難民問題は少しずつだが進み出した。難民達自身も少し思う所があったのだろう。健康になった今、ただただ周りに流されるのではなく、自分の意志で生きると言う選択が出来る、これからの希望が彼らの目の輝きを変えた。よしよし。キッカケも立ち直る為の大事な要素だしね。

「ドーン、今日の午後は演習場へ行ってくるわ」

「珍しいですね」

「うん、ちょっとね」

 ぶっちゃけ太ったとは言えない。美味しい美味しいテッセンのデザートを欲張りすぎたんだよ。いつもお代わりをしたのが仇となった。う~。

 誰だよ! 『おやつは別腹』って言ったの。丸っと同じ腹に収まってんじゃん。って、そう言う別腹って意味じゃない?

「は~、このズボンに乗ったハムをどうにかしないと」

「ん? ハムですか?」

「何でもありません」

「ははは、団長、私もご一緒しましょう。ぜひ団長と一戦してみたいですな」

「え? それは… ドーンに勝てる気がしないから無駄じゃない?」

「勝つ勝たないじゃないんですよ。純粋に一度手合わせをお願いしたくてですね。あの絞め技などもう一度見てみたいですな。と言うか、団長と一度も対峙した事がありませんし」

 へ? 結果分かってるのにやる意味ある?

「訓練ですか?」

「いえ、実践です」

「え~、どうしても?」

「どうしても」

 ニコニコと返答を変えないドーン。これは『はい』と言うまで続くな。

「… う~、わかりました。じゃぁ一戦だけ」

「楽しみです」


 午後の演習場では、チラホラと休みの騎士達が自主練していたり、新人君達がお爺ちゃん先生にしごかれていた。

「あっれ~! 団長ちゃん?」

「あれ? トリス? あなた昨日夜勤じゃなかった? 寝なくて大丈夫なの?」

「え~。五時間ぐらいは寝たし。十分っしょ」

 若いなぁ。鍛えてるせいもあるのか? そのエネルギー羨ましい。

「って、アレクも?」

「あぁ、団長。俺は今日夜勤だ。珍しいな、訓練か?」

「え~、いいな~。副団長の訓練。俺も混ぜて?」

「ん~、ダメ。後でお願いしてあげるから。今は見てて」

「ホント! 副団長、最近俺に冷たくてさ、稽古付けてくんないんだよ」

「それは日頃の行いのせいでは? 自覚ないの?」

「ん~。ちょっとだけイタズラっ子なだけじゃん」

「あ~、自覚はあるのね」

 ドーンは演習場の隅でジャケットを脱ぎ、短い槍を持って来た。

「え? 本気? てか、ドーンの得物って初めて見たわ。槍なんだね。剣先がキレ~イ、美術品みたい」

 柄が通常より短くて、刃の先が曲がっている。薙刀っぽいな。短い薙刀バージョン? あれってやっぱりオリジナルだよね? 刃に蔦の模様が彫られている。こだわりがすごいな。

 ドーンはくるくるとその槍を身体の周りで回しながら準備運動をしている。

「団長、準備はよろしいですか?」

「あぁ、ちょっと待って。でも槍かぁ、私とは相性悪いかも」

「そう言えば、団長の武器も初めて見ますな」

「何処にでもある平凡な武器よ。これ」

 と、腰から取り出したのはちょっとデカイ短剣だ。海賊とかが持ってそうな、柄がナックルになっていて、刃は両刃。長さは自分の肘から手首までぐらい。

 アレクが私の武器にくいつく。

「へぇ~、短剣かぁ。戦争には向かないだろ? どうしてたんだ?」

「その時だけ両刀にしてた。私は中位騎士で戦場では後方部隊だったし、実際、近距離系だからあんまり役には立たなかったかな」

 今度はトリスだ。

「でも、最後の最後で決めたじゃん」

「あはは、勘弁して。あんまり覚えてないし… まぐれの一撃だから」

 少し離れた所でスタンバイしているドーンが痺れを切らしている。

「お喋りはいいですかな。始めましょうか?」

「はい。お手柔らかにお願いします。ハンデを貰えればめちゃくちゃうれしいです」

 ドーンは一瞬考えて、得物を訓練用の槍に持ち替えた。

「では、これで戦いましょう」

「いいの? せっかく持って来たのに!」

「いいです。褒めて貰っただけでもうれしかったので」

 私達は演習場の端で対峙する。目立たないようにと思って端っこに寄ったのに、いつの間にかギャラリーが出来ていた。

「では、私アレクが立会人をします。始め」

 ドーンは腰を落とし槍を中段に構える。

 う~ん。ドーンは待ちか。どう攻めようかな。

 私は顔前に短剣を構え、頭を突き出した形で姿勢を低くして走る。矛先が迫る直前で槍の刃とは別の方向へ飛ぶ。

 上を向いていた槍の柄先をナックルで殴る。刃が重心をそれて上に向いた瞬間に、短剣を足に!!

