その日の夜、王宮では防衛艦隊設立記念式典が行われた。艦隊司令となる小西やアリア、モンナグはもちろんだが、それぞれの大臣や貴族、地方の諸侯までが一同に王宮へ集った。式典会場である王宮の大広間はかなりの広さだが、それでも人と人の切れ目が見えないくらいは人が集まっていた。やがて、全ての参加者が集まったらしく、アリアが壇上に上がった。それに気づいた参加者は皆、一同に姿勢を正し、深々と礼をする。アリアはそれに応えると、大きな声で話し始めた。
「本日より、我が国の防衛に正式に防衛艦隊が編入された!この意義はとても大きい!私達は古来より地の上で戦うしかなく、空を舞う敵には手の施しようが無かった!この話は別に今回の侵攻に限った話ではない!数千年前のドラゴン騒ぎの時も、数百年前の浮遊王悪サタンの時でさえ、我々は下から見上げる事しかできなかった!でも、そんな日も今日で終わる!我々は空で戦う方法を手に入れた!これにより私達はさらなる高みへ上り詰めることができるようになるでしょう!」
勇敢な声で、アリアは声高らかに叫んだ。司会者がアリアへの感謝を伝え、続いて小西が呼ばれる。壇上に上がった小西は、何を言おうかと少し迷い、やがてゆっくりと口を開いた。
「皆様、初めまして。私が初代防衛艦隊司令長官に任ぜられた、小西慶太と申します。我々はこの星の防衛を主目的としております故、必ず此度の戦も勝利へと導いてみせましょう。しかし、我々はあくまでも『護ること』が主目的であり、『攻めること』が目的ではない。このことをしっかりと把握して頂きたい。以上です。」
そう言うと小西はそそくさと壇上から降りて行った。その後は誰からの挨拶もなく、式典は食事会へと移っていった。小西は食事会と聞いて普通に座って食べれると思っていたが、そういうわけではなく小西が幼い頃よく映像で見たような、西洋のパーティーのようなものであった。小西は少し残念に思いながらも、思い思いのものを手に取り、できるだけ静かに食べたい為、端の方へ行こうとしたが、式典の主役である小西を権力に目がない貴族や諸侯が逃す筈がなかった。小西は多くの人に囲まれ、数多くの誘致や、賄賂、さらには婚約の話までが持ちかけられた。最初は小西も丁寧に対応していたが、あまりの政治舞台の黒さに嫌気がさし、適当に人をあしらった後、食事も程々に会場から退散してしまった。
王宮から飛び出した小西は、一人裏路地を歩いていた。気づけば時刻は午前0時を回っており、歩いていた裏路地どころか、表通りですら漆黒の闇に包まれていた。小西は一人で不気味なこの闇の中を歩いていたので、自然と気分は落ち込んでいた。小西は気分が落ち込んでいることに気づいており、もしかしたら先程の「やりとり」のせいもあるのかもしれないな、と思いながら歩いていた。そんな時、ふと不気味な音が聞こえることに気づいた。何かを捨てているような音と不快な臭いが、闇の中に広がる。小西はあまりの不気味さに震え上がったが、何が起こっているのかを確認しないわけにはいかなかった。それは好奇心から来たものだったのかもしれないし、自身が防衛艦隊司令長官だからという思いからだったのかもしれない。いずれにせよ、小西はこの行動を死ぬまで後悔することになる。
音の発生源を特定した小西は拳銃を右手に持ち障害物に隠れながら接近した。やがて、発生源がもう目の前まで迫り、そこから発生源を覗いた時、小西はあまりの光景に戦慄した。…これまで小西は数多の海戦に駆逐艦の乗組員として参加してきた。その中には、当然敵艦隊に斬り込んだり、味方戦艦や空母を庇う為に自らの艦を盾にしたこともあった。いずれの場合にも小西は何も臆することはなかった。…それが彼を宙雷戦隊番長たらしめたのかもしれないが、流石の小西もこの光景には耐えられなかった。
まず小西の目に飛び込んできたのは、見窄らしい服を着た老婆であった。そして、その横には山積みにされた死体の山があった。死体の山の対角線上には火が焚かれており、老婆は死体を一体づつ引き摺ると火の中へ放り込んでいた。死体を放り込むたびに炎の中から不快な音や臭いが辺りに充満していった。小西の脚はこれまでにないほど震えていた。しかしこの光景を見過ごして逃げ出すほど小西は臆病ではなかった。小西は拳銃を強く握り締めるとゆっくりと前に突き出して、叫んだ。
