「小西司令からの全乗組員収容の報告、確認しました。内火艇、発進します。」
航海長がそう言ってスロットルレバーを上げると2基のエンジンが勢いよく火を吹き、諏訪から離れていった。そして小西ではなく阿部を乗せた『こくちょう』も、エンジン推力を上げると、諏訪から発艦し、そのままどこかへと消えていった。
小西はCICを出て、破壊された艦橋に来ていた。前の方の席は全く使い物にならなくなっていたが、最奥にある艦長席は全く無傷で残っていた。小西は、座席に溜まったガラス片を払うと、ゆっくりと艦長席に腰掛けた。目の前には、超巨大戦艦が見える。退艦アナウンスが
「後残り3分です。」
との音を発した事を確認すると小西は大声で発した。
「クォーク振動砲、発射準備。」
誰もいない艦橋に小西の声が響き渡る。
「艦首クォーク振動砲、発射用意。機関エネルギー充填始め。クォークタービンディスコネクト、全エネルギー、クォーク振動砲へ。」
最早クォーク振動砲発射のアラートすら鳴らない艦内は、非常に寂しいものだった。
「再起動電源、クォーク振動砲へ。全エネルギーをクォーク振動砲へ集約。…現在、機関圧力上昇中。エネルギー伝動管、解放。」
艦橋内には、小西の操作する音だけが響いていた。
「非常弁、全閉鎖。強制注入機作動。…作動を確認。薬室内、クォークエネルギー圧力上昇中。86…97…100。エネルギー充填120%。薬室閉鎖弁、全開放。被弾箇所は隔壁を閉鎖。内郭魔導艦体防壁、最大出力で展開。」
小西は、クォーク振動砲の薬室の弁を全て開き、艦内にクォーク粒子を流れ込ませた。小西は、この戦艦諏訪そのものを巨大なクォーク振動砲の薬室として使うつもりだった。それによって発射されるクォーク振動砲は、通常のクォーク振動砲の何千、いや、何万倍の威力となる。それだけの威力の元となるクォーク粒子を抑え込むため、本来脱出船だった部分の内郭に刻まれた魔導艦体防壁の文字盤に魔力を流し込み、艦が充填中に暴発しないようにする。薬室閉鎖弁が解放された事で、エネルギー充填率は120%を越え始めていた。
「エネルギー充填率180…190…なおも増大中…。」
小西は目の前の計器に書かれた充填率を読み上げ、もう間も無くだと、腹を括った。その時
「退艦時間10分が終了しました。」
と言う無情な放送が小西の耳に届いた。瞬間、敵艦隊が前進してきた事が小西の間にも分かった。ただでさえ巨大な超巨大戦艦がさらに大きくなってくる。だが、小西は焦らない。
「エネルギー充填、240%。耐圧予想限界値に到達、安全装置解除。…安全装置解除確認。クォーク振動砲発射シークエンス、正常に作動中。………照準合わせ。スペースサイト、オープン。コスモスクリーン、透明度23。クォーク振動砲発射トリガー、展開。目標、敵超巨大戦艦主砲塔砲口。誤差修正0.25。照準固定。」
照準が固定され、照準器の真ん中に超巨大戦艦の900mもある砲口が映し出される。同時に、艦長席に格納されていた拳銃の形をしたクォーク振動砲発射トリガーが出てきて、小西はそれをしっかりと握った。全てのシーケンスが正常に進み、ついにクォーク振動砲発射の瞬間が来た。小西はゴーグルをつける事なくそのまま裸眼で照準を続け、しっかりとトリガーに指をかけ、やがて。
「発射5秒前。5,4,3,2,1…」
カウントが0になり、引き金を引こうとしたその時、小西の手を金色の手が包んだ。小西は驚いて上を見上げた。するとそこには大石教官がいた。よく頑張った、そう言わんばかりの顔で見てくる大石教官の顔を見た小西は涙を浮かべながら大声で、しっかりとした声で、叫んだ。
「クォーク振動砲、発射!!!!」
瞬間、艦内で行き場を失っており、エネルギーを限界まで溜め込んだクォーク粒子が、これまでにないほどの勢いで砲口から発射された。
内火艇の艇内では、どよめきが起きていた。無人だと思っていた諏訪から突如クォーク振動砲が放たれ、それが超巨大戦艦へ向かっていった。、それだけならまだしも、その数秒後、目の前で大きな爆発が起き、激しい閃光が内火艇を襲った。航海長は、爆風に内火艇があおられる中、なんとかして姿勢を保とうと悪戦苦闘していた。内火艇は激しい揺れに見舞われ、さらに煙で一寸先も見えなくなってしまう。誰もが状況を把握できなくなり、全員が混乱に陥る。
「一体何が起きていると言うの!?」
アリアはそう叫び、誰かに答えを求めたが当然誰も答えを持ちわせているわけもなくただただ呆然と目の前の爆煙の嵐を睨みつけることしかできなかった。嵐は、荒れ狂い、内火艇を激しく揺さぶる。しかし、そんなことを気にする事なく全員が目の前の事象に釘付けになっていた。
