転生騎士団長の歩き方

 難民問題は少しずつだが進み出した。難民達自身も少し思う所があったのだろう。健康になった今、ただただ周りに流されるのではなく、自分の意志で生きると言う選択が出来る、これからの希望が彼らの目の輝きを変えた。よしよし。キッカケも立ち直る為の大事な要素だしね。

「ドーン、今日の午後は演習場へ行ってくるわ」

「珍しいですね」

「うん、ちょっとね」

 ぶっちゃけ太ったとは言えない。美味しい美味しいテッセンのデザートを欲張りすぎたんだよ。いつもお代わりをしたのが仇となった。う~。

 誰だよ! 『おやつは別腹』って言ったの。丸っと同じ腹に収まってんじゃん。って、そう言う別腹って意味じゃない?

「は~、このズボンに乗ったハムをどうにかしないと」

「ん? ハムですか?」

「何でもありません」

「ははは、団長、私もご一緒しましょう。ぜひ団長と一戦してみたいですな」

「え? それは… ドーンに勝てる気がしないから無駄じゃない?」

「勝つ勝たないじゃないんですよ。純粋に一度手合わせをお願いしたくてですね。あの絞め技などもう一度見てみたいですな。と言うか、団長と一度も対峙した事がありませんし」

 へ? 結果分かってるのにやる意味ある?

「訓練ですか?」

「いえ、実践です」

「え~、どうしても?」

「どうしても」

 ニコニコと返答を変えないドーン。これは『はい』と言うまで続くな。

「… う~、わかりました。じゃぁ一戦だけ」

「楽しみです」


 午後の演習場では、チラホラと休みの騎士達が自主練していたり、新人君達がお爺ちゃん先生にしごかれていた。

「あっれ~! 団長ちゃん?」

「あれ? トリス? あなた昨日夜勤じゃなかった? 寝なくて大丈夫なの?」

「え~。五時間ぐらいは寝たし。十分っしょ」

 若いなぁ。鍛えてるせいもあるのか? そのエネルギー羨ましい。

「って、アレクも?」

「あぁ、団長。俺は今日夜勤だ。珍しいな、訓練か?」

「え~、いいな~。副団長の訓練。俺も混ぜて?」

「ん~、ダメ。後でお願いしてあげるから。今は見てて」

「ホント! 副団長、最近俺に冷たくてさ、稽古付けてくんないんだよ」

「それは日頃の行いのせいでは? 自覚ないの?」

「ん~。ちょっとだけイタズラっ子なだけじゃん」

「あ~、自覚はあるのね」

 ドーンは演習場の隅でジャケットを脱ぎ、短い槍を持って来た。

「え? 本気? てか、ドーンの得物って初めて見たわ。槍なんだね。剣先がキレ~イ、美術品みたい」

 柄が通常より短くて、刃の先が曲がっている。薙刀っぽいな。短い薙刀バージョン? あれってやっぱりオリジナルだよね? 刃に蔦の模様が彫られている。こだわりがすごいな。

 ドーンはくるくるとその槍を身体の周りで回しながら準備運動をしている。

「団長、準備はよろしいですか?」

「あぁ、ちょっと待って。でも槍かぁ、私とは相性悪いかも」

「そう言えば、団長の武器も初めて見ますな」

「何処にでもある平凡な武器よ。これ」

 と、腰から取り出したのはちょっとデカイ短剣だ。海賊とかが持ってそうな、柄がナックルになっていて、刃は両刃。長さは自分の肘から手首までぐらい。

 アレクが私の武器にくいつく。

「へぇ~、短剣かぁ。戦争には向かないだろ? どうしてたんだ?」

「その時だけ両刀にしてた。私は中位騎士で戦場では後方部隊だったし、実際、近距離系だからあんまり役には立たなかったかな」

 今度はトリスだ。

「でも、最後の最後で決めたじゃん」

「あはは、勘弁して。あんまり覚えてないし… まぐれの一撃だから」

 少し離れた所でスタンバイしているドーンが痺れを切らしている。

「お喋りはいいですかな。始めましょうか?」

「はい。お手柔らかにお願いします。ハンデを貰えればめちゃくちゃうれしいです」

 ドーンは一瞬考えて、得物を訓練用の槍に持ち替えた。

「では、これで戦いましょう」

「いいの? せっかく持って来たのに!」

「いいです。褒めて貰っただけでもうれしかったので」

 私達は演習場の端で対峙する。目立たないようにと思って端っこに寄ったのに、いつの間にかギャラリーが出来ていた。

「では、私アレクが立会人をします。始め」

 ドーンは腰を落とし槍を中段に構える。

 う~ん。ドーンは待ちか。どう攻めようかな。

 私は顔前に短剣を構え、頭を突き出した形で姿勢を低くして走る。矛先が迫る直前で槍の刃とは別の方向へ飛ぶ。

 上を向いていた槍の柄先をナックルで殴る。刃が重心をそれて上に向いた瞬間に、短剣を足に!!

