エルンスト中将は下士官が注いでくれた酒をあおりながらパネルに映された重巡洋艦の残骸を見つめていた。一難が去り、冷静さを取り戻したエルンスト中将もただただその重巡洋艦に畏敬の念を抱いていた。…もし、俺があの艦を指揮する立場だったらあんな判断が出来ただろうか。あの土壇場で自らを犠牲にする選択肢を取り、そして防衛艦隊が撤退するまで死ぬ気で我々を留め続けた、そんな手腕が俺にるのだろうか。いや、無い。あの艦を指揮していた人物は間違いなくあの星で最も優れた指揮官であり、この宇宙で最も優れた指揮官の一人だったに違いない。そのような人物に相見えることができた幸運に感謝すると共に彼のような卓越した指揮が執れるよう精進せねば、とエルンスト中将は思い、再び防衛艦隊の追撃を指示した。
しばらくして、艦隊がディ・イエデ大気圏内に突入しようかというまさにその時、オーガスタの艦橋に警報が響き、レーダーに赤い光点が灯る。
「敵防衛艦隊発見!距離436000!」
そうオーガスタのレーダー監視員が報告する。その声にエルンスト中将はほくそ笑んで指示を出す。
「全艦、直ちに敵防衛艦隊を射程に収めよ!一刻も早く撃滅するのだ!ただし敵大量破壊兵器の存在に留意、間隔を広く取れ!
そう叫び突撃を指示したまさにその時、眩い閃光が艦隊を襲った。
「あの攻撃か!」
エルンストは叫ぶ。だが、艦と艦の間隔はかなり広く取っていた為、損害はそれほど大きなものでもなかった。奴等め、焦って撃ちおってからに。全く効果など無かったではないか。これで奴らはエネルギー充填のためしばらく行動できまい。今が好機だ。そうエルンスト中将は考え、指示を出す。
「奴らは切り札を失った!全艦直ちに突撃!包囲殲滅準備にかかれ!」
そう言った瞬間、またしても閃光が艦隊を襲う。先程の攻撃でもう切り札を失ったと考えていた艦隊は全く油断しており、ところどころ艦が密集していた場所に撃ち込まれ、先程よりも大きな被害を出した。
「馬鹿な!奴ら、切り札を失ったのでは無かったのか!どういうことだ!」
エルンスト中将は混乱し、的確な指示を出せなくなったところへ再び閃光が襲いかかる。被害はみるみる増えていき、それがエルンストをさらに混乱させる。
「状況を把握できている艦、誰でもいい!状況を報告せよ!」
そうエルンスト中将が言うもどの艦も状況を把握できておらず、報告できる艦はどこにもいなかった。エルンストは混乱した頭をフル回転させてどうすれば良いか考える。だが、混乱した頭で名案が浮かぶ訳がない。結局何も思い浮かばず、困り果てたエルンスト中将に、ある男が歩み寄って進言する。
「司令官。意見具申、宜しいですか。」
「…なんだね。」
「ここは、あの攻撃を耐え凌げない艦しかいない本艦隊ではここの突破は不可能です。…司令官、ここは閣下に支援を要請してみては…。」
その発言にエルンストは眉を顰める。だが、事実この突如現れた大量破壊兵器の雨から逃れる術はない。…しばらく俯いて考えていたエルンスト中将は意を決して通信士に言う。
「…閣下との直接回線を開いてくれ。」
通信士は全ての意図を読み取り、無言で頷き、手元のコンソールを操作する。やがて目の前に幾何学模様が現れ、低い声がオーガスタの艦橋に響き渡る。
「どうしたのだ、エルンスト。周りの音から察するに彼の国を制圧したとは思えないのだが、一体何用だ。」
エルンスト中将は震える体を押さえつけて冷静さを振る舞いながら報告する。
「本艦隊は敵艦隊を後一歩のところまで追い詰めました。しかしながら、敵防衛艦隊は例の大量破壊兵器を連射し、本艦隊は現在逆に窮地に立たされております。どうか、閣下。例の艦の出撃をどうか、よろしくお願い致します…。」
皇帝シュターリンは眉を顰めたが、彼の悲願の為であれば折角防衛艦隊を追い詰めたという好機を逃す訳にはいかない。シュターリンはゆっくりと頷き
「…わかった。連邦艦隊総旗艦パリーシュ他数百隻を向かわせる。吾輩もパリーシュに乗艦し指揮を執る。それで良いか。」
「お待ち下さい!閣下!閣下が最前線に赴かれるのは危険です!」
「彼の国を得れるか得れないかというこの戦いに吾輩が行かぬ理由があるのか。いくら危険があったとしてもこの好機を吾輩の手で掴まねば一生吾輩は後悔することになろう。」
「それは…。」
「エルンスト、案ずるでない。パリーシュは不沈艦だ。そう簡単に沈む艦ではない。安心し給え。」
「…わかりました。シュターリン皇帝閣下万歳!」
そうエルンストが言うと幾何学模様が消え、続いて目の前の状況が映された。
敵艦隊が混乱する様子を見て小西はほっとしたような顔を浮かべた。小西が考案した作戦「曳航砲撃作戦」がものの見事に決まり、敵艦隊はまだ立ち直れていない。今のうちに数を撃ち減らしておきたい防衛艦隊は、さらにペースを上げる事に決めた。
「主力戦隊第二群、クォーク振動砲射撃完了、現在陣地転換中。主力戦隊第一群、クォーク振動砲エネルギー充填100%、まもなく射撃可能です!」
電探士からの報告に小西は頷き
「スペースサイトオープン、目標敵艦隊密集ポイントB!照準合わせ!」
と叫ぶ。
「主力戦隊第二群陣地転換完了を確認!射線オールクリア!主力戦隊、第一群、エネルギー充填120%!」
「主力戦隊第一群、クォーク振動砲統制射撃実施!撃て!」
瞬間、主力戦隊第一群を構成する諏訪と羽黒からクォーク振動砲が放たれ、敵艦隊へ突き進んでいく。クォーク振動砲を撃ち終わった彼らは着弾観測もほどほどに、陣地転換を始める。
「曳航艦へ伝達!主力戦隊第一群、射撃終了。次のポイントまで曳航せよ!」
「曳航艦綾波、敷波、ファルケンからの了解信号受信!主力戦隊第一群後退開始します!」
小西が立てた作戦はこうであった。まず、主力戦隊を諏訪、羽黒の主力戦隊第一群、ジュレーゼン、青葉の主力戦隊第二群に分ける。そして、現在主力戦隊の曳航を担当している駆逐艦を曳航状態にしたままにし、第一群を前、第二群を後ろに配置する。そして、敵艦隊が射程内に入った瞬間、まず第一群がクォーク振動砲を発射する。そして発射完了を第一群曳航担当艦綾波、敷波、ファルケンに伝達。それを受け取った3隻は最大戦速で射撃を終えた諏訪と羽黒を曳航、次の地点まで後退する。その間に諏訪と羽黒は再起動電源を用いて再びクォーク振動砲発射準備を開始。そして後退を確認した第二群がクォーク振動砲を発射、同じように曳航艦ディ・イエデ、セティスが次の地点までジュレーゼンと青葉を曳航し、後退。その間に第一群はクォーク振動砲の充填を完了させ、発射。そして後退。この繰り返しにより連射できなかったクォーク振動砲を短い間隔で連続して撃てるようになり、一度撃つと再起動に時間がかかると思い込んでいた敵艦隊は混乱に陥ったのだ。さらに、主力戦隊がそれぞれの『こくちょう』で着弾観測を行う事でさらに射撃の精度を上げ、的確に敵艦を撃ち減らしていく。まさに神がかった作戦であった。
「主力戦隊第二群のクォーク振動砲発射を確認!後退していきます!」
「クォーク振動砲エネルギー充填85%!まだ発射には時間を要します!」
「こちら機関室!現在機関限界稼働中なるも制御に成功、連続射撃続行に支障なし!」
機関室から西村機関長の声が届き、機関の状況を伝える。通常のクォーク振動砲射撃と違い、通常発射後の通常航行のために用いる再起動電源を今回は自立航行を曳航艦に任せる事により次のクォーク振動砲の発射エネルギーとして使うことができているが、その分機関への負担も大きい。それを制御してくれている西村機関長の手腕はとんでもないな、と小西は改めて思った。
「主力戦隊第二群陣地転換完了を確認!射線オールクリア!」
「クォーク振動砲エネルギ充填110%、まもなくエネルギー充填完了!」
「スペースサイトオープン、目標敵艦隊密集ポイントD!」
「エネルギー充填120%、照準固定!」
「電探に反応!敵駆逐艦1、単艦で艦隊より離れ主力戦隊第二群へ接近!」
「近づけさせるな!直掩戦隊、迎撃始め!」
電探士から1隻の駆逐艦が艦隊に迫ってきていることを伝えられたが小西は冷静に対応する。艦を曳航しておらず、艦隊の護衛を任せたしまなみ率いる第一宙雷戦隊改め直掩戦隊に敵駆逐艦迎撃を指示。指示を受けたしまなみはエンジン出力を最大にして高速で敵駆逐艦に接近すると一斉に主砲とコスモスパロー、宇宙魚雷の雨を敵駆逐艦に浴びせた。過剰ともいえる弾幕に駆逐艦ではどうする事も出来ず、接近した敵駆逐艦は見事に粉砕された。
「敵駆逐艦撃沈!」
「よし、クォーク振動砲、撃て!」
再び極太の閃光が敵艦隊に向け爆進していき、命中。その間に主力戦隊第一群は曳航艦により後退、次の射撃準備に移る。作戦は順調にいっていた。
オーガスタ艦橋では、未だにエルンスト中将が混乱し、指揮系統に乱れが生じていた。命令がないと艦隊は全く意思疎通が出来ず、次々とクォーク振動砲の餌食となっていった。そんな中、第二空母艦隊司令官はただちに全機発進を指示、とにかく敵が何をしているのか探るよう全機に命令した。混乱し陣形が乱れている敵艦隊を縫うようにして空母艦隊から発艦した約340機は防衛艦隊に向けて突進する。第二空母艦隊攻撃隊隊長は僚機に防衛艦隊の陣形写真及び行動細目を旗艦オーガスタに送信するように命令し僚機は翼を振って編隊から離脱した。それを横目に見ながら隊長は防衛艦隊攻撃を指示、攻撃隊は狂ったように照準中の主力戦隊第二群に襲いかかった。
敵機の接近は防衛艦隊も察知していた。
「杉内!奴らを主力戦隊に近づけるな!全力で撃ち落とせ!」
それを聞いた杉内は駆逐艦しまなみ艦橋で杉内はめいいっぱい叫ぶ。
「了!直掩戦隊に告ぐ!全艦鶴翼陣!敵機を囲むように陣を取れ!敵機を近づけさせるな!VLS全開放、三式弾撃ち方始め、乱れ撃ちだ!」
それを聞いた直掩戦隊各艦は単縦陣から鶴翼陣に陣形を変更し敵機に向かって突撃していく。
「コスモスパロー照準、敵編隊中心部!一斉撃ち方!撃ち方始め!」
合図により一斉発射されたコスモスパローが敵編隊の中心向かって爆進し、編隊の真ん中で爆ぜる。爆発した破片が周辺の敵機をも巻き込み、一段と大きな爆発を生む。
「敵機52機撃墜!されど未だに敵機編隊戦闘能力保有!」
最初の攻撃で敵機をかなり撃墜したが、それを回避した敵機はまだまだ200機以上いる。まだまだ一息つくには早い。
「コスモスパロー装填の穴を埋めろ!宇宙魚雷撃ち方始め!敵編隊の目の前で自爆させろ!」
艦首から一斉に放たれた宇宙魚雷もまた敵編隊に向けて爆進し、これは敵編隊の目の前で自爆、それによる破片で敵機を撃墜しにかかる。
「敵機69機撃墜!」
「まだだ、敵編隊との距離は!」
「敵編隊との距離168000!三式弾射程まではまだあります!」
それを聞いた杉内は数秒考えて告げる。
「主砲弾種クォークビームへ、切り替え!」
「しかし艦長!クォークビームは一直線上に並んだ敵には効果がありますが、今回のように編隊が広く、薄く広がっている場合では…!」
「それが三式弾射程まで攻撃を実施しない理由になるのか!いいから早くしろ!」
「よ、ヨーソロー!主砲弾種クォークビーム!撃ち方始め!」
コスモスパローも宇宙魚雷も装填中で三式弾射程までまだ距離があると思って油断していた敵編隊は突如放たれたビーム砲に全く対応出来なかった。少し密集し過ぎていた敵編隊は回避行動もままならずビーム砲の餌食となる。だが、それも一発目のみ。二発目以降は敵編隊は間隔を広く取り、殆ど撃墜できずにいた。だがそれも対空兵装が再装填できるまでの間。
「コスモスパロー装填完了!ターゲット照準完了!」
「各艦コスモスパロー1〜8番セル撃ち方始め!続き9〜16番セル撃ち方始め!主砲手を止めるな!撃ち続けろ!」
コスモスパローが再び敵編隊に向けて飛んでいく。
「インターセプト5秒前!4,3,2,1、マークインターセプト!敵機42機撃墜!」
だが敵機もやられっぱなしではない。もっている対艦ミサイルの射程に入るとそれらをとにかく撃ち込み始めた。それは当然直掩戦隊も把握している。CICに表示されている電探の光点を見て電探士が叫ぶ。
「敵編隊攻撃を開始しました!」
それを聞いた杉内は立ち上がって
「各艦、対空防御!近接防御火器始動、魔導艦体防壁展開!」
と指示する。各艦の対宙機銃が火を吹き、しまなみを除く直掩戦隊各艦は魔導艦体防壁を展開する。戦況は直掩
戦隊有利な状況から、敵機編隊有利な状況に一変していた。だが、あくまでも敵編隊の攻撃目標は直掩戦隊ではなくクォーク振動砲を撃ち続ける主力戦隊である。主力戦隊に近づかせんとする直掩戦隊と主力戦隊に一撃入れんとする敵機編隊との戦いは一歩も譲れぬ一進一退の攻防となっていた。直掩戦隊を無視して素通りしようとする敵機に対して熾烈な対宙機銃弾の嵐が降り注ぎ撃墜されていくがなんとしても直掩戦隊を突破せんという敵機の攻撃は魔導艦体防壁の持っていないしまなみに集中し、しまなみにかなりのミサイルや機銃の雨が降り注ぐ。
「桐原!あとどの程度耐えられる!?」
「わからん!だが状況が最悪なのは事実だ!正直今からでも戦隊旗艦をオスヴァルドにでも移すことを薦めるが。」
「アホ抜かせ!お前俺よりも長くこの艦で航海長してんだろ!その腕の見せ所を作ってやってんだ!感謝しろ!」
「ケッ、そう言ってくると思ってたぜ!全く、人使いの荒い砲雷長だな!」
「砲雷長じゃなく艦長だ!いい加減にしろ!てかお前そんな軽口言ってる位ならさっさと敵弾を回避してくれ!」
「ほんっとに人使い荒いな、この野郎!」
他の乗組員が冷や汗を流しながら指示を出しているのに対し、杉内と桐原だけは軽口を叩きながら回避行動をしたり指示を飛ばすという余裕ある行動を見せていた。その様子に他の艦橋乗組員は頼もしさを覚えながらそれぞれの部署に指示を出す。だが状況はやはり圧倒的に直掩戦隊が不利であり、未だ一機も主力戦隊に近づけていないものの完全に防戦一方であり、既に敵編隊は三式弾の射程に入り直掩戦隊も三式弾を乱射しているもの状況は改善せず、やはり一進一退の攻防が続いていた。
