突如、敵駆逐艦4隻が爆沈し、落ちていく。その様子に艦橋乗組員は全員目を丸くし、小西はフッ、と息を吐きながら口角を上げた。小西らの視線の先には4隻の艦影が見える。…そう、彼らは来たのだ。この、主力戦隊の大ピンチに。
「間に合ったか。」
いつかの小西と同じような台詞を言いながら杉内は笑みを浮かべ、無言で桐原とハイタッチする。だが、喜んでいる場合ではない。
「主砲全砲門開け!撃ち方始め!」
今までの鬱憤を晴らさんとする直掩戦隊の奇襲は突撃してきた敵駆逐艦隊を大混乱に陥れる。この混乱を小西が見逃すはずがなかった。
「主力戦隊各艦、主砲統一射撃用意!主砲再装填完了次第報告!」
「青葉、装填完了!測的よし、照準よし!」
「羽黒、同様に完了!」
「ジュレーゼン、完了!」
巡洋艦からの装填完了の報告が飛び、その後すぐに
「諏訪、完了!」
アリアからの報告がCICに響く。小西はそこから一呼吸置いて叫ぶ。
「主力戦隊、統一射!撃ち方始め!」
再び主力戦隊全艦から砲弾が発射される。直掩戦隊からの攻撃で隊列が乱れた敵駆逐艦隊にとって、両方向から攻撃を喰らうことは想像できていても対処する事は困難だった。この攻撃を受けて敵駆逐艦隊は反転離脱を試みるも、もう遅い。反転時に側面を晒す事となった敵駆逐艦隊はもはや格好の的。残存する敵駆逐艦も次々とバイタルパートを易々と撃ち抜かれ、あっという間に壊滅してしまった。小西のあの自信は決して宙雷戦隊だったから敵の手の内が分かっていた、訳ではなく直掩戦隊が絶対追いつけるという自信から来たものだったのだ。さらに言えば、直掩戦隊を指揮していたのが杉内で、操艦していたのが桐原だった事も小西の勝算に大きく寄与していた。この事は後に信頼が如何に大切かを未来に示す結果となったのだ。
さて、第二防衛ラインまで後退し、主力戦隊と直掩戦隊が合流した事で、一応防衛艦隊はここに再集結した。だが、それと同時に敵艦隊の包囲形成は完了しつつあり、彼らが包囲殲滅の的となるのも時間の問題だった。ここで小西は今度はある作戦を発令する為、マイクを手に取る。
「防衛艦隊全艦に告ぐ。こちら艦隊司令官の小西だ。現時点を以て『曳航砲撃作戦』の中止を発表、新たに『operation Z』を発令、ここに本艦隊の全力を以て国を護る事を決定する。」
「Z」。これはアルファベットの最後の文字であり、もう後がない、という事を意味する。だが、それ以上に重要な意味がこの文字に込められていた。その意味を誇示するかのように旗艦諏訪のメインマストにある旗が掲げられた。2本の対角線で4分され、黄・黒・赤・青の4色に染め分けられたその旗を見て乗組員の士気はこれまでにないほどの最高潮に達した。その旗とは、「Z旗」。かつての日本海軍時代に「皇國の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。」という意味が込められたこの旗は、航宙自衛隊においても似たような意味を持っており、乗組員の間で特別なものとなっていた。それはこの世界でも同様であり、新兵もZ旗の意味だけは重々承知していた。…もう後がない。だからこそ、ここで死力を尽くし勝利を手繰り寄せねばならない。その思いが乗組員の結束力をさらに高めた。画面越しでも士気の高さを認識した小西は軽く笑みを浮かべつつ作戦について説明する。
「まず、主力戦隊と曳航艦各艦を切り離す。曳航艦各艦は錨を繋ぐ鎖を切り離せ。主力戦隊に巻き付いた錨を解く時間はないからな…。さて、分離した後だが、防衛艦隊が輪形陣を組むこととする。輪形陣の外円に宙雷戦隊を、内円に主力戦隊を配置する。そして外円に位置する水雷戦隊が艦首方向は変えないまま円周上を移動しながら攻撃を行う事で、包囲を仕掛けてくる前左右の攻撃に対処でき、後ろに回る際はダメージコントロールなどを行う事ができ、艦を休ませることができる。…所謂車懸りの陣のようなものだと思ってくれ。作戦詳細はすぐに図にして送信する。作戦概要の説明はここまでだが、何か質問は。」
モニターを見ても質問が無いことから、意見具申その他はないものと小西は判断した。
「では、解散。各艦、所定の行動に取り掛かってくれ。」
その言葉に全ての乗組員が画面に映る小西に敬礼し、作業を始める。元々直掩戦隊である第一宙雷戦隊は輪形陣の外円の半分を構成し終わり、曳航していた各艦もて早い動きで艦と錨を切り離し、輪形陣の構成に入る。主力戦隊は各艦の安定翼に曳航の際に用いられた錨と、それに繋がる鎖を靡かせながらこちらは内円の構成を始める。作業を開始して3分も経たないうちに輪形陣を形成し終わり、外円の宙雷戦隊が円周上を開始し、それと同時に輪形陣全体も前進を開始した。
「阿部、艦隊各艦の魔導艦体防壁の回復率はどのくらいだ。」
「主力戦隊の防壁回復率は80%で第二宙雷戦隊は100%であり、この2つはいつでも展開できますが問題は直掩戦隊を担っていた第一宙雷戦隊です。つい先程防壁を展開した為、防壁回復率は未だ5%程度となっていますが一方、展開時間はそれほど長くなかったので1時間程度は持つ事が予想されますが…。」