 と思ったら、案の定避けられた。

「ちっ」

 ドーンは笑っている。余裕だな。そりゃ~そっか。

 思いっきり振りかぶったので、そのままその場でくるりと一周して、もう一つの足を狙う。しかし、槍で止められ終了。

「勝者 ドーン」

 二人で礼をして終わる。ふ~。ガヤガヤとギャラリーが騒がしい。

「あの槍の速さ見たか? 槍だぜ?」
「あんなのアリか? 柄を殴ったぞ」
「避けられた後もう一周した方がびっくりしたけどな」

 ドーンは汗一つかいていない。爽やかな笑顔でもう一戦とか吐かす。

「今度は体術でやりますか?」

「楽しんでるの? 私、結構、体力無いから… ドーンの相手はきついかな。てか、体術でも勝てないと思うし。無理」

「残念です。では、そうですな~。トリスはいかがです?」

「トリス?」

『えっ俺?』と自分を指差して驚くトリス。ギャラリーに混じって座って見学していた。

「トリス! 団長に勝ったら稽古をつけてやろう? どうだ?」

「やるやる~!」

 トリスは二つ返事でやって来る。

「勘弁してよ~。しかも煽らないでよ~、ドーン」

「ははは。ぜひ体術を。お願いします」

 ドーンはどうしてもプロレス技、もとい体術を見たいのだろう。

「一回だけね。トリスにも勝てないと思うんだけど。みんな誤解してない? 私、実力は中位騎士よ?」

「まぁまぁ、団長ちゃん。あの技、もう一回俺も見てみたいし」

 はぁ~。どんな期待だよ。

「じゃぁ、一回だけね」

 私はトリスをどう攻めようか考える。身長差は二十センチはあるしな。う~ん。低姿勢で攻撃? ダメだ、さっきとダブる。意表を突くしかないか。

 軽くストレッチをして、膝の感覚を確認する。うん、今日は調子がいい。

「では、始め」

 ドーンの号令でトリスが向かって来た。

 マジ? 受けじゃないの? よっぽどドーンと稽古がしたいのか… ニヤけてちょっと余裕なトリスにイラっときた。

 まずは胸ぐらを掴まれたので下から殴って外し、しゃがみ込む。両手で覆いかぶさって来たので、その場で思いっきりジャンプした。

 ちょうどトリスがしゃがむ体制になっていたので、トリスの頭上まで飛ぶ事が出来た。

「よし」

 両足で菱形を作り、トリスの頭に引っ掛ける。とっさに私の足を掴み自分の首を守るトリス。が、私の体重で仰向けに倒れてしまった。

 前腕で着地の衝撃を受け止め、私は足を引っ掛けたままくるっと回る。そのまま両足をすぼめ、トリスの首を絞めて終了。トリスは私の足をパンパン叩いている。

「「「うぉ~!!!」」」

 ギャラリーが湧いたので、おちゃらけてカーテシーをしてみた。

「だ、団長ちゃん。太もも絡ませるとか、卑怯じゃない? 首も思いっきり絞めたでしょ? ゴホゴホ」

「だって、ニヤついてたトリスの顔がムカついて。まさか私も勝てるとは思ってなかったよ?」

「そんな… じゃぁ負けてくれて良かったのにぃ。副団長との稽古がぁぁぁ」

「ははは。私から言ってあげるから安心しなさい」

 ドーンとアレクが私達にかけ寄って来る。

「流石です! 団長! お見事です。やはり、身が軽いからこその技ですな」

「団長もトリスもお疲れ。トリス、お前油断し過ぎだ」

「あはは。でも次は勝てないかな? 油断してくれたからこその一勝ね。はぁ~しんど」

 私はドーンからタオルを受け取って汗を拭く。

「団長ちゃん、気を抜いたのは俺が悪い。演習でも本気で行くべきだった。これは完全に俺の負けだよ、まだまだだ」

「おや? 珍しい、そんな殊勝な言葉が聞けるとは」

 今チャンスじゃない? ちょっと機嫌がいいみたいだしドーンにお願いしてみる? 私はトリスに目配せして、ドーンに口添えしようとした時、

「ねぇ、ドーン。トリスにけい~」

「やぁ、ラモン団長!!!」

 演習場の入り口から男性が大声でやって来た。

 演習場の端っこに集まったみんなが一斉に入り口を振り返る。

 と、遠いな。誰だ?

 それは、ニコニコしながらやって来るスバルさんだった。
「げっ」

 スバルさんの後ろにはまだ三人も居て、入り口の大きな扉には大男が寄り掛かって立っていた。

「あぁ!!! ヤバイ。みんな、ヤバイ。制服を正して!」

 ハテナな騎士達はお互い顔を見合わせている。

「ヤバいんだって! 総団長が居るから!!!」

 ニヤッと笑ってこっちを見ている総団長とお付きの涼しい顔した第一のおふたり。

 ガサっと皆が立ち上がり、身なりを整え腕を後ろに回し直立だ。トリスもアレクも同じ様にしている。

 良かった~。何とかなった。

「ラモン団長! 団長室へ行ったらこちらだと聞いてね」

「ス、スバルさん。お約束はしてなかったような…」

「いや~すまないね。総団長の時間がたまたま空いたものだから」

「総団長… がですか?」

「あぁ、今時間はいいだろうか?」

「はい」

 するとスバルさんは総団長に手を振って合図を送る。総団長の御一行はパッと真っ直ぐ立ちこちらへやって来る。

「いやいやいや、スバルさん? おかしいでしょ。私が向かいます! 総団長を止めて下さい!」

「え? いや、だって。今更止まらないでしょ? もうこっちに着きますし、ラモン団長は気を使い過ぎです」

 いやいやいや。

 ん? いややいやいやいや。

 青い顔の私は、他の者と同じように直立で総団長をお迎えした。

「そ、総団長、わざわざ足を運んで頂きありがとうございます」

「いい。それよりちょっと堅いな。団長は同列と言ったのを忘れたか?」

「そんなぁ… 総団長ですよ? 恐れ多いです。はい」

「まぁ、その内慣れるか? 崩して話していいんだぞ? スバルから聞く話によると、ドーンとは親しげに話すそうじゃないか? ん?」

「それは… 毎日一緒にいますので、自然と仲良くなったと言いますか」

「慣れか? ではこれからは毎日顔を見に来るとしよう」

 ダメダメダメ。それは団のみんなの心臓が持たない。ダメだ。後ろでみんなの顔色がサ~っと引くのがわかった。

「いけません。タ、タメ口までとは行きませんが、極力崩して話します。話す、よ?」

「ぷっ、ククク。すまんすまん。ちょっと苛めすぎたか? ドーン?」

 総団長は、プルプルしながら一生懸命答える私の頭を撫でてから後ろのドーンに話しかけた。

「そうですね。うちの団長で遊ばないで下さい」

「相変わらずだな。元気か?」

「見ての通り、むしろ若返りましたよ」

「そうか… それは良かった」

 総団長は優しい笑みを浮かべてドーンを見ている。やっぱり親友? なんだね。心配してたんだ。

 一方、ドーンは他の騎士達を気遣い、今いる場所の反対側、ベンチが並ぶ見学席へ総団長を誘導した。

「ちょっとボロい椅子ですが、どうぞ」

「あぁ、懐かしいな。これぐらい新調すればいいのに。私もココ出身なんだ。なぁ? ドーン」

 総団長はあちこちにある、椅子の傷をなぞっている。

「はい、大昔ですが」

「総団長も?」

「あぁ、新人の頃に三年程か。その後すぐに第四へ異動になったからな」

 第四、近衞か。

「では、リックマイヤーは覚えていますか?」

「あぁ。新人担当の指導騎士だった。ラモンも知っているのか?」

「知ってるも何も、まだ居ますよ? 今は私の側近の一人です」

 総騎士団長は大きく目を見開いて驚いた。

「… そうか。そうか。約束を守ってくれたんだな」

「約束ですか?」

「青い若造時代の私が呟いた戯言だ… 何でもない。ドーンお前、リックマイヤーの事、知っていたのに隠していたな?」

 ドーンは涼しい顔で答える。

「本人に口止めされましたので」

「そうか。まぁ、いいや。今日はな、ラモンが考案したアレコレを話しに来た」

 ん? 給与算定法かな? スバルさん居るしね。

「では、団長室へ移動しましょう」

「いや、まずは十手だ」

 十手? が何?

「私も試してみたい。今あるか?」

「ありますが… え? 総団長自らですか?」

「あぁ。設計図を見て試してみたくなった」

 私はドーンに目配せし取りに行かせる。

「ほほぉ。本当にドーンを使いこなしているようだな」

「使いこなすとか、語弊があります。副団長なんですから普通でしょう?」

「ははは、あの(・・)ドーンだぞ? 知らないって事は恐ろしいな。ここじゃ、いやラモンの前ではあいつも一騎士で居られるのか… スバルが驚いていた理由が分かったよ」

 ん? あの(・・)って『稲妻ブレーン』の事かな?

「いえ、ドーンは危なっかしい小娘を世話してくれているのです。流石、第一の頭脳と謳われた方。私がこうして好き勝手出来るのは、ドーンと側近達のお陰と重々承知しています。私一人だったら… 今は無いでしょうし」

「謙虚な所もドーン好みか、あはははは。天然とは最強だな」

 解せん。天然とか。普通じゃん! 普通の事しかしてなくない?

