第二章 遭遇
大きな音が艦内に響き渡る。その音でワープアウトしたことがわかった。だが、悠長にしている暇はない。
「各自、状況知らせ!」
そう叫び、それぞれに情報収集を命じる。その直後、今度は桐原から悲鳴のような叫びが聞こえた。
「ほ、本艦は現在落下中の模様!現在の高度58000!あと108秒で地面に激突します!」
その知らせは、艦橋を凍りつかせた。我々は先程まで宇宙空間にいたはずだ。それなのに今、本艦は落下していて、あと100秒も経たず、墜落する…だが、助かる為には落ち着いて指示を出すほかなかった。
「桐原!メインエンジン出力最大!クォークタービン、コネクト、点火!上昇角10°で緩降下のち上昇せよ!」
「よ、ヨーソロー…」
動揺しながら計器類を操作していた桐原の手が震えながら止まった。
「メインエンジン、始動しません…!」
最悪な知らせに最悪な知らせがこうも重なるものなのか…小西は絶望の底に叩き落とされた。
「どうにか経ち直せないのか!桐原!」
隣に座っていた杉内が桐原に訴えかける。
「ダメだ!エンジンに火が入らない!機関長!」
「機関、ショート!現状では始動不能です!」
けたたましい警報が、無情に艦内に響き渡る。
「あと80秒!」
桐原に変わり阿部が冷静に報告を続ける。…落ち着け。…そうだ、落ち着くんだ。…今冷静さを失ってはいけない。どのみち、ここで行動をしなければ死ぬしか道がなくなる。…ここは、賭けてみよう…
「機関、再起動!急げ!」
桐原や他の艦橋メンバーが驚いたように小西を見る。
「しかし艦長!再起動してはメインエンジンの始動が間に合いません!」
桐原が悲鳴のような声を上げて抗議する。だが、今ここで説明している時間はない。
「命令が聞こえんのか!早くしろ!」
そう叫んだ。桐原達艦橋メンバーには悪いが、今はとにかく行動を進めるしかない。
「よ、ヨーソロー、機関再起動。機関長!」
「機関再起動!クォークタービン再接続!」
機関長が叫び、エンジンが一度止まった。頼む、早く動き出してくれ。そう思いながら永遠とも思える時間を耐え続けた。数分か、いやもしかしたら数秒かもしれない。いずれにせよ、しばらくして再び低い唸りと共にエンジンが動き出した。…間に合うか…。小西は彼の手元にある時計とエネルギー充填メーターを交互に睨みつけた。
「機関始動!」
「機関始動!クォークタービンコネクト、点火!クォークボイラー出力最大!」
エンジンノズルから火が吹き出し、艦の落下速度がやや遅くなる。
「桐原!補助エンジンも推量最大へ!上昇角15°緩降下のち上昇!」
「ヨーソロー、補助エンジン推量最大!上昇角15°!」
「衝突まであと40秒!高度7880!」
「総員、衝撃に備えよ!」
乗組員は衝撃に耐えられる姿勢をとり、それぞれが祈りを捧げた。
「衝突まであと20秒!高度1960!」
阿部が計器をみて叫び続ける。手は硬く握りしめられ、祈り続けていたのが見てとれた。

…そして、そこから数十秒後、エンジンノズルが水面に触れるかどうかの寸前のところで艦を立て直し、上昇に転じることに成功した。
「た…助かった…」
乗組員は口々にそう言い、安堵の声を漏らした。
「改めて状況を報告せよ。」
小西も一息息を吐くと、そう命じた。しかし、悪夢はこれで終わりではなかった。少しして、阿部が青い顔をして告げる。
「こ…恒星観測システムに該当する恒星が見つかりません…」
ギョッとして全員が阿部の方を見た。
「おい、それは本当なのか!」
杉内が大声で問い返した。
「ほ、本当です!太陽やグリーゼ581、それどころかその他既存の恒星が確認できません!」
