主力戦隊が転舵し、後退準備を進めていく中、1隻だけ向きを変えず砲撃を続ける艦がいた。重巡洋艦ティーティスである。艦体各所から煙を吹き出しながらも、懸命に応戦する姿は、まるでディ・イエデの守護神そのものであった。CICでは非常事態を示す赤いランプが灯っており、煙が立ち込め、至る所で火が上がっていた。頭から血を流しながらモンナグは叫び続ける。
「防衛艦隊撤退まで必ず持たせろ!それまでは絶対沈んではならん!」
そう叫ぶも艦体の被害状況は極めて甚大であり、いつ沈んでもおかしくはなかった。乗組員は皆絶望した顔をしていた。まだ、死にたくない。乗組員の顔がそう物語っていた。だが、敵からの砲火は止まず再び艦体が大きく揺れ、何か配線がショートしたのか、CICに電撃が走り、計器を爆発される…。そんな様子を見たモンナグは一度目を閉じ、そしてゆっくりとマイクを取った。
「…乗組員諸君、ティーティス艦長モンナグだ。まず一つ、言わせてくれ。…君たちを死に向かわせる事になってしまい、本当に申し訳ない。」
艦内各所で被弾による爆発が続く中、乗組員はモンナグの言葉に耳を傾けた。
「君たちだってもっと生きていたかっただろう。だが、我々はここで死ななければならない。で、あれば死ぬ運命を定められた我々軍人が望まなければならないのは一体なんだろうか。」
一呼吸をおいて、モンナグは叫んだ。
「それは、国を未来永劫、存続させることである!我々の屍を礎に、国が発展し、存続していくこと!それが我々軍人が唯一望まなければならないものであり、我々が言葉通り命を賭けて成し遂げなければならない命題なのである!真の軍人とは!常に、国が存続できる可能性がある方法を求め、迷う事なくその方針を選択することのできる人間であり、そのような人物のみが将来軍神として崇められる資格を得るのである!軍人が未来を次の軍人に託して死に、その軍人もさらにその次の軍人に未来を託して死ぬ!その積み重ねこそが我らが祖国を存続させる為の必要十分条件なのであり、命題の答えなのだ!乗組員諸君!祖国の為に、死んでくれ!祖国の礎となってくれ!それでしか諸君らの存在意義は語れないのだ!」
その言葉に乗組員は涙ぐんだり怒りで拳をわなわなと震わせていたりしていたが、しかしもう彼らの心は決まっていた。
「改めて告げる。総員、第一種戦闘配備。これより本艦は防衛艦隊離脱の為の時間を稼ぎ、ここに散る!」
そうモンナグが告げ、アラートが鳴り響く。その瞬間、何もかもを割り切った乗組員がとにかく空いている部署に駆け込む。そこに砲雷科も航海科も技術科もない。人が足りなくなった砲塔には航海科や技術科の人間が入り込み、応急工作班に欠員が出た班には航海科の乗組員が追加で入って行く。全員がやるべき事を把握していた。
「現在使用可能な兵装は上部艦首主砲1基、艦首魚雷発射管2門、左舷魚雷発射管3門、VLS5基、艦尾魚雷発射管全てです。元の量からすれば本当になけなしですがまだ、戦えます!」
ティーティスの砲雷長がモンナグに報告する。モンナグはそれに頷き、叫んだ。
「全砲門開け!防衛艦隊の撤退を援護する!魔導艦体防壁、最大出力で展開!」
「しかし艦長、防壁は現在紋様の冷却中で、後1時間30分ほどかかります!現時点で最大出力展開すれば、エネルギー熱量に艦体が耐えかねて爆沈する可能性も孕んでいますが…」
「だが、逆に防壁を展開しなければすぐにでもこの艦は爆沈してしまうだろう。で、あれば多少のリスクがあっても防壁を展開するのが最善策だ。」
「…了解しました。魔力エネルギー閉鎖弁開きます。魔導艦体防壁展開紋様にエネルギー注入開始、魔法陣形成開始、コンタクト!」
「魔導艦体防壁、展開!」