それからどれくらい経ったのだろうか。徐々に煙が開け、視界が回復してくると…。
そこには、「何もなかった。」
敵艦隊も、超巨大戦艦も、戦艦諏訪も、全てがいなくなっており、目の前にはただの虚空が広がっていた。
「一体、何が…。」
そうアリアが再び尋ねても当然周りも何もわからず、真相は闇の中に葬られた。…だが、もしかしたら彼らは気づいていたのかもしれない。小西が中に残って敵を殲滅してくれた事を。そうでなければ、内火艇の中が泣き声で溢れかえることなんて無いのだから。
ディ・イエデのある海上にて、一隻の戦艦が浮かんでいた。その艦の周りには多くの瓦礫が散乱しており、それがその艦のものなのかは全くわからなかった。
艦は大きく傷ついており、艦側面には大きな穴がいくつも開き、艦体にはたくさんのひび割れが走っている。艦体にくっついている主砲塔も、全て破壊され、天板が吹き飛んでいる砲塔や、そもそも砲塔が吹き飛んでいたり、砲身が折れたり曲がったりしていた。しかしそれでも尚これほどの損害を受けても尚浮かんでいることは奇跡に近かった。
艦の最上階にある艦橋では、1人の男が引き金を握り締めたまま、静かに息を引き取っていた。体は爆風で至る所が傷ついており、トリガーを引いた指からは骨が覗いていた。しかし、男の顔は非常に安らかであり、全てをやり切ったような、もしくはこの世の苦しい事から全て解放されたような、そんな顔をしていた。
しばらくして、風が吹いたのかやや大きな波が艦を襲った。その衝撃で艦が揺れる。すると、トリガーを引いていた男の手がはらりとトリガーから剥がれ落ちた。
瞬間、艦が大きく揺れ、艦首を上にして倒立を始め、同時に艦尾方向から沈降を始めた。艦は上を向きながら沈みだし、艦尾にあった様々なものを海の中に取り込んでゆく。艦が上を向いて沈んでいくにつれ、遠くの山からこぼれ出た太陽が再び海を照らし始めた。
やがて、艦がまっすぐ上を向いた時、一瞬だけ、沈降が止まった。砲口を真上に向けたその姿は、防衛艦隊旗艦を務めた艦として沈んでも尚この国を守り続けるという意思の表れのように見えた。
やがて、艦は大きな咆哮をあげたかと思うと、再び沈み出し艦の全てが無限に思われる海の暗闇の中に吸い込まれていった。
誰からの惜別もないまま。
航海長がそう言ってスロットルレバーを上げると2基のエンジンが勢いよく火を吹き、諏訪から離れていった。そして小西ではなく阿部を乗せた『こくちょう』も、エンジン推力を上げると、諏訪から発艦し、そのままどこかへと消えていった。
小西はCICを出て、破壊された艦橋に来ていた。前の方の席は全く使い物にならなくなっていたが、最奥にある艦長席は全く無傷で残っていた。小西は、座席に溜まったガラス片を払うと、ゆっくりと艦長席に腰掛けた。目の前には、超巨大戦艦が見える。退艦アナウンスが
「後残り3分です。」
との音を発した事を確認すると小西は大声で発した。
「クォーク振動砲、発射準備。」
誰もいない艦橋に小西の声が響き渡る。
「艦首クォーク振動砲、発射用意。機関エネルギー充填始め。クォークタービンディスコネクト、全エネルギー、クォーク振動砲へ。」
最早クォーク振動砲発射のアラートすら鳴らない艦内は、非常に寂しいものだった。
「再起動電源、クォーク振動砲へ。全エネルギーをクォーク振動砲へ集約。…現在、機関圧力上昇中。エネルギー伝動管、解放。」
艦橋内には、小西の操作する音だけが響いていた。
「非常弁、全閉鎖。強制注入機作動。…作動を確認。薬室内、クォークエネルギー圧力上昇中。86…97…100。エネルギー充填120%。薬室閉鎖弁、全開放。被弾箇所は隔壁を閉鎖。内郭魔導艦体防壁、最大出力で展開。」
小西は、クォーク振動砲の薬室の弁を全て開き、艦内にクォーク粒子を流れ込ませた。小西は、この戦艦諏訪そのものを巨大なクォーク振動砲の薬室として使うつもりだった。それによって発射されるクォーク振動砲は、通常のクォーク振動砲の何千、いや、何万倍の威力となる。それだけの威力の元となるクォーク粒子を抑え込むため、本来脱出船だった部分の内郭に刻まれた魔導艦体防壁の文字盤に魔力を流し込み、艦が充填中に暴発しないようにする。薬室閉鎖弁が解放された事で、エネルギー充填率は120%を越え始めていた。
「エネルギー充填率180…190…なおも増大中…。」
小西は目の前の計器に書かれた充填率を読み上げ、もう間も無くだと、腹を括った。その時
「退艦時間10分が終了しました。」