一方、オーガスタ艦橋では、攻撃隊隊長の僚機から送られてきた映像を見てエルンスト中将は憤慨していた。
「こんな簡単な子供騙しに我々は混乱させられていたのか…!」
彼は自身に苛立ちを隠せなかったが、しかし今は戦闘中であり怒っている暇などない。エルンスト中将は今の防衛艦隊の様子を艦隊所属の各艦に送信し今後の方針を話す。
「敵防衛艦隊の作戦はこのような単純なものであった。我々はこんな戦術に踊らされていたのだ。俺の指揮能力の低さを責めてくれ。本当に申し訳ない。」
そう言ってモニターの前で深々と頭を下げる。そしてゆっくりと頭を上げると魂の籠った大声で言った。
「だが、その代わりと言ってはなんだが俺は奴らの兵器の弱点を見出した!奴らの大量破壊兵器は威力が絶大な分、充填までそれなりの時間がかかり、高速で接近する物体を照準することは殆ど不可能に近い!我々はその弱点を突く!全艦、敵防衛艦隊に向けて、突撃!防衛艦隊を包囲せよ!」
その掛け声と共に全ての艦が防衛艦隊に向けて突撃を開始した。防衛艦隊は冷静にクォーク振動砲を発射するが、放たれたクォーク振動砲はやはり超高速で接近する敵艦一隻たりとも仕留めることは出来なかった。
「敵艦隊に動きあり!敵艦隊、超高速で移動中!本艦隊を包囲する構えです!」
諏訪のCICに電探士からの報告が響き渡る。
「敵艦隊、さらに増速!間も無く敵艦隊の射程内に入ります!」
さらに電探士は報告を続ける。小西は矢継ぎ早に報告される情報を聞きながら頭をフル稼働させ、今取るべき行動とその後どうするべきかを考え
「全曳航艦に通達!全艦、一斉曳航開始!第二防衛ラインまで後退せよ!直掩戦隊に告ぐ!全艦、敵編隊との交戦を切り上げただちに主力戦隊と合流せよ!その際、敵機が漏れてきても構わない!主力戦隊全艦、クォーク振動砲エネルギー充填中止!通常電力の復旧急げ!」
そう命令する。それを聞いた直掩戦隊…第一宙雷戦隊指揮官杉内は
「聞いたな!各艦、煙幕展開!転舵反転!主力戦隊と合流急ぐぞ!」
と各艦に指示した後
「桐原!この艦が壊れても構わない!最大戦速で主力戦隊へ戻れ!」
と桐原へ叫ぶ。
「任せとけ!」
頼もしい声を響かせて桐原が返事する。敵編隊攻撃開始からすぐ標的にされていたしまなみは中破の損害を被っていたが、逆に言えば桐原でなければ中破で留めておくことは出来なかったかもしれない。杉内は改めて桐原の操艦の腕に感嘆すると共に他の艦艇の被害状況についてもざっと目を通す。
「しまなみ、夕凪が中破、オスヴァルド小破、神風は無傷、か。」
そう呟いた杉内は改めて残存艦艇の少なさに絶望しかけるがまぁ敵機も通さなかったし上出来だと思いつつ主力戦隊へ急ぐよう重ねて指示した。
一方、曳航を担当する第二宙雷戦隊の旗艦ディ・イエデでは、戦隊指揮官堀が後退位置の確認を再確認し各艦に通達していた。
「全艦、指示通り第二防衛ラインへ!先程射撃を行った主力戦隊第二群を曳航する各艦は通常の2倍の速度で曳航を開始、主力戦隊両群を急ぎ合流させよ!」
曳航艦各艦は艦尾から炎を噴き出しとにかく急いで後退する。猛烈な速さで後退していく主力戦隊の様相は敵艦隊から見ると異様なものに映った。すぐに曳航艦の働きでひとまず主力戦隊は合流するが
「敵駆逐艦戦隊急速接近!数20!既にVLS射程内通過!あと30秒で接触!」
主力戦隊と第二宙雷戦隊の各艦のCICにそれぞれの電探士からの報告が飛ぶ。
「直掩戦隊、合流まであと5分!直掩戦隊による迎撃は不可能!」
諏訪CICでは追加の報告が飛ぶ。全員が混乱しかける中、小西は冷静だった。元宙雷戦隊司令官としての勘なのか、小西には駆逐艦隊を絶対対処できるという自信があった。だが、時間がない、ギリギリの戦いなのは変わらない。
「主力戦隊各艦、主砲実体弾装填!各艦、個別に照準、統制射撃を実施!復唱は要らん!」
「主砲1番2番照準合わせ!目標、敵駆逐艦隊3番艦!」
「各艦からの照準情報出揃いました!重複認められず!」
「よし!全艦、主砲撃ち方始め!」
「撃て!」
主砲から発砲炎が立ち上り、敵駆逐艦隊へ向けて砲弾が突き進む。
「敵駆逐艦8隻撃沈!されど残存する12隻、尚も接近!」
「主砲再装填急げ!尚、以降再装填完了した艦から各個自由射撃を実施せよ!返事は不要だ!」
「敵駆逐艦隊からの魚雷発射を確認!数40!」
「対宙機銃、全力射撃!対宙防御!」
主力戦隊各艦から激しい機銃の嵐が放たれる。猛烈な対宙射撃は1本、また1本と魚雷を撃墜していく。
「敵魚雷無効化を確認!続き羽黒の砲撃で敵駆逐艦1隻撃沈!」
「主砲再装填完了を確認!」
「主砲照準完了!撃ち方始め!」
「敵駆逐艦1隻撃沈!されど敵駆逐艦からの砲撃及び魚雷発射確認!敵砲火あと3秒で弾着!」
「曳航艦各艦へ伝達、取舵3°、回避行動急げ!」
だった3秒で何ができる…。主力戦隊のどの乗組員も被弾を覚悟したが、意外にも敵の砲火は曳航艦の巧みな操艦により主力戦隊の側面スレスレを通過、被弾は免れた。その様子に主力戦隊乗組員は大いに沸き立つ。
「回避行動成功!しかし、このままではジリ貧です!」
だが、電探士には絶望の表情が滲み出ていた。電探士だけではない。CICにおり、否が応でも現実を突きつけられる艦橋乗組員には、絶望と、疲れが織り混ざったような顔を浮かべていた。しかし、小西は逆に笑みを浮かべている。その様子に艦橋乗組員は不審がる素振りも見せた。だが、その理由はすぐに全員の知るところとなった。
突如、敵駆逐艦4隻が爆沈し、落ちていく。その様子に艦橋乗組員は全員目を丸くし、小西はフッ、と息を吐きながら口角を上げた。小西らの視線の先には4隻の艦影が見える。…そう、彼らは来たのだ。この、主力戦隊の大ピンチに。
「間に合ったか。」
いつかの小西と同じような台詞を言いながら杉内は笑みを浮かべ、無言で桐原とハイタッチする。だが、喜んでいる場合ではない。
「主砲全砲門開け!撃ち方始め!」
今までの鬱憤を晴らさんとする直掩戦隊の奇襲は突撃してきた敵駆逐艦隊を大混乱に陥れる。この混乱を小西が見逃すはずがなかった。
「主力戦隊各艦、主砲統一射撃用意!主砲再装填完了次第報告!」
「青葉、装填完了!測的よし、照準よし!」
「羽黒、同様に完了!」
「ジュレーゼン、完了!」
巡洋艦からの装填完了の報告が飛び、その後すぐに
「諏訪、完了!」
アリアからの報告がCICに響く。小西はそこから一呼吸置いて叫ぶ。
「主力戦隊、統一射!撃ち方始め!」
再び主力戦隊全艦から砲弾が発射される。直掩戦隊からの攻撃で隊列が乱れた敵駆逐艦隊にとって、両方向から攻撃を喰らうことは想像できていても対処する事は困難だった。この攻撃を受けて敵駆逐艦隊は反転離脱を試みるも、もう遅い。反転時に側面を晒す事となった敵駆逐艦隊はもはや格好の的。残存する敵駆逐艦も次々とバイタルパートを易々と撃ち抜かれ、あっという間に壊滅してしまった。小西のあの自信は決して宙雷戦隊だったから敵の手の内が分かっていた、訳ではなく直掩戦隊が絶対追いつけるという自信から来たものだったのだ。さらに言えば、直掩戦隊を指揮していたのが杉内で、操艦していたのが桐原だった事も小西の勝算に大きく寄与していた。この事は後に信頼が如何に大切かを未来に示す結果となったのだ。
さて、第二防衛ラインまで後退し、主力戦隊と直掩戦隊が合流した事で、一応防衛艦隊はここに再集結した。だが、それと同時に敵艦隊の包囲形成は完了しつつあり、彼らが包囲殲滅の的となるのも時間の問題だった。ここで小西は今度はある作戦を発令する為、マイクを手に取る。
「防衛艦隊全艦に告ぐ。こちら艦隊司令官の小西だ。現時点を以て『曳航砲撃作戦』の中止を発表、新たに『operation Z』を発令、ここに本艦隊の全力を以て国を護る事を決定する。」
「Z」。これはアルファベットの最後の文字であり、もう後がない、という事を意味する。だが、それ以上に重要な意味がこの文字に込められていた。その意味を誇示するかのように旗艦諏訪のメインマストにある旗が掲げられた。2本の対角線で4分され、黄・黒・赤・青の4色に染め分けられたその旗を見て乗組員の士気はこれまでにないほどの最高潮に達した。その旗とは、「Z旗」。かつての日本海軍時代に「皇國の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。」という意味が込められたこの旗は、航宙自衛隊においても似たような意味を持っており、乗組員の間で特別なものとなっていた。それはこの世界でも同様であり、新兵もZ旗の意味だけは重々承知していた。…もう後がない。だからこそ、ここで死力を尽くし勝利を手繰り寄せねばならない。その思いが乗組員の結束力をさらに高めた。画面越しでも士気の高さを認識した小西は軽く笑みを浮かべつつ作戦について説明する。
「まず、主力戦隊と曳航艦各艦を切り離す。曳航艦各艦は錨を繋ぐ鎖を切り離せ。主力戦隊に巻き付いた錨を解く時間はないからな…。さて、分離した後だが、防衛艦隊が輪形陣を組むこととする。輪形陣の外円に宙雷戦隊を、内円に主力戦隊を配置する。そして外円に位置する水雷戦隊が艦首方向は変えないまま円周上を移動しながら攻撃を行う事で、包囲を仕掛けてくる前左右の攻撃に対処でき、後ろに回る際はダメージコントロールなどを行う事ができ、艦を休ませることができる。…所謂車懸りの陣のようなものだと思ってくれ。作戦詳細はすぐに図にして送信する。作戦概要の説明はここまでだが、何か質問は。」
モニターを見ても質問が無いことから、意見具申その他はないものと小西は判断した。
「では、解散。各艦、所定の行動に取り掛かってくれ。」
その言葉に全ての乗組員が画面に映る小西に敬礼し、作業を始める。元々直掩戦隊である第一宙雷戦隊は輪形陣の外円の半分を構成し終わり、曳航していた各艦もて早い動きで艦と錨を切り離し、輪形陣の構成に入る。主力戦隊は各艦の安定翼に曳航の際に用いられた錨と、それに繋がる鎖を靡かせながらこちらは内円の構成を始める。作業を開始して3分も経たないうちに輪形陣を形成し終わり、外円の宙雷戦隊が円周上を開始し、それと同時に輪形陣全体も前進を開始した。
「阿部、艦隊各艦の魔導艦体防壁の回復率はどのくらいだ。」
「主力戦隊の防壁回復率は80%で第二宙雷戦隊は100%であり、この2つはいつでも展開できますが問題は直掩戦隊を担っていた第一宙雷戦隊です。つい先程防壁を展開した為、防壁回復率は未だ5%程度となっていますが一方、展開時間はそれほど長くなかったので1時間程度は持つ事が予想されますが…。」
小西は生存性を左右する各艦の魔導艦体防壁の状況を阿部に質問した。やや第一宙雷戦隊の状況が気になったものの、一応全艦展開できる状況であり、その事についてはやや安心した。だが、そんな安心は無駄だと言わんばかりについに包囲が完成したのか、前や左右から遂に敵艦隊が攻撃を始めた。敵艦隊から浴びせられる嵐のような砲撃に防衛艦隊各艦は即座に防壁を展開する。だが、しまなみだけは防壁がない為、必死の回避行動で砲撃を躱すしかない。桐原は冷や汗をかきながら対応するが、回避行動だけでは限界が近い事は誰もがわかっていた。しかし、その限界を感じさせないようなしまなみの回避行動は味方のみならず敵すらも感嘆させた。だが感嘆したからと言ってしまなみへの砲撃が止むわけではない。むしろ躱され続けたせいでさらに敵艦隊からのヘイトを買い、さらなる砲火に晒される。しかしそれすらも華麗に避け続け、主力戦隊はお返しだと言わんばかりに主砲を乱れ撃つ。エネルギーが回復したことで主力戦隊のメインウェポンが砲弾ではなくビーム砲に切り替わっており、一応の対応力は向上したもののそれでも包囲下の現状は絶望的だった。
エルンスト中将の眼下には包囲下に置かれた防衛艦隊が見えた。激しい砲火にさらされながらもなお懸命に抵抗している彼らを見てエルンスト中将は勝利を確信しつつも、たった十数隻の艦艇でこれほどの大艦隊を相手にしなければならない防衛艦隊に半ば同情していた。
「哀れなものよ。皇帝閣下の目に留まってしまったが為にこのようなことになってしまうとは。」
そう呟きつつゆっくりと指揮官席に腰掛ける。…後は、こうして包囲しながら砲撃しているだけで奴らはなす術なく撃沈され、この星は我々の手中に収まる。どこか残虐な事をしているような気もするが、許してくれ。俺だって軍人なんだ。戦いにおいて手を抜けないことくらい、わかるだろう。そうエルンスト中将は心の中で防衛艦隊に問いかけた。
「羽黒、魔導艦体防壁耐圧臨界点を突破、羽黒の魔導艦体防壁消失!」
「しまなみ、中大破損害!これ以上は持ちません!」
「ファルケン、爆沈!戦列を離れる!」
諏訪のCICには、続々と防衛艦隊の被害状況が報告されていた。敵艦千余隻からの砲撃は凄まじく、防衛艦隊からは敵の砲火で敵艦が全く視認できなかった。また、それほどの砲火では魔導艦体防壁も無力に等しく、この雨霰という砲撃に流石の魔導艦体防壁も耐えられるはずもなく、次々と耐圧臨界点を突破、防壁が消失してしまっていた。防壁がなくなってしまえば、回避行動をとれるほどの練度もなく、装甲もそれほど厚くない艦からすればこの砲撃に1分も耐えられる筈がなく、すぐに撃沈に追い込まれている。小西は帽子を深く被り直し、腕を組んで目を閉じた。その他の乗組員もあまりの光景に絶望していた。流石にこの量は捌ききれない…。もう、終わりか…。誰もがそう諦めていた時、突如、敵艦隊に向けて数発のビーム砲が飛んでいき、数隻が爆炎に包まれ堕ちていく。
「一体、何が…。」
小西だけでなく、防衛艦隊乗組員全員がそう思った時
「ぼ、防衛砲台指揮所より通信!」
という通信士からの報告が各艦のCICに響き渡った。それと同時にスクリーンにある見慣れた男の顔が浮かび上がった。
「陛下!小西!全員無事ですかい!?」
まだノイズが除去しきれていないスクリーンから聞こえてきたのは、あの頼もしい声だった。阿部が驚いて立ち上がる。
「アレクさん!どうしてそこに!」
その声にアレクは
