今月末から十手の試運転が始まる。
まずは一ヶ月間、午後の鍛錬時間にドーン、トリス、アレク、クルスの空いている者が相手をしながら、十手の使い方など隊員達に教える事になった。
それを喜んだのはトリスだ。時間が空けばドーンを誘い打ち合いをしに行っている。
団長室の窓からは茜色に染まった樹々の葉が風が吹くたびに落ちているのが見える。
「は~。もうすぐ冬ね。朝夕が寒くなって来たわ」
「そうですな。ですので、まずは西の門の問題を片付けなければいけません。冬になると少々厄介な事になると思います」
ドーンは書類から目を離さずに私に相打ちを打つ。
西の門の問題。それは他国からの移民者や浮浪者が入城出来ずに外で生活しているのだ。城外には魔獣がいるので、どうしても城門近くに居座ってしまっている。いざとなれば門番が退治してくれるからね。
でも、彼らは着の身着の儘、戦火を逃れやって来た者が多い。しかし入城するのに必要なお金と身分証がないのだ。中には病人や子供、お年寄りもいる。現状を打破出来ずに、教会からの炊き出しなどの善意で細々と生き延びている。
「… まずは視察に行こうかと思うのよ、ドーン。ちょっと考えている事もあるし」
「例のアレですか… 上手く行けばいいですが」
「そうね」
私は午後に西門へ行く事を決めた。メンバーは私とドーン、クルス、リックマイヤーだ。たまたま団長室に所用で来ていた非番のアレクが、着いて行くと言い出したので同行させる。
「リックマイヤー、あなたの若い頃も難民問題はあった?」
リックマイヤーは五十二歳のベテラン門番だ。未だに足腰が丈夫で、現役で門に立っていたそうで、平民騎士で何代もの団長に仕えた猛者だ。それに遠慮せず私やドーンに物を言うので引き入れた。あだ名が『賢者』と言う事だけあって、第七に関しては生き字引きの様に詳しい。
「あぁ。だが、だいたい放置だな。冬か夏に数が自然と減る」
「そうなんだ。でも難民対策費って項目で毎年予算が降りてるんだけどな?」
「どうせ歴代の団長やら上の者がネコババしてたんだろ?」
「なるほど… じゃぁ、去年とか私が就任する前のこの夏とかは対策はしてないのね?」
「そうだ」
… 過去の団長達。マジでウジ虫だな。だから左遷先と言われつつ、あんなにも団長クラスの給料が良かったのか。納得。平民騎士の給与を低くし、予算をかすめ取るとか。そもそも貴族がする事?
「了解。じゃぁ、行きますか?」
私の合図でぞろぞろと移動する。
「へぇ~。西門の外ってこんな感じかぁ」
緑の草花は生えているが、前も左右も何もない、だだっ広い平地。遠くの小さな丘から続く一本の大きな道は隣国に続いている。
西門の北側、門から数十メートル離れた城壁に沿って、ちょっとした集団がキャンプ? していた。タープはほぼ屋根の意味を成していないボロボロの布で、ほとんどの人がうずくまったり寝転がっている。
「あそこ?」
「はい。彼らは週二回の教会の炊き出しで何とか生活しているみたいです」
「その教会は? 西門近くに?」
「ええ。貴族街の小さな教会です。ですので、多少余裕があるのでしょう。シスターが少々魔法が使える様でして、時折水や火などを出して手助けしているそうです」
「ふ~ん」
私とドーン以外は誰も話さない。硬い表情で難民達を見ている。
「ちょっと近付いて見ていい?」
今日は全員が外套をまとっている。得体の知らない集団は難民達には少し怖く映ったかもしれない。所々で立ち上がり様子を伺う大人がいた。
一方で子供達は怖いもの知らずなのか… 近づいて来て食べ物をねだって来た。
「ねぇ、パン、パンないの?」
「水くれ」
「お姉ちゃん誰?」
ワラワラと十人ほどの子供に囲まれた。
どの子供も顔は浅黒く、髪もぐしゃぐしゃだ。虫が身体の周りを飛んでいる。服もボロボロで…
いつから居るのか…
「団長… 近付き過ぎです。離れて下さい」
クルスが私の前に立ち子供達を人睨みする。と、子供達は『うわ~』と一斉に親元へ戻って行った。
「ははは、子供は正直ね」
「…」
クルスはブスッとして後ろへ下がる。
「怪我人も多いの?」
「はい。怪我人にお金を払って入城させても、さらに治療費がかかる… 恐らくですが置いて行かれたのかと」
え~。家族なのに?