「う~ん。どうでしょう」

 そうこう話しているとドーンがアレクとトリスを連れて帰って来た。

「総団長、これが十手です。十手の使い勝手を見たいのならこいつらにさせますが?」

「いや、私がする。ドーン、スナッチ、相手をしろ」

 総団長の後ろにいたスナッチ副団長が嫌そうな顔して前に出てきた。

「いやいや、何で? この騎士達にさせればいいでしょう?」

「あー? 十手とやら、面白そうじゃないか。まぁ、付き合えよ」

「え~、もう~」

 と、気さく? な感じで、スナッチ副団長はぶつくさ言いながら開けた場所へ向かって行く。

「ドーンも。さっきの様子じゃ鈍ってなさそうだしな」 

「やれやれ。言い出したら聞かないんですから」

 ドーンも自分の槍を取りに駆けて行った。

「それより、さっきの対戦、ラモンは面白い戦術を持っているな? 小柄かつ身軽な身体を応用した体術と、近距離専用の短剣。初対面の相手には負けなしだろう? どうだ?」

 うっ。バレてる。

「はぁ、まぁ。しかし、一度見られてしまうと格段に勝算が下がります。まだまだです」

「いや、そうだなぁ… 速さ(・・)を武器にしたらひょっとしたりするんじゃないか? 戦闘センスはいいんだ。まずは体力作りだな」

「はい、精進します。ご指導ありがとうございます」

「ん」

 そうこう話していると、ドーンとスナッチ副団長の用意が出来たみたいだ。

「そこの側近達。ラモンを護衛しろ。石や魔法のかけらが色々飛んでくるぞ」

「「イエッサー」」

 アレクとトリスが私の席の前に立つ。総団長はワクワクしながらドーン達の方へ向かって行った。

「ねぇねぇ、トリス。あんたもちゃんと騎士(・・)が出来るんだね?」

「だ、団長。今は止めて下さい」

「は~い」

 私の横にはスバルさんが座った。

「すみませんね。うちの団長、暇さえあれば打ち合いしたいタイプでして」

「いえいえ。十手を直接吟味頂けるなんてうれしいです」

「では、私、コナーが立ち合います。総団長対ドーン、スナッチ。始め」
「ははははは。これはいいな」

 ブンブン振り回して三〇分も対戦した総団長はご機嫌だった。ドーンも攻撃が効かないとは言え、顔が笑っている。楽しそうだ。

 結論を言うと、十手だけの総団長が圧勝で終わった。あのドーンもスナッチ副団長も武器と魔法を駆使したが、総団長の前では傷一つつけられなかった。

「つ、強い。てか、強すぎじゃない? どこ目指してるの?」

 ぼそっと呟いた私の言葉にアレクが続く。

「アレはただの戦闘狂だ」

 アレクは私に答える感じではなく、前を見てぼそっと呟いた。目が、目がちょっと憎しみがこもっている。

 お~い、アレクさんや。大丈夫?

 私がボ~ッとアレクを見ていたら、総団長達は引き上げて来ていた。対面の向こうの方で観戦していた騎士達は大はしゃぎだ。ギャーギャーうるさい。

「十手、使い勝手がいいな。盾にもなるし鈍器にもなる。スバル、私の分も用意してくれ」

「わかりました」

 総団長は軽くジャケットを羽織って身支度を整えると私に手を差し伸べる。

「では、ラモン。行こうか?」

 え? この手を取るの? 本気? ドーンを見るとうんと頷いている。

「えっと~、ありがとうございます?」

 総団長のエスコートで私も立ち上がる。

「この人数じゃ、第七の団長室は狭いだろう。第一まで来てくれるか?」

「はい、了解しました。アレクかトリス? 団長室に今日は就業まで帰らないから各自で上がってって言っといて?」

 アレクが手を挙げて了承する。しかし、ここでスナッチ副団長に止められてしまった。

「ラモン団長、その格好で来るつもりか?」

 私は自分の姿を上から下まで確認する。平騎士と同じ制服に団長の腕章。軽装すぎかな? でも制服だよ? 一応。

「え? ダメでしょうか」

「は? 訓練着だろう?」

 訓練着ではないけど… うわ~。そうなの? ダメなの?

「すみません。私は常にこの格好でして。執務もこれでしてます。団長服に着替えるとなると少々時間がかかってしまいます」

「え?」

 目が点になったスナッチ副団長。ははは、すみません。服に無頓着で。

「なぁスナッチ、服なんてどうでもいいじゃないか」

 総団長的には別にこれでいいらしい。セーフ。

「ダメです。第一の団長室は王城内にあります。せめて清潔な服でお願いします。先程の演習で汚れてしまっているでしょう?」

「あぁ。はい。替えでいいなら直ぐに着替えます。でも先に行ってて下さい」

「まぁ、いいだろう。三〇分以内にお願いする」

「了解です」

 こうして総団長達御一行とは演習場で一旦解散した。


「ドーン、王城っどんな所? 私がウロウロしても大丈夫?」

「そんな構えるほどの所でもないですよ。ちょっと高級品に囲まれているだけです」

 高級品。それが私にはハードル高いんだよ。

「じゃぁ、ちょっと見張ってて。ささっと『洗浄』をかけてしまうし。てかドーンは汚れてないんだね。不思議」

「あぁ、風魔法で周囲に膜を張ってましたので、そのせいかと」

「総団長も、スナッチ副団長も。あれだけ動いたのに汗かかないとか同じ人間なの?」

 私は小言を言いながら演習場の着替え室で魔法を使う。

「よし、行こっか」


 コンコンコン。ドーンが入室の掛け声をかける。

「失礼します。第七騎士団団長ラモンが参りました」

「どうぞ」

 と、ドアを開けてくれたのは何と! 侍女ちゃん! めっちゃかわいい。

 あまりのかわいさにポッと頬が熱くなる。

 唇プルプル~、髪も銀髪でおしゃれ~、なんかいい匂いするし。

 私は思わず自分の匂いを嗅いで臭くないか確認してしまった。

「ごほん」

 ドーンが呆れて咳払いをする。いけない、今第一に来てるんだった。

「総団長、お待たせしました」

「いや、いいんだ。そこに座ってくれ」

 総団長室はめっちゃ広い。

 入ってすぐの応接セットの後ろにはババ~ンと団長の執務机。その机の左右に六セットづつ、これも中々大きい机と壁にびっしりある本棚が、応接セットを挟む感じで配置されている。

 すげ~! あのソファー、長いやつ。私なら十人ぐらい座れるんじゃない?

「では、失礼します」

 うわ~、ふっかふか~。

「あぁ。お茶を」

 総団長がそう言うと扉前に控えていた執事? みたいなお爺さんとさっきの侍女、もう一人の侍女がテーブルにセッティングをし始めた。美味しそうなお菓子まである。

 うわ~、豪華~。あれ食べてもいいのかな?

「ま、飲んでくれ。早速だが、色々報告書を見た。これは全部ラモンの考えか? それとも何かの文献からか?」

「私の考えをドーンが形にしてくれました、文献は見ていません。第七の過去の収支報告書は目を通しました」

「そうか… 先程の十手だが、騎士団に広めようと思う。まずは城下街警備の第二と王城警備の第三だ」

 そうだね、警備系なら十手は活躍しそうだね。

「いいと思います」

「ほぉ? 反対しないのか? 第七の独占ではないと?」

「はい。別に独占するつもりは始めからありませんから。それに、設計図の特許なら新しい武器だったので既にドーンが手配済みですし」

「ふ~ん。欲が無いんだな?」

「え? ありますよ。総騎士団が十手を採用してくれれば販売個数も増えますからね。自ずと私の懐に幾らか入ります。めっちゃ助かります」

「ははは、助かります? その程度か?」

「はい、その程度です」

「そうか」

 総団長は何故か上機嫌だ。そんなに十手が欲しかったのか?

