転生騎士団長の歩き方

「そこ、間違ってますよ」

 と、団長室で計算をしている私にちょいちょい指導が入る。

「すみません」

「あぁ、ここもです」

 あ”~! ごめんなさい。計算苦手です。

 約束通りスバルさんがお手伝いに来てくれて、スパパパパッと最速で計算がされる。

 紙をめくるスピードと計算する手、どんだけだよ!

 まぁ、おかげ様で今日で給与の算定が終わりそうだけど。

「ご苦労様です。以上ですね」

「ふ~。あぁぁぁぁ」

 私はガッチガチの肩をポキポキ鳴らす。やっと、終わった。うれしさのあまり、万歳だよ!

「スバル殿、こちらで休憩して下さい」

 まだ、側近がいないので代わりにドーンがお茶を用意してくれた。

「ありがとうございます。ドーン殿の入れてくれたお茶を飲む機会が来るとは、不思議なものです」

「そんな、大した事ではないですよ」

 そうなの? まぁ、そうか。元第一の参謀だもんね。入れる事はまぁ無いか。

「ドーンにはお世話になります」

「ははは、団長。これは部下の仕事ですからお気になさらず、ね?」

「そうですか…?」

 うっ。イケオジの笑顔。最近、ドーンの笑顔がやたらキュンキュンくるんだよね。

 目の保養と言うより、心臓が痛い。

「その様子ですとドーン殿は第七がお気に召した様ですね。第一に居た時と雰囲気が全く違います」

「そうですかな? 第七と言うよりは団長の下が楽しいんですよ」

 ちょっと、地味にハードル上げないで。あんまりヨイショしないでよ。

「しょ、精進します」

 私は恥ずかしすぎて真っ赤な顔で俯いてしまう。

「これはこれは。ラモン団長、あの『稲妻ブレーン』を手懐けるとは、末恐ろしいですね。何か秘訣でもあるんでしょうか?」

「いや、手懐けるなんて… 誤解です。私は何もしていませんよ。ドーンからも何か言って!」

「ははは、団長。ご自身をご理解下さい。十分魅力的です」

 おいおい、追い討ちしてどうするんだよ! 止めて!

「ドーン! いい加減にして。からかって… 面白がってるんですよ、スバルさんも変な事言わないで下さい」

「し、失礼しました。ふふふ。この反応は… かわいらしくて。ドーン殿も大変ですね、この第七だと若い騎士が多いですし、団長は騎士には珍しく純真そうですし」

「そこは問題ありません。一匹の小蝿も近づけさせません」

「ほぉ、それはそれは」

 ニコニコ笑顔のオヤジ達。優雅にお茶を飲んでいる。

 私はと言うと… もう居場所が… マジで顔が熱い。

「それより、この給与算定法、いいですね」

「そうでしょう。貴族の方々は少し給与が下がるかもしれませんが、説明すれば分かってくれるかと思います」

「階級別の基本給+役職手当+皆勤手当。まずこの基本がいいですね。他の手当も面白い」

 そう、そこね!

 皆勤手当はサボり防止。平民が多いからきっと抑止力になると思ったんだ。

 あとは、通勤組の婚姻手当。結婚してる人はほぼ通勤してるから、この手当があると今後結婚したい人達を後押しするはず。子供手当に危険手当もね。

「この天引き? ですか? 独身の寮暮らしから文句は出ませんか?」

「あぁ、出るかもですね。今までタダだった寮の家賃とご飯代を寮費として毎月一万五千K天引きしますから。それに通勤組からもちょっと文句が出るかもですけど」

「と言うと?」

「はい、今後、食堂では食費をもらおうかと思いまして」

「飯代ですか?」

「はい。通勤組は一食三百Kです。少額ですが徴収する事によって、月換算すると結構な額になります。食堂の運営に回そうかと思いまして」

「運営? 確か今はどの団でも退役者が働いていますよね?」

「ええ。料理って一見楽な様で、結構な重労働ですから。退役したお爺ちゃん達には別の仕事の方がいいんじゃないかと。ですので別途専門の料理人を雇いたいんです。それに雇うからには今まで以上の美味しい料理を提供する予定です」

「別の仕事とは?」

「新人の育成と平民騎士への教育です」

「ほぉ。例えば?」

 スバルさんは興味津々だ。ちょっと乗り出し気味に話を聞いている。

「まず新人に仕事のノウハウを教える仕事ですね。あとは自身の経験の伝授です。現役の先輩騎士の時間を割いてまで新人教育にかける時間が勿体無くて。今は人員不足ですから。次に平民騎士への教育は、読み書きと計算です。読めても書けない人が多いみたいで。計算も苦手な人が多いですね。門番の事務仕事の効率を考えれば、ここは足並みを揃えたい部分です」

「それこそその仕事は金を産みませんよ?」

「ですが、知識は隊員達のレベルを上げます。どこの団に行っても通用するでしょうし、逆に平民だからと蔑まれる事がなくなるんじゃ無いでしょうか?」

「そこまで… 未来の騎士団への投資になるのか」

 投資って。そんな大層なものじゃ無いけどさぁ。

 平民騎士が第七に多い理由は多分ここだ。教育が施されれば、仕事の内容的に第二や第三へ異動出来ない訳じゃ無いと思う。

「今は他の団へ異動は難しいでしょうが、平民でもがんばれば出世できると示したいんです。騎士が平民の憧れの職業になればいいなぁ~なんて」

 そう! キツイ、安い、ダサいを何としても払拭するぞ! これは第一段階だ!

「あなたは第七に飛ばされたと言うのに、文句も言わずこんなにも騎士の事を… 私は感動致しました!」

「いえ、飛ばされたとは、さすがに思ってませんよ。え?」

 ん? あれ? 変なスイッチ押しちゃった?

 あれ? あれ?

 私は心配になってドーンを見る。スバルさんの様子が、ちょいおかしくない?

 ドーンはニコニコするだけで何も言わない。

「ラモン団長! あなたは女神か!」

 感極まったスバルさんが両手をガシッと握ってくる。

「はい?」

 ちょっと、圧が! 助けて! ドーン!

