「団長、例の案件がまとまりました。いつでも行けます」

「そう、ドーンご苦労様。アレクが夜勤がないのはいつかしら?」

「3日後と4日後です」

「じゃぁ、アレクの都合を聞いて、どちらかの日で決行しましょう」

「了解です」

 いよいよ西門の問題に着手する。上手く事が運べばいいんだけど。もうすぐ10月も終わってしまうしね。早くしなと、凍死者が出かねない。

「あとね、今日の午後はあの騎士の家へ行きたいのだけど? ドーン、同行してくれない?」

「団長。何度も申し上げましたが、わざわざ団長が行く必要はありません。懲罰明けに顔を出させるので気に掛けずとも… 忘れてはいかがでしょう?」

「違うのよ。何も文句を言いに行くんじゃないの。ちょっとね」

「… わかりました。予定を調整します。では、午前中にこの書類に全てサインをお願いします」

 これ全部? マジ? 10cm程の厚みがある書類の山。

「十手がこの度第1の審査に通りましたので、報告書や設計図、使用説明書などです。あと、技能ギルドへの登録に関する書類関係です。主に特許についての」

「うっ。わかったわ。がんばる」

 ドーンは2、3指示を出してアレクを探しに退出した。

「そうそう、トリス? 今いい?」

「何? 団長ちゃん」

 別の仕事をしていた団長室にいるトリスを、執務机まで呼んでコソコソ話をする。

「今、ドーンが居ないから先に言っておくわ」

「え? 内緒話? 俺聞いてもいい系?」

「えぇ、協力して欲しいのよ。こないだ街で会った男共覚えてる? ほら、ケリーが投げ飛ばした」

「あぁ。そいつが?」

「こないだ訪問した先で、内の一人とまた会ったのよ。それで私の正体を知って改めて謝りに来る事になってさ」

「また会ったの? すごい偶然だな」

「あぁ… クリス商会の甥だった。私には息子とか、他にもしょうもない嘘ついたのよ。それで来るの」

「ぶはっ。何そのプライド、おもろっ。了解、了解。顔分かってるの俺だけだもんな。副団長に知られたくない?」

「うん… だってドーンって日に日に過保護? ちょっと私に優し過ぎるって言うか… ともかく事の真相をそいつからドーンに伝わって欲しくなくて。ドーンが真相を知ったら、絶対そいつ殺されるじゃん?」

「ん~、まぁ。話の内容にもよるけど、副団長ならヤりそう。ぷぷぷ、オモロいし、このまま放置は?」

「ダメダメ。ちゃんと謝りに来るのにダメでしょ。もうそれでそいつとは切ってしまいたいし。話聞いたら『許す』って言って帰しちゃって。私会いたくないし」

「分かった。トーイだっけ?」

「トレバーよ。本名はトレバー」

「あちゃ~。色々痛いヤツだな」

「よろしくね。多分、今日、明日あたりだと思うし」

「ん~」

「言っとくけど、この件は、分かってるわよね?」

「誰にも言いません~」

 その後、私はサインに没頭する。これも、あれも、サイン、サイン。自分の名前が比較的短くてよかった~なんて。

 しばらくしてドーンが帰って来て決行日が決まった。3日後の夜9時、北門の転移魔法陣に集合。


 コンコンコン。

 私はその日の午後、貴族街の端っこ、平民街に近い住居が並ぶ地区にドーンとやって来た。男爵家の割に少し小じんまりとした家だ。玄関先は草が生え放題で放置されている。

「はい」

 出て来たのは、いつかの騎士だった。

「突然でごめんなさい。少しいいかしら?」

 驚いている騎士を余所に、私は勝手に家へ入って行く。

「だ、団長。それに副団長まで… まさか、クビですか?」

 相変わらず顔色が悪い騎士は益々青くなる。

「違うわ。少し話がしたくて、いい?」

 と、テーブルを指差して座っていいか聞く。

「少しお待ち下さい。い、今片付けますので」

 騎士は大急ぎでテーブルの上にあった食べ残しの皿などを片付け始める。

 私は待っている間、部屋の中の様子を見る。キレイにはしているけど、やっぱりくたびれた感がするわね。苦労してるのね。

「ど、どうぞ。何もありませんが」

「ありがとう」

 ドーンは私の椅子の後ろに立っている。

「あの~、副団長もどうぞおかけ下さい」

「いや、結構。ここでいいよ」

 騎士は立ったままナプキンを持って手を胸の前で握る。

「あのね、今回の事、事前に気付いてやれなくてごめんね。でもやった事の責任は取らなくちゃいけないからあなたは謹慎になったのだけど… その、ちゃんとやっていけてる?」

「はい。何とか… 本当に少しですが手持ちもありましたから」

「お母様がご病気なんですって?」

「え? はい」

 …

 沈黙が… どう切り出そうか。

「それでね、お母様のご病気なんだけどどう言うモノか聞いても?」

「は、はい。魔力が勝手に抜けていく病気です。脱魔病と言われました」

 脱魔病か、それでポーションね。

「それではポーションでは治らないでしょう? 飲んで回復してもまた抜けていってしまう」

「そうですね… でも今はそれしかなくて。教会へ見せに行ったのですが… 治療費が…」

「ん?」

 騎士は言い辛そうに言い淀む。

「失礼。団長、教会の回復魔法や治癒魔法は高額です。下位貴族には恐らく…」

 あぁ、そう言う事ね。

「了解。うん、分かったわ。じゃぁ少しお母様と話をさせてくれるかしら?」

「いえ、母は関係ありません。今回の事は私の不始末ですし」

「あぁ、あなたの事ではないわ。心配しないで、少し話すだけだから」

「いや、しかし…」

 騎士は一歩前に出てソワソワしている。お母さんがとっても大切なんだね。

「ドーン、申し訳ないけど、押さえていて」

 ドーンは素早く騎士を拘束する。

「だ、団長! 申し訳ございません。罰なら、私が受けます。団長!」

 暴れる騎士は必死にドーンから抜け出そうとするがびくともしない。

「ドーン、玄関側に身体を向かせて」

 ドーンは黙って騎士をくるっと回す。

 団長! 団長! と騎士は叫んでいる。私は無視して奥の部屋へ進んだ。

 ここかな?

 ドアを開けると小さなヨボヨボの老婆が寝ていた。

「… がんばったわね」

 あの騎士の母親の割にすっかり老け込んで、身体が辛いのか眉間に皺を寄せ、目を開けられずにぜぇぜぇと喉が鳴っている。

 私はそっと手を取り魔法をかける。

『洗浄』『最上治癒《クリアテール》』『体力回復《ヒーリング》』

 長い期間寝たきりだったせいか、少し酸っぱい匂いがしていたのでついでに洗浄もした。

 成功したかな?

 魔法でキラキラと光り、老婆のような姿がそれなりの年代の女性に戻る。頬も色付き表情も穏やかになっていた。

 私は部屋の外に出て、膝をついて泣きじゃくる騎士に一言ささやく。

「もう大丈夫。今日の事は墓場まで持って行くのよ、口が裂けても言っちゃダメ、秘密。でなきゃ、本当にあなたとお母様を殺すから。謹慎が解けたらちゃんと騎士団に戻るのよ? あなた、若いんだからまだやり直しは効くわ」

「あ”~、母さんがぁ、母さんがぁ」

 と、勘違いしている騎士は絶望の雄叫びを上げてうずくまってしまった。

 ドーンに目配せし、私達はそのままその家を後にした。