エルンスト中将は下士官が注いでくれた酒をあおりながらパネルに映された重巡洋艦の残骸を見つめていた。一難が去り、冷静さを取り戻したエルンスト中将もただただその重巡洋艦に畏敬の念を抱いていた。…もし、俺があの艦を指揮する立場だったらあんな判断が出来ただろうか。あの土壇場で自らを犠牲にする選択肢を取り、そして防衛艦隊が撤退するまで死ぬ気で我々を留め続けた、そんな手腕が俺にるのだろうか。いや、無い。あの艦を指揮していた人物は間違いなくあの星で最も優れた指揮官であり、この宇宙で最も優れた指揮官の一人だったに違いない。そのような人物に相見えることができた幸運に感謝すると共に彼のような卓越した指揮が執れるよう精進せねば、とエルンスト中将は思い、再び防衛艦隊の追撃を指示した。
しばらくして、艦隊がディ・イエデ大気圏内に突入しようかというまさにその時、オーガスタの艦橋に警報が響き、レーダーに赤い光点が灯る。
「敵防衛艦隊発見!距離436000!」
そうオーガスタのレーダー監視員が報告する。その声にエルンスト中将はほくそ笑んで指示を出す。
「全艦、直ちに敵防衛艦隊を射程に収めよ!一刻も早く撃滅するのだ!ただし敵大量破壊兵器の存在に留意、間隔を広く取れ!
そう叫び突撃を指示したまさにその時、眩い閃光が艦隊を襲った。
「あの攻撃か!」
エルンストは叫ぶ。だが、艦と艦の間隔はかなり広く取っていた為、損害はそれほど大きなものでもなかった。奴等め、焦って撃ちおってからに。全く効果など無かったではないか。これで奴らはエネルギー充填のためしばらく行動できまい。今が好機だ。そうエルンスト中将は考え、指示を出す。
「奴らは切り札を失った!全艦直ちに突撃!包囲殲滅準備にかかれ!」
そう言った瞬間、またしても閃光が艦隊を襲う。先程の攻撃でもう切り札を失ったと考えていた艦隊は全く油断しており、ところどころ艦が密集していた場所に撃ち込まれ、先程よりも大きな被害を出した。
「馬鹿な!奴ら、切り札を失ったのでは無かったのか!どういうことだ!」
エルンスト中将は混乱し、的確な指示を出せなくなったところへ再び閃光が襲いかかる。被害はみるみる増えていき、それがエルンストをさらに混乱させる。
「状況を把握できている艦、誰でもいい!状況を報告せよ!」
そうエルンスト中将が言うもどの艦も状況を把握できておらず、報告できる艦はどこにもいなかった。エルンストは混乱した頭をフル回転させてどうすれば良いか考える。だが、混乱した頭で名案が浮かぶ訳がない。結局何も思い浮かばず、困り果てたエルンスト中将に、ある男が歩み寄って進言する。
「司令官。意見具申、宜しいですか。」
「…なんだね。」
「ここは、あの攻撃を耐え凌げない艦しかいない本艦隊ではここの突破は不可能です。…司令官、ここは閣下に支援を要請してみては…。」
その発言にエルンストは眉を顰める。だが、事実この突如現れた大量破壊兵器の雨から逃れる術はない。…しばらく俯いて考えていたエルンスト中将は意を決して通信士に言う。
「…閣下との直接回線を開いてくれ。」
通信士は全ての意図を読み取り、無言で頷き、手元のコンソールを操作する。やがて目の前に幾何学模様が現れ、低い声がオーガスタの艦橋に響き渡る。
「どうしたのだ、エルンスト。周りの音から察するに彼の国を制圧したとは思えないのだが、一体何用だ。」
エルンスト中将は震える体を押さえつけて冷静さを振る舞いながら報告する。
「本艦隊は敵艦隊を後一歩のところまで追い詰めました。しかしながら、敵防衛艦隊は例の大量破壊兵器を連射し、本艦隊は現在逆に窮地に立たされております。どうか、閣下。例の艦の出撃をどうか、よろしくお願い致します…。」
皇帝シュターリンは眉を顰めたが、彼の悲願の為であれば折角防衛艦隊を追い詰めたという好機を逃す訳にはいかない。シュターリンはゆっくりと頷き
「…わかった。連邦艦隊総旗艦パリーシュ他数百隻を向かわせる。吾輩もパリーシュに乗艦し指揮を執る。それで良いか。」
「お待ち下さい!閣下!閣下が最前線に赴かれるのは危険です!」
「彼の国を得れるか得れないかというこの戦いに吾輩が行かぬ理由があるのか。いくら危険があったとしてもこの好機を吾輩の手で掴まねば一生吾輩は後悔することになろう。」
「それは…。」
「エルンスト、案ずるでない。パリーシュは不沈艦だ。そう簡単に沈む艦ではない。安心し給え。」
「…わかりました。シュターリン皇帝閣下万歳!」
そうエルンストが言うと幾何学模様が消え、続いて目の前の状況が映された。


敵艦隊が混乱する様子を見て小西はほっとしたような顔を浮かべた。小西が考案した作戦「曳航砲撃作戦」がものの見事に決まり、敵艦隊はまだ立ち直れていない。今のうちに数を撃ち減らしておきたい防衛艦隊は、さらにペースを上げる事に決めた。