「阿部、忘れたのか!?地上防衛砲台のエネルギー供給源としてオリハルコン製クォーク機関を防衛砲台の地下に設置した事を!」
と自信満々に返した。
その言葉に全ての人間がハッとした。…そうだ。そう言えば従来までディ・イエデの防衛の為に使っていた防衛砲台に防衛艦隊が出来るまでの繋ぎとして試作した機関のうち採用されなかった方を防衛砲台のエネルギー源として使い、火力の増強を図っていたのだ。火力が増強された防衛砲台は駆逐艦クラスであれば容易く貫徹できる火力を有しており、小西たち防衛艦隊は追い詰められた事で逆に地上支援が受けられる形になっていたのだ。支援があると知った乗組員の士気は再び上昇した。その様子を見て小西はまだ防衛艦隊が戦える状態にあるという事を確信した。
「アレクさん、どうか、よろしくお願いします。…我々を…支援してください。」
そう言って小西が深々と頭を下げた時
「小西艦長!頭を下げないでください!」
という声がスクリーンから聞こえた。その声に小西は涙ぐみそうになり、声を震わせながら叫ぶ。
「お前ら…!来てくれたのか!」
防衛艦隊のピンチに駆けつけてくれてのは、元しまなみ乗組員の面子だった。彼らは過去の戦いで重傷を負っており、片足がなかったり、片目が失明していたりしている負傷兵であり、彼らは第一線で戦えなくなった事から、後進育成の為に新兵教育の為の教官として軍人とは別の第二の人生を生きる事になっていた。しかし、火を見るより明らかな防衛艦隊のピンチを前に居ても立っても居られなくなり、彼らの持つ技術を活かす為に何か出来ないかと考えた結果、彼らは砲手のいなくなった防衛砲台の砲手をするという結論に至ったのだ。同じようにアレクサンドリアも技術者という立場であっても、何が出来ないかと考えた結果、彼も防衛砲台で何か出来のではないかという結論に至り、いまこうして防衛砲台指揮所に立っている。それぞれが成すべきことを成そうとする姿勢に小西は深く心を打たれた。
「全艦に告ぐ!こちら艦隊司令の小西だ。本艦隊はこれより輪形陣を解除し戦隊ごとの単縦陣に移行、敵艦隊旗艦に向けて突撃を開始する!案ずることはない。後ろからは防衛砲台が我々の行く手を阻む艦を撃破してくれる。今まで我々は常に支援のない状況の中で戦わざるを得なかった!我々しまなみが来る前からそうだった!だが、我々がここに来て、あらゆる手を尽くしてきた結果、徐々に支援を受けられる状況となり、今、ここに最高の支援体制が誕生した!我々の士気は最高潮であり、負けることはない!全艦、臆することなく突撃を開始せよ!」
そう叫ぶと同時に輪形陣が解かれ、各戦隊が単縦陣に移行して突撃を始める。敵艦数隻は陣形変更を阻止しようと突撃を仕掛けてくるが、それを防衛砲台が迎撃、次々と撃ち落としていく。数秒後、左側に第一宙雷戦隊、真中に主力戦隊、右側に第二宙雷戦隊という三列単縦陣を敷き、鶴翼陣の中心にいる敵旗艦に向けて、全艦が突撃を開始した。
エルンスト中将は、急に発砲してきた防衛砲台に驚いたが、それよりもその瞬間に防衛艦隊が息を吹き返し、逆に突撃を仕掛けてくるまでになった事に驚きを隠せずにいた。まさか、ここで生き返ってくるとは思いもしなかった。戦場の空気は常に変わるというが、まさかこの土壇場で変わるとは。エルンスト中将は驚いたが、驚いている暇はない。直ちに陣を立て直さないと、今のままでは旗艦の位置する中心部の防衛がやや手薄になっている為、エルンスト中将の座乗するオーガスタが撃沈されてしまう。
「両翼の艦艇に告ぐ!ただちにオーガスタ周辺に集合せよ!」
そうエルンスト中将は各艦に指示したが、大人しく集合する艦よりも、目の前の功に焦り、防衛艦隊への攻撃を続ける艦の方が圧倒的に多かった。エルンスト中将はそれらの艦に対しても呼びかけを行ったが、功に目がいってしまった彼らはエルンスト中将の言葉は聞かず、攻撃を続行してしまっており、エルンスト中将は大人しく集合してくれた手勢数百隻で旗艦の防衛を行わなければならなかった。一見すれば十数隻相手の防衛艦隊に護衛数百隻は過剰に見えるかもしれないが、防衛艦隊が大量破壊兵器を有している以上、その数百隻がいつ撃ち減らされるか分からず、損害を恐れて感覚を広く取ってしまっては護衛の意味がなくなってしまう。エルンスト中将はお世辞にも旗艦を取り巻く護衛艦群に頼もしさを感じることは出来なかった。
防衛艦隊は無造作に近づいてくる敵艦に向けて容赦ない射撃を続ける。一部の艦は統率を保ちながら旗艦と思われる艦まで後退しているが、半分以上の艦は防衛艦隊への攻撃を続行している。小西は敵司令官の統率力が薄れてきたことを感じていた。
「敵艦隊の統制は失われつつある!一隻ずつ確実に撃破せよ!敵を大きな塊と見るな!所詮、単艦の集まりだ!」
小西はそう叫び、乗組員を鼓舞する。
「主砲1番2番撃ち方始め!艦首魚雷発射管開け、撃て!」
アリアもこの状況に興奮しており、声高らかに各砲座に指示を飛ばす。
防衛砲台でもそれは同じだった。
「防衛砲台1,3,5,7番、交互撃ち方!撃ち方始め!」
アレクサンドリアが指揮所から目標と射撃方法を指示し、元しまなみ乗組員らが指示通りに攻撃を行う。防衛砲台から放たれた螺旋状の束は防衛艦隊側方面に回ろうとした敵駆逐艦を貫徹し、撃沈に追い込む。防衛砲台と防衛艦隊の連携はかなりうまくいっており、一隻、また一隻と艦を沈めていく。今度こそ光明が刺した…!乗組員全員がそう思い、より一層士気が上がる。気のせいか、各艦の主砲を撃つ間隔も短くなり、接近してくる敵艦が攻撃する前に撃沈していく。一隻、また一隻…と、海へ堕ちていく。先ほどの状況とは打って変わり、圧倒的に防衛艦隊が優勢だった。敵艦隊旗艦率いる護衛群数百は防衛艦隊のクォーク振動砲を恐れ、防衛艦隊との距離をかなり取っている。彼らはわざわざ自身の射程から防衛艦隊を外してしまっており、突撃群へ護衛群から支援砲撃をすることは出来なかった。その結果、防衛艦隊や防衛砲台が一方的に敵艦を撃沈し、戦域が炎で赤く染まっていく。防衛艦隊全艦は勢いに乗り、早期に決着をつけようとさらに加速度を上げ、敵旗艦への突撃を強める。最早、戦局は決した、全員がそう思った、その時。
「正面に時空の湾曲を確認!」
という電探士からの報告からすぐに突如空間が歪曲したかと思うと目の前から極太の光線が飛び出してきた。光線は防衛艦隊の回避行動を許す間も無く、防衛艦隊に着弾した。凄まじい閃光が防衛艦隊を襲う。
地上からその様子を見ていたアレクサンドリアは驚愕し
「一体何が起こっとるんじゃ!防衛艦隊との回線はどうなっとる!」
と大声で指揮所通信士に尋ねたが
「防衛艦隊全艦との通信途絶!レーダーもノイズが酷く何も映りません!」
との返事が返ってくると拳を握り締めて祈った。
「陛下…。何卒ご無事で…。」
諏訪CICでは、非常警報が鳴り響いていた。爆発の閃光と煙で何も見えず、誰もが混乱に陥っていた。
「電探士、状況知らせ!」
「ソナー、レーダー共にノイズ多し!状況判断不能!」
小西はこの異常事態にとにかく情報を集めようと電探士に問いかけた。だが返ってきた返事からは何も得られるものはなく、視界が開けるまで状況を知ることは不可能なように思われた。しかし、小西は曳航砲撃作戦時に各艦から「こくちょう」を発艦させていたことを思い出し、それを用いて偵察することを思いつく。
「阿部、先の作戦時に用いた『こくちょう』とは通信できるか。」
阿部は暫し考えた後言った。
「このノイズの激しい状況では、一種の妨害電波のようなものになっているので厳しいと思いますが、やってみます。」
阿部は冷や汗を滲ませながらも頼もしい声で言った。小西はそれに頷いたが、結局「こくちょう」を使えるかどうかは賭けそのものであり、小西はもっと確実に状況を把握出来るものを探していたが、目と耳を奪われた艦が出来ることは何もなく、小西は自身を落ち着かせながらただこの状況が落ち着くのを待つしかなかった。しばらくしてノイズや煙が落ち着いてきて、視界が徐々に開け始めるとついに「こくちょう」との通信がつながった。
「司令、『こくちょう』との通信、繋がりました!正面モニターに画像投影します!」
焦りから解放されたような声で阿部が報告する。瞬間、目の前に映像が映し出された。その瞬間、その映像を見て、CICにいた全員が、そしてアレクサンドリアや杉内など、この事実を知った全員が一気に絶望に叩き落とされた。小西は体の体毛が逆毛立つような感覚に襲われた。まさか、いやこんな事は…。小西は口をあんぐりと開け、完全に思考停止していた。小西はこれが夢だと思いたかった。だが、やはり運命は残酷であった。全てを捨てて逃げ出したかった小西を嘲笑うかのように、急にレーダーが回復し、電探士が声を震わせながら報告する。その報告で、小西はそれが夢ではなく現実であるという事実を完全に突きつけられる事となった。
「て…敵艦隊への…増援を…確認…。駆逐艦45、巡洋艦58、戦艦25、超弩級戦艦14…そして…未確認超巨大戦艦1…です。」
モニターに映された超巨大戦艦は、それが悪魔の化身かと錯覚させるが如くの禍々しい雰囲気であった。見るからに巨大な艦体、様々なところから突き出た鋭い安定翼。巨体に装備された5連装主砲塔も当然の如く巨大であり、その鈍く輝く主砲の一本からは、白い煙が出ていた。小西たちが超巨大戦艦に絶望し、圧倒されていた時。
「そんな、あり得ない…。」
という電探士の声と共に、さらに絶望的な知らせが飛び込んできた。小西は嫌な予感がしつつも、報告をするよう促した。
「…電探士、報告してくれ…。我々は、すべての事実を受け止めなければならないのだ…。」
その声に電探士はゆっくり頷き、唇をわなわなと震わせながら報告した。
「先程の爆発ですが…おそらく…敵超巨大戦艦からの砲撃かと思われます…。砲撃による本艦隊の損害は…」
そこまで来て電探士の声はもはや泣いているような声に変わっていた。それでもなんとか報告せんと言葉を続ける。
「…第二宙雷戦隊全滅、主力戦隊全艦が敵砲撃が掠めたことによる左舷側装甲板損傷、それによる魔道艦体防壁の消失、です…。」
その報告は、小西をここまでかというほどの絶望の底に叩き落とした。同時に、それを聞いた防衛艦隊全乗組員と防衛砲台の人員もまた、完全に絶望へ落とす事となった。第二宙雷戦隊全滅、その事実は防衛を担う全員を絶望させ、ある種諦め気持ちさえ起こさせた。そもそも第二宙雷戦隊は魔導艦体防壁を展開しており、通常の駆逐艦とは比べ物のにならないほどの抗堪性を有していたはずだ。だが、敵超巨大戦艦からの砲撃はその駆逐艦すら容易く貫き、あろう事かその後続の艦さえも貫徹し、全艦爆沈に追い込んでしまった。
「あり得ない…」
小西はそのことしか考えられなかった。単縦陣を敷いていたが為に第二宙雷戦隊を失ってしまった。だが、敵旗艦へ突撃をするには単縦陣しか無かったはずだ。いや、もしかしたらもっと良い方法があったのか…。小西の心は最早ぐちゃぐちゃだった。後悔と、しかしこれが最善だったという思いが入り乱れ、さらに超巨大戦艦という不確定要素が混ざった小西の心は、何も考えられなくなっていた。さらに阿部からの報告がさらに小西たちを絶望させた。
「…超巨大戦艦の解析が…終わりました…。敵超巨大戦艦、推定全長約12,200m、全幅約5900m、全高約7500m…。推定主砲口径、およそ…900mです…。」
「口径900m…だと…」
阿部の報告を聞いた小西は消え入りそうな声でそう呟いた。阿部の報告はさらに続く。
「推定兵装は、900m5連装主砲塔5基25門、300m3連装副砲塔20基60門、その他近接防御火器及び噴進兵器多数、です…。」
もう、完全に小西たちは戦意を失った。超巨大戦艦の出現により、防衛艦隊は戦意を喪失し、何をすることもできなくなっていた。
一方、オーガスタ艦橋ではエルンスト中将が跪き、深々と頭を下げていた。彼の視線の先にはモニターがあり、モニターに大きな男が映し出され、そこから大きな声が響いてきた。
「エルンスト中将、要望通り援軍を連れて来たが、戦況はどうなっているのだ。戦況を報告せよ。」
その声は乗組員を震え上がらせた。乗組員を震わせたものは、恐怖から湧き出たものではなく、士気の高まりから出たものであった。…超巨大戦艦「アザゼル」。あり得ないほどの巨大な艦体を持ち、その巨艦に相応しい大型の主砲を持つこの艦は、約100年前に先々代皇帝が皇帝座乗艦として建造した艦である。相手を威圧し、諸外国を容易く勢力下に置く砲艦外交の先駆けとして造られたこの艦は、見たものを絶望のどん底へ叩き落とし、味方の士気を天まであげる、まさに帝国の切り札であった。エルンスト中将も自らの士気の高まりを感じながら報告する。
「シュターリン皇帝閣下、まずは援軍を閣下自ら率いて来て頂き、誠にありがとうございます。そして私の能力がないが故に閣下に御足労をおかけしたこと、誠に申し訳ございません。」
そうエルンスト中将がいうと
「感謝は良い。それよりも早く戦況を言え。」
とシュターリンは戦況報告を催促する。エルンストはそれに頷き
「では報告致します。我々はこれまでに敵防衛艦隊構成艦4隻を撃沈しました。内訳は、重巡洋艦1、駆逐艦3です。そして、新たに先程の閣下の鬼神の如き一撃で、敵駆逐艦5隻の撃沈を確認致しました。以上より、現在9隻の撃沈を確認しておりますが、未だ戦艦1隻、重巡洋艦3隻、駆逐艦4隻の計8隻が健在であります。」
と報告した。シュターリンは重巡洋艦撃沈と聞いて嬉しかったのか、広角をやや上げながら口を開いた。
「そうか。大義であった。今後はお前らの艦隊も吾輩の指揮下に入れ。以上だ。」
そう言ってシュターリンはエルンストとの交信を終えると、その場にいる味方艦に対して呼びかけを行う為、通信士に全艦通信を指示、準備が整うとシュターリンは矢継ぎ早に話し始めた。