瞬間、このモンナグの号令で再びティーティスが防壁を展開する。紫にも似た防壁が穴だらけのティーティス優しく覆う。防壁展開完了を確認したモンナグは、再び叫んだ。
「使用可能な全砲門を開け!とにかく防衛艦隊撤退まで粘れ!」
「ヨーソロー!撃ち方始め!」
モンナグの叫びを聞いてティーティスの砲雷長が引き金を引く。主砲から放たれた白い螺旋の束が敵本隊へ突っ込んでいき、1隻が爆炎に包まれる。続いて艦首の宇宙魚雷が放たれ、分艦隊の1隻に命中、そのまま隊列から落伍し、宇宙の闇に飲み込まれていく…。だが、所詮2隻程度を堕としたところで砲火が落ち込む訳はなく、より一層熾烈な砲撃がティーティスを襲う。いくら防壁があるとはいえ、砲撃の命中でティーティスの艦体は激しく揺れる。そんな中でもティーティスの戦士達は諦める事なくそれぞれの仕事に注力していた。


エルンスト中将は、防衛艦隊が撤退していく中、1隻だけその場に踏みとどまり攻撃を続けている艦を見て全てを悟った。
「奴ら、あの居残った艦を盾に本土に逃げ込む気だ!全艦、艦隊を再集結しつつ防衛艦隊を追撃せよ!その際、あの艦は無視して構わん!本土に逃げ込まれる前に奴らを撃滅するのだ!」
そう言うと直ちに分艦隊の帰還を命じ、防衛艦隊が撤退して行った航路を辿るように追撃し始めた。
「全艦、突撃陣形を取れ!最大戦速だ!」
そう指示するやいなや敵艦艇が矢印状の陣形を組み、途轍もない速度で追撃を始めた。

モンナグ達も敵艦隊がティーティスを無視して追撃準備に入った事は艦艇の動きを見て察知していた。パネルに映された電探に映された光点の移動の様子から察するに、まだ防衛艦隊はそれほど遠くまで撤退できていない。…まだ、奴らを行かせる訳にはいかん。そう思ったモンナグは何か、奴らの追撃を大幅に遅らせる方法はないかと思案し始めた。やがて電探を映したパネルの敵艦隊の陣形を見て、モンナグはある事に気付いた。
「奴ら、蜂矢陣形を敷いている!これは好機だ!」
そう叫び、マイクを手に取る。
「総員に告ぐ。こちら艦長モンナグじゃ。本艦はこれより敵艦隊へ殴り込みをかける。安心して欲し給え。勝算はある。奴らは今現在蜂矢陣形を敷いて防衛艦隊を追撃しておるが、陸戦の場合古来から蜂矢陣形は側面からの攻撃に弱いということが知られておる。何故か、それは蜂矢陣形は突撃重視の陣形である為、側面からの奇襲に対応する為にはわざわざ攻撃方向を正面から側面に切り替えねばならず、その際指揮系統に乱れが生じるからである。だが、海戦、特に宇宙海戦ともなると艦は側面にも砲門を指向できる為一概に側面が弱いとは言い難い。では、宇宙海戦における蜂矢陣形の弱点はどこか。それは、砲門を指向しずらい艦底部もしくは艦上方からの攻撃である!…本艦はこれより敵艦隊艦底部へ突撃を敢行する!必ず敵艦隊を撃滅せよ!」
その言葉に乗組員の士気がさらに上がる。それはまさに天を衝かんばかりのものであった。それをマイク越しにも感じたモンナグは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐くと、大声で叫んだ。
「野郎ども!俺らは防衛艦隊撤退の(イージス)ではない!我々は敵艦隊撃滅の(グングニル)であり、撃滅の尖兵である!良いか、沈むときに一発たりとも砲弾や魚雷を残してはならん!必ず全てを打ち切り、全てを滅ぼし沈む!それが我々が神から与えられた命令なのだ!」
そう叫んだモンナグはもはやティーティス艦長ではなく、またアリアの子守役でもなく、ただ、遥か昔、親衛隊に入る前に戦場で武勇を轟かせた若きモンナグそのものであった。モンナグは艦長席から身を乗り出して叫ぶ。
「ティーティス、最大戦速!敵艦隊艦底部へ回り込み、突撃せよ!」

やがてティーティスは敵艦隊の下側に回り込み、突撃を開始した。エンジンノズルから溢れんばかりの炎が噴き出しティーティスは途轍もない速度で敵艦隊へ突っ込む。