「よし。次だ」

「はい」

 こんな調子で、給与の算定方法、交代制の勤務体制、新人教育の仕方、平民騎士の底上げ方法、あとは難民対策についての見解を話し合った。

「まだ他にあるか?」

「まぁ、無くはないですが」

「それも団に関してか?」

「ん~、まぁそうですね。第七では始めてますが」

「言ってみろ」

 え~。でもこれって良いのか悪いのかわかんないんだよな。騎士の副業は違法ですとか言われたらどうしよう。

「副業の斡旋です」

「副業?」

「はい。今回の給与算定で減った者が多少居まして、その者達向けに団内の雑用を休日を使ってやってもらおうかと。何せ、人手不足ですから。余った時間で副業をしてもらってます」

「例えば?」

「簡単な手伝いです。武器を磨いたり、倉庫の掃除、料理人の手伝いとかです。一回三時間程度で三千Kです」

 ここで、後ろに立っていたスナッチ副団長が口を挟んで来た。

「貴族騎士もか?」

「はい。平等に同じ副業をしてもらってます。でも上位の方々はしてませんね。下位貴族のちょっと貧しい者達や平民騎士が多いです」

「そうか… それも平等に計算するのか。あとはあるか?」

「今は特には。難民問題がまだ片付いていませんし、商業ギルドともちょっと話し合いがあると思います。問題がまだ残っています」

「わかった。では、本題に入ろうか?」

 え? まだ本題じゃないの? 私、めっちゃ色々話したけど?
「今回、スバルが異動願いを出してきた。第七にな」

 は? 寝耳に水なんだけど。

「え、でも。うちですか?」

「あぁ、ラモンの下に行きたいんだと。『総務の鬼』までも手懐けるとは、いやはや恐ろしいな」

 ちょっと待って。ちょっと一旦落ち着こう。

 スバルさん、第七に来ても待遇が… 絶対第一の方が良いはず。

「だから、手懐けるって、人聞きが悪いですね。そんな事一ミリも知りませんでしたよ?」

「しかし、第一としてはスバルは手放せない。そこでだ、今、第一は席が二つ空いている。二人共引退だ」

「引退? ドーンの席じゃなくて?」

「あぁ、ドーンの席には前第四の団長が着いた。戦争が終結したからな、一人は領主として戻るやつと、もう一人は一番年上の爺さんが隠居する。第一は平均年齢が高かったしイイ機会だろう」

「で? その二席がどうかしましたか?」

「あはははは。ここまで言ってピンと来ないか?」

 え? ドーンを返せとか?

「ドーンは返せませんよ」

「違う違う。まぁ、遠からずか」

 ニタっと笑う総団長。え~何~?

「わかりません。降参です」

「ほぉ~。まだ分からんのか? 本当に欲がないんだな」

 へ~へ~、すみませんね~。アホで。

 うんうん悩んでいると、スナッチ副団長が話に入ってくる。

「総団長、察しが悪すぎて… 止めた方がいい」

「そうか? 私は楽しくなると思うけどな」

「はぁ~。楽しいとか要らないんだよ、第一には」

 スナッチさんは大きいため息を吐いて、そのまま自分の机かな? そこへ行ってしまった。

「ラモン、お前第一に来ないか? ドーンも連れて」

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私は思わず立ち上がり叫んでしまった。

「いやいやいや、ないです。ないです。それは無謀な話です。総団長、考え直して下さい」

「ははは、自分で無謀とか。よく考えてみろ、今回の第七の立て直し。この短期間でいくつもの案を捻り出し、しかも金がほとんどかかっていない。始めはドーンの仕業かと思ったが、お前の功績だろ?」

「考えたのは私ですが、ドーンや側近達が居なければ無理でした」

「そうだ、その『考える事』を私は買いたい」

 考えろ、考えろ。これはダメ。私には無理。

「まだ、問題が残っています。無責任に途中放棄したくないです」

「その問題も、ラモンじゃなければいけないのか? 今は指示を出せば誰かが動いてくれる様になったんだろう?」

 まぁ、そうだけど。

「嫌です」

「まだ、駄々をこねるのか?」

「はい。これは王命ですか?」

 …

 しばらく睨めっこをする。怖くないよ。総団長の、鋭い目なんか怖くないんだから!

「いや… 私の提案だ」

「では、今はイヤです」

「じゃぁ、何時なら良い?」

 しまった。答えを間違えた。

「ずっと先です。私は第七が好きなんです」

 はぁぁぁ、とため息を吐いて仰け反った総団長は、手を額に置いてしばらく沈黙した。

「わかった。実はな、新年明けに騎士団の総編成を行う。功労賞の授与式で陛下が仰っていただろう?」

 ん? 言ってた? 言ってたのか?

 ドーンをチラ見したら小さくうんと頷いた。そうだ、私って緊張と驚きであの時の記憶が飛んでるんだった。

「はい」

「まず第一の引退二名とその穴埋めだろ? ある団の掃除。第一王子が立太子する。それに伴う騎士の異動がある。第四の近衛騎士が増員される。あと、第七の騎士三名の異動は決まった」

 ちょっと、内情を漏らしすぎじゃない? どうしても第一に入れたいの?

「それ、止めて下さい。これ以上は聞きたくないです」

「そこは危機感が働くんだな? ははっ。逃げられない様に仕向けたんだけどな」

「気になる部分は、正直あります。第七の騎士三名の異動。でも、聞きません。聞いたら最後、巻き込まれそうで」

「ははははは」

 私は紅茶を飲むフリをして平常心を保つ。

 気になる。めっちゃ気になる、騎士三名。聞きたい。でもダメ。ダメだ、ラモン耐えるんだ!

「ドーンは? 第一に帰る気あるか?」

「ない」

 即答!!!

「そうか。やはりそうなると、ラモンを口説き落とすしかないのか」

「止ーめーてー下ーさーいー! あわわわわ」

 私は耳に栓をして、聞こえないように声で誤魔化す。

「お前は子供か。はぁ、まぁ、いいだろう。今日の所はこれでいい」

 ふ~~~。

「はぁぁぁ。やっと終わった。拷問だ」

「ははは、またその内な。()はいいよ」

 と、ニヤリと笑った総団長。

 今はって言った? 今はって。

 怖い。怖い。逃げられない。

 涙目でドーンを見るが、ドーンは思いっくそ総団長を睨んでいた。

 こっちも怖い。

「では、私はそろそろ…」

 これ以上は長居は出来ない。早々に退出しよう。うん、そうしよう。

 そろっと、立ち上がり業務を続けている皆さんへ挨拶して帰る。

「またな」

「あはは、はい」

 長い王城の廊下をドーンと歩く。さっきからドーンは無言だ。私も何も話す気力がなかったので、第七まで黙ったまま帰った。
「おい、小娘、なぜ呼び出しに応じない?」

「はぁ? ドーン、この方達は頭がおかしいのかしら?」

「いえ団長、頭が悪いのです」

「な、何だと~!!!」

 大きなスイカの様なお腹をブルンブルンさせて、ワナワナと怒り狂っているのは商人ギルドのギルド長だ。

「ですから、始めからやり直して下さい。はい、どうぞ」

「始めからだと?」

「だってそうでしょう? あなたがうちに訪問したんですよ? 開口一言目がそれですか? マナーは習ってます?」

 プルプルと拳を握る。身体が、お腹が一緒にプルプルしている。ぷぷ。

 ドーンもつ~んとした顔で私の後ろに立つ。他の側近達はソワソワしているけど。

「まぁまぁ、ギルド長、今は抑えて下さい」

 ギルド長と一緒に来た人が汗を拭きながらなだめる。

 ギルド長は『ふん』と言って無言で座った。

 まだ、座っていいとも言ってないけど?

「すみません。私共は商人ギルドの者です。こちらはギルド長のブルータス様です。本日は、再三お届けした手紙に返答がないのでこうして参った次第です」

 苦笑いでまだ汗を拭いている。苦労してるんだね。まぁ、いいか。

「わかりました。で? 何の御用でしょうか?」

「っ!」

 ブルータスはワナワナとさらに怒り度が上がっている。

「え~、我々が送った手紙は見て頂けましたでしょうか?」

「ドーン?」

 ドーンが一歩前に出てバッサリ切り捨てる。

「書いてある意味が分からないので捨てました」

「だ、そうよ? 私は把握してないの。申し訳ないけど内容を教えてくれる?」

「はぁ? ここで申し上げるのですか?」

 ブルータスのお付きの人がうちの側近達を気にしながらコソコソする。

「そうよ」

 少し考えてから、お付きの人は小声で密談するみたいに言ってきた。

「あのですね、今回、新団長になってから城門の融通が… 少しばかり商人ギルドに対して厳しいのではないかと言うお話です」

「あぁ~。賄賂とか? 違法の荷に対しての検問とかの話かしら?」

「なっ! 少し言葉を選んで下さい!」

 呆れてしまう。まだそんな事を言ってるのか… 体制が変わったんだからこれからは今までの様にはいかないと思わないのか。

「だってそうでしょう? 要は今まで通りに(・・・・・・)しろって言いたいんでしょう?」

「小娘、わかっているなら以前の体制に戻す命令を出せ」

 ようやく口を開いたかと思ったら、案の定ブルータスは残念な物言いしか出来ていない。はぁ。

「なぜ、私があなたの言う事を聞かなければならないの?」

「私に楯突くのか? 春に金を受け取っているはずだ!」

「はて? 私はこの夏の終わりに就任したばかりだし、そのお金の事は知らないわ。過去の収支報告にも載ってなかったわよ? その使途不明金。つまりそれって賄賂よね? それなら詳しく調べて上に報告しないと。その時送った金額と相手を教えて」

「う”っ。それは…」

 苦虫を潰した顔で拳を握りしめるブルータス。もう諦めたら?