「動くな!そこで何をしている!」
叫び声があたりに反響する。老婆はいきなりの声にやや驚いた様子を見せたが、達観した様子で
「なんじゃ、おまえさん。そんな物騒なもんを突きつけて。」
とゆっくりとした声で言った。続けて、
「ワシを殺すか。まぁそれもよかろう。やってみなされ。」
とも言った。小西はあまりの緊張と恐怖で引き金を引きかけたが、それを思い留まり
「何をしていたのか、言え。」
と再び老婆に問うた。老婆は嘆息しつつ、言った。
「何をしているかなど、見ればわかるじゃろ。ワシは死体を焼いているのでさ。」
「その遺体は、どこから出たものだ。」
小西は語気を強め、言った。
「どこから…。そうじゃな、こいつらは防衛艦隊艦艇造船所からじゃな。」
その言葉に小西は眉を寄せた。
「嘘をつけ!防衛艦隊艦艇造船所は時間が通常の100倍で進んでいる!人が生きていける環境ではない!それに、造船所の工程は全て機械化されている!故に、人がいるわけがない!」
小西の叫びに老婆は淡々と告げた。
「この国に機械が作れると思っとるのかね。」
老婆は全てを悟ったかのような目で小西を見つめた。この時、小西の背筋にヒヤリと冷たい何かが走った。小西は、現実から目を背けたかった。まさか、自分の決断がこんなことを引き起こしていようとは想像もしなかったからである。
「まさか…そんな…いや、嘘だ…嘘に決まってる…」
小西はポツリと呟いた。老婆は小西の呟きを無視し、足元の死体に哀れみの目を投げかけさらに言葉を続ける。
「ワシやこの死体らは皆、奴隷身分や差別身分の人じゃよ。…可哀想にのぉ、造船所で国の為に働けば身分を解放してやるという勅命を信じて、働きに出てしまった奴らの末路がこの死体の山とは。国を護るために働けるとはなんと名誉なことだと張り切って働きに出た人も、今はこんな無惨な姿じゃ。え、おまえさん。おまえさんはこれを見てどう思うかね。おまえさん、その服を着ているということは防衛艦隊の所属なのじゃろ。」
小西はその問いに何も答えられなかった。何も考えられなかった。小西は、自身の艦隊を作るという発言でこれほど多くの人を死に追いやったという事実に、目を向けることができなかった。この世界の人を護るために戦うことを決意したのに、いざ現実を見ると俺は自らが建てた屍の山に気付く事もなく目先の人ばかりを護ろうと躍起になっていたのだ。結局、俺は…俺のこの国の全てを救うという理想は、結局マリアの掌の上で踊らされていただけなのか。そう小西が思った時、途轍もない絶望感に襲われ、膝から崩れ落ちた。その様子を横目に老婆は作業を再開する。しばらく経って、小西はフラフラと立ち上がると王宮へ向けて歩き始めた。


アリアは食事会が終わり星空を見ながら久々に一人で酒に興じていた。…防衛艦隊の設立。それによる防衛戦力の強化。ことは全てうまくいっている。奴らをここから追い出せるのはもうそう遠くない。そう思いながら再び酒を注いでいた時、勢いよく部屋の扉が開いた。アリアは驚いて少し酒を溢してしまう。入ってきたのは小西だった。拳を力強く握り締めている為手から血が滲み出し、顔は青ざめ、目は血走り、顔もぐちゃぐちゃになっていた。その様子を見て
「小西!一体どうしたというの?」
そう言いながら駆け寄ってきたアリアを小西は真紅の掌を勢いよく突き出して制止した。
その様子にアリアは驚いた声を出して
「どうして…?」
と問うたがその問いに小西は答える事なく
「アリア…お前…国民を…造船所で働かせていたというのは…本当なのか…。」
と言葉を途切れさせながら静かに尋ね返した。
その問いにアリアは顔を背ける。小西の静かな声が部屋の中に木霊し、静寂が部屋を重苦しく包む。
「いつも俺たちに魅せていた妖艶さも…わざと仕組んだことだと言うのか…。」
この世の全てに絶望したような顔で呟く。部屋には重苦しい雰囲気が漂うもそんな部屋の重苦しさとは裏腹に、夜空には流星が煌めいていた。
やがて、小西は手を震わせながらドアノブを回すと、何かを呟いて部屋を後にした。
小西はしまなみ乗組員にこのことを伝えようかとも思ったが、彼らにこの真実を伝えるのはあまりにも不利益すぎると考え直し、真実を胸の奥にしまうと何事もなかったかのように諏訪にある自室へ向けて歩を進め始めた。