「あざ~した~」

 徹夜明けの私は、まずは命の水を! とばかりに居酒屋へ直行。ビールを駆け込んでまずは一杯。ご機嫌でほろ酔い気味に家路へ向かう途中、通り魔に刺されてあっけなく死んだ。

 享年二十六歳。

「うっ。痛いと言うより刺された箇所が熱い… こんな事なら、さっき浴びる程飲んどけばよかった…」

 と、目の前で私を覗き込んでいる目が逝ってる犯人の顔が霧がかる。意識が朦朧(もうろう)とする中、犯人の姿が変わっていた。うっすらと見えたのは鎧? と剣…

 えっ?

「… モン様 … ラ… さ… ラモン様! ラモン様!」

 誰かが呼ぶ声で目を覚ますと見知らぬ天井。

 病院?

 まさかあの傷で助かった?

「… ラモン様。ですから… です。… 聞いておられますか?」

 バンっと大きな柏手で、ぼ~っとしていた意識がハッキリする。

「はっ。ここは?」

 と、さっきから声がする方を見るとメイド喫茶のお姉ちゃん。

 ???

 どこだここ?

「え? 病院にメイド? ん?」

「は? 大丈夫ですか? まだ混乱されているのかしら… ラモン様? ここがどこだかわかりますか?」

 どこって… どこだよ。知らないよ。メイドが居るコスプレ病院なんて… ネットでも聞いた事ないぞ。

「いや~… てか、ラモン様って?」

「あなたですよ。え~、頭も打ったのかしら… どうしましょう。少し待っていて下さい」

 と、メイドのお姉ちゃんはオロオロしながら部屋を出て行った。

 寝たままだけどさっと辺りを見渡す。

 白で統一された広い部屋にベットが並ぶ。この部屋に居るのは私だけ。他に病人はいないようだ。

 しかし… どう見ても病院? じゃない様な。点滴とか色々、有るはずの物がない。って事は、病院ではないのかな? メイドさん居たしねぇ。でも、私は簡易な病人服みたいなのを来て居るし…

 よっこらしょっと身体を起き上がらせベットに座る様な体制になる。やっぱり病院? 保健室みたいな感じだな。

 って、刺された横っ腹がやっぱり痛い。

 う~ん、と唸って居るとドアからぞろぞろと人が入って来た。

「こちらです。どうやら混乱されている様なんです。ご自身の名前を覚えてらっしゃらないみたいで」

 さっきのメイドのお姉ちゃんがイケオジに説明している。

「どれ?」

 と、私のベット脇の椅子に座ったそのイケオジはニッコリ笑いながら私の手首を掴む。

「ラモン嬢、気分はいかがですか?」

 さっきからラモンって。ここは話を合わせとく?

「… はい。ちょっとフラフラしますが気持ち悪いとかは無いです」

 一瞬きょとんとしたイケオジは再びニッコリ笑顔になって話を続ける。

「そうですか。まずは、傷ですが痕が少し残りそうですが完治はさせました。ご安心を。今は少し痛むでしょうが、薬を飲めば痛みは引きます。傷を負った時の事を思い出せますか? エリーナが頭を打ったのでは? と申しておりまして」

「いえ… 刺されたのは解っていますが、少し記憶が飛んでます。多分。私は… ここはどこでしょう?」

「そうですか… 記憶の乱れは一時的なものかも知れませんね。しばらく様子を見ましょう。怯えなくても大丈夫ですよ。ここは騎士団の診療所です。あなたは四日間眠っていたのですよ」

 は? 騎士団? って、四日?

 ポカ~ンと口を開いて驚いていると、イケオジの後ろに立っていた男性が声を上げる。

「ラモン、大丈夫か? 俺の事は分かるか?」

 すらっと背の高いイケメン金髪。多分、騎士かな? 腰に剣をさしている。

「… えっと、すみません。分からないです」

 今度は金髪のお兄さんが口を開けて驚愕な顔になった。

「まぁまぁ、ケイン殿。今は記憶の混濁がある様ですし様子を見ましょう。それでは、痛み止めの薬を飲んでもう一眠りして下さい。少し脈が弱いですからね。次に起きた時は食事を用意しますので。おやすみなさい」

 と、やさいい笑顔で寝かしつけてくれるイケオジ先生。

「はい。すみません」

「ふふふ、謝らないで下さい。ここでは傷を癒すのを優先させて下さいね」

 私は薬を飲んで横になると、知らない人が居るのにも関わらず、すっと眠りについた。

 深い深い海の底へ沈む様に。


「…ラモンさん… ラモンさん… あぁ、そっか。鈴木ゆりさん、鈴木さん」

 何だかデジャブーだなぁと思いながらそっと目を開ける。

「鈴木さん! 鈴木さん!」

「あっ、はい」

「あぁ、よかった。意識が繋がって」

 目の前にはニコニコと微笑む美しい女性? いや、男性? ん? とにかく白い人。そして周りは真っ白な空間が広がっている。

 夢の中?