「どうせ第七は上がコロコロ変わるんだ。そんな青い事を言ってないで我々と手を組んだ方が旨味もあるだろう? あ~、そうか。小娘。お前も結局は金か? いくら欲しいんだ? そう言う事なら用意してやらんでもない」

 途中からニヤニヤと薄気味悪い笑顔をしだしたので、もうこの話は終わらせる事にする。だって、顔が気持ち悪いし、これ以上話しても無駄だろう。

「ドーン? 聞いた?」

「はい」

「みんなも聞いた?」

 それぞれが頷く。

「よし」

 私は居住まいを正し、ブルータスに言明を下す。

「商人ギルド長ブルータス、第七騎士団団長に対しての恐喝並びに過去の同団団長に対しての贈賄罪の罪で捕縛します。第一または第二騎士団で審議となるでしょう。そこの付き人も関係者として調書を取るので同行を。ドーン、クルス捕縛して」

 指名された二人は流れるような動きで、オロオロしているブルータス達をあっさり捕まえた。

「こ、こんな事が許されると思っているのか! 私のバックにはあの方が居るんだぞ?」

「あの方?」

 私が反応したので付き人が焦ってブルータスを黙らせる。

「ギ、ギルド長。いけません」

 首を横に思いっきり振って諌めている。まだ付き人の方が頭は回るのかな?

「ふん。直に出られるさ。覚えていろよ! 小娘が!」

「はぁ? 本当に失礼ね。私の名はラモンよ。って覚えなくてもいいけど。連れて行って」

 ブルンブルンのお腹を揺らして、最後まで暴言を吐きながらブルータスはドーンとクルスに連れて行かれた。

「『覚えていろよ! 小娘が!』って、捨て台詞も安直ね。あれでよくギルド長やって来れたわよね」

 ふ~っとため息を吐いて、この件は一件落着。やっと終わったぁ。

 これで商人ギルドの方も(かた)が付きそうだ。

「そうだ! リックマイヤー? 春のお金って何の事かわかる?」

「さぁな。そのまま金とか宝石だろ? 当時の奴等がそのまま懐に入れたんだろうよ。胸糞悪りぃ」

「ははは、まぁまぁ。新体制になって融通が効かない時点で分らないもんかなぁ? 今の団には通用しないって、諦めて切り替えて、こんな所まで乗り込んで来なきゃ捕まらなかったのに… バカだね」

「まぁな。商人ギルドだ、金でどうにでもなると思ったんだろう?」

「ふふふ。当てが外れました~残念でした~。って、最後の『あの方』も気になるなぁ」

 ふーむ、と悩んでいるとリックマイヤーが口添えしてくれた。

「商人ギルドと仲がいいのは上位貴族達だ。上客だからな」

「なるほど… 上位貴族ね。誰かわかる? あぁ、出元は言わないから安心して」

「公爵とだけ」

「ふ~ん。ありがとう」

 公爵か、家によっては王族に近いな。遠くても親戚には違いないし。これはヘタ打ったかしら?

 でもな~、ダメなことはダメだしね。ここは上の判断を信じるしかない。
 もうすぐ年が終わる。就任して約四ヶ月。色々あったな~。

 今日は城壁内の大掃除をみんなでやる事にしたので、食堂に非番の騎士達を集めた。

「みなさ~ん、注目! これからは毎年年末に大掃除をしようと思います。一年の汚れをみんなで落としましょう。お昼までだから簡単だけどお願いね。
 あと、個人的に部屋の掃除を希望の人達が居ますね? 事前に申し込んでもらいましたが、今日十時から掃除を開始するので、寮へは立ち入り禁止になります。それまでに見られてはいけない物は片付けておいて下さい。他の人も寮へは入れませんので気をつけて下さい。では、始め!」

 ボランティアで四十人程が集まってくれたので、食堂と各門の控室、執務室などの掃除をする。主に拭き掃除だ。

 私とドーンはしばらくしてから寮へ向かった。

 一般寮と団長の個室は離れているので、私は実は初めて立ち入る。ちょっとワクワク。

「やっぱり、年頃の男子が多いから汚いのかしら?」

「そうですね~、マメに掃除はしないでしょうな」

「変な本とかあったりして~」

「ははは、まぁ、年頃ですからね」

「そう言えば女性騎士は? 部屋はどう割り振ってるの?」

「はい。ちょうど北門の上部、二階が部屋になっていまして、万が一何かあった場合下に声が届きますので」

「なるほどね。叫べば、真下に門番が居ると言う訳ね。いい防犯対策」

「はい」

 やっと実現出来た、念願の個人部屋の掃除。うれしい! 汚れていれば汚れている程、一瞬でキレイになった時のあの爽快感。シュパって! は~早くやりたい!

 今回は十三部屋だから、合計三万九千K。毎度あり~。

 あと、今回の掃除は女性騎士からも要請があった。一件だけだけど。どうやら掃除自体が苦手な様で、『片付けはしない、汚れを落とすだけ』と言ったら、『それでも助かる』との事だった。これって汚部屋な予感がぷんぷんするよね。にしし。

「ドーン、寮の入り口を封鎖して。よろしく」

 ドーンは風魔法で入り口に盾を作り見張り役として立った。

「では、行ってきま~す」

 まずは、男性から。一人目は新人くん。まずまずの整頓具合。ちょっと小物が多いかな? 部屋ってその人の人柄がわかるよね。

『洗浄』

 床と壁、天井、ドアの内側、窓、ベットや机などの家具等がピカピカになる。この魔法、優秀な事に、インクは消えないのだ。だから、本や手紙などの紙類があってもそれは除外してキレイになる。私の魔法って本当に優秀!

 次、次と部屋の掃除をやって行く。途中、物が散乱し過ぎて『洗浄』をかけてもあまり変わり映えしなかった部屋があったが、まぁ、散らばった服や下の床はキレイになっていたので良しとした。

 最後は、唯一の女性騎士の部屋だ。いよいよだよ。どんな部屋かな~。

 私はウキウキしながら勢いよくドアを開ける。

「うっ。臭い!!!」

 急いで窓を開け換気だ。何がこんなに臭うんだ?