「スバル殿もようやく理解されましたな」

 うんうんと満足気に頷くドーン。

「はぁ? ちょっ、ドーン? 何とかしてよぉ~」
「ラモン団長! それより十手がもうすぐ出来るそうですね? 隊員達で試すんですよね? 見学しても?」

 感極まっているスバルさんは両手を離してくれない。

「ははは、まず手を離しましょうか? ね?」

 グッと力を入れて無理やり自分の手を引っこ抜く。

「あぁ、これは失礼。年頃のお嬢さんにあるまじき行為でした」

 スバルさんはスッと離してくれたが、目の色が違う。今までと全く違う。ちょっと怖いよぉ。

「まぁ、いいですけど。お時間大丈夫ですか? お忙しいでしょう?」

「そこは大丈夫と言ったではありませんか」

「いや~、まぁ~、そうですけど…」

 別にいいけど、今のスバルさんはちょっと苦手だな。私を見る目が変わってるし。

「必ず連絡下さいね!」

 面倒臭いな。ドーンをチラ見するがやっぱり助けてくれなさそう。

「いえ、もう日取りは決まっていますので。五日後の午前中です。今回手伝ってくれる騎士達が空いているのがその日なので」

「そうですか。了解しました。場所は第七の演習場でしょうか?」

「はい」

「いや~、今回はとても有意義な時間を過ごさせて頂きました。ラモン団長ありがとうございます。それで、一つ質問なんですがよろしいでしょうか?」

 ん? 改まって何だろう?

「何でしょう? 答えられる範囲でよければ」

 スバルさんは居住まいを正して真剣な顔で私を見る。

「第七に経理関係に強い騎士はいますか? 確か、全員と面接をしたんですよね?」

「経理ですか… う~ん。書類関係が得意な人は皆無ですね。本が好きな女性騎士は居ましたが、どちらかと言うと薬草関係の知識がある感じでしたし」

「そうですか! わかりました」

「え? それがどうかしましたか?」

「いえいえ。側近はどの団も人材不足ですね! はははは」

「あぁ、はい」

 ん? 何だろう? 何か引っかかるな。

「では、私はこれで。ドーン殿、お茶ご馳走様でした」

「いえ、お手伝い感謝しますぞ、スバル殿」

 二人は熱い握手を交わして、スバルさんは上機嫌で去って行った。

「何だったんだろう? 最後の質問…」

「さぁ? まぁ、予定より早く給与の算定が終わって良かったですね」

「そうね… あとはバイト問題よね」

「ばいと?」

「あっ… 副職よ」

「はぁ? 副職ですか?」

 ドーンはお茶を入れ直してくれて、私の向かいに座り直した。

「今回の算定でお給料が少なくなる人が三分の一程いるよね? その人達に休日を使っての副職を斡旋しようかと思って」

 ドーンはうんうんと頷いて先を勧めてくれる。

「少なくなったお給料全部とは言えないけど、少しは足しになるかなぁって。色々考えてみたんだ。食堂の料理人補助や今まで個人で行っていた武器のメンテナンスとか、騎士以外の仕事をしてもらうの。もちろん賃金は払うし」

「いいアイデアですが… 貴族は敬遠(けいえん)しそうですな」

「敬遠かぁ、まぁ、それはそれでいいんじゃない? 給料をもっと欲しい人がすればいいんだし。第七にとっても雑務が減っていいわ。別途雇うとお金がかさむじゃない? 上手く回せばいいのよ」

「なるほど。自分達で補うんですね。だから少しの賃金で人材も確保出来ると。財源はどうします?」

「そこよね~。今回、見直した予算で浮いたお金と、私も副職をしようかと思って」

「団長自らですか?」

「ええ。私のアレよ!」

「アレ? … まさか!」

 ふふふ~ん。そのまさかです。洗浄魔法です。

「しかし… どうやって?」

「それはね、寮の部屋よ! 独身寮の部屋って多分だけど汚いと思うのよ。男性が多いし、基本掃除は自分達でするじゃない? 建物も古いから諦めてる人って多いと思うのよね。だから、あの洗浄魔法で一部屋一回につき三千Kとかお金を取るの。払えない額じゃ無いでしょう?」

「お金を取って掃除ですか… バレませんか?」

「それはバレないようにするわ。掃除するタイミングはその部屋の主が出勤日で確実に部屋に居ない日を狙えばいいのよ。それに、勤務時間は八時間あるのよ? 普通に掃除するにしても十分な時間だわ。私がするとは言わなければいいんだし。特別に掃除する人を雇うよって言えばいいじゃない?」

「なるほど、そのお金を副職代に回すと?」

「えぇ、一見自分のお金が回っているように見えるけど、部屋はキレイになるし、働いた分だけお金は増えるし、食堂も補助員が増えれば楽だろうし、みんなが得すると思うの」

 って、私は普通にキレイにしたいだけなんだけどね。共用部分は私がこっそりやればいいんだけど、寮の部屋はねぇ。個人的な空間だしね。

「わかりました。しかし、この副職の件はもう少し後にしましょう。新しい給与や勤務体制が浸透してからの方がいいでしょう」

「そう? では、タイミングはドーンに任せるわ」

 私はいつでもいいよ。むしろ早くやりたいよ!

「まぁ、先日の食堂がキレイになった日から、隊員達もうれしそうでしたから。同じ掃除夫であると言えば依頼は来るでしょうね」

「でしょ? 掃除って一回きりじゃないしね。部屋っていつの間にか汚れてしまうし」

 そうそう、なぜか溜まっていくゴミ達。ホコリ達。不思議なんだよね。って、言っとくけど、私の部屋は汚部屋(おべや)じゃないよ! 私には洗浄魔法があるんだから。

「他に副職のアイデアがないか私の方でも考えてみます」

 お~! ドーンが乗り気になってくれた。うれしいな。

「ありがとう。いつも突拍子もない事を受け入れてくれて」

「いえ。団長が考える事は団の為になっていますので問題ありません。団長こそ、ご自身の事を優先に考えてもいいんですよ?」

「ん? そうかな? 結構、自分本位な気がするけどね」

 キレイにしたり、キレイにしたり… あとは美味しいご飯にありつきたいとか。原動力はそこなんだけどな。

「そうですよ。もっと団長らしくふんぞり返ってもいいんですよ?」

「ぷぷっ。ふんぞり返るって。そんな自分が想像出来ない、あはは」

「そこが団長の素晴らしい所ですね」

 ドーンは満足げに私を見て、いつもの様にうんうんと頷く。
 演習場にはヤクザのクルス、冷徹アレク、チャラ男のトリス、そして私とドーン。おまけのスバルさんが集まった。

「今日は新しい武器の試運転です。強化面や武器としての性能を見るのでよろしく」

 私は出来たばかりの十手を皆に渡す。

「まず、これの使用方法を説明します」

 十手。十通りの武器に変身する、使いこなせば便利な武器だ。

「これはいくつもの使い方があります。打つ、突く、払う、鉤で受ける、刀を折る、隙間などに差し込む、こじ開ける、投げる、押さえつける、関節を押さえるです」

 諸説流派によって違うみたいだけど、それはそれだよね。こちらの世界には関係ないし。

「特にこの鉤が重要になります。ここで剣の刃を受け止める事が出来ますので盾にもなります。受け止めたまま捻れば、薄い刃なら折る事も出来ます。あとは鈍器として有効ですね。鉄の塊なので急所を狙えば力をそんなに加えなくても気絶させられるでしょう。一度振り回して感触を探ってみて下さい」

