第九章 結末
諏訪は、追撃してくる敵艦を撃破しながら防衛砲台に向けて爆進していた。防衛艦隊が壊滅した以上、正式な防衛軍は後防衛砲台だけであるのだが、先程から通信が途絶したままであった。小西は、最悪の事態を想定しつつも確認のため防衛砲台の元へ急ぐ。やがて、水平線の先に黒い影が見えてきた。防衛砲台である。だが、小西は水平線の先の防衛砲台を見た瞬間、全てを察した。砲台の全てから黒い煙を吹き出し、砲身があらぬ方向へ曲がっている。また、指揮所も完全に破壊されており、遠目から見ても生存者がいない事は明らかであった。ああ、遂に防衛軍はこの艦以外全て壊滅してしまったのだな、と小西は全てを察した。かくいう諏訪ももはや中破を通り越して大破レベルの損害にまで達しており、使える武装も後片手に収まる程しか無かった。後は、この艦も撃沈されるのを待つだけ…。そう思っていたのだが通信士から驚きの報告が入った。
「て、敵超巨大戦艦より通信!」
その知らせを聞いて、その場の全員が驚愕したが小西だけは冷静に
「メインパネルに投影しろ。」
と言い、通信に応じる構えを見せた。直ぐに、画面が切り替わり、目の前に大柄な男が映し出された。小西と男は数秒間睨み合っていたがやがて男が話し出した。
「吾輩はレミレランド帝国第45代皇帝、アルフレッド・シュターリンである。貴官の名は。」
その問いに小西は
「私は防衛艦隊司令長官兼艦隊旗艦諏訪艦長、小西慶太だ。」
と潔く答えた。そして再び沈黙。だが、次にその沈黙を破ったのは小西だった。
「貴方でしたか、我が母星にここまで破壊の限りを尽くさんとしたのは。」
その言葉にシュターリンは首を傾げ
「はて、小西司令。貴方はこの星、ディ・イエデで生まれたのでしたかな。」
と言った。まるで全てを見透かされたような目でシュターリンは小西を見る。その目線に小西は圧倒された。シュターリンは続ける。
「…貴方は、確か地球とかいう星の生まれでは無かったのですかな?」
その言葉に小西は驚いて立ち上がる。
「何故だ!なぜ貴官が地球を知っている!?」
「まぁそう驚きなさんな。」
驚愕の色を浮かべる小西をシュターリンは宥める。
「別にこの星の後は地球を…。とかを考えている訳じゃあない。だが、お前さんも気の毒だと思ってのぉ。」
「気の毒…?」
小西はシュターリンの意味ありげな言葉に首を傾げた。
「おや、もしかして未だにこの星に来たのはただのワープミスだと思っておるのか?」
何故この男が我々がワープミスでここに来たのかを知っているのか疑問に思ったが、それ以上に小西はシュターリンの言葉の真意が知りたかった。
「シュターリン皇帝閣下、我々がこの星に来たのはワープ事故、それ以上でもそれ以下でもありません。一体、貴官は何のことを言っておられるのですか?」
そう小西が問うとシュターリンは驚くほどあっさりと答えを渡した。
「決まっておるだろう、その星の王族に古より伝わる儀式、勇者召喚の儀で呼び出されたのじゃよ。」
その言葉に小西は唖然とした。だが、小西たちはアリア達と接触した時、勇者召喚の儀にまつわる話と確か壊れた魔法陣を確かに見せてもらった筈だ。それなのに…。と、そこまで考えて小西は遂に気づいた。
「まさか…見せられた魔法陣は勇者召喚には関係のなかったもの…?」
そう小西が呟くと
「お主が何を見せられたのかは知らんが、確かにその国にはまだ勇者召喚の魔法陣が残っておるぞ。おそらく、遥か昔に来た勇者が壊した魔法陣もまた、勇者召喚とは関係のなかった物なんじゃな。」
と言った。その言葉にアリアは
「貴方…!一体どこまで…!」
と声を荒げたが、シュターリンはそれを無視して言った。
