なんてタイミングが悪いんだろう。
 いや、タイミングいいのか? よく分からないけど。
 今の私にとっては、タイミングが悪い。

「なんですか?」

「なんですか? って、それはこっちのセリフ。今、飛び降りようとしたよね?」

「……それは……っ」

 誰でもあんな光景見れば、そう見えるのは分かるけど、初っ端からストレートに聞いてくる。

 飛び降りるタイミングを失った私は、いったん、柵から離れて、その男子生徒のほうに向き直った。

「君、ちょくちょくここに来てるよね?」

「えっ、なんで知ってるんですか!?」

 私がいつも来てる時は、誰もいないはず。
 だから、居心地よくて来てるんだし。

「なんでって言われても、この場所を先に知ったのは俺だし? 俺もよく来てるからね」

「そうなんですね。でも私が来るときはいつも誰もいませんが……」

「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃん。ほら、あの上、上ることも出来るんだよ? 俺くらいしかそんなことする人いないと思うけど」

 その男子生徒は、屋上の出入り口あたりを指差した。

「あんなところ、上る人なんているんですね」

「逆に死角でしょ? 誰にも見つかんない。へへっ……」

 変わった人に声をかけられたものだ。
 なんで私に声をかけてきたのか分からないけど。

 でも、言ってることと見た目が釣り合わないのがちょっと気になるところではある。
 見た目は真面目そうな人で、屋上なんかにきて暇をつぶしそうな感じには見えない。


「だから、俺の憩いの場所を自殺名所にしないでね?」


「……自殺名所って、私は別に……」

 名所って言葉が引っ掛かった。
 ただ単に言っただけかもしれないけど、「名所」って聞くと、色んな人が来てるイメージがあるから。

「さっき、飛び降りようとしてたように見えたんだけど、違った? 違ったならごめん。身を乗り出して、雲でも掴まえようとしてたとか? だとしたら、ヤバい子認定」

(言いたい放題だな……)

「雲も掴まえようとか思ってません。というか、あなたは……」

「あぁ、ごめんごめん。俺はそうだな……君の先輩だね。中野結人(なかのゆいと)だよ」

「私は、2年の葛原紬です」

 確かに、年下には見えないから先輩……だろう。
 それに、さっき私の上履きの色を見て答えてたし。学年によって色が異なるから。

「葛原さんね……うん、覚えた!」

「あの……」

「俺も、昔に自殺願望あったんだよねー」

 突然のカミングアウトだった。

 私が同じような行為をしようとしたから、話してくれたのかもしれないけど。
 初対面で自殺願望あったなんて話を聞かされるとは、思いもしなかった。

「そ、そう……なんですね……」

 としか言いようがない。正直、なんて返せばいいのか言葉が見つからないというのが本音。

(理由は何なんだろう?)

 そんな風に思いながら、つい、中野先輩のほうを見てしまった。

「理由が気になるって顔してるね。……その時の理由は、父親からの虐待。小学生くらいの時だったかな。その後も色々あって、高校生になったのを機に、家を出てひとり暮らしを始めたんだ。それからはその願望は薄れていったかな。環境を変えるのってやっぱり、大事だと思うよ」

 ……その時、友達が転校していったときのことを思い出した。
 転校も環境変化のひとつだ。

「君がどうして、そこから身を乗り出してたのか、理由は分からないけど……この世から消えてしまいたいって気持ちは、なんとなく分かる気はする」

「なんで中野先輩は、その話を今日会ったばかりの私なんかにしたんですか?」

「うーん……なんでだろうね? なんとなくかな。……実は、この話を他人に話したのは君が初めてなんだ」

「えっ」

 聞いちゃいけなかったような気がした。そんな内なる感情を、一時の私の行動で話させてしまったのか。

 でも話したのは先輩の判断だし、私が無理矢理理由を聞いたわけでもない。

「内容が内容だから、今まで誰にも言えなかったんだよね。ベラベラ話すようなことでもないしさ」

「それはそうですね……」

(私、なだめられてる……?)

 このまま話してると、飛び降りようとした理由とか聞かれそうな気がした。

 すると、中野先輩は突拍子もないことを聞いてきた。


「君さ……恋、したことある?」