 それぞれ十手を振り回しながら、さっき言った方法を試している。

「重さはどうでしょうか?」

 眉間にシワを寄せているクルスに聞いてみた。

「あ? そうだな… もうちょっと重くてもいいかもな。あと、剣先? がもう少し長い方がバランスがいい」

 ふむふむ。

「団長ちゃん、やっほー。俺はこの紐が… 邪魔じゃない?」

 トリスは十手のお尻から垂れる紐が気になるようだ。

「これは逃げる犯人にぶつける為に付けてます。投げた後すぐに回収できるし、紐を絡ませて引き寄せる事も出来ます」

「ん~、だけどそれって必要なくない? 投げて打ち身にするって事だろう? 命中すれば犯人は止まるわけだし。やっぱり紐は邪魔だよ」

 なるほど。使い勝手はみんなの方がよくわかるよね。

「そうですか… これはこの後実証してみましょう。必要なければ取ってしまっても問題ないので」

「ん? いいのか? 団長が考案したのだろう?」

 アレクが十手を振り回しながら首を傾げている。

「いいんです。私の意見は絶対じゃないので… 現場のみんなの意見が欲しいんです」

「そうか」

 と、なぜか笑顔でアレクに頭を撫でられる。

 いきなりどうした? 急に距離が縮んでないか? てか、普段冷たい感じの人が笑うと威力がすごい! ドーンもそうだけど、イケメンスマイルは身体に毒だ。

 ドキドキしながら私も十手を手に取る。

 実際手に出来て普通にうれしい! TVで見てた十手! 本物だ!

「では、実際に剣を受け止められるかやってみましょうか?」

 ドーンが珍しく剣帯していると思ったら、剣を振りたかったのね。ものすごい笑顔で剣を抜いて、三人に相手をするように促している。

 こちらの剣は西洋的な両刃のごっつい剣が多い。元々、日本刀が相手だから鉤が有効だったかもしれないしね。でも…。

「はん。ドーン殿、剣が錆び付いていなければいいですね? 年寄りの冷や水にならなければ良いが?」

 十手をぐるぐる振り回しながらクルスが怖い笑顔でニヤついている。マジモンのヤ●ザだ。笑顔が怖い。

「ははははは、若い者は知らないのか? 私の武器は頭脳だけじゃないんだよ?」

「先生、胸をお借りします」

 と、真面目なアレク。ん? 先生?

「オヤジ殿、こっちは第七のトップスリーが相手なんだ、無理しない方がいいんじゃねぇの?」

 こっちも余裕な感じのトリス。

「大丈夫? ただの検証なんだし、三人一緒じゃなくても良くない?」

 スバルさんに助けを求めるが、スバルさんは十手をガン見しながらどこ吹く風だ。

「え? 大丈夫でしょう。それよりこの鉤、盾にもなるって発想が面白い! それに、この部分ですが握りやすいように紐を巻いているのもいい。手によく馴染みますね」

 あれ? 心配してないの?

「ちょっ、スバルさん! あっち見て下さい。ドーンが!」

「ん? あぁ。大丈夫ですよ。あれでも元第一です」

 いくら元第一だからって…

 私の心配を余所に、ドーン対十手組が模擬演習を始めてしまった。
 ニヤッとしたドーンは大きく剣を一振りすると、三人にこいこいと手で合図した。

 わざと挑発してる?

 ドーンと対面する三人は目配せし一斉に飛び出した。

 トリスが思いっきり十手を投げつける、ドーンがそれを薙ぎ払い剣先が下に落ちる。と、両サイドからクルスとアレクが同時に十手を振りかぶった。

 え~あれ! 思いっきり振りかぶってない? いくら何でも当たったら致命傷になるんじゃぁ…

 思わず握ってしまった自分の両手に力が入る。

「あっ! 当たる! 危ない!」

 さっ、ガリ。

 クルスを避けアレクの十手を剣で抑える。そのままアレクを突き飛ばし、返した剣でクルスの脇に寸止め。そのまま流れるようにクルッと周り、アレクの背中を寸止め。

 すごっ。

 ドーンすごっ! え~! めっちゃかっこいい! すごいよドーン!

「ね? 大丈夫だったでしょう?」

 スバルさんはの両手を腰の後ろに組んで、のほほんとその様子を見ていた。

「第一って騎士のトップですが… 今まで誤解をしていました。それぞれ色々な分野に特化してる集団だと思っていたのですが、腕も確かだったんですね」

「まぁ、それはそうですよ。別に頭脳明晰な者は他にもいます。まぁ、ドーン程の逸材は限られますが、曲がりなりにも騎士ですよ? それに総騎士団の看板を背負っているんです。何も総団長だけが強いわけではありません」

「え? では、スバルさんも剣技が凄いんでしょうか? あっ、失礼しました」

「あはは、いいですよ。面と向かって言われるのって新鮮ですね。そうですね、一応は第一ですので、それなりに」

 え~、スバルさん、数字が強くて剣もすごいって。さすが第一。ちょっとだけ見直しました。はい。

「へぇ。私も含めて誤解している平騎士は多いと思いますよ? なぜ広めないんですか?」

「広める必要がないからです。騎士団の中で強い強くないは、戦争では必要ですが、上層部では求められる事ではありません。私達はある種専門職ですからね。まぁ、強いイコール団長という図式を壊したくないのもあります。我々が団長各位と同格、またはそれ以上の剣技だと分かると、各騎士団達の覇気が低くなるでしょう? やっぱり自分の団の団長は誇れる者でないと。いかんせん、ここは騎士団です。脳筋が多いのでしょうがないですね」

 いや~、まぁ、そうだけど。それ言っちゃうと私って、なんちゃって上位騎士。元々は中位騎士の実力だから肩身が狭いな。

 しょんぼりしている私にドーンが近づいてくる。

「いかがでしたか? 十手の有効性は証明出来ましたかな?」

「ははは、ドーン、強すぎです。ちょっと検証には向いてませんね」

「そうですか、残念です。おい! お前達、三人で打ち合いしていろ! ん? どうされました? 体調でも悪くなりましたか?」

 しょんぼりしていたのが顔に出てたかな? ドーンは指示を出す傍ら、私を心配してくれる。

「ん? 何でもないです。ドーンの強さに引いてた所です」

「引くって… しかしいい運動になりました。少々鈍ってしまったようで、歳ですなぁ」

「いやいや、あれで歳とか… 私は団長として隊員に顔向け出来ないよ」

 そんな私の弱音を聞いたドーンは汗を拭きながら急に笑い出した。

「ははははは。団長はそのままでよろしいですよ。何も強さが団長の証明ではありません。あなたはあなたの良さがあります。そこは他の団長に引けを取りません! むしろ騎士団一の団長です」

 ははは、言い過ぎでしょ。第一って自分が強いからあまり強さにこだわりがないんだろうか?

