敵艦隊旗艦の艦橋では、大男が歯軋りをしながら座っている椅子の肘掛けを勢いよく叩いていた。
「クソ!一体何が起こったというんだ!」
この艦隊の指揮を任された男、ジュリコーは敵艦隊は新たな敵艦の出現に全く対応できず、ただただ無策に艦隊に突撃しては味方艦を無惨に散らせていた。
「どうしてあの程度の艦隊が撃破できんのだ!我々は両翼から攻撃を仕掛けているのだぞ!」
そう怒鳴り、再び肘掛けを叩く。一体何なんだ、コイツらは。ジュリコーはイライラしながら艦隊を分断してくる戦艦隊を睨みつけた。我々に力を誇示するかのような純白な艦体に青いラインが入っている。…忌々しい。思えば例の駆逐艦がこの星に加担してから何もかもがおかしくなったのだ。…あの艦さえ。あの艦さえいなければ今頃この星はとっくに手中に納められていたというのに。そう思うと尚更腹が立った。
「早く奴らを始末しろ!一体いつまでかかっている!」
そう怒鳴るも
「ダメです!敵艦隊に近づける艦がおらず、有効打を与えられません!」
と下士官兵から報告され
「ええい、やかましい!」
と言い報告してきた兵を射殺した。下士官兵は苦悶の表情を浮かべ、手をジュリコーの方に伸ばしながらバタリとその場に倒れた。それを見たジュリコーは
「ふん、貴様の能力がないからいけないのだ。」
と呟いた後
「お前らもだ!コイツのように死にたくなければ今、ここで必ず奴等を始末しろ!」
と大声で怒鳴りつけた。


一方、諏訪を先頭に敵艦隊の真ん中を突進する防衛艦隊は主砲を両舷に指向し在らん限りの武装をばら撒いていた。
「アリア!艦首魚雷発射管1〜6番開け!目標、正面敵駆逐艦隊!」
「了解!艦首魚雷、撃て!」
放たれた宇宙魚雷は敵艦隊の中を猛進し、敵駆逐艦に命中した。被弾した敵駆逐艦は爆炎をあげながら堕ちていく。その間にも主砲は休みなく撃ち続け、接近してくる敵艦を撃破し続けていた、そんな時。
「正面から敵超弩級戦艦2、戦艦8、巡洋艦5その他駆逐艦近づく!」
という報告が電探士から上がった。見ると正面から四面体の隊列を組んで接近してくる艦隊が見えた。
「熟練艦か…」
小西はそう呟いた。今まで撃破してきた艦艇は隊列も組まず、それぞれが無策に突撃してくるだけであった。しかし、今近づいている艦艇はしっかりと防御と砲撃両方を兼ね備えた陣形を組み、接近してきている。誰の目から見ても手強い相手となることは火を見るより明らかであった。
「第一、第二宙雷戦隊、正面敵艦隊の両翼へ展開、砲雷撃戦を展開せよ。主力戦隊は単横陣を形成。砲撃戦に移行する。尚、第一宙雷戦隊は鶴岡三等宙尉が、第二宙雷戦隊は堀准宙尉が指揮を執れ。」
そう小西が各艦へ指示を飛ばした後
「主砲1番2番、艦首魚雷発射管、目標正面敵艦隊へ!主砲3番、4番及びVLSは引き続き接近してくるその他敵艦隊へ!」
と各砲座へ指示。それを聞いたアリアが詳細をCICへ伝達し、攻撃体制を整えた。船窓からは単縦陣を敷いて敵艦隊へ向かっていく二つの宙雷戦隊が見えた。頼むぞ、そう小西は祈りつつ目の前の艦隊を睨め付けた。

「敵艦隊、砲撃を開始しました!」
電探士からのその報告で激戦の火蓋が切られた。防衛艦隊は正面から接近してくる熟練艦隊の相手をしながら常に突撃してくる艦艇の対処をしなければならないという窮地に立たされていた。だが、小西にはこの状況をどうにかできるという確信があった。
「宙雷戦隊、敵艦隊側面へ!主力戦隊、全砲門開け!撃ち方始め!」
その号令で諏訪率いる主力戦隊は砲撃を開始した。諏訪の前方に設置されている2基の3連装主砲塔から白く輝く螺旋状の束が勢いよく発射され、それに続いて巡洋艦4隻が砲撃を開始した。
「本艦、巡洋艦より前に出よ!各艦、魔導艦体防壁、最大出力で展開!」