「レミレランド帝国連邦軍の栄えある諸君らに告ぐ。吾輩は第45代レミレランド帝国皇帝、アルフレッド・シュターリンである。諸君らの絶え間ない攻撃により、今や敵防衛艦隊の攻撃意欲は地に堕ち、戦意喪失している!この希望の地を得られる機会は今しかない。吾輩らはこれより敵防衛艦隊を殲滅しにかかる。全艦、弓形陣を敷け。各艦、艦と艦の間隔を狭めろ!」
それを聞いてエルンストは少し疑念を覚え、意見具申する。
「しかし閣下。敵は大量破壊兵器を保持しており、密集隊形での攻撃は非常に危険では…。」
「奴らの大量破壊兵器は長い充填時間が必要である。で、あるならば奴らが充填している間に撃沈してしまえばよかろう。」
エルンストの不安など気にもならないと言った感じでシュターリンはエルンストの質問に返答した。にシュターリンは、他の質問がないことを確認すると
「他に質問はないな。では全艦、所定の行動に入れ。」
と言い、行動開始を指示した。艦隊は、防衛艦隊に近づきながら超巨大戦艦を中心とした弓形陣を展開し始めた。ジリジリと防衛艦隊に近づきながら、防衛艦隊を照準を定める。ターレットリングがキリキリと音を立てながら動き、遂に砲口の中心に防衛艦隊を捉えた。
「間も無く全艦の射程圏内に入ります!」
その報告がアザゼルの艦橋に響くとシュターリンは
「全艦、攻撃目標敵旗艦。攻撃始め。」
と低い声で指示を出した。即座に各艦から一斉に砲撃が放たれ、戦艦諏訪へ襲いかかる。アザゼルからの砲撃で魔道艦体防壁が切れていた諏訪は、数多くの砲撃に晒され被弾が重なる。防衛艦隊各艦は散発的に主砲などで迎撃を行うが、統率のとれていない砲撃などはいくら火力が高くても無意味であり、敵艦に当たることなく、虚空へ突き抜けていった。いけるぞ、ついにこの星を手に入れられる。シュターリンはそう確信し、
「攻撃の手を緩めるな!母星の恒星化は刻一刻と迫っているのだ!時間は待ってはくれない。速やかに敵防衛艦隊を攻略せよ!」
と、再び全艦に指示した。
諏訪では、被弾によるアラートが鳴り響き、艦内では非常事態を示す赤色のランプが永続的に点灯していた。艦体が被弾のたびに激しく揺れ、直後に阿部から続々と被弾の報告が飛ぶ。小西は、何も考える事が出来なかった。もう、駄目だ。それだけが小西の頭にあり、諦めの気持ちが小西を支配していた。目の前では、アリアが必死に砲撃命令を出し、航海長が操舵輪に必死にしがみつきながら回避行動を取り続け、阿部が必死のダメージコントロールを続けている。だが、小西の目にはそれすら無駄に見えた。どうせあの超巨大戦艦に打ち勝つ術はないのだ、であればもういいじゃないか。小西は通信士にボソリと呟いた。
「…通信士、超巨大戦艦と交信できるか。」
その言葉の真意に通信士は即座に気付き
「司令、まさか…。」
と信じられない、と言ったような声を出した後大声で怒鳴った。
「司令!いくらなんでもそれは身勝手が過ぎるのではないですか!交信を要求された理由は降伏通信でしょう!?我々が必死になって戦っているのになぜ司令は逃げようとするんです!」
その言葉は乗組員全員を震わせたが、しかし小西にだけはそれは届かなかった。
「…今、降伏すればまだ臣民の多くは生かす事が出来る…。徹底抗戦すれば、俺たちが負けた時に臣民までがその代償を払う事になる。…ここらが引き時だ。臣民を生かす為ならば俺は喜んで首を差し出す。もう一度言う、通信士、超巨大戦艦と交信を準備しろ。」
その言葉にアリアも憤慨し
「小西!いったい何を言っているの!」
と叫んではいたが、小西の言うこともまた一理あり、それ以降小西を糾弾する人は現れなかった。静寂が諏訪のCIC内を支配する。やがて、その静寂を破ったのは航海長の嗚咽を堪えたような声であった。
「…通信士、超巨大戦艦との交信を試るんだ。」
その言葉にアリアは
「やめなさい!」
と声を荒げたが
「…小西司令の言うことも確かです。我々は国土を護る国軍ですが、それ以上に護る対象は臣民なはずです。…彼らを危険に晒してまで国土を護ることは…我々の本意では無いはずです…。」
という航海長の切実な訴えに負け、アリアはフラフラと椅子に沈んだ。再びCICは静寂に包まれた。ただカタカタ、と通信士がゆっくりとキーボードを操作して交信準備をする音だけが響いていた。やがて
「超巨大戦艦との交信準備、整いました…。メインモニターに通信映像投影します。」
との報告があり、小西はゆっくりと頷いて目の前のモニターに目を向けた、その時。突如、地表から敵艦隊に向け、数十本ものビーム砲が飛んでいき、敵艦数隻に命中した。その様子を見た小西の顔はさらに真っ青になる。被弾した敵艦は、燃えながら戦列を離れ、やがて爆沈した。
諏訪のCICでは、発砲した砲防衛砲台を褒め称える声や、これで講和の夢は崩れ去ったと悲鳴を上げる声など、様々な声が飛び交っていた。かくいう小西もまさに交信で講和について話そうと思っていただけに、この事態は想定外だった。CICの混乱が落ち着く間も無く、防衛砲台から通信が入る。
「勇敢なる防衛艦隊諸君!私は防衛砲台臨時指揮官、アレクサンドリアである!諸君ら、何をそうあの超巨大戦艦に怯えておるのだ!ただ図体が巨大なだけのあの艦が我々のこの国を護るという固い決意を砕けるわけが無かろう!奴らは、我々の鋼の意志を前に、攻めあぐねているのだ!諸君!今こそ恐怖心を捨て、敵艦隊へ向けて突撃せよ!諸君らがあの堕天使を再び地に叩き落とすのだ!臆することはない!後ろからは我々が援護する!心配することはない!」
この発言を聞いた小西は、思わず立ち上がって怒りをあらわにした。何を馬鹿な事をしてくれたんだ、と。小西は半ば憤っていた。本来、司令である小西が防衛艦隊の指揮命令系統では1番上であるのに、その小西を無視して立場のある第三者が防衛艦隊に指示を出した事で、指揮命令系統が完全に崩れてしまった。小西の制止も聞かず、アレクサンドリアの命令に従い無断で敵艦に突撃していく艦や従来通り小西の命令を待つ艦の2種類に分断された防衛艦隊は、最早完全に統率能力を失った。小西は、確かに超巨大戦艦を前に絶望したり講和を結ぼうとしたりと弱腰な姿勢を見せていたかもしれないが、それでもそれまでは指揮命令系統がしっかりしていたので、ある程度組織的な反抗をすることも可能であった。だが、アレクサンドリアの魔の一言で保たれていた指揮命令系統が崩れ、組織的な反抗をする事が不可能になってしまっていた。…小西がレーダーを見ると、重巡洋艦2隻と駆逐艦3隻が敵艦隊に向け、無断の突撃を敢行し始めている。ただでさえ残存艦艇が少ないこの状況でさらに無断の突撃により戦力を分散すれば、突撃した艦もそうで無い艦も完全に撃ち滅ぼされることは確実であった。通常、このような命令違反が起こった場合は司令官が違反した艦の指揮官に対して軍規違反だとして更迭する事が常であるが、指揮命令系統も完全に潰れた現状ではそれすら不可能だった。このまま突撃して行った艦を見逃せば、彼らは必ず撃ち負け、撃沈される事は必至である。そうすれば、我々は残った3隻でこの後を戦わなければならないがそれは不可能であるし、そこから講和を結ぼうにも、アレクサンドリアがそれを許すとは思えず、命令無視をしてでも防衛砲台を動かし続けるに違いない。…つまり、この時点で講和の道に進むことはもう不可能になったのだ。小西は、もう戦うしか道がないという事を悟り指揮下に入っている艦に告げた。
「…防衛艦隊指揮下の全艦に告ぐ。これより敵艦隊に向けて突撃し、玉砕せよ。」
もうこの戦いで生き残ることは不可能だ。後は、死ぬまで戦い続け、可能な限りこの星の民を護る…。その事を、全乗組員が理解していた。小西の指揮下から外れた艦はこちらからの呼びかけに全く応じなくなった為最早戦隊規模となった残存防衛艦隊はなけなしの3艦で陣形を組むしか無かった。諏訪を真ん中に、左側に大破損害を受けているしまなみ、右側に羽黒を配置し先に突撃をして行った艦を追いかけながら敵艦隊に向けて砲撃を始めた。後ろからも防衛砲台が砲撃を続けているが、小西からすれば焼け石に水のように思えた。前の方を見ると、先に突撃した5隻が、敵艦隊の先頭と交戦を始めていた。だが、残念ながらと言うべきか、当然と言うべきか、5隻程度のではゆうに100隻を超える艦隊相手に具体的な作戦なしに太刀打ち出来るわけがなかった。ただただ陣形の工夫もなしに正面のの敵艦隊に砲撃を開始した5隻は瞬く間に包囲され、砲撃の嵐を浴びせられてしまっていた。
「これ以上艦を失うわけにはいかない。全艦、味方艦の援護へ向かえ。」
小西は、離反した5隻がもう小西の命令を聞かない事は分かりきっていたが、それでも貴重な艦隊戦力を失う訳にもいかず小西は5隻の救出作戦を実行する事を決意する。
「各艦、本艦を先頭に単縦陣を組め。敵の包囲網を一本突破し、その後再び包囲網から離脱する。」
小西は簡潔に作戦を伝達した。3隻は即座に陣形を変更し、敵艦隊に向けて猛進する。それを見つけた敵艦数隻が一斉に小西達に襲いかかるが、各艦の巧みな操艦と、迎撃により、ほとんど被弾する事なく、敵艦隊の包囲陣へ到着した。小西達は、速度を緩める事なく、火力を正面に集中し、一点突破を図った。敵艦隊は突然の攻撃に包囲を形成する艦艇が多少混乱したものの、冷静に対処していく。包囲網の大きさを広げ、小西達も取り込まんとしているが逆にそれは小西の思う壺。小西は離反した5隻に対して呼びかけを行う。
「お前ら、今は何も言わん。助かりたければ俺について来い。」
そう言うと航海長に
「取舵15°、敵包囲下より離脱せよ。」
と指示した。3隻程度は小西達に撤退同調したものの、後2隻は強情にもそれに反応せずそのまま砲撃を続行している。小西はその2隻には目もくれず
「進路そのまま、可及的速やかに包囲下より離脱せよ。」
と再び指示、どうにかして包囲網からの離脱を試みた。だが、敵艦隊の狙いはあくまでも旗艦である諏訪であり、みすみすと彼らの包囲に嵌った諏訪を逃すはずが無かった。既に先程の超巨大戦艦の砲撃が掠めた事で魔導艦体防壁の耐圧限界値を突破していた諏訪は防壁を展開する事ができず、一方的な砲火に晒された。諏訪も必死の反撃を続けるが次々と被弾してしまう。
「第二デッキに被弾!火災発生!」
「下部VLSに被弾、使用不能!」
「第3主砲に被弾!第3主砲沈黙!」
艦体だけでなく、主砲などの兵装にも敵の砲弾が命中し、大きな火柱を上げる。被弾の度に艦体が大きく揺れ、死傷者の報告が相次ぐ。だが、包囲下におかれた諏訪は何もする事が出来ず、必死に使用可能な砲門で迎撃をしていくしか無かった。敵艦隊は、これぞ好機だと言わんばかりに今度は、諏訪と他の艦との分断を図る。敵艦隊は先頭を行く諏訪の次に位置している羽黒に砲撃を集中させると、羽黒はたまらず後ろへ下がって行く。捕食者となった敵艦隊は生じた隙を逃さない。元々羽黒がいた空間に敵艦十数隻が雪崩れ込み、あっという間に諏訪と他の艦を分断してしまった。諏訪1隻に対して百余隻の敵艦が襲いかかる。諏訪の迎撃を無駄と嘲笑うかの如く、敵艦隊の群れからはビーム砲が降り注ぎ、艦と艦の合間を縫ってミサイルも飛来していく。その様子は、まさに地獄の様相を呈していた。
諏訪は主砲も、宇宙魚雷も、コスモスパローも、更には対宙機銃ですらも動員して迎撃を行うが、それでも迎撃はしきれておらず、次々と被弾していった、その時。一際大きな爆発音が諏訪艦内に響き、艦が大きく揺れた。何事だ、そう小西は言おうと思ったが、目の前のモニターに映された艦首映像を見て全てを察した。目の前には大きな穴が空いており、そこは元々第二主砲があったところだった。これはつまり、第二砲塔が被弾により誘爆し、砲塔が吹き飛んでしまったと言う事を表しており、艦の抵抗力が大きく削られたと言っても過言では無かった。誘爆により、側面にも大きな穴が空き、著しく航行や戦闘に支障が出ている。だが、それを応急修理する余裕すら、諏訪には無かった。被弾があまりにも多く、応急工作班の手が回っていないどころか、応急工作班が作業しているところへ再び被弾するような事が多々ある為、最早修理どうこうと言っている場合ではなくなってしまったからだ。小西は目を瞑り、ここからどうすべきか考えた。だが、この状況で、空間にも制限があるこの場所で打開策を打つ事はできなかった。被弾で艦体が軋む音が何度も小西を襲う。それが小西を一層焦らせるも、やはり何も浮かばない。小西は死んでしまったかのように艦長席で腕を組んで固まってしまっていた。全員が小西司令はもう完全に諦めたのだ、そう思っていた。だが、急に小西は立ち上がると、大きな声で叫んだ。
「機関停止、自由落下に入れ!」
全員がその言葉にギョッとする。ついに気でも狂ったのか、そう思ったのだが
「本艦はこれより自由落下し、海面スレスレまで降下する。高度50を切ったら機関を再始動させ、反転。追撃してきた敵艦を一挙に殲滅、可能であればその後超巨大戦艦へ向けてクォーク振動砲を発射する。その為、自由落下中はクォーク振動砲の充填をしろ!」
艦体の損傷を鑑みるにかなり一か八かの賭けであったが、航海長は質問をする事なくすぐにエンジンの推量を0にし、自由落下に入った。激しいGが乗組員を襲う。
「総員、耐衝撃姿勢を取れ!クォーク振動砲発射準備!」
阿部が乗組員にそう指示するが、それでもかなり苦しい事に変わりはない。
「高度2300…。高度1850…尚も降下中…!」
航海長が歯を食いしばりながら報告を続ける。
「敵艦はどうなっている!」
そう小西が尋ねると
「敵艦約100隻、本艦上方から追いかけてきます!」
と言う報告。相手はまんまと小西の策略に嵌ったのだ。小西は安堵しつつ気を失うまいとGに耐え続け、やがて
「高度50、エンジン再始動、上昇、転舵反転!」
と言う報告と共にエンジンに再び火が入り、エンジンノズルから火を噴き出しながら諏訪が降下から上昇へ転じた。その際に生じるGはこれまでのものより遥かに厳しかったが、それでも乗組員全員が歯を食いしばって耐え、遂に追撃してきた敵艦を照準に収めた。
「全兵装使用自由!撃ち方始め!」