「やっぱり強いに越した事はないじゃない? 今度鍛錬に付き合って。むしろ指導して下さい」

「まぁ、いいでしょう。しかし、そんなに強くならなくてもいいですよ? 私が命に変えてお守り致しますので」

 キラ~ンと汗と爽やかスマイル。い、イケオジ!!! 鼻血出そう。

「な、何言ってるの! 私は曲がりなりにも団長なんだから!」

「ははは、そうですなぁ」

 スバルさんも一緒に笑っている。子供扱い? いや、可愛い孫を温かい目で見守ってる感がすんごいする。

「もう、いい。さぁ、検証よ! アレク達の所へ」

 私は恥ずかしくなった顔を隠すように、早足にアレク達の所へ向かって誤魔化す。

 はぁ、赤面の嵐だよ。最近ドーンは紳士? いやキザ? ちょっとドギマギするような事を平気で言うようになった。距離が近くなったのはいいけど、時々どうしていいかわからなくなる。

「団長ちゃん!」

 こっちこっちとトリスが手を振っている。

「どう? 十手を上手く使いこなせそう?」

「さっきの見てた? オヤジ殿、ヤバくない?」

「トリス。そのオヤジ殿ってやめなさい? 副団長でしょ? さっきのでわかったでしょ? 本当にドーンはヤバいんだから、舐めてかかると怪我するわよ」

「ぷぷぷ。団長ちゃんまでヤバって。まぁそうだけどね。今度、稽古つけて欲しいな~。団長ちゃんからもお願いしてよ」

「そうね… ドーンの稽古は隊員達にはいいかも」

「そう来なくっちゃ!」

 珍しくクルスもこっちを見て私達の話に頷いている。

 そっか、みんなやっぱり強い人には憧れるか。

「んで? どう十手は?」

「あぁ、この鉤の位置をもう少し上にした方がいいな。斜めに剣を受けたら手に当たりそうになった」

 アレクは真面目に検証結果を報告してくれる。

「俺はこの紐を細い鎖にしたい」

 クルスは紐か。

「理由は?」

「こうして後ろを取った時に、鎖で首を絞められる。普段は二重にするなりベルトに掛けていてもいいな。落下防止だ。長さはもう少し短くてもいい」

 ふむふむ。鎖で首を絞めるか。

「クルスが思い付いたの? 了解」

「俺はやっぱりいらないや。この紐? 鎖にするんだっけ?」

「要らないなら要らないでいいよ。これは各自の判断に任せるわ。それぞれ戦闘形式が違うでしょうから」

「ん? そうなの? ふ~ん」

 三人は気安くあれこれと言ってくれる。ありがたい。初対面の時なんて、全員結構ぶっきらぼうだったのに。

「どうですか、団長?」

「うん、改良は必要ね。でも概ねこれで行けそうよ。みんなはどう? 今後、団の武器として採用してもいいと思う?」

「いいんじゃないか?」
「いいと思う」
「OK」

 よっしゃ~! これで十手問題がクリアしそうだよ。
 毎日、そう毎日。同じ時間に登城し、同じ顔ぶれと仕事を開始する。

 私の仕事は総騎士の頂点、第一騎士団の参謀である。戦時はこの頭脳を働かせ、平時は総団長の右腕としてお側に仕えている。とは言っても、ほとんどが各騎士団からの相談や苦情処理に回っているのだが…

 いつしか白髪が目立つようになり、体力も全盛期を過ぎてしまった。

 近頃は、ふとした時、いつの間にか若い頃をよく思い出しては懐かしんでいる自分に気がついた。

 もう歳だな。

 そろそろ潮時なのかもしれない。下の息子も成人を迎えた事だし、妻は二年前に逝ってしまったしな。田舎でのんびりスローライフもいいだろう。丁度、隣国との戦争が終結しそうだしな。

 そう思った私は、翌日には退職届を団長へ提出していた。

「おい、ドーン。いつもの引退したい病か? 忙し過ぎたか?」

「ははは。今回はもう本当に… よくよく考えての事です。このまま終戦へ向かうようですし、丁度キリがいいかと。田舎へ行きたいなんて、ね」

「本気か?」

「ええ」

 団長はじっと私を見て、小さなため息をついた。

「わかった。第一の後任を決めるには少し時間がかかる。陛下にも相談をしないといけないしな。少し待ってくれ。一旦俺が預かる」

「まぁ、そうでしょうね。でも一年も待つ気はありませんので。予想の範囲内です… 待ちますよ、少しぐらい。あと、私からも後任の推薦者を出しましょうか?」

「そうだな」

「ええ。では」

 私は、やっと退職出来ると思ったら心がスッと軽くなった。結構、役職にプレッシャーを感じていたのか?

「ははは、案外小心者だったのか? いや、今更… しかし心が晴れやかだな」

 こうして私は後任を選出したり、少しづつデスク周りを掃除したりと、数日だったが退職に向けて上機嫌で後始末をしていた。



「ドーンよ。久しいな。先の戦では見事な作戦が功を奏したな」

「いえ、恐れ入ります陛下」

 退職願を出してから一週間後、早々に陛下に呼び出しを食らった。

「さて、呼び出した理由はわかっているな?」

「はい。進退の事でしょうか?」

「あぁ。辞めてどうするつもりだ?」

「領地の端で農夫の真似事などしようかと思っております。子も成人し、妻も先に逝きましたから」

「… そうか」

 陛下はそう言ってしばらく沈黙した。

 ん? 受理されない予感がする。またのらりくらりと躱されるのか?