「ふふふ。夢の中? そうね、その様な所よ。鈴木さん、私はこの世界の神、オーフェリン。あなたは鈴木ゆりさんよね?」

「はい」

「まずは、さっきの『ラモン』だけど… 少し話を聞いてくれるかしら?」

「ええ」

「あなたは『地球』の『日本』で見知らぬ人に刺されて死んだ、これは覚えている?」

「はい… って、やっぱり死んだんだ」

「ええ。運悪く… でもね残念だけどそれはあなたの定められた運命だったの。どうしようもない出来事」

「そうなんですね。凶運だったんだ」

「それで、ここ、さっき目覚めた場所は『オーフェリン』の『イザヤーク』と言う国なんだけど、『ラモン』と呼ばれていたわね? それはあなたの名前よ。後で確認してくれるといいんだけど、姿形も『鈴木ゆり』ではなく『ラモン』になっているから」

「ん? 私がラモンって人になったって事? ん?」

「そうよ。説明が難しいのだけれど、異なる世界にそれぞれ生きていたあなた達は、偶然にも同じ方法で同じ時間に死んだの。でも、ラモンはここで死ぬはずではなかったの。現に、ラモンは助かった。刺された時に波長が合ってしまったのか… さっきも言った様に時間軸が同じ時に刺されたあなたとラモンの魂が取り変わってしまった… 本当のラモンの魂は鈴木ゆりの身体に入ってしまい、死んで輪廻の河へ戻って行ったの」

 …

 私が眉間にしわを寄せてフリーズしていると、神様は話を続ける。

「それでね、これからはあなたがラモンとしてこちらの世界で生きて行って欲しいのよ。無茶なお願いなのはわかっているのよ、でも、ラモンの身体は生きているけど中身がないんじゃぁ… ねぇ?」

「あ~、えっと… 世界というか、何と言うか… 『地球』じゃないので私が入った所でどうなんでしょう? ラモン? さんの今までの人生や周りの人達もあったでしょうし、私が成り代わった所ですんなり解決するんでしょうか?」

「言ってる意味はわかるわ。これは私達『神の事情』だから。巻き込んでいるのは重々承知よ。それでね、これから『ラモン』として生きていく上であなたに神の恩恵(ギフト)を授けるわ。どう? これからの助けになると思うの。ラモンとして第二の人生を送ってくれないかしら?」

 う~。これ断っても、鈴木ゆり=私の身体はもう無いらしいしな。生きたいならOKするしかないよね?

「わかりました」

「よかった~!!! じゃぁ、最初のギフトはラモンの思い出よ。残念ながら感情は乗せられないから、淡々とした出来事などの記憶になるけど、基礎知識としては十分使えると思うの」

「そうですね、知識はありがたいです。でも『鈴木ゆり』の記憶は消えてしまうのでしょうか?」

「いいえ、魂が『鈴木ゆり』だから。簡単に言えば『鈴木ゆり』に『ラモン』の記憶を書き足すって感じかしら。なので性格や思考など、魂の基準は『鈴木ゆり』よ」

 ふむふむ。二つの人生を併せ持つって事か。

「あと二つほどギフトをあげられるけどどうする? 私が選んでもいいんだけど、あなたが望む物はない?」

「そうですね… まずこれからの世界の知識がないので、今ここで直ぐに『ラモン』の記憶を貰う事は出来ますか? その後考えるのではいけませんか?」

「あっ、そうね。それ、いいわね。いちいち説明しなくて済むし。じゃぁ、いくわよ」

 神様はそっと持っていた木の枝を宙でクルクル回すと、細い光の紐が私の頭へ向かって伸びて来た。とっさにギュッと目を閉じると、おそらく『ラモン』の記憶かな? 産まれた時から見えている景色や、周囲の音や匂いなどが脳裏で早回しの映画の様に映し出されて行く。

 何時間経ったのか。しばらく俯いて一点を見つめながら頭の中に集中する。

 名前:ラモン・バーン 子爵次女
 年齢:十九歳 独身
 職業:第二騎士団所属 第二等騎士
 体力:八九〇
 特技:近距離剣技
 魔力:一二〇
 魔法:水

「魔法… があるんだ」

「ん? 整理がついたかしら? どう? しんどくない?」

「へ? あぁ… 大丈夫です。何となくわかりました。今まですみません。あなたはこの世界では唯一無二の創造神なんですね。本当に存在していたなんて… 無礼をお許し下さい」

「いいわよそんな事。それより大丈夫? 行けそう?」

「そうですね、お陰様で生きて行けそうです」

「では、残りの二つは何にする?」

 あふれんばかりの笑顔の女神『オーフェリン』様。少しニヤッとしている様に見えるのは気のせいか?