アリアが敵艦が照準に収まった事を確認すると間髪入れずに叫んだ。使用可能な1,4番主砲や側面宇宙魚雷発射管、VLSから一気に弾が飛び出し、敵艦へ向け爆進していく。そして、命中。降下しながらの追撃で回避など碌に考えていなかった敵艦はモロに攻撃を喰らい、他の艦を巻き込みながら爆沈した。だが、それでもまだ追撃してくる敵艦の数は多い。奴らの射程に入る前に全艦撃沈せねば、ここまで耐えてきた意味がなくなる。小西は
「限界を超えてもいい。射撃速度を20%上げろ。」
とアリアに指示、アリアはそれに頷き、各砲座へそれを指示する。射撃速度を20%上げた事で敵艦の撃破数は格段に上がっていったが、しかしそれは艦の限界を超えての射撃でありいつかリバウンドが来る。小西はそれをわかっていつつもとにかく敵艦の撃破を優先した。暫くして
「追撃してきた敵艦、全滅!」
との報告が入った。艦内はたちまち大歓声に包まれるが、この作戦はまだ終わっていない。
「航海長、艦首を敵超巨大戦艦に向けろ。砲雷長、スペースサイトオープン、コスモスクリーン展開。敵超巨大戦艦を照準に収めろ。」
すぐに小西はそう指示し
「宜候。右回頭85°、操艦を砲雷長へ委譲します。」
と航海長が艦を操る。次にアリアが
「スペースサイトオープン。コスモスクリーン、展開確認。目標、敵超巨大戦艦。エネルギー充填120%。照準誤差修正-1,3、照準固定。」
と報告、超巨大戦艦を照準に収めた。小西は間髪入れず
「クォーク振動砲、発射!」
と叫ぶ。すぐにアリアが引き金を引き、諏訪の傷ついた艦体から極太のクォークの束が放たれた。螺旋状の純白の束は超巨大戦艦へ向けて爆進し、命中。大きな音ともに付近に大きな閃光を放った。周りからは煙が漂い、いくつかの破片が飛び散っているのが見える。
「やった!遂に、やったのよ!なんだ、大した事無かったじゃない!」
アリアが閃光防御ゴーグルを勢いよく取りながら大はしゃぎする。他の乗組員も、勝利を確信し、背もたれにぐったりともたれかかる人や額に滲んだ汗を安堵の表情を浮かべながら拭う人もいる。小西も、大きく息をついて、もう一息だ、意外となんとかなりそうだ、そう思っていた。
しまなみでも、超巨大戦艦にクォーク振動砲が命中した事を確認すると歓喜の声が湧き上がった。乗組員が叫び回る中、杉内と桐原も無言で拳を突き合わせる。まるで、やったな、と言わんばかりに。だが、勝ち誇った瞬間も夢のまた夢だった。突如、閃光の中から巨大なビーム砲が飛来し、諏訪の側面を掠めていった。掠めただけであるのにも関わらず、凄まじい振動が諏訪を襲い、再び非常事態を示す赤色灯が灯り、アラートが鳴り響く。それと同時に、掠れた声で電探士が言った。
「…敵…。超巨大戦艦の健在を…確認…。」
その言葉に全員が戦慄した。
「嘘…。嘘に決まってるわ…。クォーク振動砲の直撃を受けて生きているなんて…」
アリアは信じられないというように震えた声でそう言い、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。絶望に飲み込まれたのはアリアだけではない。小西も、阿部も、CICで勝利を確信した誰もが、何度目かわからない絶望のどん底へまた叩き落とされた。
超巨大戦艦アザゼルの艦橋内では、シュターリンがこれは愉快とばかりに不気味笑っていた。
「ハハハ!流石、超新星爆発のエネルギーに耐えられるほどの設計を施された艦だ!まさか、例の大量破壊兵器をも防ぐとは!よもやこの艦は誰にも貫けまい!この艦は最強の艦だ!」
満足気に笑うシュターリンは、完全に防衛艦隊に勝ったつもりでいた。
「さあ、貴様らの貧弱な砲でいくらでも撃ってくるがいい!その全てを、我がアザゼルが弾き返して見せよう!」
そうして再び高笑いを続けた後、勝ち誇ったような笑みを浮かべつつ、マイクを手に取り言った。
「諸君!敵の大量破壊兵器は我がアザゼルの前に無効武力となった!さぁ、今こそこの星を完全に蹂躙するのだ!かろうじて浮いている防衛艦隊も、地上からチクチクと無駄な砲撃を続けている地上砲台も、奴らの持つ兵器をことごとく破壊せよ!」
その言葉を聞いたレミレランド帝国軍全将兵は、勝利を確信し雄叫びを上げながらそれぞれの艦を操り、防衛艦隊各艦や防衛砲台に向けて狂ったように突撃を開始した。諏訪にも再び敵艦百余隻が突撃してくる。クォーク振動砲を撃った直後で碌な反撃が出来ない諏訪は、敵艦からすれば格好の的であった。敵艦はそれぞれの射程に諏訪を収めると、再び一斉攻撃を開始していった。
小西は脂汗を流しながら指示を飛ばしていた。
「機関長!メインエンジンは再起動用電源と組み合わせ、艦のエネルギー再充填に充てろ!最低でもクォークビーム砲が撃てるレベルまで回復させるんだ!補助エンジンは出力最大にしろ!メインの機動力として回避行動に専念するんだ!砲雷長!使用可能な主砲塔に実体弾を装填!エネルギーが回復するまでなんとか繋げ!航海長!味方艦との合流を急げ!」
指示を受けたそれぞれができる限りのことをする。すぐに
「補助エンジン推力最大、現空域より離脱します!」
と航海長が叫び、艦が前進を始めた。だが、メインエンジンのない現状では、精々が第一航行速度でおり、現状に最も好ましい最大戦速には程遠い。それでも、なんとかするしかなかった。
「航海長!もっと海面スレスレを飛べ!取舵30°、陸地へ舵を執れ!」
「ヨーソロー!高度ちょい下げ!取舵30°!」
「砲雷長!艦尾宇宙魚雷、コスモスパロー及び主砲で接近してくる敵艦を迎撃せよ!」
「了解!第4主砲撃ち方用意!その他各砲座照準合わせ!撃ち方始め!」
実体弾を放つ轟音が艦内に響き渡り、その直後、再び爆音が響く。放たれた主砲弾とコスモスパロー、宇宙魚雷は追撃してくる敵艦数隻に命中するも、彼らもそこまで馬鹿ではない。これまで幾度となく同じ状況を経験してきた彼らはもうこの状況の回避策を考案しており、最小限の回避でこれを突き抜けると再び諏訪の喉元に向けて突撃を再開した。思っていたより敵艦を撃ち減らせなかった事で、CICにいる誰もが焦っていた。
「機関長!まだエネルギーは回復しないの!?」
そうアリアが悲鳴に似た金切り声を上げながら尋ねるも
「ダメだ!まだ4割しか回復しきっていない!これではクォークビーム砲はおろか、最大戦速すら出せないぞ!」
という返事を受け、アリアは勢いよく自身の膝を叩いた。直後、CICを激しい衝撃が襲う。
「何事だ!」
「艦橋部分に敵弾が命中!上階艦橋発令所は壊滅状態です!」
その事を聞いて小西は畜生、と舌打ちしたがそんな事をしている暇すら彼らにはなかった。
「電探士!その他の味方艦の状況はどうなっている!?」
小西はそう尋ねたが電探士からの報告はない。小西が電探士の方をチラッと見ると、口をあんぐりと開けて呆然としていた。
「電探士!報告せよ!」
そう小西が催促すると、電探士は尋常ならざる震えの中、ポツリと言った。
「駆逐艦しまなみを含む…8隻全艦の…撃沈を確認…しました…。」
その言葉に小西は耳を疑った。いや、小西だけではない。アリアも、阿部も、航海長も、通信士も、機関長も、CICにいた全員が耳を疑った。
「ちょっと、何かの冗談でしょう?さっきの被弾で電探が壊れてしまったんじゃないの?」
アリアがそうおずおずと言うが電探士は目の前にある画面をメインパネルに投影し直して言った。
「この…画面を…見てください。」
その画面は、小西たちに現実を否が応でも突きつける結果となった。画面には防衛艦隊各艦の状況が記されていた。諏訪、ジュレーゼン、ティーティス、羽黒、青葉…と防衛艦隊の名前が一覧で表示され、名前の上には大体の艦の形の絵柄が描かれていた。諏訪の絵柄は黄色で囲まれ、真ん中に大きく「half-damage」と書かれていた。half-damage、つまり中破は、戦闘能力を「ほぼ」失っている状態である。戦おうと思えば戦えるものの、無理をすればかなりの確率で撃沈されてしまう、それ程の損害。一方諏訪以外の全ての艦は名前と絵柄が赤く染まっており、それぞれの艦のところにはこう書いてあった。「No-signal」と。No-signalという事はつまり敵味方識別信号を受け取れないということである。防衛艦隊を創る際、小西は当然航宙自衛隊を参考にした。航宙自衛隊では、レーダーがやられても敵味方の識別が出来るようにするため、敵味方識別信号受信装置と発進装置はレーダーとは別の、ほとんど被弾しないような場所に設置されており、それは防衛艦隊も同じであった。そして、先程の被弾でレーダーこそ一部損害を受けたものの、敵味方識別信号受信装置は、未だに健在である。つまり、信号を受け取れないと言うことはこちら側の故障ではなく、向こう側の故障、すなわち撃沈された事を表していた。小西は
「…一応確認だ。しまなみと回線を繋いでくれ。」
と祈るように言った。敵味方識別信号受信装置は、撃沈されない限り壊れないことは知っているがそれでも何かの偶然で8隻とも壊れていて、全艦健在であってくれと小西や、それ以外の誰もがそう願った。どが、現実は残酷で、通信機から流れてくるのは永遠にノイズ音だけだった。防衛艦隊は、事実上ここに壊滅したのである。
ここで、一度時間は諏訪が自由落下を始めた直後まで巻き戻る。諏訪から一時の艦隊指揮を任された杉内は、なんとかこの包囲網から逃れようと四苦八苦していた。先程、小西からの応答に応じなかった2隻…駆逐艦オズヴァルドと重巡洋艦ジュレーゼンが撃沈されたとの報告があり、いよいよ次は我が身だ、なんとか早く抜け出さなければと焦っていた。どこかに抜け道はないのか…そう思いながら電探士のレーダーを覗き込んでいた際、杉内はあることに気がついた。諏訪が元々包囲されていたあたりに、敵艦が殆ど居ないのである。杉内は不審がったが、包囲していた全艦が諏訪を追撃して行ったのだと考えれば合点がいくと考え、全艦に連絡する。
「防衛艦隊残存艦の諸君!聞こえるか!俺は、防衛艦隊の一時的な指揮を任された杉内はだ!現在、本艦前方2時の方向に敵艦隊の空白地帯がある!あそこまで行ければこの包囲下から抜け出せるに違いない!全艦、俺に続け!」
そう言った後
「桐原!取舵15°、空白地帯へ向けて突撃せよ!」
と桐原に指示、桐原は大きく頷き、空白地帯へ向けて舵を切った。先程戦列から離れかけていた羽黒もなんとか戦列に復帰し、杉内はなんとかしてでも全艦を無事に包囲下より脱出させると決意していた。そしてしまなみは遂に空白地帯に到達、後一息だと言わんばかりに拳を握り固めた、その時。不意に目の前からビーム砲が飛んできた。杉内は、ギョッとしてその場でよろめいた。
「一体…。一体なぜだ!」
そう杉内は絶叫した。杉内が何にここまで驚いたのか、それはビーム砲が飛んできたこと…ではない。空白地帯の先にも数隻の敵艦はいた事は杉内も知っていた為、多少の砲火は覚悟していた。だが、いざ空白地帯へ突入してみると、待っていたのは地獄のようなビーム砲の嵐だった。空白地帯は、敵艦隊の策略として作られたものであり、防衛艦隊のレーダーに映っていた艦影は全て、欺瞞だったのだ。敵艦は、レーダーが障害物に跳ね返ってきた電波をキャッチして敵の位置を探るというシステムである事を理解しており、あたかも空白地帯の先に数隻の艦艇しか見えないようにしていた。数隻の大型艦が多数の小型艦のレーダーの盾となり、レーダーの電波が小型艦に当たらないようにし、それによって小型艦がレーダーに映らないように隠していただけであったのだ。…要するに、杉内は敵の更なる包囲網に飛び込んでしまい、まんまと敵の策略に引っかかってしまったのである。杉内は、小西から託された艦隊を敵の包囲下から逃す事ができず、あろうことか艦隊を敵の更なる包囲下に運んできてしまった、その事が悔しくて悔しくて膝をガックリとついて項垂れてしまった。だが、ある者がその肩を優しく叩いた。杉内が恐る恐る顔を上げると、そこには桐原が操舵輪片手に杉内を励ましていた。
「杉内、別にお前1人が背負い込む事じゃない。俺だってあの空間を通れば包囲から逃げられると思っていた。みんなそうだ。だからお前のその命令に具申しなかったし、素直についてきたんだ。別に、お前だけが悪いわけじゃない。だから、大丈夫だ。責任は、俺達で取ればいい。」
その言葉に杉内はさらに涙が溢れそうになるが、それを必死に堪えて周りを見ると、全員が桐原の言葉に同調せんと大きく頷いていた。杉内は目に溜まった涙拭い命令を下す。
「全艦に告ぐ。本艦が囮になる間に全艦現空域より離脱、旗艦諏訪との合流を果たせ。以上だ。」
そう言うと桐原は
「面舵一杯、上昇角85°、垂直上昇!」
と叫び、操舵輪をめいいっぱい回したかと思うと、それを一気に引き上げた。艦隊からいきなり離脱し、急上昇していくしまなみの様子に敵艦の大多数が釘付けにされた。そしてその間に青葉を先頭にさらに数が少なくなった防衛艦隊が一気に加速度を上げ、離脱を試み始めた。幾つかの艦はそれに気づいていたが、垂直上昇した艦がこれまで彼らを苦しめてきたディ・イエデの象徴、「駆逐艦しまなみ」だということに気付き、なんとかしてあの艦を撃破しようとほぼ全ての艦がしまなみに喰らい付いて行った。
しまなみCICでは、桐原が興奮気味に言った。
「うおっ、大量だ大量だ。今までここまで敵が釘付けになった事ねぇぞ!俺達人気者だなぁ!」
そう言いつつもしっかりと操舵輪を回し、巧みに回避行動をとる。そんな桐原を見ながら杉内は頼もしいな、そう思いつつ
「使用可能な砲門で迎撃!撃ち方始め!」
と命令した。数少ない主砲、VLS、宇宙魚雷発射管が動き出し、追撃してくる間に向けて攻撃を開始する。だが、流石にこの艦だけでこの数は撃破できない。いつまで耐えれるか…。そう思いつつ迎撃を続ける。しばらくして、限界も近づいてきたある時。外を映していたモニターが真っ白に染まった。
「何事!?」
と杉内が聞くと、電探士が興奮気味に答えた。
「諏訪がクォーク振動砲を発射!見事敵超巨大戦艦に命中しました!現在、敵超巨大戦艦の損害を確認していますが、クォーク振動砲の直撃ならまず間違いなく撃破できたでしょう!」