「ヨーソロー。魔導エネルギー伝動管解放。機関より魔法陣へ動力伝達始め!」
その瞬間、諏訪の艦体が一瞬眩い光に包まれたかと思うと艦側面に魔法陣が浮かび上がり、続いて何色とも言えないオーラで艦体が包まれた。それに倣って少し後ろにいる巡洋艦も魔導艦体防壁を展開する。無敵の盾を手に入れた主力戦隊は強気で敵艦隊へ前進する。それを見た敵艦隊は動揺したものの、隊列を崩すことなく、攻撃を続行した。両者一歩も引かぬ砲撃戦が展開される。主力戦隊の砲撃を軽々と回避する敵艦隊と、敵艦隊の攻撃を防壁で受け止め、攻撃を続行する主力戦隊。どちらも一歩も引くことなく、砲火が入り乱れる。戦況は、敵艦隊有利で進んでいた。防衛艦隊は、全ての艦が防壁を展開したことにより敵艦隊からの砲撃を全てシャットアウトしていたが敵艦隊の数があまりにも多く、防壁の効果が切れれば容易く撃破されるであろうことは一目瞭然であった。さらに、主力戦隊は3方向から突撃してくる敵艦艇の相手もせねばならず、5隻で対応できるキャパシティを超えていることは明白だった。小西は頭をフル回転させてこの状況を打破する方法を模索する。なにか、何かないのか。そう思いながら。

「クソ、我々の攻撃が効かない。一体なんだ、あの防壁は。」
超弩級戦艦2隻を擁する第182戦闘戦隊。その旗艦を務める超弩級戦艦「リュッツォウ」の艦橋で戦隊司令官ビーディー中将は唇を噛んでいた。見るからに正面にいる戦隊は囮だ。いずれ側方面に展開している宙雷戦隊が我々の懐に入り込み、肉薄雷撃を行ってくるのであろう。そこまで相手の行動が読めているのに敵の謎の防壁に遮られ、攻撃が通らない。我々も巧みな回避行動で連携をとりつつ砲撃を回避しているが、それでもいずれ限界は来る。奴らの防壁が目に見えている以上、必ず臨界点はあるはずだが、そこまで持ち堪えられるか。ビーディーはそう思った、その時。
「敵巡洋艦一隻から爆炎を確認、戦隊より落伍!下がって行きます!」
という報告が聞こえた。見ると、今まで一糸乱れぬ隊列を組んで攻撃していた敵戦艦、巡洋艦隊の隊列が、後方からの味方の攻撃によるものなのか隊列が崩れ、一隻後ろへ下がってしまっていた。その味方を援護しようと他の戦艦、巡洋艦も戦線を下げ始めていた。チャンスかもしれん。そうビーディーは考え
「全艦、隊列そのままで正面敵艦隊へ突撃!尚、第一、第二小隊は側方の宙雷戦隊の対処をしろ!ここで奴らを叩き潰す!」
そう声高らかに告げた。そして自らも艦橋の最前に立ち、指揮を執り始める。
「主砲全力撃ち方!とにかく奴らを撃滅するんだ!」
第182戦闘戦隊はビーム砲を乱射しながら敵戦艦、巡洋艦へ向けて突撃を開始した。小西率いる主力戦隊に激しいビーム砲火が襲う。だが、撤退を急いでいるためか、反撃をすることはなく、ただひたすらに下がり続けていた。ビーディーは気が立っていた。もしここで奴らを殲滅できれば…次こそは。次こそはこの俺が、この艦隊、第7艦隊の司令官になるのだ。親の七光で司令官になった無能なジュリコーなどという人物でなく、この俺こそが、この艦隊の司令官として相応しい。そうだ。そうに決まっている。だから、必ずここで奴らを叩き潰す!そう決意を固めたビーディーは早く目の前の敵を撃滅せんと各艦に増速を支持する。
「全艦、最大戦速!加速のために使えるものは全て使え!エンジンが焼き切れても構わぬ!」
そう叫び、正面の敵を凝視した。目の前の戦艦と巡洋艦はなおも後退を続け、ついに我々の包囲下から離脱した。まずい、このままでは逃げられる。千載一遇のこのチャンスを逃してなるものか。そう焦るがこれ以上艦は加速できない。クソ。追いかけ続け、効果のない砲撃をし続けるこの時間がもどかしい。相変わらず攻撃は通らないが臨界点も近いに違いない。そう思っていると、突如、今度は目の前の戦艦が我々の砲撃で火を噴いていた。それを見てビーディーは飛び上がって喜んだ。
