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押すよ?いい、夏紀、押すよ?
栗花落君のマンションに入れたはいいものの、ドアの前で私はかれこれ10分くらいモタモタしていた。
何回も何回も繰り返したこのやり取り。自問自答もいいところ。
すーーーーーー
はーーーーーー
息吸って、吐いて、深呼吸。
よし、多分、多分…う、うん!大丈夫!行こう!
プルプルする指を私は頑張って動かした。
あと一ミリで押してしまう…。そこで手がどうしても動かない。
「あっ」
〈♪ピーンポーン〉
指がプルプルしすぎてインターフォンを押しちゃった…!!
やばいやばいどうしよう。
『………』
何も音がしない。え?まさかの不在?
あ、でもドアの向こうで人が歩く音がした。よかったちゃんと人はいるっぽい。
『…はーい。』
来る来る来る来る来る。
今のは誰の声だった?え、栗花落君本人?まじで言ってる?それは聞いてない。いやお母さんとかでもやばいけど。
ガチャリ。
ドアが開いた。
「え、宮澤?」
栗花落君が出てきた。部屋着らしいのだかそのトレーナーがめちゃくちゃ面白い。『今日はいい天気ですね』と書いてある。
…さすが栗花落君。
「あ、うん。宮澤です。えっと、インターフォンに映ってなかった?」
「あー俺見ないから…。」
「そ、そうなんだ。」
寝起きなのか声が若干掠れてる。よく見ると寝癖が…?
風邪引いてるのかな。
「えっと、何?」
「あ、プリント!プリント届けに来たの!」
「わざわざ?ありがとう。」
「あとノートも取ったからもしよければ。」
「え、いやそんなことまでしてもらうのは…。」
「いいから見といて!」
「あ、ありがと。」
無理矢理彼の手にプリントの束を押し付ける。
よし、これで用事は終了。
言わなきゃ、今言わなきゃ。
「あ、あの!」
「ん?」
「黒板はちゃんと消したから!」
「………え?」
あれ。
私的に結構感動的なシーンなんだけど?
伝わってないのかな。
「だから、いつも栗花落君黒板綺麗に消してるでしょ?黒板汚いんじゃないかって気にしてるかなと思って。私がちゃんと消しといたから大丈夫だよ、って!」
力説したものの栗花落君にはピンときてないらしい。ぽかんとしている。
「え…?あ、え、よ、余計だった…?」
さすがに不安になってくる。ただただほんとに趣味だっただけ?なんなら俺以外があの黒板消しを手に取るなんて許さん的な感じ…?
「…っく、あははははは…っ!」
唐突に栗花落君は口元に手を当てて笑い始めた。え、どうした?風邪でおかしくなった?
「…え?え、なんか、変なことした?え?」
「いやいや、バッチリしてるよ…面白いね…っ!」
いつもクールな感じの栗花落君が、爆笑してる。しかも、私で。
その状況がいまいち飲み込めず呆然としてしまう。
「もしかして、わざわざそれ言うためにプリント届けに来たの…!?はは…っ!」
なおも笑い続ける栗花落君。私はちょっと何が起きてるかわからない。え、私なんかした…?
「俺そんなに黒板にこだわりある人だと思われてんの…っ?」
まだ笑いながら私に聞いてくる。いやどんだけツボってんのよ。
「え、だって毎日消してるし…黒板が汚いのがすごく嫌なのかなって…。毎日黒板は必ず綺麗にしてたい!みたいな…。」
「あー。まぁそう思われてるよね多分みんなにはー。」
「…違うってこと?あとついでにキャラ変してるけどほんとどうしたの?」
「あー、キャラ?いや別にそんな変わんないけど、学校ではそもそも喋ってないだけ。話しかけられないし…。」
すんっ、と急にテンションが下がる。遠い目をして淡々と述べる。
「えーっと、なんかごめん…。」
「いや別にいいんだけどさ…。いゃ〜なんで話しかけられないんだろうね…。」
「…黒板消してるからでしょ。」
「…やっぱ、そうだよね。」
「え、いや分かってんならやめなよ。」
「それはちょっと無理かなぁ。」
「何黒板消してないと生きていけない症候群?」
「万が一それなら今の時点でもう死んでるよ。…そもそも俺が黒板を消してる理由は、」
!
なんと。知られざる栗花落君の黒板消しの理由が今、明かされる…!
「隣の席の好きな人に、意識して欲しくて必死だからかな。」
糖分高めの声で囁かれたその言葉に、私は理解が追いつかず思考停止完全フリーズ。1、2、3、4秒経過。
え?
は?え?ん?なんて言った今。隣の席?私じゃね?え?んなわけだっけあの栗花落君が。ん?
いやいやいやいや、そんなご冗談を。あとやっぱりキャラ変しすぎだってマジでどうした?え?
とりあえず混乱した時にどうすればいいのかだけは私は知っている。
「そうなんだ!じゃあ、用事終わったから、帰るね!お大事に〜!!」
「…は?」
私は早口で捲し立てるとポカンとしている栗花落君を放置して走り去って家に帰った。
こういう時は、何も考えず、なかったことにするべし!
きっと人違いだ!それが風邪で頭がどうかしてるんだ!もしくはなんか悪い夢でも見てるんだ!うんそうだ!