杉内は、その知らせに飛びついた。
「本当か!?それは!」
「はい!たった今、諏訪のクォーク振動砲発射信号を確認したので!」
諏訪が、小西司令が遂にやってくれた…この戦いに、勝った…!そう思ったのも束の間、閃光が開けてみると、敵超巨大戦艦はほぼ無傷であった。杉内らは、その様子を見て戦慄した。
「…まさか…そんな…クォーク振動砲の直撃で沈まないなんて…。」
全員が心を沈めていたその時、眼下が、再び閃光で染まった。
「今度は何事だ!?」
杉内はもう悪い知らせはやめてくれ。きっと残存する重巡洋艦2隻がクォーク振動砲を追加で放ったのだろう。そう思いたかったが、現実は違った。
「敵超巨大戦艦からの発砲を確認…。重巡洋艦青葉、羽黒、駆逐艦神風、夕凪との通信、途絶…。おそらく、敵の砲撃に巻き込まれたものかと思われます…。」
杉内は、何も考えられなかった。重苦しい空気がCICを支配する。そして再び、敵超巨大戦艦の主砲が今度は諏訪に向けて放たれた。
「諏訪に向けての敵超巨大戦艦の発砲を確認…。諏訪はかろうじて浮いているもののこれまでの被弾と今の砲撃により被害は甚大、です…。」
電探士がポツリと報告したが杉内にはそれが頭に入ってくるほどの余裕もなかった。杉内はしばらく固まった後、瞼を固く閉じて言った。
「…とにかく諏訪と合流するんだ…。艦首を敵超巨大戦艦に向けろ。超高速で航行すれば超巨大戦艦からの砲撃に被弾する心配は殆どない。諏訪は超巨大戦艦を挟んでほぼ反対側にいるから、おそらく最短距離でかつ1番安全に合流できる方法だろう…。…桐原、行けるか。」
そう言うと
「行けるか、じゃなくて行け、だろ!いいよ、行ってやるよ!」
そう言い、ただでさえ限界を迎えている機関を最大出力にし、超巨大戦艦に向けて突撃を開始した。急な突撃に敵艦のほぼ全てが対応できていなかったが、それも束の間、すぐに砲撃がしまなみを襲う。桐原は必死に回避行動をとりつつ突撃を続けたが、流石のこの砲火の前では数発の被弾を許してしまい、艦が大きく揺れる。杉内は必死に操艦する桐原を横目に、西村機関長に言った。
「西村機関長、おそらくこの限界を超えた出力最大で機関に異常が出るはずです。しかし、戦闘の最中機関が故障して戦えなくなってしまったら、それはもう沈んだのと同じです。ですから、機関長は今から機関室まで降りて、機関長直々に機関の面倒を診ていただけますか。」
そう言うと西村機関長は大きく頷いて
「あいわかった。機関の面倒は、任せなさい。その代わり、その後のことは頼んだよ。」
と言い、走ってCICから出て行った。その言葉に杉内は
「任せてください…。」
と、そう言葉を溢し、再びモニターを睨みつけた。現在、しまなみはまだ敵艦隊の包囲網の中を爆進しており中間地点とも言うべき超巨大戦艦までは今しばらくある。だが、桐原が操艦している間杉内は何もすることはなく、ただただ祈り続けるしか無かった。祈られた杉内は脂汗を滲ませながら必死の回避行動を続ける。操舵輪を右に左に回し間一髪での神回避を連発する。何発もしまなみの装甲板を敵のビーム砲が掠めていったが、杉内は恐れることなく進路を超巨大戦艦に向け続けた。やがてもう間も無く超巨大戦艦の眼と鼻の先にたどり着き諏訪との合流が果たせる、そう思った時だった。
大きな衝撃が、連続してしまなみを襲った。立っていた杉内はその衝撃に耐えられず、壁に打ちつけられてしまう。その直後、CIC内に爆炎が迸った。杉内は突然の爆炎に視界を奪われ、打ちつけられた背中の痛みを堪えつつ杉内は呻きながら
「損傷報告!」
と言った。だが、返事は返ってこない。
「損傷報告!早くしろ!」
と言ったが、やはり何も返ってこない。ともかく現状を確認せねば、と杉内は必死に視界を確保しようと目をこじ開ける。すると、目の前には地獄の惨状が広がっていた。コンソールやモニターは燃え上がり、見知った顔が床に倒れている。杉内は、その中の一人一人に駆け寄る。
「おい!しっかりしろ!」
だが、誰一人として返事は返さず、連続した爆発音だけがしまなみCICに響き渡っていた。杉内はふと顔を上げた。すると、視界に入ってきたのは、血の海に倒れ込んだ桐原だった。
「おい!桐原!しっかりしろよ!」
杉内は桐原の元にも駆け寄り、必死に肩を叩いて起こそうとする。だが、桐原の胸には深々とモニターの破片が突き刺さっており、どこからどう見ても助からないことは明白だった。それでも杉内は何度も何度も桐原の名前を呼び続ける。そんな呼びかけが通じたのか、桐原は苦しそうな呻き声をあげながら
「杉内…。お前は…よくやったよ…。気にすんな…。この国のことを…後は…頼むぜ…。」
と言い、桐原の手は力無く地面に落ちた。杉内は桐原の亡骸をそっと地に置き、生き残ったモニターに目を向けた。艦の被害は深刻だが、まだいける。杉内は艦長席の予備操舵装置を手に取り、必死の操艦を始めた。だが、熟練航海長の桐原でも無理だった回避行動を、砲雷長の杉内ができるはずもなかった。すぐにまた大きな衝撃がしまなみを襲い、また杉内は壁に打ち付けられる。それでも杉内はよろめきながら立ち上がり操舵輪を握る。しかし、艦は一向に曲がる気配がなかった。杉内が混乱していると、ある通信が入る。
「機関室に被弾!死傷者多数!機関圧力調整装置その他大破!操舵不能です!」
その言葉に杉内は言葉を失ったが、直ぐにマイクを手に取り、機関長に呼びかける。
「機関長!西村機関長!大丈夫ですか!」
だが、向こうからは爆発音以外何も返ってこない。
「機関長!」
再び杉内が呼びかけると、呻くような声と共に、機関長の声が聞こえた。
「機関制御不能…機関暴走中なれど…暴発の危険性…なし…!」
そう言い終わると何かが地面に倒れるような音がし、直後マイクの奥の方から機関長、機関長!という声が聞こえた。まさか…。そう思っていると再びマイクから声が聞こえた。
「こちら機関室!西村機関長、戦死ッ…!」
その直後、マイクから大きな爆発音が聞こえ、機関室からの通信は途絶した。
その後杉内は全てを察すると拳を握り締め言った。
「総員に告ぐ!本艦はこれより超巨大戦艦に向けて文字通りの突撃を開始する!使えるものは全てばら撒け!撃ち方始め!」
そう言うとしまなみの使える全ての武装が解放され、一気にそれぞれの目標に向けて飛んでいった。超巨大戦艦にも命中したものもあるが、やはりびくともしない。それでもしまなみは諦めず攻撃を続行した。この一撃がこの艦を撃破する希望になると、そう信じて。しまなみはその後も杉内の決死の操艦でなんとか爆沈を避けながら超巨大戦艦へ肉薄し、やがて超巨大戦艦の装甲板が一つ一つ見えるような距離になった時、杉内は目を閉じてある人に思いを馳せ。
マリア…。すまない。あの日、あれだけ君のところに帰ってくると約束したのに。あれだけ帰ってきて結婚すると言ったのに、結局俺が先に逝ってしまうみたいだ。本当に、ごめん。これがフラグってやつなのかな。本当に申し訳ない。でも、愛してる。だからこそ、強く生きてほしい。そう思いつつ、杉内はマリアの顔を思い浮かべた。いつも、杉内の側で優しく笑いかけてくれたマリアの姿が次々と杉内の頭の中に出てきては消えていく。
走馬灯を流し見た杉内の頬を涙が一筋伝い、それが地面に落ちた。直後超巨大戦艦としまなみが接触、大爆発があたりに轟いた。
同じ頃、王宮の調理場で料理をしていたマリアは不意に皿を落としてしまった。ガチャン、と言う音ともに一際大きな爆発音が聞こえ、マリアは全てを察した。
「…そう…。貴方も、やっぱり死んでしまったのね…。私を置いて。」
そう呟くとゆっくりとした手つきで割れた皿の始末を始めた。目頭に大量の涙を溜めたまま。
第九章 結末
諏訪は、追撃してくる敵艦を撃破しながら防衛砲台に向けて爆進していた。防衛艦隊が壊滅した以上、正式な防衛軍は後防衛砲台だけであるのだが、先程から通信が途絶したままであった。小西は、最悪の事態を想定しつつも確認のため防衛砲台の元へ急ぐ。やがて、水平線の先に黒い影が見えてきた。防衛砲台である。だが、小西は水平線の先の防衛砲台を見た瞬間、全てを察した。砲台の全てから黒い煙を吹き出し、砲身があらぬ方向へ曲がっている。また、指揮所も完全に破壊されており、遠目から見ても生存者がいない事は明らかであった。ああ、遂に防衛軍はこの艦以外全て壊滅してしまったのだな、と小西は全てを察した。かくいう諏訪ももはや中破を通り越して大破レベルの損害にまで達しており、使える武装も後片手に収まる程しか無かった。後は、この艦も撃沈されるのを待つだけ…。そう思っていたのだが通信士から驚きの報告が入った。
「て、敵超巨大戦艦より通信!」
その知らせを聞いて、その場の全員が驚愕したが小西だけは冷静に
「メインパネルに投影しろ。」
と言い、通信に応じる構えを見せた。直ぐに、画面が切り替わり、目の前に大柄な男が映し出された。小西と男は数秒間睨み合っていたがやがて男が話し出した。
「吾輩はレミレランド帝国第45代皇帝、アルフレッド・シュターリンである。貴官の名は。」
その問いに小西は
「私は防衛艦隊司令長官兼艦隊旗艦諏訪艦長、小西慶太だ。」
と潔く答えた。そして再び沈黙。だが、次にその沈黙を破ったのは小西だった。
「貴方でしたか、我が母星にここまで破壊の限りを尽くさんとしたのは。」
その言葉にシュターリンは首を傾げ
「はて、小西司令。貴方はこの星、ディ・イエデで生まれたのでしたかな。」
と言った。まるで全てを見透かされたような目でシュターリンは小西を見る。その目線に小西は圧倒された。シュターリンは続ける。
「…貴方は、確か地球とかいう星の生まれでは無かったのですかな?」
その言葉に小西は驚いて立ち上がる。
「何故だ!なぜ貴官が地球を知っている!?」
「まぁそう驚きなさんな。」
驚愕の色を浮かべる小西をシュターリンは宥める。
「別にこの星の後は地球を…。とかを考えている訳じゃあない。だが、お前さんも気の毒だと思ってのぉ。」
「気の毒…?」
小西はシュターリンの意味ありげな言葉に首を傾げた。
「おや、もしかして未だにこの星に来たのはただのワープミスだと思っておるのか?」
何故この男が我々がワープミスでここに来たのかを知っているのか疑問に思ったが、それ以上に小西はシュターリンの言葉の真意が知りたかった。
「シュターリン皇帝閣下、我々がこの星に来たのはワープ事故、それ以上でもそれ以下でもありません。一体、貴官は何のことを言っておられるのですか?」
そう小西が問うとシュターリンは驚くほどあっさりと答えを渡した。
「決まっておるだろう、その星の王族に古より伝わる儀式、勇者召喚の儀で呼び出されたのじゃよ。」
その言葉に小西は唖然とした。だが、小西たちはアリア達と接触した時、勇者召喚の儀にまつわる話と確か壊れた魔法陣を確かに見せてもらった筈だ。それなのに…。と、そこまで考えて小西は遂に気づいた。
「まさか…見せられた魔法陣は勇者召喚には関係のなかったもの…?」
そう小西が呟くと
「お主が何を見せられたのかは知らんが、確かにその国にはまだ勇者召喚の魔法陣が残っておるぞ。おそらく、遥か昔に来た勇者が壊した魔法陣もまた、勇者召喚とは関係のなかった物なんじゃな。」
と言った。その言葉にアリアは
「貴方…!一体どこまで…!」
と声を荒げたが、シュターリンはそれを無視して言った。
「そんな哀れな地球人よ、小西と言ったか。吾輩と一緒に来ないか。吾輩は君のような人のために命をかけれる人が欲しかったのだよ。我が国の軍人は大半が私利私欲の為に行動していて、殆ど使い物にならない。だご、君のような人は違う。きっと、これから優秀な司令官になる器を持っとる。どうだ、吾輩の元へ来ないか。」
その言葉を聞いた瞬間、アリアが攻撃型魔法陣を展開し、小西に向けた。魔法陣は不気味な音を立てながらその場に浮遊し、アリアの腕を中心に回り始めた。
「小西、分かってるわよね。ここで向こうに靡いたらどうなるのか。」
その言葉を聞くや否や阿部がホルスターから拳銃を抜き出し、アリアに向けた。
「アリア!魔法陣を降ろせ!さもなくば引き金を引く!」
一瞬にしてCICは地獄の様相と化し、小西たちが長い時間をかけて紡ぎ上げてきた信頼も、何もかもが崩れ去った。だが、小西はそんなものどうでもいいと言わんばかりにマリアを横目で見た後、言った。
「シュターリン皇帝閣下、申し出は誠にありがたい。だが、私はこの国の為に戦っているのではない。この国の国民を守る為に戦っているんだ。そこに、この国の政治形態や女王が隠していた秘密や、人柄も何も関係はない。」
そう言うとシュターリンは驚いて言った。
「これはこれは。どこまでも誠実な人なのだな。これが『日本国航宙自衛隊魂』か。よく覚えておこう。」
こいつ、航宙自衛隊まで知っているのか…と小西は嘆息したが今更どうしようもない。しばらく沈黙が続いた後、シュターリンは言った。
「小西司令がこちらに来ないのであれば、我々はこの星の完全な無条件降伏を望む。諸君らも死ぬまで戦いたいのだろう?その願い、受け取った。しかと付き合ってやろう。だが、その前にその艦では最早何もできまい。乗組員を地上に下ろす時間をやろう。乗組員全員がその艦から離艦して地上に降り立った時、吾輩らは再び攻撃を開始する。それまでは休戦としてやる。どうだ?悪い条件ではないだろうが。」
その言葉に小西は不信感を隠さなかった。
「こちらとしてもその申し出はありがたいが、それは貴方方にメリットがないのでは?メリットのない取引には裏があるものだと思うのだが。」
そう言うとシュターリンは
「メリットならある。このディ・イエデを完膚なきまでに叩き潰せるというメリットがな。」
と言った。
「その言葉、信用していいんだな?」
と小西が再び尋ねると
「無論だ。」
と端的な返答が返ってきた。小西はそれに頷くと
「わかった。では、我々が退艦するまでの10分間、休戦として頂きたい。」
と言った。シュターリンも頷き
「貴官と今度は刃を交えること、楽しみにしている。」