小西は生存性を左右する各艦の魔導艦体防壁の状況を阿部に質問した。やや第一宙雷戦隊の状況が気になったものの、一応全艦展開できる状況であり、その事についてはやや安心した。だが、そんな安心は無駄だと言わんばかりについに包囲が完成したのか、前や左右から遂に敵艦隊が攻撃を始めた。敵艦隊から浴びせられる嵐のような砲撃に防衛艦隊各艦は即座に防壁を展開する。だが、しまなみだけは防壁がない為、必死の回避行動で砲撃を躱すしかない。桐原は冷や汗をかきながら対応するが、回避行動だけでは限界が近い事は誰もがわかっていた。しかし、その限界を感じさせないようなしまなみの回避行動は味方のみならず敵すらも感嘆させた。だが感嘆したからと言ってしまなみへの砲撃が止むわけではない。むしろ躱され続けたせいでさらに敵艦隊からのヘイトを買い、さらなる砲火に晒される。しかしそれすらも華麗に避け続け、主力戦隊はお返しだと言わんばかりに主砲を乱れ撃つ。エネルギーが回復したことで主力戦隊のメインウェポンが砲弾ではなくビーム砲に切り替わっており、一応の対応力は向上したもののそれでも包囲下の現状は絶望的だった。
エルンスト中将の眼下には包囲下に置かれた防衛艦隊が見えた。激しい砲火にさらされながらもなお懸命に抵抗している彼らを見てエルンスト中将は勝利を確信しつつも、たった十数隻の艦艇でこれほどの大艦隊を相手にしなければならない防衛艦隊に半ば同情していた。
「哀れなものよ。皇帝閣下の目に留まってしまったが為にこのようなことになってしまうとは。」
そう呟きつつゆっくりと指揮官席に腰掛ける。…後は、こうして包囲しながら砲撃しているだけで奴らはなす術なく撃沈され、この星は我々の手中に収まる。どこか残虐な事をしているような気もするが、許してくれ。俺だって軍人なんだ。戦いにおいて手を抜けないことくらい、わかるだろう。そうエルンスト中将は心の中で防衛艦隊に問いかけた。
「羽黒、魔導艦体防壁耐圧臨界点を突破、羽黒の魔導艦体防壁消失!」
「しまなみ、中大破損害!これ以上は持ちません!」
「ファルケン、爆沈!戦列を離れる!」
諏訪のCICには、続々と防衛艦隊の被害状況が報告されていた。敵艦千余隻からの砲撃は凄まじく、防衛艦隊からは敵の砲火で敵艦が全く視認できなかった。また、それほどの砲火では魔導艦体防壁も無力に等しく、この雨霰という砲撃に流石の魔導艦体防壁も耐えられるはずもなく、次々と耐圧臨界点を突破、防壁が消失してしまっていた。防壁がなくなってしまえば、回避行動をとれるほどの練度もなく、装甲もそれほど厚くない艦からすればこの砲撃に1分も耐えられる筈がなく、すぐに撃沈に追い込まれている。小西は帽子を深く被り直し、腕を組んで目を閉じた。その他の乗組員もあまりの光景に絶望していた。流石にこの量は捌ききれない…。もう、終わりか…。誰もがそう諦めていた時、突如、敵艦隊に向けて数発のビーム砲が飛んでいき、数隻が爆炎に包まれ堕ちていく。
「一体、何が…。」
小西だけでなく、防衛艦隊乗組員全員がそう思った時
「ぼ、防衛砲台指揮所より通信!」
という通信士からの報告が各艦のCICに響き渡った。それと同時にスクリーンにある見慣れた男の顔が浮かび上がった。
「陛下!小西!全員無事ですかい!?」
まだノイズが除去しきれていないスクリーンから聞こえてきたのは、あの頼もしい声だった。阿部が驚いて立ち上がる。
「アレクさん!どうしてそこに!」
その声にアレクは
「阿部、忘れたのか!?地上防衛砲台のエネルギー供給源としてオリハルコン製クォーク機関を防衛砲台の地下に設置した事を!」
と自信満々に返した。
その言葉に全ての人間がハッとした。…そうだ。そう言えば従来までディ・イエデの防衛の為に使っていた防衛砲台に防衛艦隊が出来るまでの繋ぎとして試作した機関のうち採用されなかった方を防衛砲台のエネルギー源として使い、火力の増強を図っていたのだ。火力が増強された防衛砲台は駆逐艦クラスであれば容易く貫徹できる火力を有しており、小西たち防衛艦隊は追い詰められた事で逆に地上支援が受けられる形になっていたのだ。支援があると知った乗組員の士気は再び上昇した。その様子を見て小西はまだ防衛艦隊が戦える状態にあるという事を確信した。
「アレクさん、どうか、よろしくお願いします。…我々を…支援してください。」
そう言って小西が深々と頭を下げた時
「小西艦長!頭を下げないでください!」
という声がスクリーンから聞こえた。その声に小西は涙ぐみそうになり、声を震わせながら叫ぶ。
「お前ら…!来てくれたのか!」
防衛艦隊のピンチに駆けつけてくれてのは、元しまなみ乗組員の面子だった。彼らは過去の戦いで重傷を負っており、片足がなかったり、片目が失明していたりしている負傷兵であり、彼らは第一線で戦えなくなった事から、後進育成の為に新兵教育の為の教官として軍人とは別の第二の人生を生きる事になっていた。しかし、火を見るより明らかな防衛艦隊のピンチを前に居ても立っても居られなくなり、彼らの持つ技術を活かす為に何か出来ないかと考えた結果、彼らは砲手のいなくなった防衛砲台の砲手をするという結論に至ったのだ。同じようにアレクサンドリアも技術者という立場であっても、何が出来ないかと考えた結果、彼も防衛砲台で何か出来のではないかという結論に至り、いまこうして防衛砲台指揮所に立っている。それぞれが成すべきことを成そうとする姿勢に小西は深く心を打たれた。