「そう… 辛いわね。あとは? 女性と年寄りが多いのかしら?」
「そうですね。身寄りのない母子と、役に立たないと見放された年寄り達です。外国人は通行料が十倍かかりますから」
「十倍… 家族全員分となると厳しいのか」
「そうですな。平民には、しかも難民です。財産もあまり無いでしょうし」
せっかく戦争を逃れてやって来ても、お金が最後にはモノを言うのか… 世知辛い。
「ちなみにいくら?」
「はい、子供が一万K、成人した大人は一万五千Kです。いずれも外国人ですので身分証がないのが前提です」
「身分証があれば?」
「はい、子供は千K、大人は千五百Kです。例外もあります。我々騎士は騎士カードでタダです。ギルドカードを持っている者は一律五百Kです」
「ギルドカード?」
「門の利用者は魔獣ギルドや商人ギルドの登録者が主ですね。技能ギルドの登録者はあまり城外へ出ないので」
「なるほど。わかったわ。一旦帰って会議ね」
もう一度振り返って難民達の様子を見る。
始めはじっと観察していた者達も今はもう誰もこちらを見ていない。ボ~ッと虚な目で目の前に広がる平原を見ている。
もう諦めているのね、生きる事に。でも、どこかで夢も見ている…
悲しい現実だ。
まずは一ヶ月間、午後の鍛錬時間にドーン、トリス、アレク、クルスの空いている者が相手をしながら、十手の使い方など隊員達に教える事になった。
それを喜んだのはトリスだ。時間が空けばドーンを誘い打ち合いをしに行っている。
団長室の窓からは茜色に染まった樹々の葉が風が吹くたびに落ちているのが見える。
「は~。もうすぐ冬ね。朝夕が寒くなって来たわ」
「そうですな。ですので、まずは西の門の問題を片付けなければいけません。冬になると少々厄介な事になると思います」
ドーンは書類から目を離さずに私に相打ちを打つ。
西の門の問題。それは他国からの移民者や浮浪者が入城出来ずに外で生活しているのだ。城外には魔獣がいるので、どうしても城門近くに居座ってしまっている。いざとなれば門番が退治してくれるからね。
でも、彼らは着の身着の儘、戦火を逃れやって来た者が多い。しかし入城するのに必要なお金と身分証がないのだ。中には病人や子供、お年寄りもいる。現状を打破出来ずに、教会からの炊き出しなどの善意で細々と生き延びている。
「… まずは視察に行こうかと思うのよ、ドーン。ちょっと考えている事もあるし」
「例のアレですか… 上手く行けばいいですが」
「そうね」
私は午後に西門へ行く事を決めた。メンバーは私とドーン、クルス、リックマイヤーだ。たまたま団長室に所用で来ていた非番のアレクが、着いて行くと言い出したので同行させる。
「リックマイヤー、あなたの若い頃も難民問題はあった?」
リックマイヤーは五十二歳のベテラン門番だ。未だに足腰が丈夫で、現役で門に立っていたそうで、平民騎士で何代もの団長に仕えた猛者だ。それに遠慮せず私やドーンに物を言うので引き入れた。あだ名が『賢者』と言う事だけあって、第七に関しては生き字引きの様に詳しい。
「あぁ。だが、だいたい放置だな。冬か夏に数が自然と減る」
「そうなんだ。でも難民対策費って項目で毎年予算が降りてるんだけどな?」
「どうせ歴代の団長やら上の者がネコババしてたんだろ?」
「なるほど… じゃぁ、去年とか私が就任する前のこの夏とかは対策はしてないのね?」
「そうだ」
… 過去の団長達。マジでウジ虫だな。だから左遷先と言われつつ、あんなにも団長クラスの給料が良かったのか。納得。平民騎士の給与を低くし、予算をかすめ取るとか。そもそも貴族がする事?