と言って通信が終わった。小西はふう、と息をついて一度瞼を閉じた後、言った。
「聞いた通りだ。諸君らはこれまで必死に戦ってきたが、それもここまでのようだ。ここからは地上戦が続くことが予定されるが諸君らの命が尽きるまで必死にこの国の民を護り抜いてもらいたい。」
その言葉に多くの人が涙ぐむ。かなり短い期間だったとはいえ、この艦、諏訪は乗組員全員にとって第二の家のようなものになっていた。そこから退艦するなんて考えられない。そんな顔をしているが小西は指示を続けた。
「各科長は各科の生存者を連れ内火艇へ乗れ。内火艇の操縦は航海長に任せる。阿部、技術科で内火艇の発進をサポートしてやれ。全員が乗り込んだ後、俺を待たずして内火艇は発信する事。俺は本艦に残ったもう一機の『こくちょう』に乗って退艦する。何か質問は?」
そう言って周りを見渡すが、何もない。
「では、総員、退艦準備にかかれ。」
と言った。瞬間、糸が解き放たれたかのように全員がCICから飛び出していく。小西は、モニターに10分の退艦タイマーをセット、そのカウントダウンを艦内放送で流した。
「退艦限界時間まで後9分59,58,57…」
と、無機質な機械音声が艦内に響き渡る。小西は一息ついて艦長席に腰掛けた後、言った。
「それで、君は何をしているんだ。阿部。早く技術科に指示を出して君も退艦するんだ。」
なんと、阿部は退艦準備命令が出ても尚、自らの席から動こうとしなかった。小西は、ゆっくりと話す。
「この艦から離れたくないのはわかるが、それでも君は技術科の長だ。君の指示がないと内火艇の発進支援もできないし、君を乗せないと内火艇も発進できないのだが。」
そう言うと阿部は声を震わせながら言った。
「内火艇の発進支援に関しては…もう言ってあります…。それよりも小西艦長!貴方、今からこの艦を盾にして敵の侵攻を防ぐ気でしょう!あの『あまぎ』の時のように!」
小西はその言葉に眉を顰めて言った。
「どうして、君が『あまぎ』の件を知っているのだね。君の『あまぎ』での任期と『あまぎ』爆沈の件とは全く被っていない筈だが。」
その言葉に阿部は声を荒げて言った。
「それは、司令部の偽装です!」
阿部は言葉を続ける。
「俺は、あの時もこうして『あまぎ』艦長の大石艦長から退艦の訓示を受けていました!迫り来る隕石を迎撃する為に、クォーク振動砲を自動で撃つが、その後の隕石の破片の回避行動は取れないからこの艦は危ない。だから総員退艦せよ、と。だけど、みんな分かっていたんです!大石艦長自らが『あまぎ』に残って、自らの命と引き換えに隕石を迎撃するって!だから、俺は止めたんです!俺以外の艦橋乗組員も!でも、大石艦長は聞き入れてくれず、『あまぎ』は迎撃した隕石の破片に当たって爆沈してしまいました!大石艦長を『あまぎ』に乗せたまま!それと同じことが今起こっているんです!止めないわけがないではないですか!あの時だってもっと引き留めておけばよかったと全員が後悔したんですから!」
阿部が泣き叫ぶ声がCICに響いた。2人は何も言葉を発さず、ただカウントダウンの音だけが響いてた。やがて、小西は口を開く。
「…君が…大石教官…、いや、大石艦長と同じ艦で、大石艦長を止めようとしてくれていたこと、そして今、その後悔を生かして俺を必死に引き留めている事、俺はとても嬉しく思う。でも、だめだなんだ。シュターリン閣下は多分、10分経った後は超巨大戦艦の砲撃でこの国を焼け野原にする気だ。奴は、おそらく…と言うか、間違いなく地上戦に持ち込む気はない。遠距離から一方的に殺戮を行い、この国の人を殺しまくるだろう。それだけは、許しておけない。」
「だったら、その役は俺が!」
そう阿部が言うも
「駄目だ。」
と小西は一蹴した。阿部は小さく何故…。と呟く。それが聞こえたのか、小西優しく語りかけ始めた。
「俺は、君以外のしまなみ乗組員を全員殺してしまったと言っても過言では無いんだよ。あの時、敵艦隊がこの星を攻撃している映像を見た時、自分の感情だけに従って理性で行動していなかったんじゃ無いかって今になって思うんだ。俺は、あの映像を見た時、怒りに震えた。なんて酷い事をするんだ、と。だから、俺は投票を開催することにした。この艦の人間は、きっとあの映像を見て俺と同じように怒りに震え、俺と同じようにあの国に救いの手を差し伸べるだろうって言う確信があったから、あの投票はもはや形式的な物だったのかもしれない。俺は投票を始めた時、心の奥底では、圧倒的優勢で助けに行く側が勝つだろうと思っていた。だけど、結果は君も知っているように、非常に僅差だった。確か、一票やそこらで決まった気もする。その結果を見た時、内心驚いた。いくら全乗組員の3分の2で救援を決定するとは言っても、この僅差になるとは思いもしなかった。だけど一応、投票結果は俺の想像通り、救援派が勝ったから、俺は艦をこの国の方角へ向けてしまったんだ。戦争にどちらが正しいとかがあるわけないのに、どちらの行いが正しいなんて決めることはできないのに、ただ局所的なシーンのみを切り取って。それでこの国の助けに向かって、結果的に君以外の乗組員を死なせてしまった。俺はあの時、乗組員がこの国の救援を嘆願してきたとしても、蹴らなきゃいけなかったんだ。この艦の乗組員のことを考えればそれが最善策だった。だが、俺の身勝手な主観で乗組員を殺してしまい、さらに護るはずの国民すら護れず、殺されている…。俺は、守るべき至上命題が何かすらよく分かんなくなりつつも何か漠然とこの行動が正しい、この行動を取ることこそが命題の証明に繋がると思い込んでただよくわからない道を突き進んでいただけだったんだ。俺はその責任を取ると同時に、唯一俺が明確にしてきた至上命題であるこの国の国民を守る事を達成しなければならないんだ。阿部、どうか分かってくれ…。」
阿部は、静かに小西の話を聞いていた。小西の話し方からはこの国を護ろうという使命感よりも、死んで詫びたいと言った気持ちや、楽になりたいと言ったような思いが滲み出ていた。阿部は、死んでも何も責任は取れない、そう言おうと思ったが、小西の全てを悟ったような、澄ました顔の前にそんな酷なことは言えなかった。阿部は、ゆっくりと後ろに5歩下がると、これまでで1番、と言うくらいの誠意のこもった敬礼を小西にした。小西もその気持ちに応え、答礼をする。2人の視線が交錯し合い、小西が言葉では伝えきれなかった事が阿部の中に流れ込んできた気がした。やがて、阿部は敬礼をした手をゆっくりと下ろすと、CICの出口に向けて歩き始めた。小西はそれを横目で見送ろうとするが、ふとある事を思い出し、阿部を呼び止めた。
「阿部、少し待ってくれ。」
阿部は涙を堪えて真っ赤になった目を隠すようにしながら小西の方を見る。小西は何やら艦長席にあるタブレットをいじっていた。やがて、大きな音と共にタブレットが取り外される。小西は取り外したタブレットを阿部に差し出した。
「これを、貰っていってくれ。」
阿部は言葉の真相がわからず困惑する。小西は言葉を続けた。
「この中には、この世界に来て起こった事の真実が全て書かれている。俺の見てきた事実、その全てがここに詰まっているんだ。」
そう言うと阿部はそのタブレットに目を落とした。小西はそのまま言葉を続ける。
「阿部宙尉、君に最後の命令を与える。」
そう言うと阿部はできる限り姿勢を正し、敬礼をして命令を待った。
「ここに書いてある真実を、できるだけ多くの人に語ってくれ。本にしても構わないが、それはおそらくアリアに差し止められるだろう。だから口で伝えていってくれ。この国がこの戦争で犯した過ちと、その真実について多くの人に語る、それが君に課す最後で永遠の命令だ。分かったな。」
阿部は小西の言葉に無言で頷いた。目からは大粒の涙が零れ落ち、阿部の視界は歪みに歪んでいた。小西はそんな阿部を抱き締めると、耳元で言った。
「『こくちょう』が格納庫で待機している。俺の代わりに、それに乗っていってくれ。そして、出来るだけアリア達から離れて着陸し、行方をくらませ。奴らは、お前を血眼で探しに来るだろうからな。」
その言葉に阿部は頷いた。それを確認した小西は肩を叩いて
「さあ、行け!」
と言った。今度こそ阿部はCICの出入り口へ向かい、そして小さく
「お元気で。」
と言って去っていった。小西は誰もいなくなったCICで
「馬鹿野郎、お元気で、はお前だよ。」
と呟いた。
「小西司令からの全乗組員収容の報告、確認しました。内火艇、発進します。」
航海長がそう言ってスロットルレバーを上げると2基のエンジンが勢いよく火を吹き、諏訪から離れていった。そして小西ではなく阿部を乗せた『こくちょう』も、エンジン推力を上げると、諏訪から発艦し、そのままどこかへと消えていった。
小西はCICを出て、破壊された艦橋に来ていた。前の方の席は全く使い物にならなくなっていたが、最奥にある艦長席は全く無傷で残っていた。小西は、座席に溜まったガラス片を払うと、ゆっくりと艦長席に腰掛けた。目の前には、超巨大戦艦が見える。退艦アナウンスが
「後残り3分です。」
との音を発した事を確認すると小西は大声で発した。
「クォーク振動砲、発射準備。」
誰もいない艦橋に小西の声が響き渡る。
「艦首クォーク振動砲、発射用意。機関エネルギー充填始め。クォークタービンディスコネクト、全エネルギー、クォーク振動砲へ。」
最早クォーク振動砲発射のアラートすら鳴らない艦内は、非常に寂しいものだった。
「再起動電源、クォーク振動砲へ。全エネルギーをクォーク振動砲へ集約。…現在、機関圧力上昇中。エネルギー伝動管、解放。」
艦橋内には、小西の操作する音だけが響いていた。
「非常弁、全閉鎖。強制注入機作動。…作動を確認。薬室内、クォークエネルギー圧力上昇中。86…97…100。エネルギー充填120%。薬室閉鎖弁、全開放。被弾箇所は隔壁を閉鎖。内郭魔導艦体防壁、最大出力で展開。」
小西は、クォーク振動砲の薬室の弁を全て開き、艦内にクォーク粒子を流れ込ませた。小西は、この戦艦諏訪そのものを巨大なクォーク振動砲の薬室として使うつもりだった。それによって発射されるクォーク振動砲は、通常のクォーク振動砲の何千、いや、何万倍の威力となる。それだけの威力の元となるクォーク粒子を抑え込むため、本来脱出船だった部分の内郭に刻まれた魔導艦体防壁の文字盤に魔力を流し込み、艦が充填中に暴発しないようにする。薬室閉鎖弁が解放された事で、エネルギー充填率は120%を越え始めていた。
「エネルギー充填率180…190…なおも増大中…。」
小西は目の前の計器に書かれた充填率を読み上げ、もう間も無くだと、腹を括った。その時
「退艦時間10分が終了しました。」
と言う無情な放送が小西の耳に届いた。瞬間、敵艦隊が前進してきた事が小西の間にも分かった。ただでさえ巨大な超巨大戦艦がさらに大きくなってくる。だが、小西は焦らない。
「エネルギー充填、240%。耐圧予想限界値に到達、安全装置解除。…安全装置解除確認。クォーク振動砲発射シークエンス、正常に作動中。………照準合わせ。スペースサイト、オープン。コスモスクリーン、透明度23。クォーク振動砲発射トリガー、展開。目標、敵超巨大戦艦主砲塔砲口。誤差修正0.25。照準固定。」
照準が固定され、照準器の真ん中に超巨大戦艦の900mもある砲口が映し出される。同時に、艦長席に格納されていた拳銃の形をしたクォーク振動砲発射トリガーが出てきて、小西はそれをしっかりと握った。全てのシーケンスが正常に進み、ついにクォーク振動砲発射の瞬間が来た。小西はゴーグルをつける事なくそのまま裸眼で照準を続け、しっかりとトリガーに指をかけ、やがて。
「発射5秒前。5,4,3,2,1…」
カウントが0になり、引き金を引こうとしたその時、小西の手を金色の手が包んだ。小西は驚いて上を見上げた。するとそこには大石教官がいた。よく頑張った、そう言わんばかりの顔で見てくる大石教官の顔を見た小西は涙を浮かべながら大声で、しっかりとした声で、叫んだ。
「クォーク振動砲、発射!!!!」
瞬間、艦内で行き場を失っており、エネルギーを限界まで溜め込んだクォーク粒子が、これまでにないほどの勢いで砲口から発射された。
内火艇の艇内では、どよめきが起きていた。無人だと思っていた諏訪から突如クォーク振動砲が放たれ、それが超巨大戦艦へ向かっていった。、それだけならまだしも、その数秒後、目の前で大きな爆発が起き、激しい閃光が内火艇を襲った。航海長は、爆風に内火艇があおられる中、なんとかして姿勢を保とうと悪戦苦闘していた。内火艇は激しい揺れに見舞われ、さらに煙で一寸先も見えなくなってしまう。誰もが状況を把握できなくなり、全員が混乱に陥る。
「一体何が起きていると言うの!?」
アリアはそう叫び、誰かに答えを求めたが当然誰も答えを持ちわせているわけもなくただただ呆然と目の前の爆煙の嵐を睨みつけることしかできなかった。嵐は、荒れ狂い、内火艇を激しく揺さぶる。しかし、そんなことを気にする事なく全員が目の前の事象に釘付けになっていた。
それからどれくらい経ったのだろうか。徐々に煙が開け、視界が回復してくると…。
そこには、「何もなかった。」
敵艦隊も、超巨大戦艦も、戦艦諏訪も、全てがいなくなっており、目の前にはただの虚空が広がっていた。
「一体、何が…。」
そうアリアが再び尋ねても当然周りも何もわからず、真相は闇の中に葬られた。…だが、もしかしたら彼らは気づいていたのかもしれない。小西が中に残って敵を殲滅してくれた事を。そうでなければ、内火艇の中が泣き声で溢れかえることなんて無いのだから。
ディ・イエデのある海上にて、一隻の戦艦が浮かんでいた。その艦の周りには多くの瓦礫が散乱しており、それがその艦のものなのかは全くわからなかった。
艦は大きく傷ついており、艦側面には大きな穴がいくつも開き、艦体にはたくさんのひび割れが走っている。艦体にくっついている主砲塔も、全て破壊され、天板が吹き飛んでいる砲塔や、そもそも砲塔が吹き飛んでいたり、砲身が折れたり曲がったりしていた。しかしそれでも尚これほどの損害を受けても尚浮かんでいることは奇跡に近かった。