「全艦に告ぐ!こちら艦隊司令の小西だ。本艦隊はこれより輪形陣を解除し戦隊ごとの単縦陣に移行、敵艦隊旗艦に向けて突撃を開始する!案ずることはない。後ろからは防衛砲台が我々の行く手を阻む艦を撃破してくれる。今まで我々は常に支援のない状況の中で戦わざるを得なかった!我々しまなみが来る前からそうだった!だが、我々がここに来て、あらゆる手を尽くしてきた結果、徐々に支援を受けられる状況となり、今、ここに最高の支援体制が誕生した!我々の士気は最高潮であり、負けることはない!全艦、臆することなく突撃を開始せよ!」
そう叫ぶと同時に輪形陣が解かれ、各戦隊が単縦陣に移行して突撃を始める。敵艦数隻は陣形変更を阻止しようと突撃を仕掛けてくるが、それを防衛砲台が迎撃、次々と撃ち落としていく。数秒後、左側に第一宙雷戦隊、真中に主力戦隊、右側に第二宙雷戦隊という三列単縦陣を敷き、鶴翼陣の中心にいる敵旗艦に向けて、全艦が突撃を開始した。
エルンスト中将は、急に発砲してきた防衛砲台に驚いたが、それよりもその瞬間に防衛艦隊が息を吹き返し、逆に突撃を仕掛けてくるまでになった事に驚きを隠せずにいた。まさか、ここで生き返ってくるとは思いもしなかった。戦場の空気は常に変わるというが、まさかこの土壇場で変わるとは。エルンスト中将は驚いたが、驚いている暇はない。直ちに陣を立て直さないと、今のままでは旗艦の位置する中心部の防衛がやや手薄になっている為、エルンスト中将の座乗するオーガスタが撃沈されてしまう。
「両翼の艦艇に告ぐ!ただちにオーガスタ周辺に集合せよ!」
そうエルンスト中将は各艦に指示したが、大人しく集合する艦よりも、目の前の功に焦り、防衛艦隊への攻撃を続ける艦の方が圧倒的に多かった。エルンスト中将はそれらの艦に対しても呼びかけを行ったが、功に目がいってしまった彼らはエルンスト中将の言葉は聞かず、攻撃を続行してしまっており、エルンスト中将は大人しく集合してくれた手勢数百隻で旗艦の防衛を行わなければならなかった。一見すれば十数隻相手の防衛艦隊に護衛数百隻は過剰に見えるかもしれないが、防衛艦隊が大量破壊兵器を有している以上、その数百隻がいつ撃ち減らされるか分からず、損害を恐れて感覚を広く取ってしまっては護衛の意味がなくなってしまう。エルンスト中将はお世辞にも旗艦を取り巻く護衛艦群に頼もしさを感じることは出来なかった。
防衛艦隊は無造作に近づいてくる敵艦に向けて容赦ない射撃を続ける。一部の艦は統率を保ちながら旗艦と思われる艦まで後退しているが、半分以上の艦は防衛艦隊への攻撃を続行している。小西は敵司令官の統率力が薄れてきたことを感じていた。
「敵艦隊の統制は失われつつある!一隻ずつ確実に撃破せよ!敵を大きな塊と見るな!所詮、単艦の集まりだ!」
小西はそう叫び、乗組員を鼓舞する。
「主砲1番2番撃ち方始め!艦首魚雷発射管開け、撃て!」
アリアもこの状況に興奮しており、声高らかに各砲座に指示を飛ばす。
防衛砲台でもそれは同じだった。
「防衛砲台1,3,5,7番、交互撃ち方!撃ち方始め!」
アレクサンドリアが指揮所から目標と射撃方法を指示し、元しまなみ乗組員らが指示通りに攻撃を行う。防衛砲台から放たれた螺旋状の束は防衛艦隊側方面に回ろうとした敵駆逐艦を貫徹し、撃沈に追い込む。防衛砲台と防衛艦隊の連携はかなりうまくいっており、一隻、また一隻と艦を沈めていく。今度こそ光明が刺した…!乗組員全員がそう思い、より一層士気が上がる。気のせいか、各艦の主砲を撃つ間隔も短くなり、接近してくる敵艦が攻撃する前に撃沈していく。一隻、また一隻…と、海へ堕ちていく。先ほどの状況とは打って変わり、圧倒的に防衛艦隊が優勢だった。敵艦隊旗艦率いる護衛群数百は防衛艦隊のクォーク振動砲を恐れ、防衛艦隊との距離をかなり取っている。彼らはわざわざ自身の射程から防衛艦隊を外してしまっており、突撃群へ護衛群から支援砲撃をすることは出来なかった。その結果、防衛艦隊や防衛砲台が一方的に敵艦を撃沈し、戦域が炎で赤く染まっていく。防衛艦隊全艦は勢いに乗り、早期に決着をつけようとさらに加速度を上げ、敵旗艦への突撃を強める。最早、戦局は決した、全員がそう思った、その時。
「正面に時空の湾曲を確認!」
という電探士からの報告からすぐに突如空間が歪曲したかと思うと目の前から極太の光線が飛び出してきた。光線は防衛艦隊の回避行動を許す間も無く、防衛艦隊に着弾した。凄まじい閃光が防衛艦隊を襲う。
地上からその様子を見ていたアレクサンドリアは驚愕し
「一体何が起こっとるんじゃ!防衛艦隊との回線はどうなっとる!」
と大声で指揮所通信士に尋ねたが
