第六章 抜錨

ディ・イエデ各地の秘密ドック内では大騒ぎが起こっていた。突然の大艦隊の侵攻。誰の目から見ても駆逐艦一隻では対処しきれない事は明らかだった。そこで小西は現在最終確認中の新規建造艦15隻全艦に緊急発進を命じた。新規建造艦15隻は全てが王都で建造されるわけではなく、できる限り迅速に、かつ合理的に建造しようとした結果、全国各地のドックにて建造される事となったのである。そして最終確認ももうすぐ終り、一週間後に艦隊の結成式を迎えた中で、大艦隊が侵攻してきたのである。小西は式を行う前に発進、戦闘に参加するという暴挙を出た。決して小西が儀式を軽んじているという事ではない。ただ、予想しえなかった緊急事態に対処する方法がこれしかなかったのである。その小西は時空湾曲媒石を用いた時間加速システムの遮断を確認した後、ドック内に降りて行った。普通は時空湾曲媒石を用いたシステムにより時間が100倍で流れている為、人がドックにいる事はできない。その為基本的な工事は魔道具にて行われていたようであるが、システム遮断直後にも関わらず、思いの外人が多い事に小西は驚きつつも目の前の巨艦を見つめた。艦側面にはびっしりと書かれた防御用の呪文。側面から迫り出した対空機銃の数々。超高速航行時の安定性をさらに増加させる宇宙安定翼の数々。それらを見た小西の顔は言うまでもなく自信に満ちていた。諏訪型超弩級宇宙戦艦1番艦「諏訪」。それがこの艦の名前であった。命名の由来ははるか昔、隣国が日本に攻めてくるという元寇が起こった際、諏訪の龍神が嵐を起こし元軍を撃退したという伝説から、この戦いでも神のご加護があるようにという祈りを込めたものだった。そんな祈りの象徴たるこの艦は十分すぎる武装を有していた。航宙自衛隊の誇る最新鋭艦「あまぎ」を参考に作られた本艦の武装は40.6センチ三連装クォーク砲や多数のVLS、魚雷発射管に加え、艦首には三メートルはあろうかという二門の大きな砲口が穿たれていた。そこから放たれるのは、クォークエネルギーを風魔法や重力魔法で撹拌した「クォーク振動砲」。阿部の試算では星一つを粉々にできる火力があるという、まさしく艦隊旗艦にふさわしい攻撃性能だった。それにもかかわらず、工期を短縮する為、防御呪文が刻まれた王族専用の脱出船を改造したこの艦は内郭は脱出船の外郭をそのまま用い、外郭及びその他構造物をここで作成し搭載している、工期短縮性にも優れた艦であった。艦の出来栄えに満足しつつ小西は艦橋へ足を向けた。
艦の内部では駆逐艦よりも遥かに多くの人々が慌ただしく準備を進めていた。後から後からどんどん乗組員が集まってくる。弾薬庫への扉が開かれ、小西が数日前に依頼していた超弩級戦艦にも対処可能なミサイルや魚雷が積載され、暇さえあれば三式弾や実体弾、小型無人偵察機こくちょうなど今回使用される可能性は低いものの、無いと困る装備品が積み込まれると共に、エンジンに火が入り始める。艦橋についた小西は準備状況を確認しながら戦況を確かめていた。「上」では、杉内がたった一人で勇敢に立ち向かっているがあまりにも多勢に無勢である。急いで加勢しなければ。そう焦りつつも落ち着いて各部署からの準備完了の報告を待った。耐えてくれ、杉内をそう言わんばかりに小西は艦長席に座りながら手を組んで祈っていた。そんな時、その手を包むように別の手が重ねられた。小西が驚いて目を開けると、目の前にはアリアがいた。アリアは大丈夫と言わんばかりに小さく、しかししっかりと頷いた後、砲雷長席へ歩いていき射撃管制装置の調整をする為一人で黙々とコンソールをつつきはじめた。初めて艦に乗る人に落ち着かせられるとは、なんて情けない。そう小西は思いつつもアリアに重ねられた手を大事そうにさすりながら全ての準備が終わるのを待った。やがて、時は来た。全ての部署から準備完了との報告が入り、エンジンには火が入った。…全て万全だ。そう小西は思い、言った。
「艦隊所属の全艦へ通達!全艦直ちに発進!王都上空の戦闘空域に集合せよ!」