「奴らの防壁が切れた!ここからは我々が一方的に殲滅する時間だ!」
防壁がなくなったことで、状況は圧倒的にビーディー有利だった。後退し続け、攻撃を行わない主力戦隊はただの的となり、宙雷戦隊も既に撤退し、防衛艦隊の敗北は確定しているかと思われた。だが。後退し続けていた主力戦隊が突如として再び単横陣に移行し始めた。なんだ、最後の悪あがきか?とビーディーが不思議に思ったその時。ビーディーの目の前が閃光で包まれた。
「何が…!!」
そう叫んだが、ビーディーも、下士官も、いや、おそらく第7艦隊にいたほとんどが何も理解できないまま、艦隊は崩壊、そこにいたほぼ全ての艦も人も、全てが灰と化した。


時間は主力艦隊が第182戦闘戦隊と交戦していたところまで遡る。小西は、敵艦隊の連携した回避行動の様子を見て、このままではいずれ押し負けることを悟った。既に宙雷戦隊が攻撃を開始しているが、効果は芳しくない。…ならば。一つ賭けに出てみるか。そう思い、マイクを手に取る。
「巡洋艦羽黒に告ぐ。現時刻より5分後に爆発を実行、その後戦隊より落伍せよ。」
突然の意味のわからない命令に羽黒艦橋内は騒然となる。羽黒艦長、佐川一尉は、
「すみません、司令。詳しく説明していただけますか。」
と尋ねた。
「現状では敵艦隊と火力は拮抗しているが、おそらく練度は向こうのほうが上だ。だが、奴らも我々に攻撃が届かず、焦ったいと思っているはずだ。そこで、我々の艦が一隻被弾していると見せかけることで相手の勢いを煽ることができる。そして我々も貴艦に合わせて後退する。そして相手がほぼ一直線上に並んだところで単横陣に移行、『アレ』を撃つ。」
それを聞くと佐川一尉はさらに身を乗り出した。
「『アレ』はまだ試験途中です!性能テストもせず実戦で発砲するのは危険では…。」
そう言ったが小西は首を振り
「危険なことになるのは100も承知だ。だが、この多勢に無勢な状況を打開できるのは、もう『アレ』しかないのだ。」
小西の真剣な表情に羽黒乗組員は気が引き締まる思いがした。やがて唇を震わせながら佐川一尉は言う。
「…わかりました。5分後に左舷第四デッキ外郭装甲を爆破させます。」
小西は緊張で顔をこわばらせた佐川一尉を見て
「頼んだぞ。」
と言った。
5分後、大きな爆発音と共に羽黒から爆炎が上がり、不自然に隊列から離れ始めた。それを確認した小西は
「主力艦隊全艦、機関逆進、後進始め!」
と下命した。
「艦首スラスター最大出力!両舷補助エンジン後進最大出力!ノズル変形、逆噴射!」
命令を聞いて航海長が手元の計器を操作し、後進が始まる。やがて、敵艦隊から離脱したことを確認すると小西は
「艦首クォーク振動砲、発射用意!全艦統制射撃を実施する!各艦、本艦とのデータリンク開始!機関エネルギー充填始め!クォークタービンディスコネクト、全エネルギー、クォーク振動砲へ!」
と言った。瞬間、クォーク振動砲発射準備のアラートが艦内に鳴り響き、エンジンノズルとクォーク機関の接続が解除され、すべてのエネルギーがクォーク振動砲発射に回された。
「艦体電源再起動に備え、艦内すべての電源を切れ!コンデンサーに再起動用電力を貯蓄せよ。」
「了解!全電源OFF!コンデンサーへ回路接続!電力貯蓄開始!」
小西の命令に阿部が呼応する。続いて、
「現在、機関圧力上昇中。エネルギー伝動管、解放。」
と機関長が報告した。すると、再び阿部が
「非常弁、全閉鎖。強制注入機作動。」
とコンソールや計器を触りながら報告する。
「…作動を確認。」