「防衛艦隊全艦との通信途絶!レーダーもノイズが酷く何も映りません!」
との返事が返ってくると拳を握り締めて祈った。
「陛下…。何卒ご無事で…。」
諏訪CICでは、非常警報が鳴り響いていた。爆発の閃光と煙で何も見えず、誰もが混乱に陥っていた。
「電探士、状況知らせ!」
「ソナー、レーダー共にノイズ多し!状況判断不能!」
小西はこの異常事態にとにかく情報を集めようと電探士に問いかけた。だが返ってきた返事からは何も得られるものはなく、視界が開けるまで状況を知ることは不可能なように思われた。しかし、小西は曳航砲撃作戦時に各艦から「こくちょう」を発艦させていたことを思い出し、それを用いて偵察することを思いつく。
「阿部、先の作戦時に用いた『こくちょう』とは通信できるか。」
阿部は暫し考えた後言った。
「このノイズの激しい状況では、一種の妨害電波のようなものになっているので厳しいと思いますが、やってみます。」
阿部は冷や汗を滲ませながらも頼もしい声で言った。小西はそれに頷いたが、結局「こくちょう」を使えるかどうかは賭けそのものであり、小西はもっと確実に状況を把握出来るものを探していたが、目と耳を奪われた艦が出来ることは何もなく、小西は自身を落ち着かせながらただこの状況が落ち着くのを待つしかなかった。しばらくしてノイズや煙が落ち着いてきて、視界が徐々に開け始めるとついに「こくちょう」との通信がつながった。
「司令、『こくちょう』との通信、繋がりました!正面モニターに画像投影します!」
焦りから解放されたような声で阿部が報告する。瞬間、目の前に映像が映し出された。その瞬間、その映像を見て、CICにいた全員が、そしてアレクサンドリアや杉内など、この事実を知った全員が一気に絶望に叩き落とされた。小西は体の体毛が逆毛立つような感覚に襲われた。まさか、いやこんな事は…。小西は口をあんぐりと開け、完全に思考停止していた。小西はこれが夢だと思いたかった。だが、やはり運命は残酷であった。全てを捨てて逃げ出したかった小西を嘲笑うかのように、急にレーダーが回復し、電探士が声を震わせながら報告する。その報告で、小西はそれが夢ではなく現実であるという事実を完全に突きつけられる事となった。
「て…敵艦隊への…増援を…確認…。駆逐艦45、巡洋艦58、戦艦25、超弩級戦艦14…そして…未確認超巨大戦艦1…です。」
モニターに映された超巨大戦艦は、それが悪魔の化身かと錯覚させるが如くの禍々しい雰囲気であった。見るからに巨大な艦体、様々なところから突き出た鋭い安定翼。巨体に装備された5連装主砲塔も当然の如く巨大であり、その鈍く輝く主砲の一本からは、白い煙が出ていた。小西たちが超巨大戦艦に絶望し、圧倒されていた時。
「そんな、あり得ない…。」
という電探士の声と共に、さらに絶望的な知らせが飛び込んできた。小西は嫌な予感がしつつも、報告をするよう促した。
「…電探士、報告してくれ…。我々は、すべての事実を受け止めなければならないのだ…。」
その声に電探士はゆっくり頷き、唇をわなわなと震わせながら報告した。
「先程の爆発ですが…おそらく…敵超巨大戦艦からの砲撃かと思われます…。砲撃による本艦隊の損害は…」
そこまで来て電探士の声はもはや泣いているような声に変わっていた。それでもなんとか報告せんと言葉を続ける。
「…第二宙雷戦隊全滅、主力戦隊全艦が敵砲撃が掠めたことによる左舷側装甲板損傷、それによる魔道艦体防壁の消失、です…。」
その報告は、小西をここまでかというほどの絶望の底に叩き落とした。同時に、それを聞いた防衛艦隊全乗組員と防衛砲台の人員もまた、完全に絶望へ落とす事となった。第二宙雷戦隊全滅、その事実は防衛を担う全員を絶望させ、ある種諦め気持ちさえ起こさせた。そもそも第二宙雷戦隊は魔導艦体防壁を展開しており、通常の駆逐艦とは比べ物のにならないほどの抗堪性を有していたはずだ。だが、敵超巨大戦艦からの砲撃はその駆逐艦すら容易く貫き、あろう事かその後続の艦さえも貫徹し、全艦爆沈に追い込んでしまった。
「あり得ない…」
小西はそのことしか考えられなかった。単縦陣を敷いていたが為に第二宙雷戦隊を失ってしまった。だが、敵旗艦へ突撃をするには単縦陣しか無かったはずだ。いや、もしかしたらもっと良い方法があったのか…。小西の心は最早ぐちゃぐちゃだった。後悔と、しかしこれが最善だったという思いが入り乱れ、さらに超巨大戦艦という不確定要素が混ざった小西の心は、何も考えられなくなっていた。さらに阿部からの報告がさらに小西たちを絶望させた。
「…超巨大戦艦の解析が…終わりました…。敵超巨大戦艦、推定全長約12,200m、全幅約5900m、全高約7500m…。推定主砲口径、およそ…900mです…。」
「口径900m…だと…」
阿部の報告を聞いた小西は消え入りそうな声でそう呟いた。阿部の報告はさらに続く。
「推定兵装は、900m5連装主砲塔5基25門、300m3連装副砲塔20基60門、その他近接防御火器及び噴進兵器多数、です…。」