 と思ったら、案の定避けられた。

「ちっ」

 ドーンは笑っている。余裕だな。そりゃ~そっか。

 思いっきり振りかぶったので、そのままその場でくるりと一周して、もう一つの足を狙う。しかし、槍で止められ終了。

「勝者 ドーン」

 二人で礼をして終わる。ふ~。ガヤガヤとギャラリーが騒がしい。

「あの槍の速さ見たか? 槍だぜ?」
「あんなのアリか? 柄を殴ったぞ」
「避けられた後もう一周した方がびっくりしたけどな」

 ドーンは汗一つかいていない。爽やかな笑顔でもう一戦とか吐かす。

「今度は体術でやりますか?」

「楽しんでるの? 私、結構、体力無いから… ドーンの相手はきついかな。てか、体術でも勝てないと思うし。無理」

「残念です。では、そうですな~。トリスはいかがです?」

「トリス?」

『えっ俺?』と自分を指差して驚くトリス。ギャラリーに混じって座って見学していた。

「トリス! 団長に勝ったら稽古をつけてやろう? どうだ?」

「やるやる~!」

 トリスは二つ返事でやって来る。

「勘弁してよ~。しかも煽らないでよ~、ドーン」

「ははは。ぜひ体術を。お願いします」

 ドーンはどうしてもプロレス技、もとい体術を見たいのだろう。

「一回だけね。トリスにも勝てないと思うんだけど。みんな誤解してない? 私、実力は中位騎士よ?」

「まぁまぁ、団長ちゃん。あの技、もう一回俺も見てみたいし」

 はぁ~。どんな期待だよ。

「じゃぁ、一回だけね」

 私はトリスをどう攻めようか考える。身長差は二十センチはあるしな。う~ん。低姿勢で攻撃? ダメだ、さっきとダブる。意表を突くしかないか。

 軽くストレッチをして、膝の感覚を確認する。うん、今日は調子がいい。

「では、始め」

 ドーンの号令でトリスが向かって来た。

 マジ? 受けじゃないの? よっぽどドーンと稽古がしたいのか… ニヤけてちょっと余裕なトリスにイラっときた。

 まずは胸ぐらを掴まれたので下から殴って外し、しゃがみ込む。両手で覆いかぶさって来たので、その場で思いっきりジャンプした。

 ちょうどトリスがしゃがむ体制になっていたので、トリスの頭上まで飛ぶ事が出来た。

「よし」

 両足で菱形を作り、トリスの頭に引っ掛ける。とっさに私の足を掴み自分の首を守るトリス。が、私の体重で仰向けに倒れてしまった。

 前腕で着地の衝撃を受け止め、私は足を引っ掛けたままくるっと回る。そのまま両足をすぼめ、トリスの首を絞めて終了。トリスは私の足をパンパン叩いている。

「「「うぉ~!!!」」」

 ギャラリーが湧いたので、おちゃらけてカーテシーをしてみた。

「だ、団長ちゃん。太もも絡ませるとか、卑怯じゃない? 首も思いっきり絞めたでしょ? ゴホゴホ」

「だって、ニヤついてたトリスの顔がムカついて。まさか私も勝てるとは思ってなかったよ?」

「そんな… じゃぁ負けてくれて良かったのにぃ。副団長との稽古がぁぁぁ」

「ははは。私から言ってあげるから安心しなさい」

 ドーンとアレクが私達にかけ寄って来る。

「流石です! 団長! お見事です。やはり、身が軽いからこその技ですな」

「団長もトリスもお疲れ。トリス、お前油断し過ぎだ」

「あはは。でも次は勝てないかな? 油断してくれたからこその一勝ね。はぁ~しんど」

 私はドーンからタオルを受け取って汗を拭く。

「団長ちゃん、気を抜いたのは俺が悪い。演習でも本気で行くべきだった。これは完全に俺の負けだよ、まだまだだ」

「おや? 珍しい、そんな殊勝な言葉が聞けるとは」

 今チャンスじゃない? ちょっと機嫌がいいみたいだしドーンにお願いしてみる? 私はトリスに目配せして、ドーンに口添えしようとした時、

「ねぇ、ドーン。トリスにけい~」

「やぁ、ラモン団長!!!」

 演習場の入り口から男性が大声でやって来た。

 演習場の端っこに集まったみんなが一斉に入り口を振り返る。

 と、遠いな。誰だ?

 それは、ニコニコしながらやって来るスバルさんだった。