 部屋を見渡すと、食べ残しのパンや飲みかけのカップ、りんごの芯かな? 腐っててちょっと原形がわからないけど…

 部屋の隅の机の上に集められた生ゴミが悪臭を放っている。

「あれか。てか、こんな臭いでよく眠れるな。隣とか苦情が出ないのかな?」

 私は寮の入り口で見張をしているドーンを呼びに行く。

「ドーン、これどうしようか? これはちょっと言わなきゃいけないよねぇ? 部屋は個人のテリトリーだけど、これは見過ごせない」

「ちょっとどころではありません。害虫が沸きますので団にとっても不衛生でいけません」

 私はサッと『洗浄』だけかけて、窓を開けたままで女性騎士を連れてくる。

「先に謝っとくけど、ごめんね、部屋の中を私とドーンが見ちゃったんだ。それには理由があってさ」

 女性騎士はビクッとして真っ赤な顔になって部屋へ入った。

 部屋がキレイで驚いたのかぐるりと見渡していたが、部屋の隅のアレを見つけてさらに真っ赤になっていた。

「申し訳ございません。あれを見たのですね?」

「えぇ。掃除の人がね教えてくれて… あわよくば片付けてくれると思った?」

「はい、申し訳ございません」

 女性騎士は直角に頭を下げる。

「面倒臭いのはわかるけど、生ゴミは溜めないで。衛生的に他の人へ悪影響よ。虫も寄ってくるし。あと、あなたこんな臭いでよく眠れるわね? 身体大丈夫?」

「は~、まぁ。多少臭いますが私の家はスラムに近かったので慣れています」

 そうなの? スラム街って臭いの?

「そっか… でも今後はしないでね。生ゴミが出たらその都度食堂へ持って行きなさい。一緒に捨てて貰えばいいし」

「了解しました」

「はい、じゃぁ、これは今から片付けて捨てて来なさい」

 女性騎士を残し、私達は食堂へ戻る。

「みなさん、ご苦労様でした~! とてもキレイになりました。ありがとうございます。で、ここでお知らせです。今日、掃除を依頼してくれた人から集めたお金で腕相撲大会を開催します! 賞金は三万Kです。時間は七時~食堂でやりますので、今ここに居ない隊員にも知らせて下さい! 今日の七時から九時までは全ての隊員が休みになります。その時間は先生達が仕事を代わってくれるので安心して下さい!」

「やった~!」
「腕相撲なら勝てるかも」
「賞金出るとかヤバい」

 ガヤガヤと騒がしい。うんうん。

 年末のパーティーじゃないけど、みんなでお疲れ様会をしたかった私は、お爺ちゃん先生達に相談した。今までどんな親睦会? をしていたのか。

 今まではナシ。そりゃ~そうか。

 でも、やっぱり私はみんなで何かしたかったので『騎士だし力比べは? 賞金も出そうかな』って思いついたことをポロッと言ったんだよね。
 そうしたらお爺ちゃん達が『全員参加させてやらないと文句が出そうじゃ、ははは』って、通行人が少なくなる時間帯、夜七時から九時まで仕事をしてくれる事になった。報酬はナシでいいとの事。『今の仕事になって十分楽させてくれてるから、団長へのお礼だ』と言ってくれた。う~、泣ける。で、お言葉に甘えて腕相撲大会を開催する運びとなった。

「では、解散! みんなに言っといてよ! お願いね~」
「では、団長。開始の挨拶をお願いします」

 ドーンに促されて、私は厨房のカウンター前に椅子を置きその上に立つ。

「本日はみんな集まってくれてありがとう。団長に就任し、こんな短い時間でみんなと仲良くなれたのが正直一番嬉しいです。今日は、一年の労を労ってもらおうと『第七騎士団第一回腕相撲大会』を企画しました。優勝者には三万Kを用意しています。がんばって下さい。
 しかし、ルールもありますよ? まず一、汚ない罵りのヤジをかけない事。二、負けた者に嫌味を言わない事。三、仲良くする事。ケンカはダメよ? ではトーナメントを組みたいので、トリスとテッセンが持っている箱から番号を引いて下さい。そして、右横に設置した番号に自分の名前を書いて下さい!
 あと、少しですが飲み物も用意しています。お酒があるけど飲みすぎないように!」

 パチパチパチ~。大きな拍手と共にザワザワとくじ引きが開始される。

「だ、団長。いいですか?」

 私と同じぐらい背の低い女性騎士とガッチリした筋肉女性騎士が話しかけてくる。

「ん? どうしたの?」

「私は男性に勝てる自信がないので参加しなくてもいいですか?」

「う~ん。いいけど… でもどうせ負けてもいいなら参加してみたら? 腕を組み合うだけでも楽しいよ? 後々、話のネタにもなるし。他の隊員と仲良くなれるチャンスじゃない?」

「そうですか?」

「そうだね~どうしても嫌なら棄権でもいいわよ? でも番号は引いてね? 数を合わせてトーナメントの紙を作ってしまったから。名前の横に棄権って書いてくれればいいし。でもよく考えてね。勝つ事だけがこの会の目的じゃないし。私はみんなに楽しんで欲しいんだ?」

「わかりました… そう仰るなら挑戦してみます!」

「うんうん。無理はしないでね。応援するよ、がんばって」

 ちょっと気が弱いのかな? 納得してくれたみたいで、その女性騎士はハニカミながらお友達の女性騎士と番号を引きに向かって行った。

「ドーンは? 参加してよ? 私もするし」

「ええ。我々側近は最後に番号を引きましょう」

「了解。私も最後にしよっと。って、速攻で負けてそうだけど。ふふふ」

「私も途中で負けるでしょうね。若い奴が多いですから」

「そうなの? ドーンって結構隠れマッチョじゃないの?」

「そこそこですよ。もういい歳ですから」

「ふ~ん」

 大方、番号を引き終わったようなので私も引きに行く。さてさて、誰が相手かな~。

「D組十七番」

「お~!」
「誰と対戦だ?」
「おい、見えねぇ」

 私のお相手はベテラン男性騎士だった。終わった。あはは、あの腕のヒトコブラクダ。見た目で既に負けたよ。ふえ~ん。一回戦は通過したかったな~。

「アレクは?」

「俺はB組だ」

「クルスは?」

「俺もBだ」

「お~、じゃぁ、追々当たるね~。トリスは?」

「俺はAだよ」

「ドーンは?」

「私もDです」

「え~。じゃぁ、仇取ってね。まだしてないけど、負けそうな相手なんだ~」

「ははは、開始前からそんな事ではいけませんぞ?」

「だって~。って、リックマイヤーは?」

「俺とコリーナはCだ。俺もこんな若い連中に勝てる気がしねぇ。副団長、あっちで飲もうや。コリーナ、あとは頼まぁ~」

「え~、リックマイヤーさん! ずるい!」

 ドーンとリックマイヤーは連れ立って、食堂の隅の席へ移動して若い連中を肴に飲み始める。

「あ~いいな~。私も飲みたい」

「ダメだ。俺らはジャッジ役だろうが。じゃぁ、各組に側近が散らばったからよろしく~。早めに進行してくれ」

 クルスの号令でグループに分かれて腕相撲大会が開始される。

「D組の人集まって~。このテーブルでするよ!」

 トーナメントの紙を外して持って来た。え~っと、一回戦は~っと。

「ウラジールとロキ出て来て。一回戦始めるよ」

 オヤジ騎士のウラジールと新人騎士のロキ。双方目の輝きが違う。キラキラだ。いや、ギラギラか? 多分お目当ては賞金なんだろうけど。気合い入りまくりだな~おい。

「では、双方手を組んで。用意、始め!」

 ウラジールは日に焼けたデカい腕に青筋が立っている。一方、線の細い感じなのに譲らないロキ。結構、力は強いのかもね。

「ウラジール、やっちまえ~!」
「ロキ! がんばれ!」

 双方、ブルブルと組み合っていたがウラジールが勝った。

「勝者、ウラジール」

「クソっ。もう少しだったのに~」
「まぁ、訓練すればお前にも筋肉がつくさ」
「う~、はい」

 勝っても負けてもいい感じになってるな~。よしよし。

「じゃぁ、二回戦、ヨハンナとミッチェル」

 あっ。さっきの小さい女性騎士じゃん。がんばれ~。

「参加してくれたんだね。ありがとう、がんばって」

「は、はい」

「では双方いい? 用意、始め!」

 ガン。

 一瞬で勝負はついたが、ヨハンナは笑っていた。よかった~。

「あはは、手が! ガンって。一瞬です! すごいです! すごいですミッチェルさん!」

「いや~。ごめんよ、力加減が出来なくて。痛くない?」

 ポリポリと頭をかきながらヨハンナを気遣うミッチェル。おやおや? いい感じ?