「そんな哀れな地球人よ、小西と言ったか。吾輩と一緒に来ないか。吾輩は君のような人のために命をかけれる人が欲しかったのだよ。我が国の軍人は大半が私利私欲の為に行動していて、殆ど使い物にならない。だご、君のような人は違う。きっと、これから優秀な司令官になる器を持っとる。どうだ、吾輩の元へ来ないか。」
その言葉を聞いた瞬間、アリアが攻撃型魔法陣を展開し、小西に向けた。魔法陣は不気味な音を立てながらその場に浮遊し、アリアの腕を中心に回り始めた。
「小西、分かってるわよね。ここで向こうに靡いたらどうなるのか。」
その言葉を聞くや否や阿部がホルスターから拳銃を抜き出し、アリアに向けた。
「アリア!魔法陣を降ろせ!さもなくば引き金を引く!」
一瞬にしてCICは地獄の様相と化し、小西たちが長い時間をかけて紡ぎ上げてきた信頼も、何もかもが崩れ去った。だが、小西はそんなものどうでもいいと言わんばかりにマリアを横目で見た後、言った。
「シュターリン皇帝閣下、申し出は誠にありがたい。だが、私はこの国の為に戦っているのではない。この国の国民を守る為に戦っているんだ。そこに、この国の政治形態や女王が隠していた秘密や、人柄も何も関係はない。」
そう言うとシュターリンは驚いて言った。
「これはこれは。どこまでも誠実な人なのだな。これが『日本国航宙自衛隊魂』か。よく覚えておこう。」
こいつ、航宙自衛隊まで知っているのか…と小西は嘆息したが今更どうしようもない。しばらく沈黙が続いた後、シュターリンは言った。
「小西司令がこちらに来ないのであれば、我々はこの星の完全な無条件降伏を望む。諸君らも死ぬまで戦いたいのだろう?その願い、受け取った。しかと付き合ってやろう。だが、その前にその艦では最早何もできまい。乗組員を地上に下ろす時間をやろう。乗組員全員がその艦から離艦して地上に降り立った時、吾輩らは再び攻撃を開始する。それまでは休戦としてやる。どうだ?悪い条件ではないだろうが。」
その言葉に小西は不信感を隠さなかった。
「こちらとしてもその申し出はありがたいが、それは貴方方にメリットがないのでは?メリットのない取引には裏があるものだと思うのだが。」
そう言うとシュターリンは
「メリットならある。このディ・イエデを完膚なきまでに叩き潰せるというメリットがな。」
と言った。
「その言葉、信用していいんだな?」
と小西が再び尋ねると
「無論だ。」
と端的な返答が返ってきた。小西はそれに頷くと
「わかった。では、我々が退艦するまでの10分間、休戦として頂きたい。」
と言った。シュターリンも頷き
「貴官と今度は刃を交えること、楽しみにしている。」
と言って通信が終わった。小西はふう、と息をついて一度瞼を閉じた後、言った。
「聞いた通りだ。諸君らはこれまで必死に戦ってきたが、それもここまでのようだ。ここからは地上戦が続くことが予定されるが諸君らの命が尽きるまで必死にこの国の民を護り抜いてもらいたい。」
その言葉に多くの人が涙ぐむ。かなり短い期間だったとはいえ、この艦、諏訪は乗組員全員にとって第二の家のようなものになっていた。そこから退艦するなんて考えられない。そんな顔をしているが小西は指示を続けた。
「各科長は各科の生存者を連れ内火艇へ乗れ。内火艇の操縦は航海長に任せる。阿部、技術科で内火艇の発進をサポートしてやれ。全員が乗り込んだ後、俺を待たずして内火艇は発信する事。俺は本艦に残ったもう一機の『こくちょう』に乗って退艦する。何か質問は?」
そう言って周りを見渡すが、何もない。
「では、総員、退艦準備にかかれ。」
と言った。瞬間、糸が解き放たれたかのように全員がCICから飛び出していく。小西は、モニターに10分の退艦タイマーをセット、そのカウントダウンを艦内放送で流した。