「恐れながら陛下… もう平和な世になりました。私の頭脳は必要ないかと」

「ん? そうだな… よし、最後の王命だ。これを成せば退職を許そう」

「はい? 王命ですか?」

 ニヤッと笑った陛下が私を見る。い、嫌な予感。

「ドーン・イングラッシュに命ずる。第七騎士団を立て直し王都の民を平和へ導け」

「はぁ???」

「あはははは。ドーンもそんな顔が出来るのだな? 第七は今や騎士団とも呼べぬほど機能していない。辛うじて優秀な数名の騎士で持っているんだ。お前のその頭脳で見事第七を立て直してみせよ」

 この小僧!!! いつもそうだ。どうしようも無くなるまで放置した挙句、私になすり付ける。

 私は怒りを鎮めて、低い声でやんわり断る。

「そんな大役… 身に余ります」

「ふふふ、腹の虫が怒り出したか? そんな殺気を飛ばすな。第七はクビにしたい奴の程の良い場所だったんだが、もう切る者が居なくなったのと、放置し過ぎてな… ははは。あと…」

「まだあるんですか?」

「あぁ。先の戦争で敵の宰相と相対した者が居ただろう?」

「確か、第二の中位騎士だったような… それが?」

「たまたまとは言え、敵国の団長を討ち取り終戦に導いた功績は無視出来ん。色々と意見が出たのだが、昇進だけじゃ今回の働きに対しては足りなくてな。領地や爵位とも思ったが、女性騎士でな…」

「女性でしたか… それならばフラフラしている王子の婚約者にでもすればどうです? 戦争の英雄でしょ? 女性だから女神か?」

 で? そんな騎士の事などどうでもいいんだが?

「フラフラとは手厳しいな… まぁフラついてるか? はは。その女性騎士は子爵位なんだ。王子とは少し身分が釣り合わないんだよ」

「それで? その女性騎士をどうしろと?」

「第七の団長にでも据えようかと思ってな。あの第七なら文句は出まい? 功績としては『団長職』だ。十分だろう? それでな、いくらお飾り団長と言えど第七の問題はどうにかしなくてはいけない。そこでお前だ」

 はぁぁぁぁ。ちょっとキレそう。こいつ!

「その騎士を補佐? 操作? まぁ、何でもいいから副団長に就任して欲しい」

「…」

 私は無言で陛下へ殺気を飛ばす。

「ドーン。十九歳の小娘団長と元第一参謀の副団長、面白い組み合わせだろ? それに第七だ。今はどうしようもないが、お前の大昔の古巣だろ? 新人時代を思い出せ。初心に戻れば少しは気が晴れるんじゃないか? お前の奮闘ぶりをここで見させてもらう」

「その言い方、決定ですね? いつから?」

「ある日、お前が空を見てため息吐いたのを見た時から… か?」

「… そうでしたか」

「やってくれるな?」

「わかりました… 謹んで拝命したします」



 それから、その女性騎士と会ったのは褒賞の授与式だった。貴族には珍しく表情がコロコロ変わる小柄な少女だった。震える手で団長の腕章を受け取っていた。

 なぜか私はその様子を『好ましい』と感じてしまった。

 貴族令嬢としての所作や騎士としての表情など、全てにおいて及第点だったが、なぜか彼女を包む雰囲気に好印象を受けたのだ。

 初めて挨拶をした時の顔。あんぐり開けた口が今でも忘れられない。


 彼女は予想以上の女性だった。元参謀の私に怯む事も無く遠慮もしない。次々と団の為にアイデアを出して実行していく。団長として、本当に団や騎士達の為に精一杯がんばっている。自然と私も、そんな前向きな彼女の手伝いに回っていて色々と助力をしている。最初は、団長に成り変わって… などと考えて、あえて好意的に近づいたのだが… そんな必要はなかったな。


 陛下、第七は違った意味で生まれ変わるでしょう。私も引退したいと思う気持ちがどこかへ飛んでいってしまいました。

 どこまで計算されていたのか… 陛下。やっぱり私はあなたが嫌いだ。
「おぉ、久しぶりだな? 団長会議以来か?」

「あ~!!! ケイン団長! 異動してから全く挨拶に伺えなくて… すみません」

 たまたま鍛冶屋へ向かう途中で、巡回中? の第二騎士団長に出会った。

「いや、いいんだ。あの第七だしな、色々大変だろう?」

 コソコソとドーンを気にしながらケイン団長は私に耳打ちする。

「ははは、そんな事はありませんよ。相変わらず事務仕事が苦手ですが… ドーンのおかげで何とかやれています」

「お前、ドーンって… まぁ、そっか。ちゃんと信頼関係を築けたか。よかったよ。てっきり参謀殿にこき使われてるんじゃないかと心配してたんだ」

「ふふふ、ケイン団長は相変わらずですね? 部下の事を心配しすぎです。その内ハゲますよ?」

「おい!」

 ドーンがニコニコしながら後ろから声をかける。

「失礼。ケイン団長、ラモン団長の事はご心配なく。私がお守りしますので。これから何かとよろしく願いします」

「おっ、おう。はい、よろしく願いします?」

「あはは、ケイン団長! 緊張しすぎ! ドーンはちょっと過保護なんです。私が小娘なんで… ほら、団長としてもペーペーなんで、へへへ」

 ケイン団長は小声で囁く。

「それだけじゃないだろう… この殺気…」

「え?」

「いや… それよりラモン。これからは同じ団長なんだケインと呼ぶように」

「それ… それどうにかなりませんかね? 私にはハードルが高くて」

「まぁ、しょうがないだろ。曲がりなりにも団長なんだ。規律もあるし部下に示しがつかない」

「ですが…」

 私はイジイジとしてしまう。ちょっと久しぶりの第二の雰囲気に甘えたくなってしまう。

「そう、深く考えるな。呼び捨てぐらいで怒る奴なんざそもそも騎士じゃねぇ。どうしても抵抗があるなら役職で呼べばいいだろ? 『ケイン団長』とか役職を後につければ失礼にならないさ。俺も、ああは言ったがもう団長付きの呼び方でいいよ」

「それ! それいただきました! ケイン団長、最高!」

 思わずケイン団長の手を取って喜ぶ。

「ラモン団長、そろそろ」

「そうですね。引き止めてすみませんでした。今度休日にでも第二へ遊びに行きますね。ケイン団長、そうやって息抜きに抜け出すとまた副団長に怒られますよ? 早く帰った方がいいですよ?」

「あぁ。ぼちぼちな。そう言えばケリーがお前に話があるそうだ。手紙でも書いてやれ?」

「了解です。ケリーかぁ」

 じゃぁな、とケイン団長は人ごみに消えて行った。

「ケリー殿とは?」

「あぁ、第二時代の同僚です。女性が少ないのでよく二人で(つる)んでて、悪友?」

「ほぉ、同期ですか?」

「えぇ」

「それはそれは。同期とはいいものです。交友関係は大切になさった方がいいですよ?」

「そうね。早速手紙を書かなきゃ。ドーンの同期って誰? 私も知ってるかな?」

「そうですな… 有名どころでは総団長ですな。あとは第三魔法士団の副団長ですかな」

 え~!!!

「ご、豪華。すごい同期ね。しかも、第三魔法士団の副団長と言えば、キャスリーン様!!!」

 女性の憧れキャスリーン様。魔法を巧みに操る上位魔法使い! 王妃様や王女様の護衛!

