パンパンパン。

「いいですか? 給与にはまだ続きがあります。寮住まいの方は居ますか?」

 はい、はい、と半分以上が手を挙げる。

「その方達は寮費として毎月給与から5000Kを徴収します」

「え~」
「何で?」

「増えるばかりじゃないですよ? って、給与から天引きするのはこれぐらいですが… どのようなお金がどんな使い方をするのか明確にしたんです。今までタダだと思っていたら実はお金がかかっていたんですよ。この寮費には部屋代と食事代、シャワー室の利用代が含まれています。街のアパートに比べれば格安でしょう?」

 我ながらペラペラと言葉が出てくるな。でも多分、運営側からすると嘘は言っていないはず。

「うっ…」
「まぁ、給料増えそうだしいいけど」

 ヒソヒソと色々聞こえてくるが口を大にして言う者は出なかった。よし、次だ。

「それと今後の食堂ですが、通勤組は食事代を払ってもらいます」

「おい!」
「それこそ今までタダだったじゃえねえか?」

 既婚組が多いので文句のボリュームが大きい、大きい、元気だね~あはは。

「通勤組はほぼ妻帯者でしたので、手当でプラスになっているはずです。損はしていないはずです。それに愛妻弁当を持って来たらどうですか? 食堂でお弁当を食べる分は無料ですから。それか1食300Kを払って下さい。食費にしても街の食堂に比べれば破格の値段だと思いますよ?」

「…かぁちゃん作ってくれるかな?」
「ばか、カカアより食堂の方が美味いだろ?」

「はいはい、静かにね。それで、食堂運営も少し改革します。今まで料理を担当して下さっていた方々、前へ」

 お爺ちゃん達はハテナになりながらおずおずと一歩前へ出る。もしかしてクビか? とでも思っているんだろう。

「この者達は元騎士なのはご存知ですね? あなた達の先輩です。ですので、今後は料理ではなく新人教育と書き取り計算教室の先生になってもらいます」

 お爺ちゃん達はお互いに顔を見合わせ、目が飛び出しそうなぐらい驚いている。

「引退したとはいえ、騎士時代の経験は他では得られない、後者へ伝えるべき物です。ですから、今は剣は振れなくとも知識を後輩へ教えて欲しいんです。あとは、読み書き計算が苦手な騎士への授業もお願いします。これからは引き継ぎ内容と日誌を必ず書く事を命じます。その為の勉強です。出来ない者は、休みの時間を利用して勉強するように。今後の給与にも響きますよ? 読み書き計算が出来ない者は第3等級には上がれませんから。出世したい者はがんばりなさい!」

 言い切った私はお爺ちゃん達を見る。みんなにこやかにうんうんと私を見て微笑んでくれた。

 了承してくれたようね。よかった。

「最後です! 食堂の料理人ですが、皆から集めたお金でプロを雇います」

「よっしゃー!」
「うまい飯!!!」
「300Kなら安いんじゃないか?」

 みんな大喜びだ。やっぱりね~。みんなも味に不満が有ったんじゃん。先輩騎士だし言い辛かったのかな。

「以上が変更事項です。質問ある人?」

 ガヤガヤ。

「団長、これでは声が聞こえません。質問は個別に受ける事にしましょう」

「そうね」

 ドーンは頷くと、また大きな声で皆を黙らせる。

「これで説明会は終了だ。質問がある者は個別に来るように。団長か私が対応する。以上、解散!」

 あれ? みんな出て行かずその場でしゃべっている。主に給与と勉強についてだ。

 よしよし、いい感じだ。改革は一先ず成功って事で! やったね。

「あぁ、ドーン。側近のみんなにはこの後、団長室へ来るように言ってね。1時間後」

「了解しました」

 ドーンが側近達の所へ向かう。その反対側から誰かに肩を叩かれた。

「ん?」

 振り返ると顔が青白い騎士だった。

 確か、この人、男爵位の貴族騎士だったような…

「どうしたの? 質問?」

「”#$%&’」

 周りがガヤガヤしているし、ボソボソ喋るので少し聞き取り辛い。

「え? 聞こえない」

「”#$%&だー!!!!」

 と、いきなり殴りかかって来た。

「へ?」

 咄嗟に私はその腕を避け、腕を掴んでジャンプし足を絡ませ身体ごと巻きつく。私の体重で仰向けに倒れ込んだ相手の首を太ももで絞め付ける。

 首四の字固めだ。

 あ~、焦った。前世で友人の付き添いでプロレス女子をちょい噛んでてよかった。元々、私自身《ラモン》に体術経験があったのも助かった。そう言えば、あのプロレスラーの先生、イケメンだったなぁ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ~、うん。ちょっとこれ代わってくれる?」

 ドカンと言う倒れる大きな音で食堂のみんなは静まり返り、四の字固めをしている私を覗き込んでいる。

 唖然とした顔がいっぱい並ぶ。ちょっと恥ずいな。

 ドーンはその辺に居た2人の騎士に命令して、飛び掛かってきた騎士を取り押さえて立たせた。

 私はパンパンと軽く服の埃を払って、その騎士と対面する。

「で? なぜ私は襲われたんだ? えぇ?」

 真っ青な顔の騎士は、目が虚になって焦点が合っていない。2、3度頬を叩いてみたが反応が無い。

 う~ん?

「ふ~。これはダメね。後日、事情聴取をして。あぁ、あなた、グレコ。第3部隊長でしょ? これをどっかに監禁して置いて。そう言う部屋があるはずよ、よろしくね。ドーン行くわよ」

「え? 了解しました、団長」

 いきなり指名されたグレコは爪楊枝を咥えたままだったが、慌ててピンと背筋を伸ばして敬礼した。

 私はドーンと食堂を後にする。ドキドキドキ。

 ちょっ! みんなに見られた。わ~! わ~! わ~!

 赤い顔を手でパタパタさせながら早足で歩く。

 後ろの食堂内がいきなり『どっ』と湧いた。みんな笑っている。

「わ、笑われてる… 恥ずかしいぃぃ」

「ふふふ、あれは驚きの雄叫びですよ。皆、団長の技に興奮しているのでしょう。私も驚きました。体術が得意なのですね?」

「あ~、う~ん。別に…」

「あの絞め技… 少し女性らしからぬ技ですがすごいですね。大男を小柄な団長が一瞬で仕留めたのは圧巻でした」

「そ、そこまで??? そんな目立ってた? いやだ~」

「ははははは。予期せぬ事でしたが、皆に団長の実力を示すいい機会になりましたな」

 笑顔のドーンは私の羞恥心なんて気にするなと一蹴している。

 ぐすん。

 もっと、出来る事なら、スマートに、かっこよく、エレガントに登場したかったよ~。