その報告をアリアが確認する。今回、この世界で初めての大量破壊兵器の引き金を引くのは、砲雷長であるアリアだ。アリアの頬を一筋の光が滴った。
「薬室内、クォークエネルギー圧力上昇中。86…97…100!エネルギー充填120%!」
今度はCICから状況が報告され、クォーク振動砲の発射が近づいてきた。その間にも敵艦隊から絶え間ない砲撃が繰り返されている。そして遂には
「魔導艦体防壁、効果時間終了!消失します!」
と言う報告が阿部から飛んだ。瞬間左舷に砲撃が着弾、艦体は激しい振動に襲われる。だが、それでも準備は滞りなく進み、ついに、アリアは安全装置に手をかける。
「安全装置解除。」
「安全装置解除確認。クォーク振動砲発射シークエンス、正常に作動中。」
阿部が安全装置の解除を確認し、発射体制が整ったことを告げた。続いて小西は操艦を射手であるアリアに委譲させるよう命令を出す。
「操艦、航海長から砲雷長へ。」
そう言った時、また被弾し、再び衝撃が走るが、誰しも冷静さを欠くことはなかった。
「航海長、委譲します。」
「砲雷長、確認しました。」
操艦がアリアに変わり、一瞬艦のバランスが崩れるが、巧みに艦を操り、姿勢を安定させる。艦が安定したことを感じた小西は、いよいよ照準を合わせる準備を下命する。
「艦首を正面敵艦隊へ合わせろ。」
「了解。左舷スラスター1秒噴射。…艦首、敵艦隊へ向きました。」
「よし…照準合わせ!」
「了解。スペースサイト、オープン。コスモスクリーン、透明度23。目標、正面敵艦隊、距離4500。誤差修正-1.3。照準固定。」
照準が固定され、照準器の真ん中に敵艦隊が収まった。そして。、
「総員、閃光防御ゴーグル着用。」
そうアリアが叫び、全員が発射の際の光で目を痛めるのを防ぐため、サングラスのような閃光防御ゴーグルをかけた。全員がゴーグルをかけたことを確認したアリアはカウントダウンを始める。
「発射10秒前。………5,4,3,2,1…」
カウントが0になった時、小西は艦長席から身を乗り出しながら
「クォーク振動砲、撃てぇい!」
と叫んだ。その声に呼応するようにアリアがトリガーを引いた。そしてアリアがトリガーを引いたのと同時に主力艦隊所属艦全艦艇はクォーク振動砲を発射した。5本の白い、極太の光線が敵艦隊を襲う。直径およそ2mほどの閃光は、徐々に広がりながら敵艦隊へ向かっていった。そして着弾。クォークエネルギーの奔流は周辺にいた艦艇までもを誘爆せしめた。激しい閃光と爆発で小西たちからは全く見えず、レーダーも反応しない。…数分後、視界が晴れると射線上には何も残っていなかった。辛うじて射線からの退避に成功し、さらに誘爆を免れた数隻の艦艇が点在しているだけであった。クォーク振動砲は、一瞬にして目の前の全てを薙ぎ払ってしまったのである。
「これが…クォーク振動砲…」
小西はその威力に絶句した。これまで宙雷戦隊にしか配属されたことのなかった小西にとってクォーク振動砲は存在は知っていたがまだ見たことのない、未知の兵器だった。相当な破壊兵器であることは阿部から聞いていたが、よもやここまでとは…。そう思い、艦長席で俯いていた小西の小西の目の前では、アリアがその威力に大喜びしていた。
「すごい兵器よ!これは!これ一つで奴らを全員倒せる!いや、それだけじゃない!もしかしたら奴らの本土までこの兵器で破壊し尽くせるかもしれない!いずれにせよ、これさえあれば勝ったも同然よ!クォーク振動砲万歳!ディ・イエデに栄光を!」
そう言って両手を挙げて万歳、万歳と叫んでいた。航海長も、電探士も、機関長もディ・イエデ出身の者は全員がその威力に酔いしれていた。その後ろで一人俯く小西と、複雑な顔で自席に座り込んでいる阿部は何か、なんとも言葉で表せない気持ちが腹の中で渦巻いていた。