「まぁ、総団長とは幼い頃からの仲ですから、兄弟のような関係ですね」

「総団長と幼馴染! 何その設定! てか、キャスリーン様ってどんな方なの? やっぱり凛としてステキなの? いい匂いしそうだよね~、美魔女って噂だし、妖艶な感じ?」

「ははは、そんなイイモノ(・・・・)じゃないですよ? 噂に尾ひれがつき過ぎていますね、ふふふ」

「え? そうなの?」

「はい、まぁ会ってからのお楽しみで」

「会う機会ってないんじゃない? 魔法士団だし」

「いえいえ、新年の王族主催のパーティーで会えますよ。全ての団長と副団長は強制ですからね。そうそう、団長もドレスのご用意が必要ですね」

 ん? 聞いてないよ。ドレスとか、ナイナイ。元々持ってないぞ… どうしたものか。

「それって経費じゃないよね? 団長服ではダメかな?」

「ダメですね。式典ではありませんから。他の方々もタキシードとドレスですよ」

「はぁぁ。地味に出費がきついなぁ。王族主催ならそれ相応のドレスよね? 目立ちたくないなぁ」

「そうですね。一流のお店で仕立てた方が… 逆に目立ちませんよ。上位貴族が多いでしょうし」

 なぜ上位貴族の女性は、ドレスに何でそんなに気合いがいるのか。まぁ、貧乏子爵にはその心情は理解出来ないんだけど。

 上位貴族のお嬢様なら、有り余るお金で惜しみなく着飾れるのが楽しいのかもね。そりゃ、婚活にも精が出るってもんよ。って、私が着飾った所で、王族主催なんて出会っても身分が合わないから無駄なドレスになってしまうんだけど、う~。

「その日はお腹が痛くなるとかナシ?」

「ナシです」

 はい、すみません。ちょっと言ってみただけです。

 お店に着いた私達は、ノックスへ十手の改良を伝えて再度試作品をお願いした。ノックスに十手の使い方を教えたら楽しそうにブンブン振っていた。
 あと、ドーンの剣捌きが早くて驚いたと言ったら、『昔から涼しい顔で何でもこなしていた。イケスカねぇ』と呟いたノックスにドーンが、お店に飾ってあった剣を投げていた。
「どこでもいいから座れ」

 ドーンが大きな声で呼びかけた。今日は第七の全員を呼んで新体制の説明会だ。

 食堂にぎっしり詰め込まれた騎士達。みんなガヤガヤと私の話を待っている。

「ごほん。みんな静かにしてくれる? 今日は集まってくれてありがとう。現在、門番をしている者は後から説明するわね。料理担当の方達もこちらへ来て聞いて欲しいんだけど」

 料理人のお爺ちゃん達も私が見える場所へ移動してもらった。

「まず、勤務体制について話します。よく聞いて下さい。皆を四部隊に分けます。それぞれ二〇名です。新人、入隊一年以内の十二名はこの部隊には厳密には入れません。では、今から言う者は前に出て来て下さい」

 ガヤガヤと騒がしくなった。

「静まれ!」

 ドーンの一声でまたもや静かになる一同。

「アレク、クルス、トリス、コリーナ、テッセン、リックマイヤー」

 呼ばれた者達が私達の横に整列する。

「この者達は私の側近になります。先程の四部隊に含まれません」

「おいおい、俺達は? 除け者か?」

 誰かがヤジを飛ばした。

「ここにいるのは特に能力がある者を選出しました。先日面接したでしょう? 他の皆さんは各門の守衛ですよ、今まで通りです。しかし、勤務時間や交代周期を変更しています」

 ガヤガヤとまた騒がしくなる。収まりつくかな? どうしよう。しょうがない、一丁やりますか。

「静かに! 静かに! お前らぁ! 全部の説明を聞いてから文句を言え! まずは聞け!!!」

 私は大声でお上品とは言えない口調で怒鳴った。まぁ、静かになったからいいか。

「ごほん。勤務時間ですが八時間の四交代です。各部隊でさらに四つに分け、三日勤務したら午前は休みで午後は鍛錬です。例えば、Aが朝六時から二時まで、Bは二時から十時まで、Cは十時から翌朝六時までの夜勤です。Dはその日は休みです。翌日は、Dが朝六時から、Aは二時から、Bは十時から、Cは休みとなります。ここまでいいですね?」

 誰も文句がない。じっと話を聞いている。

「それを各部隊で実施してもらいます。東西南北、四の門があるので、四部隊は各門へ行って下さい。但し、今月は北門なら翌月は東門、次は南門と言う風に、担当する門を固定しません。まぁ、これには訳がありますが。心当たりがある者がいるでしょう?」

 ちょっとだけ肩をビクッとさせた者や、目線を下げた者がいた。やっぱりね。

「勤務時間と勤務地をコロコロ変えるのは、商人との癒着をなくす為です。今後、発覚した場合は除隊処分にします」

「除隊?」
「いきなりか!」

「そうです。除隊です。そんな騎士はうちには必要ありません。わかりましたね?」

 しーん。

「恐らくですが、その者達は進んで悪事に手を染めたとは考えにくい… 私はそう願います。ですので給与も変更しました」

 私はドーンと用意した基本給が書かれた紙を貼り出す。食堂の後ろの方にも見えるように大きな紙に書いた。

「これを見て下さい。給与の算出方法です。読み上げますね」

 みんな紙を凝視している。

「新人:基本給二〇万K、
第一等級:二三万K、
第二等級:二六万K、
第三等級:二九万K、
第四等級:三二万K、
第五等級(以上はない):三五万Kから能力に応じて」

「はい! 貴族階級の考慮はないのでしょうか?」

 ん? 貴族の人かな?