「ヒューヒュー」
「他所でやれ、他所で」
「団長! 次だ」

「はいはい。じゃぁ、次ね… ん? どうしたの?」

「急ぎの用だそうです」

 誰かが肩を叩く。食堂の入り口を指さされて見てみると、今日代理でやってくれているお爺ちゃん先生の騎士が来ていた。

「了解。誰か代わって?」

「おう俺が代ろう。さぁ、野朗共! 続きだ!」

 さっき勝ったウラジールが代わってくれた。

 私は人混みをすり抜けて、お爺ちゃん先生の所に行く。

「どうしたの?」
 今日儂は、久しぶりに門に立つ。

 夜七時。

 元々、貴族街に面している西門は人通りが少ないがこの時間はさらに人が居ない。とは言えこの感じ、懐かしい。

「おぅ。まだまだいけるんじゃないか?」

「お前もそう思うか? ははははは」

 引退した儂らは料理番をしていたのだが、今は新人教育の仕事を任されている。新団長のおかげで、以前より身体が楽になったし給料も良くなった。何より夜遅くと朝早くの料理の仕込みがなくなったので、随分時間にも余裕が出来て子や孫と一緒にいられるようになった。

 ありがたい事だ。

「何じゃ? お前(はら)が出たんじゃないか? 甲革(こうがわ)の鎧がパンパンじゃぞ?」

「そう言うお前こそ、槍を持っとるがちゃんと振れるのか?」

『ほっ』と槍を振る。う~ん、ちょっと腰にくるか?

「どうじゃ? まだまだいけるじゃろ?」

「ははは、腰が引けとるぞ?」

 そんなやり取りをしていたら丘の向こう側に光が見える。

「ん? おい、誰か来るぞ?」

「ほぉ、馬車か? どこかの貴族かの?」

 儂は執務室に居る者に伝令を頼む。

「今から馬車が来る。誰か確認したら、北門の団長へ伝言してくれ。多分どっかの貴族だろう」

「わかった」

 今日は立っているだけかと思っていたので、ちょっと門番らしい事ができる事に心が踊る。あいつもそう思っているのか、顔がニコニコだ。

「停まって下さい。どちらの御家でしょうか?」

 御者に確認を取る。

「… この手紙を」

 ん? 手紙?

「中を改めます。少しお待ちを」

 今時手紙? 賄賂や融通は効かなくなったと聞いたんだがな? 西門は貴族が多いから利用頻度が少ないからまだ伝わってないのかもしれんな?

 取り敢えず、もう一人の門番を残し執務室へ行く。

「おい、手紙だそうじゃ。開けてみるぞ?」

 手紙を開けると真っ白だった。

「はぁ? 何じゃこれは?」

「さぁ~。御者が間違ったのか?」

「わからん。もう一度聞いてみる」

「早くしろよ、お貴族様は時間にうるさいからな」

「おう」

 と、再び門に戻るともう一人の門番が捕まっていた。

 騎士風なやつが剣を喉元に立てて、反対の手で『しぃ』とした。

 城門破りか?

 馬車を見ても真っ黒で紋章が描かれてない。

 しまった。

 どうする? ここで通してしまえばせっかくの団長の政策が水の泡だ。執務室の中のやつはまだ気づいていない。

 悩んでいると、静かに馬車から豪華な衣装の貴族が降りて来た。

 その貴族は儂の耳元で囁く。

「小娘団長を呼んで来い。団長だけをな」

 !!!

「どうするつもりだ?」

「どうもしない。お前は言われた通りにするんだ。見張りとしてこいつを付ける。下手な考えはするなよ」

 くそっ。よりにもよって今日だなんて。

「わかった。儂が団長を直接呼びに行くなら、執務室のやつに言わなきゃならん。ちょっと待っててくれ」

「よし。おい、後ろで見張っていろ」

 儂は少ない時間で何が出来るか考える。見張りが居るしな。どうする。どうする。

 執務室の窓を叩き窓を開けてもらう。儂は適当に誤魔化して会話をしながら上半身を乗り出した。

 窓から見えない部分、儂の真横に剣を持ったやつが見張っている。

「おい、さっきの手紙じゃがもう一遍確認したら団長宛だった。お貴族様だから直接持って行ってくる。離れるから日誌に書かなきゃいかん、ちょっとそこの日誌を取ってくれ」

 中のヤツが日誌? とハテナな顔になっている。

「ほれ、新しい団長になって規則が変わったじゃろ? な?」

 と、ウィンクして合図を送る。

「あぁ、あぁ、そうだった。離席する時は時間を書くんじゃった。ほ、ほれ、サインしろ」

 ふ~、良かった。意図が通じた。

 儂は日誌にサインをするフリをして、サッと走り書きをする。

 そしてそれを中のヤツに見せると、ごくりと喉が鳴った。さっと片手で紙端を破って手の中に隠す。

『敵 貴族 団長狙い』

 横の見張りに引っ張られたので窓を離れた。

「んじゃ、行ってくるわい」

 それから捕まっていた同僚の鎧に着替えた敵の騎士と連れ立って魔法陣で北門へ行く。


「団長! 団長!」

 儂は食堂の入り口で団長を呼ぶ。近くの者が気が付いて団長を呼びに行ってくれた。

「おい、わかっているな? 団長だけだ」

 儂の腰に剣を構えながら、敵の騎士は小声で話す。

「わかっとるわい」

 腕相撲大会で賑わっている食堂は、みんな笑顔で大はしゃぎしている。

 ふ~、こんな良い日になんて事だ。人混みをかき分けて団長がやって来る。満面の笑みだ。

「どうしたの? 何かあった?」

「いえ、どうしても団長がお相手しなければならないぐらいの高貴な方がいらっしゃいまして。申し訳ないが西門まで来て欲しいんじゃ」

「え~? 上位貴族様?」

「はい」

「そう… 用件は? 何か言ってた?」

「上位過ぎて… 直接は話しておらん。すまん」

「いいよ。ドーンは必要?」

 と、団長がポンと儂の肩を叩いたのでチャンスだ!

 儂は肩にかかる団長の手を取るフリをして、さっきの紙を団長の手の中に忍ばせる。

 わかってくれ、団長。

 じ~っと目を見つめると、一瞬だけハッとして団長は元の笑顔に戻る。

「いや、副団長は必要ないじゃろ」

「そう… じゃぁ行く事だけ伝えて来るからちょっと待ってて」

 団長は儂が返事をする前に副団長の元へ走って行った。

「よし。このまま何もするなよ。いいな?」

「ふん」

 しばらくして団長だけがこっちへ来る。

 ん? 団長? 紙を見せに行ったんじゃないのか? なぜ一人で戻って来るんじゃ?

 儂があたふたしていると団長が来てしまった。

「お待たせ、じゃぁ、行こっか?」

 団長はニコニコと疑いもせず、一人で儂らと西門へ飛んだ。
「で? どこかな? 待合室?」

「いや、馬車で待つと言っとります」

「ふ~ん」

 西門に着いた団長は、鼻歌混じりに軽い足取りで馬車へ向かう。儂の後ろにいる見張りは上手くいったとニヤニヤ顔だ。

 どうするんじゃ? 団長?

 コンコンコン。

 馬車をノックして名乗りを上げる。

「第七騎士団団長ラモンです。お呼びと伺いました。いかがされましたか?」

 バンっと扉が開き、中からさっきの派手な貴族とデブが出てきた。周りには敵の騎士が数名武器を構えて団長を囲う。儂は見張りに突き飛ばされて、膝をついてしまった。

「大丈夫?」

 こんな時なのに団長は儂の心配をするんか?

