへ」

 ざわっ。

 陛下が再びバルコニーに姿を現した。ダンスの音楽が止み、一斉に首を垂れる。

「面を上げよ。皆の者、今日は騎士団の新編成の発表がある。上位から下位まで大異動があるので皆にも周知して欲しい。早速新団長を紹介しよう。呼ばれた者は前に」

 さささと、貴族達はバルコニー下を空ける為下座へ移動する。

「第一騎士団長 ハドラー・ユナイト
 第二騎士団長 トロイ・タッカー
 第三騎士団長 ラモン・バーン
 第四騎士団長 アレクサンダー・ユナイト
 第六騎士団長 ユーキ・トラスト
 第七騎士団長 シニアス・リフランシェ
 なお、第五に関しては団の構成上紹介を省く。魔法士団に関しては変更はないので、これも今回は省略する。以上、二月より新団長の元、新体制へ変更になるのでよろしく頼む。これより我が国を守護する者達だ。拍手」

 パチパチパチ~盛大な拍手と値踏みするような大勢の視線。特に、ご婦人達の視線が私を射抜く。痛い、痛い。

「続いて~」

 と、陛下が皇太子ミハエル様の婚約者の発表を始めた。私達は壁際へ避けそのお話を聞く。団長達は順番に並んでいるので何となく気まずい。

「ねぇ、ラモン嬢。初めましてだね。僕はトロイ。団長同士仲良くしようね」

 爽やかな青年が手を差し出してくる。騎士には珍しい感じだな。

「えぇ、よろしく」

「僕はタッカー伯爵家の者なんだ。ラモン嬢、あなたのような可愛らしいお嬢さん、見たら忘れるはずは無いんだけど… 夜会とかで今まで見た事がないんだよね。どこの家の人?」

 ははは。陛下の話を聞けよ。総団長は横目で見ただけで、こっちのやり取りは無視している。興味なし? 助けてよ。

「子爵位ですので、このような華やかな場所は初めてです」

「そっか~。ごめんね、いきなり家の事なんか持ち出して。でも珍しいね。子爵で団長なんて。辛くない?」

 ごほん。と、反対に居るアレクが分かりやすい咳払いをする。

「おっと、声が大きかったかな? 失礼。君の横の方って第三王子だよね。ふふふ、王子と同僚なんて、友達に自慢しよっと」

 話すだけ話してやっと静かになったトロイさん。ちょいちょい『ん?』って言う発言が多かったな。あんまり関わらない様にしよう。うん。

 陛下が閉会の挨拶をしている。その横でイチャイチャしているミハエル様と婚約者様。会場内では何人かのお嬢様がシクシクと泣いている。選ばれなかったのか… 残念だ。ドンマイ。

「~これで閉会とする。会場はこのまましばらく解放するが、もう夜も遅い。早々に帰路に着くように」

 ザワザワとまたおしゃべりタイムが始まった。私は、もう帰りたいのでドーンを探す。

「ラモン、これから少し話さないか?」

 アレクが誘ってくれたが、私は帰りたい。今日はもう疲労困憊だ。

「ごめん、今日はちょっと無理かも。疲れちゃった」

「え~! 王子様の誘いを断るの! 子爵が?」

 まぁまぁデカイ声でトロイさんが私の後ろで叫ぶ。そりゃ~ちょっとざわつくよね。アレクも途端に不機嫌になる。

 はぁ~。この人しんどいかも。

「トロイさん。誤解があるようですが、私とアレクは元上官と部下で近しくさせて頂いています。変な勘ぐりは止めて頂きたい」

「アレクって愛称呼び? すごいね~ラモン嬢。団長にまでなるとこんなにも位が上がるんだ~」

 こいつ、マジでウザいな。

「は~。トロイさん、今は口を閉じた方が賢明です。後程の団長会議で色々指導して頂いた方がよろしいかと」

「僕にまで命令するの?」

 はぁ~。ダメだこれは。

 ドーン、ドーンは居ないのかな? と、トロイさんを無視してドーンを探す。

「ねぇねぇ、何で無視するの? そんなに団長って偉いの?」

 ねぇねぇ、と言うトロイさんの顔。嫌~な感じに口元が笑っている。わざとだね。天然じゃないんだね。

「トロイ・タッカー。口を閉じよ」

 アレクが助け舟を出してくれた。

「… ラモン嬢、いいね? こんな王子様が味方だと、やりたい放題だね?」

 …

 キレそう。

『はぁ?』と言う顔で睨んでいると、まさかの総団長が登場。

「おい、トロイ。その汚い口を閉じよ。任命早々、クビにされたいのか?」

 トロイさんの顔つきが変わった。総団長は怖いと見える。弱点発見。

「はっ、申し訳ございません」

「お前はこのまま回れ右して帰れ。いいな?」

「はっ。では、失礼します!」

 最後にギロっと睨まれたけど、すんなりトロイさんは帰って行った。

「総団長、ありがとうございます」

「あぁ… 何を思ったのか… あんなヤツではなかったんだがな。気分悪いだろう?」

「まぁ、団長になって浮かれたのでは? 団長は同格のルールも知らないようですし。私は気にしてません。てか、存在を抹消するのでお構いなく」

「ククク、抹消か。それがいい。ほら、ドーンが迎えに来たぞ? お前も今日は帰れ」

「はい、そうします」

「団長、大丈夫でしたか? 変なのに絡まれていましたね? アレク殿もなぜ助けないのです?」

 ツーンとしているアレク。

「ドーン、そう言ってやるな。アレクも助けたんだが… 相手が悪かった。ラモンはもう帰るそうだから送ってやれ。あっ、そうそう、団長会議は明日の三時だ」

「了解しました」

「じゃ、アレク。ごめんね。団長同士になったしさ、勤務地も一緒だし、たまに会えるよ。またね」

「あぁ。残念だがまたな」

 ドーンと私は会場を後にして、とっとと第七へ帰った。

 はぁぁぁぁ。疲れた。こんな夜会が毎年一回あるなんて… 何の罰ゲーム?