「ありません。皆同じ仕事内容なんです。身分は関係ありません」

 貴族騎士達は一斉に凍りついた。

「しかし、貴族階級の人達は元々第二等級以上が多いでしょう? それに比べて平民騎士は一から三に多い。何ら問題はないと思いますが?」

「し、しかし… いや、でも… はい」

「後これに、色々な手当が毎月付きます。まず全員が取れる手当が皆勤手当です。その月、一日も休まず遅刻せず勤務した者に三千K加算されます。
 次に役職手当です。部隊長、側近、副団長、団長などです。あとは、婚姻手当や子供手当などもあります。
 詳細は紙に書いていますので、後で確認して下さい。この紙は常に食堂に張り出しておきますので、いつでも確認出来ます」

「ほい、いいか? 団長さんよ?」

 ちょい悪風のオヤジが爪楊枝を噛みながら手を挙げる。

「どうぞ」

「俺はちなみに給与はどれだけになるんだ?」

「名前は?」

「グレコだ」

 グレコ、グレコ…

「グレコ、第三等級騎士。基本給:二九万K、皆勤三千K、部隊長一万K、結婚五千K、子供二人で六千K… 合計三一万四千Kです。あとは夜勤がある月、先程の勤務時間Cですね、その日かける千Kが支払われます。だいたいですが三二万K前後です」

「へ? そんなに?」

 グレコは睨んでいた顔が一転、気が抜けたようにぼてっと椅子に尻餅をついて座ってしまった。

「これは当然の給与です。ですので、給与に見合った仕事をきっちりお願いしますね」

 みんなの目はさっきとは打って変わって輝いている。自分の給与はどのくらいかと計算し始めた。

「ドーン、しばらく待とう。みんな喜んでくれて嬉しい、がんばった甲斐があったね」

「そうですな」

 私とドーンはニコニコしながらみんなを見る。チラホラと眉間に皺を寄せている者がいるけど…
 パンパンパン。

「いいですか? 給与にはまだ続きがあります。寮住まいの方は居ますか?」

 はい、はい、と半分以上が手を挙げる。

「その方達は寮費として毎月給与から一万五千Kを徴収します」

「え~」
「何で?」

「増えるばかりじゃないですよ? って、給与から天引きするのはこれぐらいですが… どのようなお金がどんな使い方をするのか明確にしたんです。今までタダだと思っていたら実はお金がかかっていたんですよ。この寮費には部屋代と食事代、シャワー室の利用代が含まれています。街のアパートに比べれば格安でしょう?」

 我ながらペラペラと言葉が出てくるな。でも多分、運営側からすると嘘は言っていないはず。

「うっ…」
「まぁ、給料増えそうだしいいけど」

 ヒソヒソと色々聞こえてくるが口を大にして言う者は出なかった。よし、次だ。

「それと今後の食堂ですが、通勤組は食事代を払ってもらいます」

「おい!」
「それこそ今までタダだったじゃえねえか?」

 既婚組が多いので文句のボリュームが大きい、大きい、元気だね~あはは。

「通勤組はほぼ妻帯者でしたので、手当でプラスになっているはずです。損はしていないはずです。それに愛妻弁当を持って来たらどうですか? 食堂でお弁当を食べる分は無料ですから。それか一食三百Kを払って下さい。食費にしても街の食堂に比べれば破格の値段だと思いますよ?」

「…かぁちゃん作ってくれるかな?」
「ばか、カカアより食堂の方が美味いだろ?」

「はいはい、静かにね。それで、食堂運営も少し改革します。今まで料理を担当して下さっていた方々、前へ」

 お爺ちゃん達はハテナになりながらおずおずと一歩前へ出る。もしかしてクビか? とでも思っているんだろう。

「この者達は元騎士なのはご存知ですね? あなた達の先輩です。ですので、今後は料理ではなく新人教育と書き取り計算教室の先生になってもらいます」

 お爺ちゃん達はお互いに顔を見合わせ、目が飛び出しそうなぐらい驚いている。

「引退したとはいえ、騎士時代の経験は他では得られない、後者へ伝えるべき物です。ですから、今は剣は振れなくとも知識を後輩へ教えて欲しいんです。あとは、読み書き計算が苦手な騎士への授業もお願いします。これからは引き継ぎ内容と日誌を必ず書く事を命じます。その為の勉強です。出来ない者は、休みの時間を利用して勉強するように。今後の給与にも響きますよ? 読み書き計算が出来ない者は第三等級には上がれませんから。出世したい者はがんばりなさい!」

 言い切った私はお爺ちゃん達を見る。みんなにこやかにうんうんと私を見て微笑んでくれた。

 了承してくれたようね。よかった。

「最後です! 食堂の料理人ですが、皆から集めたお金でプロを雇います」

「よっしゃー!」
「うまい飯!!!」
「三百Kなら安いんじゃないか?」

 みんな大喜びだ。やっぱりね~。みんなも味に不満が有ったんじゃん。先輩騎士だし言い辛かったのかな。

「以上が変更事項です。質問ある人?」

 ガヤガヤ。

「団長、これでは声が聞こえません。質問は個別に受ける事にしましょう」

「そうね」

 ドーンは頷くと、また大きな声で皆を黙らせる。

「これで説明会は終了だ。質問がある者は個別に来るように。団長か私が対応する。以上、解散!」

 あれ? みんな出て行かずその場でしゃべっている。主に給与と勉強についてだ。

 よしよし、いい感じだ。改革は一先ず成功って事で! やったね。

「あぁ、ドーン。側近のみんなにはこの後、団長室へ来るように言ってね。一時間後」

「了解しました」

 ドーンが側近達の所へ向かう。その反対側から誰かに肩を叩かれた。

「ん?」

 振り返ると顔が青白い騎士だった。

 確か、この人、男爵位の貴族騎士だったような…

「どうしたの? 質問?」

「”#$%&’」

 周りがガヤガヤしているし、ボソボソ喋るので少し聞き取り辛い。

「え? 聞こえない」

「”#$%&だー!!!!」

 と、いきなり殴りかかって来た。

「へ?」

 咄嗟に私はその腕を避け、腕を掴んでジャンプし足を絡ませ身体ごと巻きつく。私の体重で仰向けに倒れ込んだ相手の首を太ももで絞め付ける。

 首四の字固めだ。

 あ~、焦った。前世で友人の付き添いでプロレス女子をちょい噛んでてよかった。元々、私自身(ラモン)に体術経験があったのも助かった。そう言えば、あのプロレスラーの先生、イケメンだったなぁ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ~、うん。ちょっとこれ代わってくれる?」

 ドカンと言う倒れる大きな音で食堂のみんなは静まり返り、四の字固めをしている私を覗き込んでいる。

 唖然とした顔がいっぱい並ぶ。ちょっと恥ずいな。

 ドーンはその辺に居た二人の騎士に命令して、飛び掛かってきた騎士を取り押さえて立たせた。

 私はパンパンと軽く服の埃を払って、その騎士と対面する。

「で? なぜ私は襲われたんだ? えぇ?」

 真っ青な顔の騎士は、目が虚になって焦点が合っていない。二、三度頬を叩いてみたが反応が無い。

 う~ん?

「ふ~。これはダメね。後日、事情聴取をして。あぁ、あなた、グレコ。第三部隊長でしょ? 早速仕事よ。これをどっかに監禁して置いて。そう言う部屋があるはずよ、よろしくね。ドーン行くわよ」

「え? 了解しました、団長」

 いきなり指名されたグレコは爪楊枝を咥えたままだったが、慌ててピンと背筋を伸ばして敬礼した。

 私はドーンと食堂を後にする。ドキドキドキ。

 ちょっ! みんなに見られた。わ~! わ~! わ~!