もう、完全に小西たちは戦意を失った。超巨大戦艦の出現により、防衛艦隊は戦意を喪失し、何をすることもできなくなっていた。
「間に合ったか。」
いつかの小西と同じような台詞を言いながら杉内は笑みを浮かべ、無言で桐原とハイタッチする。だが、喜んでいる場合ではない。
「主砲全砲門開け!撃ち方始め!」
今までの鬱憤を晴らさんとする直掩戦隊の奇襲は突撃してきた敵駆逐艦隊を大混乱に陥れる。この混乱を小西が見逃すはずがなかった。
「主力戦隊各艦、主砲統一射撃用意!主砲再装填完了次第報告!」
「青葉、装填完了!測的よし、照準よし!」
「羽黒、同様に完了!」
「ジュレーゼン、完了!」
巡洋艦からの装填完了の報告が飛び、その後すぐに
「諏訪、完了!」
アリアからの報告がCICに響く。小西はそこから一呼吸置いて叫ぶ。
「主力戦隊、統一射!撃ち方始め!」
再び主力戦隊全艦から砲弾が発射される。直掩戦隊からの攻撃で隊列が乱れた敵駆逐艦隊にとって、両方向から攻撃を喰らうことは想像できていても対処する事は困難だった。この攻撃を受けて敵駆逐艦隊は反転離脱を試みるも、もう遅い。反転時に側面を晒す事となった敵駆逐艦隊はもはや格好の的。残存する敵駆逐艦も次々とバイタルパートを易々と撃ち抜かれ、あっという間に壊滅してしまった。小西のあの自信は決して宙雷戦隊だったから敵の手の内が分かっていた、訳ではなく直掩戦隊が絶対追いつけるという自信から来たものだったのだ。さらに言えば、直掩戦隊を指揮していたのが杉内で、操艦していたのが桐原だった事も小西の勝算に大きく寄与していた。この事は後に信頼が如何に大切かを未来に示す結果となったのだ。
さて、第二防衛ラインまで後退し、主力戦隊と直掩戦隊が合流した事で、一応防衛艦隊はここに再集結した。だが、それと同時に敵艦隊の包囲形成は完了しつつあり、彼らが包囲殲滅の的となるのも時間の問題だった。ここで小西は今度はある作戦を発令する為、マイクを手に取る。
「防衛艦隊全艦に告ぐ。こちら艦隊司令官の小西だ。現時点を以て『曳航砲撃作戦』の中止を発表、新たに『operation Z』を発令、ここに本艦隊の全力を以て国を護る事を決定する。」
「Z」。これはアルファベットの最後の文字であり、もう後がない、という事を意味する。だが、それ以上に重要な意味がこの文字に込められていた。その意味を誇示するかのように旗艦諏訪のメインマストにある旗が掲げられた。2本の対角線で4分され、黄・黒・赤・青の4色に染め分けられたその旗を見て乗組員の士気はこれまでにないほどの最高潮に達した。その旗とは、「Z旗」。かつての日本海軍時代に「皇國の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。」という意味が込められたこの旗は、航宙自衛隊においても似たような意味を持っており、乗組員の間で特別なものとなっていた。それはこの世界でも同様であり、新兵もZ旗の意味だけは重々承知していた。…もう後がない。だからこそ、ここで死力を尽くし勝利を手繰り寄せねばならない。その思いが乗組員の結束力をさらに高めた。画面越しでも士気の高さを認識した小西は軽く笑みを浮かべつつ作戦について説明する。
「まず、主力戦隊と曳航艦各艦を切り離す。曳航艦各艦は錨を繋ぐ鎖を切り離せ。主力戦隊に巻き付いた錨を解く時間はないからな…。さて、分離した後だが、防衛艦隊が輪形陣を組むこととする。輪形陣の外円に宙雷戦隊を、内円に主力戦隊を配置する。そして外円に位置する水雷戦隊が艦首方向は変えないまま円周上を移動しながら攻撃を行う事で、包囲を仕掛けてくる前左右の攻撃に対処でき、後ろに回る際はダメージコントロールなどを行う事ができ、艦を休ませることができる。…所謂車懸りの陣のようなものだと思ってくれ。作戦詳細はすぐに図にして送信する。作戦概要の説明はここまでだが、何か質問は。」
モニターを見ても質問が無いことから、意見具申その他はないものと小西は判断した。
「では、解散。各艦、所定の行動に取り掛かってくれ。」
その言葉に全ての乗組員が画面に映る小西に敬礼し、作業を始める。元々直掩戦隊である第一宙雷戦隊は輪形陣の外円の半分を構成し終わり、曳航していた各艦もて早い動きで艦と錨を切り離し、輪形陣の構成に入る。主力戦隊は各艦の安定翼に曳航の際に用いられた錨と、それに繋がる鎖を靡かせながらこちらは内円の構成を始める。作業を開始して3分も経たないうちに輪形陣を形成し終わり、外円の宙雷戦隊が円周上を開始し、それと同時に輪形陣全体も前進を開始した。
「阿部、艦隊各艦の魔導艦体防壁の回復率はどのくらいだ。」
「主力戦隊の防壁回復率は80%で第二宙雷戦隊は100%であり、この2つはいつでも展開できますが問題は直掩戦隊を担っていた第一宙雷戦隊です。つい先程防壁を展開した為、防壁回復率は未だ5%程度となっていますが一方、展開時間はそれほど長くなかったので1時間程度は持つ事が予想されますが…。」