と言う無情な放送が小西の耳に届いた。瞬間、敵艦隊が前進してきた事が小西の間にも分かった。ただでさえ巨大な超巨大戦艦がさらに大きくなってくる。だが、小西は焦らない。
「エネルギー充填、240%。耐圧予想限界値に到達、安全装置解除。…安全装置解除確認。クォーク振動砲発射シークエンス、正常に作動中。………照準合わせ。スペースサイト、オープン。コスモスクリーン、透明度23。クォーク振動砲発射トリガー、展開。目標、敵超巨大戦艦主砲塔砲口。誤差修正0.25。照準固定。」
照準が固定され、照準器の真ん中に超巨大戦艦の900mもある砲口が映し出される。同時に、艦長席に格納されていた拳銃の形をしたクォーク振動砲発射トリガーが出てきて、小西はそれをしっかりと握った。全てのシーケンスが正常に進み、ついにクォーク振動砲発射の瞬間が来た。小西はゴーグルをつける事なくそのまま裸眼で照準を続け、しっかりとトリガーに指をかけ、やがて。
「発射5秒前。5,4,3,2,1…」
カウントが0になり、引き金を引こうとしたその時、小西の手を金色の手が包んだ。小西は驚いて上を見上げた。するとそこには大石教官がいた。よく頑張った、そう言わんばかりの顔で見てくる大石教官の顔を見た小西は涙を浮かべながら大声で、しっかりとした声で、叫んだ。
「クォーク振動砲、発射!!!!」
瞬間、艦内で行き場を失っており、エネルギーを限界まで溜め込んだクォーク粒子が、これまでにないほどの勢いで砲口から発射された。
内火艇の艇内では、どよめきが起きていた。無人だと思っていた諏訪から突如クォーク振動砲が放たれ、それが超巨大戦艦へ向かっていった。、それだけならまだしも、その数秒後、目の前で大きな爆発が起き、激しい閃光が内火艇を襲った。航海長は、爆風に内火艇があおられる中、なんとかして姿勢を保とうと悪戦苦闘していた。内火艇は激しい揺れに見舞われ、さらに煙で一寸先も見えなくなってしまう。誰もが状況を把握できなくなり、全員が混乱に陥る。
「一体何が起きていると言うの!?」
アリアはそう叫び、誰かに答えを求めたが当然誰も答えを持ちわせているわけもなくただただ呆然と目の前の爆煙の嵐を睨みつけることしかできなかった。嵐は、荒れ狂い、内火艇を激しく揺さぶる。しかし、そんなことを気にする事なく全員が目の前の事象に釘付けになっていた。
それからどれくらい経ったのだろうか。徐々に煙が開け、視界が回復してくると…。
そこには、「何もなかった。」
敵艦隊も、超巨大戦艦も、戦艦諏訪も、全てがいなくなっており、目の前にはただの虚空が広がっていた。
「一体、何が…。」
そうアリアが再び尋ねても当然周りも何もわからず、真相は闇の中に葬られた。…だが、もしかしたら彼らは気づいていたのかもしれない。小西が中に残って敵を殲滅してくれた事を。そうでなければ、内火艇の中が泣き声で溢れかえることなんて無いのだから。
ディ・イエデのある海上にて、一隻の戦艦が浮かんでいた。その艦の周りには多くの瓦礫が散乱しており、それがその艦のものなのかは全くわからなかった。
艦は大きく傷ついており、艦側面には大きな穴がいくつも開き、艦体にはたくさんのひび割れが走っている。艦体にくっついている主砲塔も、全て破壊され、天板が吹き飛んでいる砲塔や、そもそも砲塔が吹き飛んでいたり、砲身が折れたり曲がったりしていた。しかしそれでも尚これほどの損害を受けても尚浮かんでいることは奇跡に近かった。
艦の最上階にある艦橋では、1人の男が引き金を握り締めたまま、静かに息を引き取っていた。体は爆風で至る所が傷ついており、トリガーを引いた指からは骨が覗いていた。しかし、男の顔は非常に安らかであり、全てをやり切ったような、もしくはこの世の苦しい事から全て解放されたような、そんな顔をしていた。
しばらくして、風が吹いたのかやや大きな波が艦を襲った。その衝撃で艦が揺れる。すると、トリガーを引いていた男の手がはらりとトリガーから剥がれ落ちた。
瞬間、艦が大きく揺れ、艦首を上にして倒立を始め、同時に艦尾方向から沈降を始めた。艦は上を向きながら沈みだし、艦尾にあった様々なものを海の中に取り込んでゆく。艦が上を向いて沈んでいくにつれ、遠くの山からこぼれ出た太陽が再び海を照らし始めた。
やがて、艦がまっすぐ上を向いた時、一瞬だけ、沈降が止まった。砲口を真上に向けたその姿は、防衛艦隊旗艦を務めた艦として沈んでも尚この国を守り続けるという意思の表れのように見えた。
やがて、艦は大きな咆哮をあげたかと思うと、再び沈み出し艦の全てが無限に思われる海の暗闇の中に吸い込まれていった。
誰からの惜別もないまま。