「退艦限界時間まで後9分59,58,57…」
と、無機質な機械音声が艦内に響き渡る。小西は一息ついて艦長席に腰掛けた後、言った。
「それで、君は何をしているんだ。阿部。早く技術科に指示を出して君も退艦するんだ。」
なんと、阿部は退艦準備命令が出ても尚、自らの席から動こうとしなかった。小西は、ゆっくりと話す。
「この艦から離れたくないのはわかるが、それでも君は技術科の長だ。君の指示がないと内火艇の発進支援もできないし、君を乗せないと内火艇も発進できないのだが。」
そう言うと阿部は声を震わせながら言った。
「内火艇の発進支援に関しては…もう言ってあります…。それよりも小西艦長!貴方、今からこの艦を盾にして敵の侵攻を防ぐ気でしょう!あの『あまぎ』の時のように!」
小西はその言葉に眉を顰めて言った。
「どうして、君が『あまぎ』の件を知っているのだね。君の『あまぎ』での任期と『あまぎ』爆沈の件とは全く被っていない筈だが。」
その言葉に阿部は声を荒げて言った。
「それは、司令部の偽装です!」
阿部は言葉を続ける。
「俺は、あの時もこうして『あまぎ』艦長の大石艦長から退艦の訓示を受けていました!迫り来る隕石を迎撃する為に、クォーク振動砲を自動で撃つが、その後の隕石の破片の回避行動は取れないからこの艦は危ない。だから総員退艦せよ、と。だけど、みんな分かっていたんです!大石艦長自らが『あまぎ』に残って、自らの命と引き換えに隕石を迎撃するって!だから、俺は止めたんです!俺以外の艦橋乗組員も!でも、大石艦長は聞き入れてくれず、『あまぎ』は迎撃した隕石の破片に当たって爆沈してしまいました!大石艦長を『あまぎ』に乗せたまま!それと同じことが今起こっているんです!止めないわけがないではないですか!あの時だってもっと引き留めておけばよかったと全員が後悔したんですから!」
阿部が泣き叫ぶ声がCICに響いた。2人は何も言葉を発さず、ただカウントダウンの音だけが響いてた。やがて、小西は口を開く。
「…君が…大石教官…、いや、大石艦長と同じ艦で、大石艦長を止めようとしてくれていたこと、そして今、その後悔を生かして俺を必死に引き留めている事、俺はとても嬉しく思う。でも、だめだなんだ。シュターリン閣下は多分、10分経った後は超巨大戦艦の砲撃でこの国を焼け野原にする気だ。奴は、おそらく…と言うか、間違いなく地上戦に持ち込む気はない。遠距離から一方的に殺戮を行い、この国の人を殺しまくるだろう。それだけは、許しておけない。」
「だったら、その役は俺が!」
そう阿部が言うも
「駄目だ。」
と小西は一蹴した。阿部は小さく何故…。と呟く。それが聞こえたのか、小西優しく語りかけ始めた。
「俺は、君以外のしまなみ乗組員を全員殺してしまったと言っても過言では無いんだよ。あの時、敵艦隊がこの星を攻撃している映像を見た時、自分の感情だけに従って理性で行動していなかったんじゃ無いかって今になって思うんだ。俺は、あの映像を見た時、怒りに震えた。なんて酷い事をするんだ、と。だから、俺は投票を開催することにした。この艦の人間は、きっとあの映像を見て俺と同じように怒りに震え、俺と同じようにあの国に救いの手を差し伸べるだろうって言う確信があったから、あの投票はもはや形式的な物だったのかもしれない。俺は投票を始めた時、心の奥底では、圧倒的優勢で助けに行く側が勝つだろうと思っていた。だけど、結果は君も知っているように、非常に僅差だった。確か、一票やそこらで決まった気もする。その結果を見た時、内心驚いた。