恒星観測システムが我々の知っている恒星の位置を捉えられないということは、我々は現在位置を把握できない。つまり、地球に帰還することができないのだ。まずいね、どうにも。と思いながら悲鳴を上げる阿部を落ち着かせるように
「阿部、システムの故障ではないのか?」
と尋ねた。しかし、
「システムの故障ではありません!恒星自体は捕捉できています!しかし、そのいずれもアンノウンです!」
と、やはり悲鳴のような報告が響く。それを聞いて
「ひとまず阿部、落ち着け。焦っていたら冷静な判断は下せんぞ。」
と忠告を入れてから、
「アンノウン…アンノウンか…」
と呟いた。
しばらく考えていると、大きく深呼吸をした阿部が落ち着きを取り戻して自身の見解を述べた。
「信じ難いことですが、ワープの異常振動に巻き込まれた結果、我々は未知の空間に辿り着いてしまったのかもしれません…」
その報告は、再び艦内を凍り付かせた。だが、悠長としている時間はなかった。突如、電探士から報告が入る。
「後方より未確認飛行物体接近!数1!左ディスプレイに未確認飛行物体の画像展開します!」
そう言うと電探士は手元のコンソールを素早くタップして左側のディスプレイに未確認飛行物体のリアルタイム映像を映し出した。それを見た杉内が叫ぶ。
「こいつ、『艦』だ…武装が積んであるぞ!」
その「艦」は明らかに武装船であった。ソイツは、尚本艦に向かってまっすぐ進んできていた。…間違いなく捕捉されている…そう思うと、冷や汗が流れた。どうする。おそらく敵は間違いなく発砲してくると見ていい。今の距離だとあと数分でこちらの有効射程距離に入る。先に発砲するか…いや、それでは専守防衛の原則に反することになる。…乗組員の命を捨てて専守防衛を貫くか、乗組員を守る為に国から課された至上命題を放棄して先制攻撃をするか…小西は死ぬ気で試行錯誤をしていた。だが、いくら考えても答えは出てこず、未確認艦船は小西の手元の時計の秒針が進めば進むほどさらに接近してきていた。…どうすれば…そう思っていた時、声が聞こえた。
「…長!艦長!どうしますか!」
ハッとして前を見ると、桐原がこちらを向いて指示を仰いでいた。いや、桐原だけではない。CICにいたすべての乗組員が全員こちらを見ていた。だが、その顔はどうすればいいかわからない辿々しい顔ではなく、艦長である小西を絶対的に信頼していると言わんばかりの顔をしていた。その様子を見て、小西は落ち着きを取り戻し、指示を出す。…落ち着け、お前は前回の航宙模擬艦隊戦闘演習で的確に指示を出せなかったことを悔やんだじゃないか。その失敗を、反省を今活かさずしていつ活かす。
「これより未確認艦船をターゲット01と仮称する!杉内、砲雷撃戦用意!主砲弾種弾種、通常ビーム砲弾!」
「了!総員、砲雷撃戦用意!目標ターゲット01、弾種通常弾!」
「桐原!最大戦速で現空域より離脱!」
「ヨーソロー、最大戦速!」
一気に指示を飛ばすが、桐原も杉内もそれぞれ何一つ手順を間違えることなく作業を進める。
「通信士!未確認艦船に向けて全周波数帯にパターン2警告通信を実施!」
そう指示した。通常パターン2警告というのは、自艦に対して異常接近してくる艦船に対して使うものである。今回の事例は異常接近というわけではなく、接近してくる艦船に警告を行うので、この警告をするのは異例といえば異例だが、今の敵の接近を食い止めるにはこれしかない。