 赤い顔を手でパタパタさせながら早足で歩く。

 後ろの食堂内がいきなり『どっ』と湧いた。みんな笑っている。

「わ、笑われてる… 恥ずかしいぃぃ」

「ふふふ、あれは驚きの雄叫びですよ。皆、団長の技に興奮しているのでしょう。私も驚きました。体術が得意なのですね?」

「あ~、う~ん。別に…」

「あの絞め技… 少し女性らしからぬ技ですがすごいですね。大男を小柄な団長が一瞬で仕留めたのは圧巻でした」

「そ、そこまで??? そんな目立ってた? いやだ~」

「ははははは。予期せぬ事でしたが、皆に団長の実力を示すいい機会になりましたな」

 笑顔のドーンは私の羞恥心なんて気にするなと一蹴している。

 ぐすん。

 もっと、出来る事なら、スマートに、かっこよく、エレガントに登場したかったよ~。
 朝六時。

「おはよ~」

 誰も居ない寮のベットで私はつぶやく。

 あの説明会から十日が経った。新しい勤務体制に最初は色々行き違いがあったりしたが、概ね良好な滑り出しをしている。
 八時間勤務の後、次の勤務まで時間は空くし、半休だが休みもある。休みが増えて自主的に身体を鍛える者や勉強している者がいるそうだ。

「よし、今日も一日がんばりますか」

 朝七時過ぎ。

 私は身支度をして食堂へ向かう。第七の朝は早い。交代時間の前後二時間が食事時間になっているからだ。

「今日は軽く済ませよう」

「おはよ~、団長」

 食堂へ到着すると次々に声がかかる。

「パンとサラダをお願い」

 みんなと同じようにトレイを持って列に並ぶ。新しく入った料理人のゴリさんに注文して、近くのテーブルへ座った。

「団長、これだけ?」
「今日は団長の訓練ありますか?」
「お疲れさん、団長。俺は上がりなんだ」

 ボ~ッとした頭でハイハイと返事をしていく。あの一件以来、隊員達は私に対して友好的だ。

 朝八時。

 団長室で今日の事務仕事を始める。各門から集められた日誌を読む。ふむふむ、南門で商人が暴れた、か。

「ドーン、この暴れた商人って多分あれだよね? 今まで便宜を図っていた系?」

「恐らく。いつもの担当が居ないので連れて来いと言い出したそうですよ」

「ふ~ん。そろそろ商人達も門のルールが変わった事、気が付き始めたんじゃない?」

「そうですな。そろそろあちらさん(・・・・・)から苦情が来るかもしれません」

 あちらさん。そう、商業ギルドだ。

「その時は呼んでね。直接話がしたいし」

「了解です」

 昼一時。

「コリーナ、アレクちょっと着いて来てくれる? ドーン、あとはお願いね」

「あっ、はい」

 丸渕メガネの背の高い彼女は、今回側近になった一人だ。薬草学に長けていて、ちょっとした切り傷の軟膏などを自作して団のみんなに分けたりしていた。

「今日はね、魔獣ギルドへ行くわ」

 東門へ転移して、城門近くの魔獣ギルドへお出かけだ。

 魔獣ギルドのギルド長と城外の森で採れる薬草の種類や買取価格など、あいさつも兼ねて教えてもらう。

「ラモン団長、門番が薬草狩りですか? あれは初心者向けのクエストですよ?」

「あぁ、ギルド長。参考までにです。ウチの者はしませんよ。まぁ、個人的に小遣い稼ぎをする者はいるかもしれませんが、はは」

「そうですか… まぁ、集めて下さるならウチとしても助かります。薬草はいくつあっても足りませんし。初級クエストなんで人気もありませんからねぇ」

 よし。これで一つ問題解決だ。

 コリーナに詳細を筆記させ色々見てもらう。様々な生の薬草に触れられるのがうれしいのか、テンションが上がっている。

 昼三時。

 お昼を食べてからドーンを連れて演習場で騎士達の鍛練の見学と、お爺ちゃん先生達の教室を覗く。

「団長、あん時の絞め技教えてくれよ」

 そばかすの下位騎士が声をかけてきた。

「う~ん、いいけど、そんなすぐには会得出来ないわよ。まずは体力作りね」

「そんな~」

 渋々その騎士は下がって行き、外周を走り出した。

「ラモン団長。いい天気ですな」

 お爺ちゃん先生がニコニコと近づいて来る。

「そうね。青空教室ね。どう? 順調?」

「えぇ、えぇお陰様で。騎士達はアホばっかりで手を焼いてますが、儂らの健康が順調です。料理をしていた時より腰や足が痛まないですからな、ほぉっほぉっ。少し剣も握れて気分もいい。何より昼勤務なのが助かってますわい」

「それはよかったわ。いくら元騎士だからって歳なんだから無理はしないでね」

「はいはい」

 夕方五時。

「今日はここまで。ご苦労様。明日は誰が付くの?」

「はい、明日はトリスです」

「了解」

 アレク、トリス、クルス、テッセンの四人は門番組と同じ様に四交代制で側近の仕事をしてくれている。何かあった時用に、この団長室に待機する役目だ。あとは、各部隊に欠番が出た時のピンチヒッターだったり。

 私とドーン、コリーナ、リックマイヤーは昼勤務。八時から五時の昼一時間休憩だ。五連勤の二日休み。私とドーンだけは六連勤の一日休みで、私が火曜日、ドーンは木曜日が休みだ。

 夕方六時。

 自室で晩御飯までの間に手紙を読んだり、シャワーを浴びたり、寝たり… 自由時間を過ごす。

 そうそう、シャワー室なんだけど。汚いの何のって… 私は誰もいない時を見計らってすぐ様『洗浄』でピカピカにした。

 はぁ、男共って何でこうも掃除をしないのかねぇ。

「あっ、早速ケリーから返事が来てる!」

 先日送った返事がもう来ていた。

 何、何?

『今度、休みを合わせてカフェにでも行かない? 美味しいスイーツの店を発見したんだ。そのあとはいつもの様に飲みに行こう!』

 いいね~。ケリー、甘い物好きだしね。

 じゃぁ、来週辺り合いそうなら行きますか。

 私はルンルンで返事を書く。久しぶりのケリー。あれこれしゃべって思っくそ飲むぞ!!!

 夜九時。

 遅い夕食を食べる。もう慣れたけど、ちょっとだけ遅いんだよね。寝る前にご飯って。まぁ、勤務時間を決めたのは私だし、しょうがないんだけど。

 夜十時。

 今日も一日お疲れ様でした。

「おやすみなさい」