小西は生存性を左右する各艦の魔導艦体防壁の状況を阿部に質問した。やや第一宙雷戦隊の状況が気になったものの、一応全艦展開できる状況であり、その事についてはやや安心した。だが、そんな安心は無駄だと言わんばかりについに包囲が完成したのか、前や左右から遂に敵艦隊が攻撃を始めた。敵艦隊から浴びせられる嵐のような砲撃に防衛艦隊各艦は即座に防壁を展開する。だが、しまなみだけは防壁がない為、必死の回避行動で砲撃を躱すしかない。桐原は冷や汗をかきながら対応するが、回避行動だけでは限界が近い事は誰もがわかっていた。しかし、その限界を感じさせないようなしまなみの回避行動は味方のみならず敵すらも感嘆させた。だが感嘆したからと言ってしまなみへの砲撃が止むわけではない。むしろ躱され続けたせいでさらに敵艦隊からのヘイトを買い、さらなる砲火に晒される。しかしそれすらも華麗に避け続け、主力戦隊はお返しだと言わんばかりに主砲を乱れ撃つ。エネルギーが回復したことで主力戦隊のメインウェポンが砲弾ではなくビーム砲に切り替わっており、一応の対応力は向上したもののそれでも包囲下の現状は絶望的だった。
エルンスト中将の眼下には包囲下に置かれた防衛艦隊が見えた。激しい砲火にさらされながらもなお懸命に抵抗している彼らを見てエルンスト中将は勝利を確信しつつも、たった十数隻の艦艇でこれほどの大艦隊を相手にしなければならない防衛艦隊に半ば同情していた。
「哀れなものよ。皇帝閣下の目に留まってしまったが為にこのようなことになってしまうとは。」
そう呟きつつゆっくりと指揮官席に腰掛ける。…後は、こうして包囲しながら砲撃しているだけで奴らはなす術なく撃沈され、この星は我々の手中に収まる。どこか残虐な事をしているような気もするが、許してくれ。俺だって軍人なんだ。戦いにおいて手を抜けないことくらい、わかるだろう。そうエルンスト中将は心の中で防衛艦隊に問いかけた。
「羽黒、魔導艦体防壁耐圧臨界点を突破、羽黒の魔導艦体防壁消失!」
「しまなみ、中大破損害!これ以上は持ちません!」
「ファルケン、爆沈!戦列を離れる!」
諏訪のCICには、続々と防衛艦隊の被害状況が報告されていた。敵艦千余隻からの砲撃は凄まじく、防衛艦隊からは敵の砲火で敵艦が全く視認できなかった。また、それほどの砲火では魔導艦体防壁も無力に等しく、この雨霰という砲撃に流石の魔導艦体防壁も耐えられるはずもなく、次々と耐圧臨界点を突破、防壁が消失してしまっていた。防壁がなくなってしまえば、回避行動をとれるほどの練度もなく、装甲もそれほど厚くない艦からすればこの砲撃に1分も耐えられる筈がなく、すぐに撃沈に追い込まれている。小西は帽子を深く被り直し、腕を組んで目を閉じた。その他の乗組員もあまりの光景に絶望していた。流石にこの量は捌ききれない…。もう、終わりか…。誰もがそう諦めていた時、突如、敵艦隊に向けて数発のビーム砲が飛んでいき、数隻が爆炎に包まれ堕ちていく。
「一体、何が…。」
小西だけでなく、防衛艦隊乗組員全員がそう思った時
「ぼ、防衛砲台指揮所より通信!」
という通信士からの報告が各艦のCICに響き渡った。それと同時にスクリーンにある見慣れた男の顔が浮かび上がった。
「陛下!小西!全員無事ですかい!?」
まだノイズが除去しきれていないスクリーンから聞こえてきたのは、あの頼もしい声だった。阿部が驚いて立ち上がる。
「アレクさん!どうしてそこに!」
その声にアレクは
「阿部、忘れたのか!?地上防衛砲台のエネルギー供給源としてオリハルコン製クォーク機関を防衛砲台の地下に設置した事を!」
と自信満々に返した。
その言葉に全ての人間がハッとした。…そうだ。そう言えば従来までディ・イエデの防衛の為に使っていた防衛砲台に防衛艦隊が出来るまでの繋ぎとして試作した機関のうち採用されなかった方を防衛砲台のエネルギー源として使い、火力の増強を図っていたのだ。火力が増強された防衛砲台は駆逐艦クラスであれば容易く貫徹できる火力を有しており、小西たち防衛艦隊は追い詰められた事で逆に地上支援が受けられる形になっていたのだ。支援があると知った乗組員の士気は再び上昇した。その様子を見て小西はまだ防衛艦隊が戦える状態にあるという事を確信した。
「アレクさん、どうか、よろしくお願いします。…我々を…支援してください。」
そう言って小西が深々と頭を下げた時
「小西艦長!頭を下げないでください!」
という声がスクリーンから聞こえた。その声に小西は涙ぐみそうになり、声を震わせながら叫ぶ。
「お前ら…!来てくれたのか!」
防衛艦隊のピンチに駆けつけてくれてのは、元しまなみ乗組員の面子だった。彼らは過去の戦いで重傷を負っており、片足がなかったり、片目が失明していたりしている負傷兵であり、彼らは第一線で戦えなくなった事から、後進育成の為に新兵教育の為の教官として軍人とは別の第二の人生を生きる事になっていた。しかし、火を見るより明らかな防衛艦隊のピンチを前に居ても立っても居られなくなり、彼らの持つ技術を活かす為に何か出来ないかと考えた結果、彼らは砲手のいなくなった防衛砲台の砲手をするという結論に至ったのだ。同じようにアレクサンドリアも技術者という立場であっても、何が出来ないかと考えた結果、彼も防衛砲台で何か出来のではないかという結論に至り、いまこうして防衛砲台指揮所に立っている。それぞれが成すべきことを成そうとする姿勢に小西は深く心を打たれた。