いくら全乗組員の3分の2で救援を決定するとは言っても、この僅差になるとは思いもしなかった。だけど一応、投票結果は俺の想像通り、救援派が勝ったから、俺は艦をこの国の方角へ向けてしまったんだ。戦争にどちらが正しいとかがあるわけないのに、どちらの行いが正しいなんて決めることはできないのに、ただ局所的なシーンのみを切り取って。それでこの国の助けに向かって、結果的に君以外の乗組員を死なせてしまった。俺はあの時、乗組員がこの国の救援を嘆願してきたとしても、蹴らなきゃいけなかったんだ。この艦の乗組員のことを考えればそれが最善策だった。だが、俺の身勝手な主観で乗組員を殺してしまい、さらに護るはずの国民すら護れず、殺されている…。俺は、守るべき至上命題が何かすらよく分かんなくなりつつも何か漠然とこの行動が正しい、この行動を取ることこそが命題の証明に繋がると思い込んでただよくわからない道を突き進んでいただけだったんだ。俺はその責任を取ると同時に、唯一俺が明確にしてきた至上命題であるこの国の国民を守る事を達成しなければならないんだ。阿部、どうか分かってくれ…。」
阿部は、静かに小西の話を聞いていた。小西の話し方からはこの国を護ろうという使命感よりも、死んで詫びたいと言った気持ちや、楽になりたいと言ったような思いが滲み出ていた。阿部は、死んでも何も責任は取れない、そう言おうと思ったが、小西の全てを悟ったような、澄ました顔の前にそんな酷なことは言えなかった。阿部は、ゆっくりと後ろに5歩下がると、これまでで1番、と言うくらいの誠意のこもった敬礼を小西にした。小西もその気持ちに応え、答礼をする。2人の視線が交錯し合い、小西が言葉では伝えきれなかった事が阿部の中に流れ込んできた気がした。やがて、阿部は敬礼をした手をゆっくりと下ろすと、CICの出口に向けて歩き始めた。小西はそれを横目で見送ろうとするが、ふとある事を思い出し、阿部を呼び止めた。
「阿部、少し待ってくれ。」
阿部は涙を堪えて真っ赤になった目を隠すようにしながら小西の方を見る。小西は何やら艦長席にあるタブレットをいじっていた。やがて、大きな音と共にタブレットが取り外される。小西は取り外したタブレットを阿部に差し出した。
「これを、貰っていってくれ。」
阿部は言葉の真相がわからず困惑する。小西は言葉を続けた。
「この中には、この世界に来て起こった事の真実が全て書かれている。俺の見てきた事実、その全てがここに詰まっているんだ。」
そう言うと阿部はそのタブレットに目を落とした。小西はそのまま言葉を続ける。
「阿部宙尉、君に最後の命令を与える。」
そう言うと阿部はできる限り姿勢を正し、敬礼をして命令を待った。
「ここに書いてある真実を、できるだけ多くの人に語ってくれ。本にしても構わないが、それはおそらくアリアに差し止められるだろう。だから口で伝えていってくれ。この国がこの戦争で犯した過ちと、その真実について多くの人に語る、それが君に課す最後で永遠の命令だ。分かったな。」
阿部は小西の言葉に無言で頷いた。目からは大粒の涙が零れ落ち、阿部の視界は歪みに歪んでいた。小西はそんな阿部を抱き締めると、耳元で言った。
「『こくちょう』が格納庫で待機している。俺の代わりに、それに乗っていってくれ。そして、出来るだけアリア達から離れて着陸し、行方をくらませ。奴らは、お前を血眼で探しに来るだろうからな。」
その言葉に阿部は頷いた。それを確認した小西は肩を叩いて
「さあ、行け!」
と言った。今度こそ阿部はCICの出入り口へ向かい、そして小さく
「お元気で。」
と言って去っていった。小西は誰もいなくなったCICで
「馬鹿野郎、お元気で、はお前だよ。」
と呟いた。