「全砲門開け!全武装使用自由!撃って撃って撃ちまくれ!」
声が枯れるほどの声でモンナグが叫び、それに呼応して砲雷長が照準を定めて引き金を引く。使用可能な砲門は少なくなっていたがそれが彼らが諦める理由にはならなかった。…国の未来を繋ぐ。その為に彼ら、ティーティスの乗組員はこの未来のない突撃に全てを賭けたのだ。主砲からの白い光は敵艦を貫き、艦首、艦尾、艦側面から放たれる宇宙魚雷やVLSから放たれるコスモスパローは敵艦を爆炎で包む。その間にも敵からの砲撃は飛んでくるがティーティスの防壁は臨界点を超えても尚展開され続け、ティーティスへの攻撃はほとんど効かない。それに焦った敵艦の砲撃は焦りで別の敵艦を撃ち抜いてしまい、更なる焦りが誤射を誘発する。結果としてティーティスは自らが撃沈した艦以上の敵艦を誤射で撃沈する事になる。

エルンスト中将は怒り狂っていた。まさか、奴らが艦隊のど真ん中に突撃してくるとは思いもよらなかったからだ。あまりに突然の突撃に陣形は乱れ、味方への誤射が相次ぐ。それによる被害は突撃されてから3分で既に100隻を超えており、早く対処しなければ艦隊が自壊する危険性すら孕んでいた。エルンスト中将は艦隊所属艦に向けて怒鳴る。
「馬鹿野郎!こんな密集体系で射撃する馬鹿がおるか!速やかに間隔を広げろ!貴様ら、誤射で死にたいのか!」
その声に急いで間隔をとろうとする艦も現れたが、手柄欲しさに砲撃を優先する艦もおり、そうした艦同士で接触が起き、爆沈。さらなる被害を生む結果となった。その光景にエルンスト中将は歯軋りしながら怒鳴る。
「砲撃を優先する艦!直ちに報告をやめ移動に専念せよ!これ以上無視するようであれば撃沈する!」
そう叫んだ事でやっと間隔を広く取り始めたがしかしそれではティーティスからの攻撃を一方的に受ける事になってしまう。だが、それも我慢だ。間隔が取れた後必ず塵すら残らない程に粉々にして撃沈してやる。そう決意を固め目の前のレーダーモニターを凝視していたエルンスト中将。やがてレーダーでも間隔が取れたことを確認したらエルンスト中将は再び攻撃を指示した。
「全艦、奴を塵すら残らないほどに撃滅せよ!」
その指示にさらに砲撃が増す。野郎、やってくれたな。とエルンスト中将は歯軋りしながらティーティスが砲撃に晒され続けるのをほくそ笑みながら眺めた。


ティーティスCIC内では、撃沈に次ぐ撃沈の報告が響き渡っていた。その報告は艦内放送で乗組員のいる全ての場所に響き渡り、それがさらに士気を高める。まだだ、まだ戦える。そう乗組員の大半が思い始め、もしかしたらここにいる全ての敵艦を撃沈できるのではないか。そんな淡い期待すら持ち始めた、そんな時だった。
突如、ティーティスが激しい揺れに見舞われる。その振動に必死に耐えながら、乗組員は悟った。…魔導艦体防壁が、ついに切れた事を。艦内各所がすぐに火の海となり、被弾は先程丁字戦法で喰らっていたのとは比べ物にならないほど激しくなっていた。
「右舷宇宙魚雷発射管爆発!艦尾魚雷発射管被弾!使用不能!」
魔導艦体防壁が切れたことで残っていた数少ない武装に攻撃が命中し、攻撃力が落ちていく上に数多くの被弾によりもう限界を迎えそうな艦体がさらに軋んでいく。だが、それでもモンナグは諦めるつもりは無かった。
「艦尾魚雷発射管に残っていた魚雷を艦首魚雷発射管へ移送!とにかく弾は残すな!」
使えなくなったところが使えるところに弾を移し、攻撃を続ける。だが、どれだけ執念があっても限界を迎えた艦体は精神論でどうにかできるものでは無かった。艦体各所に穴が空き、炎と煙に塗れたティーティスの艦体。そんな今にも壊れそうな艦体を全ての乗組員がすべての力を以ってどうにかしようとするも、運命には抗えなかった。