「全艦に告ぐ!こちら艦隊司令の小西だ。本艦隊はこれより輪形陣を解除し戦隊ごとの単縦陣に移行、敵艦隊旗艦に向けて突撃を開始する!案ずることはない。後ろからは防衛砲台が我々の行く手を阻む艦を撃破してくれる。今まで我々は常に支援のない状況の中で戦わざるを得なかった!我々しまなみが来る前からそうだった!だが、我々がここに来て、あらゆる手を尽くしてきた結果、徐々に支援を受けられる状況となり、今、ここに最高の支援体制が誕生した!我々の士気は最高潮であり、負けることはない!全艦、臆することなく突撃を開始せよ!」
そう叫ぶと同時に輪形陣が解かれ、各戦隊が単縦陣に移行して突撃を始める。敵艦数隻は陣形変更を阻止しようと突撃を仕掛けてくるが、それを防衛砲台が迎撃、次々と撃ち落としていく。数秒後、左側に第一宙雷戦隊、真中に主力戦隊、右側に第二宙雷戦隊という三列単縦陣を敷き、鶴翼陣の中心にいる敵旗艦に向けて、全艦が突撃を開始した。
エルンスト中将は、急に発砲してきた防衛砲台に驚いたが、それよりもその瞬間に防衛艦隊が息を吹き返し、逆に突撃を仕掛けてくるまでになった事に驚きを隠せずにいた。まさか、ここで生き返ってくるとは思いもしなかった。戦場の空気は常に変わるというが、まさかこの土壇場で変わるとは。エルンスト中将は驚いたが、驚いている暇はない。直ちに陣を立て直さないと、今のままでは旗艦の位置する中心部の防衛がやや手薄になっている為、エルンスト中将の座乗するオーガスタが撃沈されてしまう。
「両翼の艦艇に告ぐ!ただちにオーガスタ周辺に集合せよ!」
そうエルンスト中将は各艦に指示したが、大人しく集合する艦よりも、目の前の功に焦り、防衛艦隊への攻撃を続ける艦の方が圧倒的に多かった。エルンスト中将はそれらの艦に対しても呼びかけを行ったが、功に目がいってしまった彼らはエルンスト中将の言葉は聞かず、攻撃を続行してしまっており、エルンスト中将は大人しく集合してくれた手勢数百隻で旗艦の防衛を行わなければならなかった。一見すれば十数隻相手の防衛艦隊に護衛数百隻は過剰に見えるかもしれないが、防衛艦隊が大量破壊兵器を有している以上、その数百隻がいつ撃ち減らされるか分からず、損害を恐れて感覚を広く取ってしまっては護衛の意味がなくなってしまう。エルンスト中将はお世辞にも旗艦を取り巻く護衛艦群に頼もしさを感じることは出来なかった。
防衛艦隊は無造作に近づいてくる敵艦に向けて容赦ない射撃を続ける。一部の艦は統率を保ちながら旗艦と思われる艦まで後退しているが、半分以上の艦は防衛艦隊への攻撃を続行している。小西は敵司令官の統率力が薄れてきたことを感じていた。
「敵艦隊の統制は失われつつある!一隻ずつ確実に撃破せよ!敵を大きな塊と見るな!所詮、単艦の集まりだ!」
小西はそう叫び、乗組員を鼓舞する。
「主砲1番2番撃ち方始め!艦首魚雷発射管開け、撃て!」
アリアもこの状況に興奮しており、声高らかに各砲座に指示を飛ばす。
防衛砲台でもそれは同じだった。
「防衛砲台1,3,5,7番、交互撃ち方!撃ち方始め!」
アレクサンドリアが指揮所から目標と射撃方法を指示し、元しまなみ乗組員らが指示通りに攻撃を行う。防衛砲台から放たれた螺旋状の束は防衛艦隊側方面に回ろうとした敵駆逐艦を貫徹し、撃沈に追い込む。防衛砲台と防衛艦隊の連携はかなりうまくいっており、一隻、また一隻と艦を沈めていく。今度こそ光明が刺した…!乗組員全員がそう思い、より一層士気が上がる。気のせいか、各艦の主砲を撃つ間隔も短くなり、接近してくる敵艦が攻撃する前に撃沈していく。一隻、また一隻…と、海へ堕ちていく。先ほどの状況とは打って変わり、圧倒的に防衛艦隊が優勢だった。敵艦隊旗艦率いる護衛群数百は防衛艦隊のクォーク振動砲を恐れ、防衛艦隊との距離をかなり取っている。彼らはわざわざ自身の射程から防衛艦隊を外してしまっており、突撃群へ護衛群から支援砲撃をすることは出来なかった。その結果、防衛艦隊や防衛砲台が一方的に敵艦を撃沈し、戦域が炎で赤く染まっていく。防衛艦隊全艦は勢いに乗り、早期に決着をつけようとさらに加速度を上げ、敵旗艦への突撃を強める。最早、戦局は決した、全員がそう思った、その時。
「正面に時空の湾曲を確認!」
という電探士からの報告からすぐに突如空間が歪曲したかと思うと目の前から極太の光線が飛び出してきた。光線は防衛艦隊の回避行動を許す間も無く、防衛艦隊に着弾した。凄まじい閃光が防衛艦隊を襲う。
地上からその様子を見ていたアレクサンドリアは驚愕し
「一体何が起こっとるんじゃ!防衛艦隊との回線はどうなっとる!」
と大声で指揮所通信士に尋ねたが
「防衛艦隊全艦との通信途絶!レーダーもノイズが酷く何も映りません!」
との返事が返ってくると拳を握り締めて祈った。