艦の最上階にある艦橋では、1人の男が引き金を握り締めたまま、静かに息を引き取っていた。体は爆風で至る所が傷ついており、トリガーを引いた指からは骨が覗いていた。しかし、男の顔は非常に安らかであり、全てをやり切ったような、もしくはこの世の苦しい事から全て解放されたような、そんな顔をしていた。
しばらくして、風が吹いたのかやや大きな波が艦を襲った。その衝撃で艦が揺れる。すると、トリガーを引いていた男の手がはらりとトリガーから剥がれ落ちた。
瞬間、艦が大きく揺れ、艦首を上にして倒立を始め、同時に艦尾方向から沈降を始めた。艦は上を向きながら沈みだし、艦尾にあった様々なものを海の中に取り込んでゆく。艦が上を向いて沈んでいくにつれ、遠くの山からこぼれ出た太陽が再び海を照らし始めた。
やがて、艦がまっすぐ上を向いた時、一瞬だけ、沈降が止まった。砲口を真上に向けたその姿は、防衛艦隊旗艦を務めた艦として沈んでも尚この国を守り続けるという意思の表れのように見えた。
やがて、艦は大きな咆哮をあげたかと思うと、再び沈み出し艦の全てが無限に思われる海の暗闇の中に吸い込まれていった。
誰からの惜別もないまま。
エピローグ
「…これが、この星で起こった、本当の話なのじゃよ。」
そう言い、話をしていた老人はふぅ、と一息ついた。彼の周りには多くの子どもたちが群がって話を聞いている。
「でも、おじちゃん。歴史の授業だと、アリア女王陛下が敵艦隊を滅ぼしたって書いてあったよ。そんな、奴隷身分を働かせたとか、小西司令とかいう人なんて出てこなかったよ。」
そう1人の女の子が老人に向かって質問を投げかけた。老人はそうかい、と呟いて言った。
「それはの、学校で習う歴史だけが本当に正しいとは限らないからなんじゃよ。歴史は、書く人によって様々な情報が抜かれて、人によって様々な解釈があるからのぉ。悲しいかな、その国にとって不利益な歴史は闇に葬り去る、これがこの世の常じゃ。言い方はちと悪いがのぉ。じゃが、ワシらが見て、経験あの戦いは実際に起こっておったし、そこでこの国がやってはならんことをやっていたのもまた事実。小西司令が居なければこの星を守る事はできなかった、ワシは今でもそう思っとるよ。」
そういうと子どもたちはお互いに顔を見合わせて口々によく分からない、と言った。老人はその声に笑いつつ、言った。
「ま、一つ言える事は、当時この星では『しまなみ』が希望の体現者であり、そして今ではそんな事実など無かったというということになっとる。希望、というのは紙一重、と言うことじゃな。」
そう言うと老人は腰掛けていた岩から立ち上がり、杖をつきながら歩き出し
「今日の話はここまでじゃ。またいつかのぉ。」
と言いながら去って行った。子どもたちは老人の丸まった背中に思い思いの言葉を投げかける。また明日ね、また話してね、などなど。老人はその言葉を背に受けながらふらふらと手を振り、いくべき道を歩き続けた。
どのくらい進んだのだろうか、老人はふと疲れを感じ、その辺の原っぱに腰を下ろした。老人が今いるところは小高い丘になっており、遠くにある海を一望できた。そして、空に浮かぶ無数の艦艇たちも。
しまなみがここに来てクォーク機関を技術供与して以降、この国では盛んに宇宙戦闘艦が作られるようになってしまった。かつて、この国を護る為に存在していた防衛軍は、もはや名ばかりのものとなり、今では侵略の限りを尽くしているという噂も耳にした。
「情けない、これがグスタフ殿や、モンナグ殿、小西司令が築き上げた防衛軍の末路とはのぉ。これでは、まさに希望の暴走ではないか。小西司令らがこの国に与えてきた希望とは、他国を侵略するためのものだったのかのぅ…。」
そう老人は呟き、哀れみのような目で空を飛ぶ艦を見つめた。視線の先には、一際大きな艦がいた。元防衛艦隊旗艦諏訪にも似たシェルエットを持つこの艦は戦争で活躍した英雄であるアリアの名を取り、「諏訪改二型宇宙戦艦アリア・ファリア」と名付けられたそうである。老人はその艦に若き日に乗っていた『あまぎ』と『諏訪』の形を重ねた。今となっては懐かしいあの戦いも、今では忘却の彼方に忘れられ学校で教えられる歴史は戦いについてアリア女王陛下の手柄だとばかり書かれているという。あれだけ人類の希望だともてはやされたしまなみや小西の姿は、歴史の教科書の中にはほとんど無かった。
「本当に情けないのぉ。小西司令が見たら泣くぞい。」
そう愚痴をこぼしながら老人はあの時のことを再び思い出していた。
あの時…小西が引き金を引いた時、阿部の乗っていた「こくちょう」は、煙の影響を受けない位置におり、事の顛末を全て見ることができていた。諏訪から放たれたクォーク振動砲の奔流はそのまま超巨大戦艦の主砲口めがけて飛んでいき…そして、大きな閃光と共に超巨大戦艦は爆炎に包まれた。と、同時に諏訪も爆炎に包まれ、阿部の眼科は炎の嵐となった。だが、それで終わりでは無かった。超巨大戦艦の中で暴れ続けたクォーク振動砲がついに超巨大戦艦の内側から貫通し、周辺にいた艦にまで被害を及ぼし始めた。あまりに急のことでろくに対処できなかった敵艦隊は次々に飛び火してくるクォーク振動砲の支流に巻き込まれ、爆沈。それがしばらく続き、もはや阿部の視界全てが真っ赤に染まった頃、阿部は爆炎の中に超巨大戦艦を見た。至る所に穴が空いていたが、特に大きな破口は諏訪が下から放ったクォーク振動砲が命中したところと、もう一箇所、しまなみが命を賭けて体当たりした場所であった。それを見た時、阿部の目に涙が溢れた。あぁ、小西艦長。杉内、桐原、みんな。みんなのやってきたことは全て意味があったんだ。決して無駄死にじゃ無かったんだ。そう思った時、阿部をさらなる涙が襲った。阿部は、目から大量の涙を流しながら堕ちていく超巨大戦艦(堕天使)を見送った。
全てを思い返し、また目元に涙を滲ませた老人は涙を拭うと再び歩き始めた。やがて、彼はある草が生い茂ったところへ入っていった。まるである日の『こくちょう』に草が生えたかのような草の塊。一見してかなり不気味だが、老人にとってはここが1番落ち着くところだった。老人が奥へ入ってくと子供の声が聞こえ、3人の子供が老人に抱きついてくる。老人は子供の頭を撫でつつ、草の塊に視線を飛ばした。視線の先、『こくちょう』の翼に該当するような部分にはある文字が刻まれていた。
「小西艦長以下269名の魂、ここに眠り、ここに乗る。」
と。
あとがき
この度は本作を手に取ってくださり、誠にありがとうございます。
思い返せば、この物語を作ろうとしたのは2023年10月上旬ごろでありました。当時の自分は
「小説なんて1,2ヶ月あれば余裕で終わるでしょ。」
と思っていましたが、見通しが甘く終わったのは2024年の1月下旬ごろ。ほぼ4か月の月日が経過しておりました。
あぁ、予想より長くかかってしまったな…。
と、まぁそんな感じに思いながら初の小説チャレンジが終了した訳ですが正直
「初めての小説なのにこんな胸糞系(?)にするんじゃなかったなぁ…。」
と半ば後悔している訳ですが時すでに遅し。小説は完成してしまい、こうして皆様に自分の醜態を晒す結果となってしまったのです。
さて、そんな半ば後悔に終わった本作ですが、正直自分は(この話を書くなら)この結末しか無いな、と思っています。さっきと言ってる事が矛盾しているように見えますが、要はこの話は「小西君が自ら命を絶って国を守らないと成立しない」物語だったのです。
どういうことか、少し説明しようと思います。
本作を書く上で自分は一つ軸を決めました。
それは「現実世界を風刺すること。」
今我々が置かれている環境をそのまま物語上に置き換えて書いてみよう、というのが本作のテーマだった訳です。
例えば普段の生活。普段の生活では皆様の多くが何気なく生きているかと思いますし、自分もその1人です。皆社会のためにあくせく働き(とてもありがたい事ですが。)、社会の一員としてこれ以上ない程に大きな功績を上げているかと思います。
しかし一方で何のために働いているのか、何のために学んでいるのか、その理由すら熟考しないまま、ただ流されるがままに生き、その結果大きな失敗をしてしまう、そんな事もあったのではないでしょうか。そう、これはまさに、小西君と一緒です。違う点は失敗したら命を失うか、失わないか、それだけの話。そう、皆様は失敗しても命を失うことは殆どないのです。(マフィアとの対談とかはこの限りではありませんが、そんな事は普通滅多に起こりません。)しかし…。いや、だからこそ失敗をしても失うものが殆どなく、何も失敗から学ぼうとしないのではないでしょうか。そして、その積み重ねはいつか、更に大きな失敗を生みます。そうなる前にいまの皆様の現状について、今一度考えて欲しかった…。その為には一度、失敗例を見てみるしかありません。そういう意味で小西君は死ななければならなかったのです。
しかし、小西君もあれだけ失敗してもまだ挽回できるチャンスはありました。それは、周りの人を頼る事。杉内君でも、桐原君でも、あるいは西村機関長でも誰でもいいんです、誰かに今の状況が辛いと、そう吐露できていれば小西君にかかる重圧はかなり減った筈ですし、何もかも全て小西君1人で抱え込まなくても良かった筈です。
しかし、小西君はそれをしませんでした。奴隷を死ぬまで働かせていた件でアリアを糾弾する事はあっても、士気の低下を危惧して誰にも相談しませんでした。結局、それによって小西君の心労は日に日に増えていき、結局逃げるようにして自爆の道を選んでしまいました。小西君がもっと人を頼っていたら…もしかたらアリアと仲直りして戦後共に国の復興を支えた、何て未来もあったのかもしれません。
しかしそれでも、いくら追い込まれたからと言って自ら命を絶つことは断じて許されません。しかも、その事は小西自身もよくわかっていた筈です。なぜなら、モンナグが自らを犠牲に残存する防衛艦隊を逃がそうとしたときに小西君はモンナグに対してこう言っています。
「モンナグ隊長、お願いですから戦場に巣食う死に魅入られないで下さい。あなたほど戦場に慣れた人なら分かるでしょう。人は、戦場で窮地に立たされれば立たされるほど周りの人間を救う為に自らを犠牲にする人がいる事を。モンナグ隊長、貴方は今まさにその自らを犠牲にする人になっている。貴方はまだここで死んではいけない人だ。この国の人間は、貴方を必要としているのです!」
この発言をしているのにも関わらず小西君は戦場に巣食う死に魅入られ結局命を絶ってしまいました。彼が辛い立場にいた事はよく理解できます。しかし、それでも死んでしまってはどうにもならないのです。
小西君が犯した最大の失敗は、誰にも相談せず、自分だけで背負い込んでその結果勝手に自殺の道を選んだ事です。
それこそ先程書いたように誰かに相談していれば間違いなくこの事態は防げた筈。皆様は、このような過ちは犯さぬよう、よろしくお願い致しますね。
そしてもう一つ、言いたい事があります。それは、本当の悪役なんてこの世界には存在しない、という事。悪役、というのはどちらか一方から見た存在であって、悪役にもそれなりの行動をする理由があるはずだからです。
例えば最近よく見られる悪い王様が勇者を追放して…なんていう話。これも王様がただ性格が悪いから勇者を追放した、というのでは物語に深みがありません。(別につまらない訳では無いです。私の好きな物語の中にもこうしたものは沢山あるので…。)この王様が勇者を追放する、という一連の行為に…例えば王国の財政難が絡んでいたり、隣国との勢力バランスの関係上追放せざるを得なかったたり…なんていうストーリーを少し追加するだけで物語としての深みがグッと増してくるはずです。そしてそのような物語は悪役を悪役たらしめる事はなく、物語にリアリティを生み出します。
そうした物語こそが、真に深みを与えられた物語であり、今後社会に求められていく小説なのではないでしょうか。
そうした理論のもと、私は今回、主役側であるディ・イエデも、敵役であるレミレランド帝国も、悪役を明確化しないため、お互いに戦う道を選んだ理由を与え、お互いにやってはならない行為があったことを明確にしました。
その上で私は皆さんに問います。正しさとは、一体何でしょうか。小西君が感じた「正しさ」は、果たして本当に正しかったのでしょうか。もし正しくないのであればこの物語の中で何が正しかったのでしょうか。…これを私はこの物語の中で皆さんに考えて欲しかったんです。そしてそこで考えた「正しさ」は、今後皆さんの価値観を構築していく上で大きな助けとなるはずです。
さて、もう暗い話は置いておいて、今後どうしたいかを少し書いていこうかと思います。
今回初めて小説を書いてみて、意外に小説が楽しいことが分かりました。何というか、楽しいもんですね。頭に浮かんだものをそのまま文字に書き起こすって。難しいですが、その分できた時の達成感も中々病みつきになります。なのでまた時間がある時に小説、もしくはそれに準ずる何かを書いてみようかな、やってみようかな、そう思っています。
皆様も一度少しでいいので小説を書いてみませんか?意外とハマると思いますよ。
特に理系の人。自分も理系でここまで楽しめたので理系の貴方がたも楽しめるはず。一度チャレンジしてみるのもありかもしれませんよ。
さて、仮に次話を作るならどんな話にしましょうか。自分は個人的に最強が暴れ回るよりも弱い人が努力を積み重ねて地位を得ていく方が好きなタイプなので…そういう話を書くか、あるいは異世界を飛び回る蒸気機関車の話とかを書いてみるのもいいかもしれません。いずれにしてもしばらくは小説はいいかな。一年くらい休んだら次の話書こうかなと思っています。
長い話にここまで付き合ってくれた方、ありがとうございます。
今後とも良き小説ライフを送ってくださいませ。
南無阿弥高校 脚本担当 秋 未國