一筋の敵魚雷が艦後部に命中、それにより大きな爆発が起こった。爆発は連鎖し更なる爆発を生む。…所謂誘爆が始まった。誘爆は砲塔直下に残っていた弾薬や魚雷発射管に残っていた魚雷、さらに移送中の魚雷にも引火しさらなる爆発を生んだ。その爆発は外から見ても分かるほど激しいものであり、艦後部の至る所から爆発の炎が噴き出し、装甲板が吹き飛んでいく。だが、それでもまだ爆発から免れている艦前部にある砲門は攻撃を続ける。乗組員は必死にダメージコントロールをする。隔壁を閉鎖し、爆発を食い止めようとするも、誘爆で生まれた連鎖的な爆発はいくら分厚い隔壁を以ってしても防ぐ事はできなかった。爆風は隔壁を吹き飛ばし、艦内に流れ込んだ炎で乗組員がみるみる焼かれてゆく。その様相はまるで地獄さながらだった。そしてその炎が弾薬に引火、誘爆。ついにティーティスは自立航行出来る推力すら失い、爆発を伴いながらその場に漂い始めた。
CICにいたモンナグはマイクに向けてダメージコントロールの指示を叫び続けるが…。突然モンナグも目の前が眩い閃光で覆われ、激しい揺れと共に艦橋乗組員の悲鳴が聞こえた。モンナグ自身も艦長席から吹き飛ばされそうになるも目の前にあった突起を死に物狂いで掴み、何が何だかわからないまま、指示を途切れさせまいと、とにかくダメージコントロールの指示を叫び続けた。やがてモンナグの視界が回復すると、目の絵に広がっていたのは至る所に転がる艦橋乗組員の遺体と炎に包まれたCICだった。先程の爆発は誘爆がCICにまで及んだ結果だったんだな、とモンナグは一人理解して先程の爆発で血まみれになった左足を引き摺りながらしかししっかりとした足取りで砲雷長席に座り、照準を定めて引き金を引く。誘爆はもう目の前まで迫っていることは音で分かってはいだがしかしそれがモンナグを諦めさせる理由にはならずとにかくモンナグの命が尽きるその瞬間までモンナグは引き金を引き続けた。
「まだ、まだやれるぞ…」
そう叫びながら引き金を引くモンナグの頭からは血が流れ、片方の眼球には物が刺さっており何も見えずまさに満身創痍であった。
やがて一段と大きな爆発が起こり、CICにあったものすべてを吹き飛していく。その爆発はモンナグのいた砲雷長席にも届き、モンナグの体を燃やし尽くそうとする。自らの体を燃やされ、悶え叫びながらモンナグは祈り、叫んだ。
「我らが…ディ・イエデ王国に…栄光と…祝福あれ…!」
その瞬間CIC、いや、艦橋構造物全てが爆炎に包まれ、全てが吹き飛ばされ、そしてそれを合図に爆発は艦前部にまで到達。一気に広がった爆発に乗組員はなす術なく飲み込まれ、そして…。

ティーティス突撃開始からおよそ1時間後。敵艦隊は陣形の中心は大きな穴が空いたような格好になりながらも静けさを取り戻していた。穴の中心部に1隻の重巡洋艦の亡骸があった。亡骸は粉々になっており、元がどんな形になっていたかも想像できないほどになっていた。
防衛艦隊旗艦諏訪のCICでは、ある者はモンナグの名を泣き叫びながら残骸が映されたパネルに手を伸ばし、ある者は静かに涙を流し、ある者は固く目を閉ざしていた。…モンナグ近衛隊隊長他ティーティス乗組員の死は無駄にしない。ティーティスの残骸を見た乗組員は誰もがその思いを一掃強くした。ティーティスの戦いぶりは蔓延していた厭戦気分を吹き飛ばし、兵士を奮い立たせたことは間違いなかった。そして小西もまた、その一人だった。先ほどまで心にこびりついていた様々な悩みを吹き飛ばさせたモンナグらの戦い様に小西は畏敬の念を抱いた。彼らの死は無駄にしない。その為に小西は撤退中、ありとあらゆる策を考え、そして一つの結論に辿り着いていた。小西は作戦の概要を伝える為、マイクを手に取る。その手に迷いはなかった。