「了解。じゃぁ、行きますか?」
私の合図でぞろぞろと移動する。
「へぇ~。西門の外ってこんな感じかぁ」
緑の草花は生えているが、前も左右も何もない、だだっ広い平地。遠くの小さな丘から続く一本の大きな道は隣国に続いている。
西門の北側、門から数十メートル離れた城壁に沿って、ちょっとした集団がキャンプ? していた。タープはほぼ屋根の意味を成していないボロボロの布で、ほとんどの人がうずくまったり寝転がっている。
「あそこ?」
「はい。彼らは週二回の教会の炊き出しで何とか生活しているみたいです」
「その教会は? 西門近くに?」
「ええ。貴族街の小さな教会です。ですので、多少余裕があるのでしょう。シスターが少々魔法が使える様でして、時折水や火などを出して手助けしているそうです」
「ふ~ん」
私とドーン以外は誰も話さない。硬い表情で難民達を見ている。
「ちょっと近付いて見ていい?」
今日は全員が外套をまとっている。得体の知らない集団は難民達には少し怖く映ったかもしれない。所々で立ち上がり様子を伺う大人がいた。
一方で子供達は怖いもの知らずなのか… 近づいて来て食べ物をねだって来た。
「ねぇ、パン、パンないの?」
「水くれ」
「お姉ちゃん誰?」
ワラワラと十人ほどの子供に囲まれた。
どの子供も顔は浅黒く、髪もぐしゃぐしゃだ。虫が身体の周りを飛んでいる。服もボロボロで…
いつから居るのか…
「団長… 近付き過ぎです。離れて下さい」
クルスが私の前に立ち子供達を人睨みする。と、子供達は『うわ~』と一斉に親元へ戻って行った。
「ははは、子供は正直ね」
「…」
クルスはブスッとして後ろへ下がる。
「怪我人も多いの?」
「はい。怪我人にお金を払って入城させても、さらに治療費がかかる… 恐らくですが置いて行かれたのかと」
え~。家族なのに?
「そう… 辛いわね。あとは? 女性と年寄りが多いのかしら?」
「そうですね。身寄りのない母子と、役に立たないと見放された年寄り達です。外国人は通行料が十倍かかりますから」
「十倍… 家族全員分となると厳しいのか」
「そうですな。平民には、しかも難民です。財産もあまり無いでしょうし」
せっかく戦争を逃れてやって来ても、お金が最後にはモノを言うのか… 世知辛い。
「ちなみにいくら?」
「はい、子供が一万K、成人した大人は一万五千Kです。いずれも外国人ですので身分証がないのが前提です」
「身分証があれば?」
「はい、子供は千K、大人は千五百Kです。例外もあります。我々騎士は騎士カードでタダです。ギルドカードを持っている者は一律五百Kです」
「ギルドカード?」
「門の利用者は魔獣ギルドや商人ギルドの登録者が主ですね。技能ギルドの登録者はあまり城外へ出ないので」
「なるほど。わかったわ。一旦帰って会議ね」
もう一度振り返って難民達の様子を見る。
始めはじっと観察していた者達も今はもう誰もこちらを見ていない。ボ~ッと虚な目で目の前に広がる平原を見ている。
もう諦めているのね、生きる事に。でも、どこかで夢も見ている…
悲しい現実だ。