「パターン2警告了解!警告を実施します!…『Attention,Attention. This is Japan Cosmo Self-Defense Force,Ship’s number SDDH-107, Space Destroyer “Shimanami”. You are too close to me. Reverse immediately.Repeat. This is Japan Cosmo Self-Defense Force,Ship’s number SDDH-107, Space Destroyer “Shimanami”. You are too close to me. Reverse immediately.(警告、警告。こちらは日本国航宙自衛隊、艦番号SDDH-107宇宙駆逐艦『しまなみ』である。貴艦は本艦に対して異常に接近しすぎている。直ちに反転せよ。繰り返す。こちらは日本国航宙自衛隊、艦番号SDDH-107、宇宙駆逐艦『しまなみ』である。貴艦は本艦に対して異常に接近し過ぎている。直ちに反転せよ。)」
通信士が警告を発し終わり、相手からの返信を待っているが、一向に返信はなく、未知の艦艇は接近を試み続けている。…このままこの「追いかけっこ」を続けてはいずれ空の上とは言え単艦であり土地勘のない我々が先にバテるに違いない。…であれば…。小西の頭に一つ、案が浮かんだ。しかし、それはかなり卑劣で、実質的に言えば我々が先制攻撃をしたと言われても仕方のない話であった。だが…。今はこれを実行する他に手段はない。そう思い、腹を括った。
「桐原!上昇角45°、機関逆進、最大出力!艦首及び艦底部スラスターも最大出力だ!ターゲットの後ろに出るぞ!杉内!1番主砲発射準備!」
「ヨーソロー、上昇角45°、機関逆進!艦首及び艦底部スラスター最大出力!機関長!」
「メインエンジン及び補助エンジン、クォークボイラー回転方向逆転。出力最大!」
「第一主砲、いつでも撃てます!」
まさに、信頼し合っているからこそできる芸当だろう。小西はそう思った。お互いに信頼し合い、艦長である小西を信頼している艦橋メンバーだからこそできたことだ。この一瞬の出来事で、本艦はヤツの背後をとった。桐原が自分の判断で各部のスラスターを噴射し、艦のバランスを戻す。
「杉内!敵が撃つまで発砲は禁ずる!絶対に我慢しろ!」
「了!」
「桐原!敵が撃ってきたら全力で回避しろ!…危険な距離だが、お前なら出来る!」
「よ、ヨーソロー…」
「おい、航海長!任せたぜ!」
「プ、プレッシャーかけるんじゃねぇよ…」
軽口が叩けるほど落ち着いてきたのか、さすがだな。と思いつつ前を行く艦の行動を見極めようとする。
「通信士!再び正面の艦艇と回線を…」そう指示を出そうとしていたその刹那、敵の後部砲塔から眩い閃光が迸ったのが見えたと思うと、艦が勢いよく左に傾く。
「右舷スラスター最大出力!艦体傾斜!」
桐原が操艦しつつ報告し、敵のビーム砲を寸前で回避した。…撃ってきた。敵にプレッシャーをかけて先に撃たせて大義名分を得る…なんとも卑劣なことだが、これでこちらが反撃する大義名分は得た。しかし…本来ならすぐにでも命令を出すべきなのであろうが、小西はこの時躊躇した。…撃てば、必ず目の前の艦の誰かは確実に死ぬことになる。だが、やらねば、やられる。だが、せめて犠牲は最小限にしなければ…航行不能、そうだ。航行不能程度でいい…コンマ数秒だが、小西は艦のどこを狙えば最小限の被害で航行不能に出来るか考え、小西は恐る恐る口を開いて、静かに言った。
「主砲1番発射。目標ターゲット01機関部。主砲単発射、撃て。」
その指示を聞き逃すことなく、杉内は冷静に復唱し、主砲の引き金を、引いた。
「目標ターゲット01機関部、単発射。撃て。」
艦首に装備された連装砲から白く光る螺旋状の帯が目標に向かって飛んでいった。そしてそれは吸い込まれるようにターゲットの機関部に直撃し…
目の前の艦は「爆沈」した。
「え…?」
