この先生が、中野先輩に現国を教えていて、先輩と話してたとしたら、色々話しててもおかしくはない。
 でも話してる雰囲気的に、そういうことではなさそうで。

「この屋上で、結人を見かけたって生徒が何人かいるんだ。その情報を聞いたらすぐにここに来るようにしてるんだけど、僕は会えなくてさ」

「……?」

 会えない? 結人?

 生徒のことを下の名前で呼ぶ先生だっけ? この先生って。
 いつも名字で呼んでるような……。

「先生、中野先輩に会えないってどういう意味ですか? 3年の現国を教えてましたよね? 今はもう3年生は登校も減ったと思いますが」

「あぁ、そっか。君は知らないか。……僕は、結人の義理の兄なんだ。年は離れてるけどね」

 そういえば、この先生の名字は中野だ。
 中野なんてどこにでもいる名字だからピンとこなかったけど、まさか義理の兄弟だったなんて……。

(でも、兄弟ならなおさら会おうと思えばいつでも会えるのでは?)

 なんて疑問がわいたけど、これは聞いてもいいものかどうか……。
 何か理由があって会えない状況なのかもしれないし。

「君は、結人が見えたのか?」

「えっ、あ、はい……見えたっていうか、会えた? ですかね」

 この先生は何を言ってるんだろう。
 「見えたのか?」って、まるで通常は見えないかのような言い方だ。


「なるほど。教師の立場でこんなことわざわざ聞くのもどうかと思うけど、君……もしかして、ここで自殺しようとか考えたりした?」


「……っ」


 中野先輩以外、誰にも言ったことないのになんで知ってるのだろう?

 中野先輩から直接聞いた可能性しか考えられないけど、会えていないなら聞いてないはず。
 隠しても仕方ないし、その先にまだ何か話があるような気がしたため、正直に話すことにした。

「はい……。ちょうどそこの柵から身を乗り出した時に、中野先輩に声をかけられて……」

「やっぱり、そういうことだったか。またアイツがひとりの命を救ったんだな」

 えっ、また……って……。

「中野先輩、ここによく来てるみたいですよ」

「そうらしいな。生徒の情報でその話は聞いたことある」

 先生の話す内容は、どれも間接的だ。誰かから聞いた話しかしない。

「あの……色々話が見えないんですが」

「君はまだ気づいていないようだから話すけど……結人はもう亡くなってるよ」

「えっ!?」


 ……嘘だ。


 だって、ちょくちょくここで会えた時は話してたよ?

 恋がどうとか、勉強の話とか色々話したのに。



 ――中野先輩は、死んでる?



「僕は、結人のことが見えない。だけど、見える人には見えるらしいんだ。その見える人というのが……『ここに自殺をしに来る生徒』ってこと。実は、結人も2年前にここで自殺したひとりなんだよ」

 あまりにも衝撃的な話だった。

 私には見えてた。そりゃあ、手を繋いだり触れたりはしなかったけど。
 私に見えてた中野先輩は、幽霊だったってこと!?

 あまりに突然伝えられた真実に、脳内が少々混乱している。

「えっと……その……先輩はもういな……い?」

「あぁ、2年前の1年生の時に亡くなってる。前触れも何も無かったから、僕も両親も最初は受け入れられなかった」

 先生の話によると、この屋上は中野先輩が自殺をしてから立ち入り禁止になったらしい。

 でも、生徒達がよく鍵を壊して中に入ってるらしく、鍵を変えてもあまり意味がないとのこと。
 学校の生徒数が多いだけに、色んな生徒がいる。
 いじめだけではなく、様々な理由で命を絶とうと思う生徒がここへやって来ることが稀にあるらしい。

 だから、先生はたまにここにやって来て、誰も来ていないかなどチェックしてるんだとか。
 そんな折、今年に入ってから、中野先輩を見たという噂が複数出回り、先生も弟の中野先輩に会いたくて来るらしいけど、一度も見たことがない……とのこと。

 だから、先生曰く、『自殺をしに来た人にしか見えない』と思っているんだとか。