「いやいや、団長。状況を分かっておいでか?」

「分かってるわよ。剣を向けられているから。それに、見知ってる顔だしね」

「は? 知り合い?」

「あはは、知り合いではないわ。他人よ」

 横柄な態度のデブが団長を指差す。

「はははっ小娘、久しぶりだな! だが残念だ、今日がお前の命日だからな! この通り、私は外に出られた。ハハハ、思い知ったか!」

「相変わらずブルブルね、ブルータス? ふふふ、ブルブルのブルータスって… ぷはっ」

「相変わらずは貴様だ! この無礼者が。この方を知らんのか? 貧乏人が」

「はぁ? 知ってますよ。まさかあなたとは思いませんでしたよ。ブルちゃんの親玉が」

「ほほ~。少ない脳みそでも覚えていたか? なら、話が早い。今までの事は目を瞑ってやろう。今後は、ブルータスの指定する荷馬車は検問なしに通すんだ」

「はっ? 公爵様、話が違うではありませんか? 小娘を殺さないのですか?」

「は~、お前はバカか? こんな事で殺すと足がつく。今やこの娘は騎士団では有名だからな」

「そんな~」

「ん? そうなの? 私有名なの?」

「ふん、白々しい。余計な政策などせず第七で埋もれていればいいものを」

「余計なお世話です。それよりなぜそんなに荷物を通したいんですか? 中身って何です? 今後の参考にさせて下さい」

 団長がそう言うと、う~んと貴族は少し考えている。何じゃろう?

「『参考』という事は協力するのだな? 小娘、よし、今回だけ特別に教えてやろうではないか」

 儂は貴族とブルータス、団長の会話を黙って聞いていたが、西門の上が暗がりだが少し揺らめいたのに気がついた。

 チラッと確認すると、何人かの騎士が潜んでいる。

 応援が来たんじゃな? は~良かった。これで団長は助かるな。

「何? 薬物系?」

「違う」

「う~ん、小さなかわいい魔獣とか?」

 しかし、団長はニコニコと対応しとるがこれも作戦なんじゃろうか? 西門の上には気づいたかな? いや、儂が下手に動くと邪魔じゃな、ここは黙って大人しくするのがええ。

「違う。人だ」

「人?」

「あぁ、隣国では奴隷制度が残っているからな。驚いた事に数万Kで人が買えるんだ。素晴らしい事じゃないか。それをな、私が高貴な趣味の貴族に売るんだよ」

「『私が』って事はあなたが直接パイプ役を? へぇ~。結構なギャンブラーね」

「そうでもない。人間はな、どうしても欲しかった物を手に入れた瞬間や待っている間は、期待と喜びで周りが見えていない事が多い。だから、法を犯して人を買った事実を、その弱みが実は私の、公爵家の手中にある事に後々気づくんだよ。本当にバカが多い。まぁ、そのおかげで稼がせてもらったんだが。ふはははは。そうして、私が何も言わなくても勝手に服従するようになって来るんだよ」

「変な所に度胸があるのね? ちゃんと騎士業を全うすればそれなりに行けたんじゃない? 現に今、あなたは団長でしょう? ねぇ、第四騎士団団長、サイモン?」

 さっきまで顔を上向き加減で偉そうに演説していた貴族が怒り出す。

「小娘、調子に乗るなよ? そんなもので私が満足するとでも? 騎士業なんぞただの表の顔だ。世の中は金だ、金があれば全てが手に入る。地位も名誉も何でもな。それより小娘、サイモン様だろう? 公爵家だぞ?」

「いいえ、サイモン。団長は同列。そうですよね? 総団長?」

 !!!

 サイモン様がびっくりして辺りを見回している。敵の騎士もザワザワし出した。

 それより、第四の団長だと? 近衛じゃないか? どうなっとるんじゃ?

 さっき、気配があった西門の上から次々と騎士が降り立って来た。

「語るに落ちたな、サイモン。やっぱりお前はバカだった。そんな事は偉そうに自慢するもんじゃないんだよ、普通。本当の策士はわざわざ自分から出てこないし、まして証拠なんぞ残さない。誰でも『公爵』で黙らせられないのに気がつかないのか? ま~、バカだからわからんか」

「な、何を!!! 貴様! 我が公爵家を敵に回すのか? 王妃も只では済まんぞ?」

 ブルータスは連れて来た自分達の騎士の後ろに逃げている。あ~、腹が邪魔しとるな全く隠れられていない。

「構わん。王妃も承知だ。お前はお前の心配でもしていろ」

 サイモン様は諦めたのか騎士達と戦闘状態に入る。総団長に剣を向けた後、目の前のラモン団長に剣先を変えた。

「抵抗するな、お前ではラモンにすら勝てん」

 そうなのか? そんなのが団長じゃと?

「え? そうなんですか? 弱いの?」

「弱いって言うな~! 小娘ぐらい私の剣の錆に~」

「~長い。敵対している時はサッと済ませないと。そんな口上要りません。隙を見せたら終わりですよ? サイモン?」

 団長はお得意の体術と十手でサイモン様を捕縛した。

「お、おのれ! 卑怯だ!!!」

「本当だった… 弱すぎてちょっとショック。こんなんが同じ団長なんて。どうせ爵位でズルしたんでしょう? 騎士でそれをやると苦労するよ? って、だから悪事に手を染めたのかな? まっ、どうでもいいけど」

 敵の騎士や連れ立っていたブルータスはあっさり負けた。戦闘というほどのいざこざにもならなかった。

 応援に来た総団長と総副団長、ドーン様とアレク様、クルス様、トリス様も弱すぎて手持ち無沙汰な感じじゃ。

「マジで弱すぎでしょ? お前ら、仮にも近衛だろう?」

「え~! トリス、このゴロツキ達って第四なの?」

「あぁ。近衛騎士、通称お飾り坊ちゃん騎士。ぷはは」

「そうなんだ。でも近衛って護衛が主な仕事でしょう? 上位騎士ばかりだと聞いたけど?」

「金で買ったんだろ? 半数はそんな感じだぜ? これも暗黙の了解で結構有名な話だぜ?」

「うぇ~。王様ピンチじゃん」

 ここで、捕縛や何やらの指示を出し終えた総団長がうちの団長に近づいて来た。

 ごつん。と、ゲンコツが落ちる。

「痛~」

「陛下に対して不敬だ、口を慎め。今回の件は陛下もご承知である。それとな、誤解のないように言っておくが第四の中身改革はヘボ騎士を一掃した後にする予定だ。サイモンを捕縛するのに、今回は私が必要だったからな。その為に泳がしていたんだ。
 それより、ラモン、やっぱりお前はいい仕事をするなぁ? うまい具合に『餌』になってくれて手間が省けた」

「『餌』って… 先日言っていた『掃除したい騎士』ってこの人の事だったんですね。って、総団長が必要って何で?」

「ん? お前知らないのか?」

「何がです?」

「私の名を」

 儂も団長と一緒につい考えてしまった。何じゃったかな? 大昔に聞いた事があったんじゃが…

「すみません。いつも総団長と呼んでいるので、本名すらわかりません」

「アホか… 私はハドラー・ユナイト、現陛下の叔父。前国王の弟だ。一応、公爵家相手だしな」

 そうじゃった、そうじゃった。騎士団に入った途端に王位継承権をお捨てになった人じゃった。儂も記憶がやばいな。歳か…

 でも、うちの団長は口を開いたまま固まった。ドーン様が団長の背中をさすっとる。はぁ、ドーン様も世話が大変じゃて。

「おい、ドーン。そいつを連れて明日にでも第一に来いよ。では、皆、今夜はご苦労」

 と、総団長と総副団長は固まった団長を置いて帰ってしまった。

 さて、儂も同僚達の具合でも見て来ようかの。