「主力戦隊第二群、クォーク振動砲射撃完了、現在陣地転換中。主力戦隊第一群、クォーク振動砲エネルギー充填100%、まもなく射撃可能です!」
電探士からの報告に小西は頷き
「スペースサイトオープン、目標敵艦隊密集ポイントB!照準合わせ!」
と叫ぶ。
「主力戦隊第二群陣地転換完了を確認!射線オールクリア!主力戦隊、第一群、エネルギー充填120%!」
「主力戦隊第一群、クォーク振動砲統制射撃実施!撃て!」
瞬間、主力戦隊第一群を構成する諏訪と羽黒からクォーク振動砲が放たれ、敵艦隊へ突き進んでいく。クォーク振動砲を撃ち終わった彼らは着弾観測もほどほどに、陣地転換を始める。
「曳航艦へ伝達!主力戦隊第一群、射撃終了。次のポイントまで曳航せよ!」
「曳航艦綾波、敷波、ファルケンからの了解信号受信!主力戦隊第一群後退開始します!」
小西が立てた作戦はこうであった。まず、主力戦隊を諏訪、羽黒の主力戦隊第一群、ジュレーゼン、青葉の主力戦隊第二群に分ける。そして、現在主力戦隊の曳航を担当している駆逐艦を曳航状態にしたままにし、第一群を前、第二群を後ろに配置する。そして、敵艦隊が射程内に入った瞬間、まず第一群がクォーク振動砲を発射する。そして発射完了を第一群曳航担当艦綾波、敷波、ファルケンに伝達。それを受け取った3隻は最大戦速で射撃を終えた諏訪と羽黒を曳航、次の地点まで後退する。その間に諏訪と羽黒は再起動電源を用いて再びクォーク振動砲発射準備を開始。そして後退を確認した第二群がクォーク振動砲を発射、同じように曳航艦ディ・イエデ、セティスが次の地点までジュレーゼンと青葉を曳航し、後退。その間に第一群はクォーク振動砲の充填を完了させ、発射。そして後退。この繰り返しにより連射できなかったクォーク振動砲を短い間隔で連続して撃てるようになり、一度撃つと再起動に時間がかかると思い込んでいた敵艦隊は混乱に陥ったのだ。さらに、主力戦隊がそれぞれの『こくちょう』で着弾観測を行う事でさらに射撃の精度を上げ、的確に敵艦を撃ち減らしていく。まさに神がかった作戦であった。
「主力戦隊第二群のクォーク振動砲発射を確認!後退していきます!」
「クォーク振動砲エネルギー充填85%!まだ発射には時間を要します!」
「こちら機関室!現在機関限界稼働中なるも制御に成功、連続射撃続行に支障なし!」
機関室から西村機関長の声が届き、機関の状況を伝える。通常のクォーク振動砲射撃と違い、通常発射後の通常航行のために用いる再起動電源を今回は自立航行を曳航艦に任せる事により次のクォーク振動砲の発射エネルギーとして使うことができているが、その分機関への負担も大きい。それを制御してくれている西村機関長の手腕はとんでもないな、と小西は改めて思った。
「主力戦隊第二群陣地転換完了を確認!射線オールクリア!」
「クォーク振動砲エネルギ充填110%、まもなくエネルギー充填完了!」
「スペースサイトオープン、目標敵艦隊密集ポイントD!」
「エネルギー充填120%、照準固定!」
「電探に反応!敵駆逐艦1、単艦で艦隊より離れ主力戦隊第二群へ接近!」
「近づけさせるな!直掩戦隊、迎撃始め!」
電探士から1隻の駆逐艦が艦隊に迫ってきていることを伝えられたが小西は冷静に対応する。艦を曳航しておらず、艦隊の護衛を任せたしまなみ率いる第一宙雷戦隊改め直掩戦隊に敵駆逐艦迎撃を指示。指示を受けたしまなみはエンジン出力を最大にして高速で敵駆逐艦に接近すると一斉に主砲とコスモスパロー、宇宙魚雷の雨を敵駆逐艦に浴びせた。過剰ともいえる弾幕に駆逐艦ではどうする事も出来ず、接近した敵駆逐艦は見事に粉砕された。
「敵駆逐艦撃沈!」
「よし、クォーク振動砲、撃て!」
再び極太の閃光が敵艦隊に向け爆進していき、命中。その間に主力戦隊第一群は曳航艦により後退、次の射撃準備に移る。作戦は順調にいっていた。


オーガスタ艦橋では、未だにエルンスト中将が混乱し、指揮系統に乱れが生じていた。命令がないと艦隊は全く意思疎通が出来ず、次々とクォーク振動砲の餌食となっていった。そんな中、第二空母艦隊司令官はただちに全機発進を指示、とにかく敵が何をしているのか探るよう全機に命令した。混乱し陣形が乱れている敵艦隊を縫うようにして空母艦隊から発艦した約340機は防衛艦隊に向けて突進する。第二空母艦隊攻撃隊隊長は僚機に防衛艦隊の陣形写真及び行動細目を旗艦オーガスタに送信するように命令し僚機は翼を振って編隊から離脱した。それを横目に見ながら隊長は防衛艦隊攻撃を指示、攻撃隊は狂ったように照準中の主力戦隊第二群に襲いかかった。