その光景を見て、小西は唖然と言葉を溢し、艦橋メンバーも皆固まっていた。杉内の狙いは、完璧だった。完璧に敵の弾薬庫があるであろう場所を外し、エンジンルームのみを貫徹したはずであった。だが、結果として艦は爆沈、その艦に乗っていた人が全員死んでしまったのは火を見るより明らかであった。…俺は、人を殺した。小西はそう思い詰めた。そう思えば思うほど、彼の心が激しく締め付けられる。だが、何よりも1番小西の心を締め付けたのは、殺したことに対する罪悪感が湧かなかった事だった。命令を出した人間が小西自身であるにも関わらず、蚊1匹潰した程度の罪悪感すらも湧かない。しかも命令を出した本人はのうのうと生きている…そのどうしようもない事実に、小西は耐え切れなかった。
「か、艦長…」
震える声で杉内が振り向いてきた。彼も主砲の引き金を引いたことで目の前の命を奪ってしまったことに対する罪悪感で顔が真っ青になっていた。だが、彼は弱音を吐くのではなく、こう具申してきた。
「…もしかしたら…まだ生存者がいるかもしれません…水面に降りて…内火艇による救難活動を…具申します…」
激しく、浅い呼吸を繰り返しながら、杉内はそう言った。…なんてコイツは強いんだ。俺は自分のことで手一杯だったのにも関わらず、コイツは今沈めてしまった乗員への配慮まで気を配れている…。小西は素直に尊敬した。
「そ、そうだな…桐原、下げ舵25°、水面へ着水させろ。」
「…ようそろ…。下げ舵25°両舷前進最微速。」
「石原、内火艇発進準備。着水次第直ちに発進、生存者の救助にあたれ。俺も出る。」
「わかりました…」
指示を出した後は着水まで無言の時間が続いていた。…ああ、俺は何てことをしてしまったのだ。その思いが彼の心を再び締め付ける。他に方法はなかったのだろうか。もしかしたら俺はこの艦のことだけを考えていて相手の艦のことなど何一つとして考えられていないのではないか…。ずっとその考えが小西の頭をよぎっていた。…自衛隊に入り、少なくともこのように人をいつか殺さなければいけない日が来るかもしれない…それはわかっていた。だが…その重さは非常に重く小西の双肩にのしかかった。本当にあの時いったいどうすれば…そのことばかりを考えているうちに艦は水面に着水した。阿部が、着水した水の成分及び大気成分を報告する。
「この水の主成分は水 96.6 %、塩分 3.4 %。この内、塩分は質量パーセントで、塩化ナトリウム 77.9 %、塩化マグネシウム 9.6 %、硫酸マグネシウム 6.1 %硫酸カルシウム 4.0 %、塩化カリウム 2.1 %、その他が 0.3%であり、これらの成分は地球の海水の成分と完全に一致しています。続いて大気成分ですが、窒素が78.1%、酸素が20.9%、アルゴンが0.93%、二酸化炭素が0.03%、その他約1%とこちらも地球の大気成分と同じです。船外服を着ての活動は基本的に必要ないと思われます。」
その報告を聞くやいなや、
「船務科10名、内火艇に搭乗!も出る!」
そう言い、艦橋から駆け出していった。

水面は、地獄の様相を呈していた。水面には艦の残骸が浮かび、その艦の乗組員の腕や千切れた胴体などが無情に漂っていた。たった一発で…ここまでの惨状が広がるものなのか…小西は再び罪の意識に駆られた。だが、悔やむ前にやるべきことがある。
「誰か!生存者はいないか!」
小西は人目も憚らず声が枯れるまで叫び続けた。だが、地獄の水面からは何一つとして返事は返ってこず、しばらくすると浮遊していた残骸は全て水面の下へ沈んでいった。後には乗組員の体液と思われる緑色の液体がところどころに浮いているだけであった。
「…内火艇、母艦に帰還。」
罪の意識で押し潰されそうになりながら小西は掠れた声で指示を出した。内火艇は小型エンジンの音を響かせ、母艦に帰還した。