私は必死で頭からその話を追い出した。
押すよ?いい、夏紀、押すよ?
栗花落君のマンションに入れたはいいものの、ドアの前で私はかれこれ10分くらいモタモタしていた。
何回も何回も繰り返したこのやり取り。自問自答もいいところ。
すーーーーーー
はーーーーーー
息吸って、吐いて、深呼吸。
よし、多分、多分…う、うん!大丈夫!行こう!
プルプルする指を私は頑張って動かした。
あと一ミリで押してしまう…。そこで手がどうしても動かない。
「あっ」
〈♪ピーンポーン〉
指がプルプルしすぎてインターフォンを押しちゃった…!!
やばいやばいどうしよう。
『………』
何も音がしない。え?まさかの不在?
あ、でもドアの向こうで人が歩く音がした。よかったちゃんと人はいるっぽい。
『…はーい。』
来る来る来る来る来る。
今のは誰の声だった?え、栗花落君本人?まじで言ってる?それは聞いてない。いやお母さんとかでもやばいけど。
ガチャリ。
ドアが開いた。
「え、宮澤?」
栗花落君が出てきた。部屋着らしいのだかそのトレーナーがめちゃくちゃ面白い。『今日はいい天気ですね』と書いてある。
…さすが栗花落君。
「あ、うん。宮澤です。えっと、インターフォンに映ってなかった?」
「あー俺見ないから…。」
「そ、そうなんだ。」
寝起きなのか声が若干掠れてる。よく見ると寝癖が…?
風邪引いてるのかな。
「えっと、何?」
「あ、プリント!プリント届けに来たの!」
「わざわざ?ありがとう。」
「あとノートも取ったからもしよければ。」
「え、いやそんなことまでしてもらうのは…。」
「いいから見といて!」
「あ、ありがと。」
無理矢理彼の手にプリントの束を押し付ける。
よし、これで用事は終了。
言わなきゃ、今言わなきゃ。
「あ、あの!」
「ん?」
「黒板はちゃんと消したから!」
「………え?」
あれ。
私的に結構感動的なシーンなんだけど?
伝わってないのかな。
「だから、いつも栗花落君黒板綺麗に消してるでしょ?黒板汚いんじゃないかって気にしてるかなと思って。私がちゃんと消しといたから大丈夫だよ、って!」
力説したものの栗花落君にはピンときてないらしい。ぽかんとしている。
「え…?あ、え、よ、余計だった…?」
さすがに不安になってくる。ただただほんとに趣味だっただけ?なんなら俺以外があの黒板消しを手に取るなんて許さん的な感じ…?
「…っく、あははははは…っ!」
唐突に栗花落君は口元に手を当てて笑い始めた。え、どうした?風邪でおかしくなった?
「…え?え、なんか、変なことした?え?」
「いやいや、バッチリしてるよ…面白いね…っ!」
いつもクールな感じの栗花落君が、爆笑してる。しかも、私で。
その状況がいまいち飲み込めず呆然としてしまう。
「もしかして、わざわざそれ言うためにプリント届けに来たの…!?はは…っ!」
なおも笑い続ける栗花落君。私はちょっと何が起きてるかわからない。え、私なんかした…?
「俺そんなに黒板にこだわりある人だと思われてんの…っ?」
まだ笑いながら私に聞いてくる。いやどんだけツボってんのよ。
「え、だって毎日消してるし…黒板が汚いのがすごく嫌なのかなって…。毎日黒板は必ず綺麗にしてたい!みたいな…。」
「あー。まぁそう思われてるよね多分みんなにはー。」
「…違うってこと?あとついでにキャラ変してるけどほんとどうしたの?」
「あー、キャラ?いや別にそんな変わんないけど、学校ではそもそも喋ってないだけ。話しかけられないし…。」
すんっ、と急にテンションが下がる。遠い目をして淡々と述べる。
「えーっと、なんかごめん…。」
「いや別にいいんだけどさ…。いゃ〜なんで話しかけられないんだろうね…。」
「…黒板消してるからでしょ。」
「…やっぱ、そうだよね。」
「え、いや分かってんならやめなよ。」
「それはちょっと無理かなぁ。」
「何黒板消してないと生きていけない症候群?」
「万が一それなら今の時点でもう死んでるよ。…そもそも俺が黒板を消してる理由は、」
!
なんと。知られざる栗花落君の黒板消しの理由が今、明かされる…!
「隣の席の好きな人に、意識して欲しくて必死だからかな。」
糖分高めの声で囁かれたその言葉に、私は理解が追いつかず思考停止完全フリーズ。1、2、3、4秒経過。
え?
は?え?ん?なんて言った今。隣の席?私じゃね?え?んなわけだっけあの栗花落君が。ん?
いやいやいやいや、そんなご冗談を。あとやっぱりキャラ変しすぎだってマジでどうした?え?
とりあえず混乱した時にどうすればいいのかだけは私は知っている。
「そうなんだ!じゃあ、用事終わったから、帰るね!お大事に〜!!」
「…は?」
私は早口で捲し立てるとポカンとしている栗花落君を放置して走り去って家に帰った。
こういう時は、何も考えず、なかったことにするべし!
きっと人違いだ!それが風邪で頭がどうかしてるんだ!もしくはなんか悪い夢でも見てるんだ!うんそうだ!
私は必死で頭からその話を追い出した。