「陛下…。何卒ご無事で…。」
諏訪CICでは、非常警報が鳴り響いていた。爆発の閃光と煙で何も見えず、誰もが混乱に陥っていた。
「電探士、状況知らせ!」
「ソナー、レーダー共にノイズ多し!状況判断不能!」
小西はこの異常事態にとにかく情報を集めようと電探士に問いかけた。だが返ってきた返事からは何も得られるものはなく、視界が開けるまで状況を知ることは不可能なように思われた。しかし、小西は曳航砲撃作戦時に各艦から「こくちょう」を発艦させていたことを思い出し、それを用いて偵察することを思いつく。
「阿部、先の作戦時に用いた『こくちょう』とは通信できるか。」
阿部は暫し考えた後言った。
「このノイズの激しい状況では、一種の妨害電波のようなものになっているので厳しいと思いますが、やってみます。」
阿部は冷や汗を滲ませながらも頼もしい声で言った。小西はそれに頷いたが、結局「こくちょう」を使えるかどうかは賭けそのものであり、小西はもっと確実に状況を把握出来るものを探していたが、目と耳を奪われた艦が出来ることは何もなく、小西は自身を落ち着かせながらただこの状況が落ち着くのを待つしかなかった。しばらくしてノイズや煙が落ち着いてきて、視界が徐々に開け始めるとついに「こくちょう」との通信がつながった。
「司令、『こくちょう』との通信、繋がりました!正面モニターに画像投影します!」
焦りから解放されたような声で阿部が報告する。瞬間、目の前に映像が映し出された。その瞬間、その映像を見て、CICにいた全員が、そしてアレクサンドリアや杉内など、この事実を知った全員が一気に絶望に叩き落とされた。小西は体の体毛が逆毛立つような感覚に襲われた。まさか、いやこんな事は…。小西は口をあんぐりと開け、完全に思考停止していた。小西はこれが夢だと思いたかった。だが、やはり運命は残酷であった。全てを捨てて逃げ出したかった小西を嘲笑うかのように、急にレーダーが回復し、電探士が声を震わせながら報告する。その報告で、小西はそれが夢ではなく現実であるという事実を完全に突きつけられる事となった。
「て…敵艦隊への…増援を…確認…。駆逐艦45、巡洋艦58、戦艦25、超弩級戦艦14…そして…未確認超巨大戦艦1…です。」
モニターに映された超巨大戦艦は、それが悪魔の化身かと錯覚させるが如くの禍々しい雰囲気であった。見るからに巨大な艦体、様々なところから突き出た鋭い安定翼。巨体に装備された5連装主砲塔も当然の如く巨大であり、その鈍く輝く主砲の一本からは、白い煙が出ていた。小西たちが超巨大戦艦に絶望し、圧倒されていた時。
「そんな、あり得ない…。」
という電探士の声と共に、さらに絶望的な知らせが飛び込んできた。小西は嫌な予感がしつつも、報告をするよう促した。
「…電探士、報告してくれ…。我々は、すべての事実を受け止めなければならないのだ…。」
その声に電探士はゆっくり頷き、唇をわなわなと震わせながら報告した。
「先程の爆発ですが…おそらく…敵超巨大戦艦からの砲撃かと思われます…。砲撃による本艦隊の損害は…」
そこまで来て電探士の声はもはや泣いているような声に変わっていた。それでもなんとか報告せんと言葉を続ける。
「…第二宙雷戦隊全滅、主力戦隊全艦が敵砲撃が掠めたことによる左舷側装甲板損傷、それによる魔道艦体防壁の消失、です…。」
その報告は、小西をここまでかというほどの絶望の底に叩き落とした。同時に、それを聞いた防衛艦隊全乗組員と防衛砲台の人員もまた、完全に絶望へ落とす事となった。第二宙雷戦隊全滅、その事実は防衛を担う全員を絶望させ、ある種諦め気持ちさえ起こさせた。そもそも第二宙雷戦隊は魔導艦体防壁を展開しており、通常の駆逐艦とは比べ物のにならないほどの抗堪性を有していたはずだ。だが、敵超巨大戦艦からの砲撃はその駆逐艦すら容易く貫き、あろう事かその後続の艦さえも貫徹し、全艦爆沈に追い込んでしまった。
「あり得ない…」
小西はそのことしか考えられなかった。単縦陣を敷いていたが為に第二宙雷戦隊を失ってしまった。だが、敵旗艦へ突撃をするには単縦陣しか無かったはずだ。いや、もしかしたらもっと良い方法があったのか…。小西の心は最早ぐちゃぐちゃだった。後悔と、しかしこれが最善だったという思いが入り乱れ、さらに超巨大戦艦という不確定要素が混ざった小西の心は、何も考えられなくなっていた。さらに阿部からの報告がさらに小西たちを絶望させた。
「…超巨大戦艦の解析が…終わりました…。敵超巨大戦艦、推定全長約12,200m、全幅約5900m、全高約7500m…。推定主砲口径、およそ…900mです…。」
「口径900m…だと…」
阿部の報告を聞いた小西は消え入りそうな声でそう呟いた。阿部の報告はさらに続く。
「推定兵装は、900m5連装主砲塔5基25門、300m3連装副砲塔20基60門、その他近接防御火器及び噴進兵器多数、です…。」
もう、完全に小西たちは戦意を失った。超巨大戦艦の出現により、防衛艦隊は戦意を喪失し、何をすることもできなくなっていた。