グスタフ司令の戦死に伴い、王都では盛大に国葬が開かれた。天気こそ曇天であったものの、会場には多くの人が詰めかけていた。グスタフ・オットー。過去には多くの内乱を鎮圧し、今回の戦争においても卓越した指揮能力によって陛下と共にしまなみが来るまで持ち堪えることができた…。その功績は非常に大きい。その功績を讃える為に臣民の多くは国葬に訪れ、王都のメインストリートを棺が通った際には多くの臣民がメインストリートへ押し寄せ、多くの人が膝をついて涙を流していた。
その様子を小西は自室から眺めていた。絶えず涙を流しながら徐々に遠ざかっていく棺に向かって敬礼を続ける。本当に申し訳ございません。今までありがとうございました。その事だけをずっと心の中で繰り返していた。涙は止まるところを知らず滝のように小西の頬を伝って流れていく。小西はそれを拭う事なく、ただただ敬礼を続けた。その時、ゆっくりと扉が開いてアリアが入ってきた。アリアは、小西が小刻みに震えているのを見て、小西が泣いているとすぐに理解し、ゆっくりと小西に向かって歩き出すと、後ろからゆっくりと、しかし力強く小西を抱きしめた。小西は驚いたが敬礼の手は降ろさず、何も言わずに外を見続ける。そんな小西に
「大丈夫。貴方の所為じゃないから。大丈夫。」
と言ってそのまま抱きしめ続けた。小西は思うところがあったのか、少し口を開こうとしたがすぐに閉じ、再び窓の外を見続けた。

同じ頃、杉内は侍従長…マリアと一緒に国葬に参列していた。杉内はしまなみ代表として、マリアは王宮代表として棺に献花していた。二人とも無言で花束を置き、棺を見つめる。木製の棺は、太陽で反射し鮮やかな木目を映し出す。棺の前に立っているとまるで近くにグスタフがいるかのような気がしたが、現実は目の前にあり、二人はそれぞれ首を振ると一歩下がって礼をし、棺の前から去っていった。そしてその後は用意された椅子の上から国葬の様子を見続けた。しばらくして棺が墓地に埋葬される瞬間となった。それぞれの代表者全員で棺を支え、ゆっくりと墓穴の中に納める。やがて棺が墓穴に入り、ゆっくりと棺が土に覆われ全てが埋められていく。ついに棺の全てが埋められ、その上に墓石が置かれた。その場にいた全員が自然に黙祷を捧げる。その後一人、また一人と礼をして墓から去っていく中、杉内とマリアはずっとその場に居続けた。やがて、雨が降り出しても尚、二人は立ち続けた。雨は次第に強くなり、二人の肩に激しく当たる。
「なぁ、マリア。」
「…なに。」
重苦しい空気の中、杉内がゆっくりと口を開いた。マリアからの応答を確認すると再びゆっくりと口を開く。
「…人って、こんなにも脆いものなんだな。」
その言葉にマリアは肯定も否定もせず、ただただ立ち尽くしていた。再び二人の間に静寂が訪れる。雨音はだんだん激しくなり、それにつれて二人の空気はだんだんと重くなる。そんな中、杉内は自分の着ていた儀礼服をマリアにそっと掛けた。
「…風邪、ひくぞ。」
その言葉にマリアはうん、と小さく呟きながら掛けてもらった儀礼服を自身の方にさらに引き寄せた。やがて、マリアがポツリポツリと話し始めた。
「ねぇ、政信。こんな事になるなら私達は早くアイツらに屈するべきだったのかしら…。お父さんをこんなに早く亡くすなんて…。こんな辛い思いをするのなら私、いえ、私たちは大切な人を失う前にアイツらに降るべきだったのよ…。」
その言葉を聞いて杉内は驚いたような顔をしてマリアを見る。それに気づいたマリアはゆっくりと顔を上げて
「私の名前は、マリア…マリア・オットー。元防衛陸軍司令長官グスタフ・オットーの娘よ…。」
そう小さく言って、再び俯いた。その言葉に杉内は何一つ言葉をかけてやれず、ただただ俯き続けた。だが、ふと昔小西から言われた事を思い出し、杉内は顔を上げて自身に言い聞かせるように言った。
「失うことが…大切な何かを失うことが怖いが為に楽な方へ、楽な方へと逃げる。それは果たして正解なのでしょうか…。」
その言葉にマリアは何も返さなかった。杉内は続ける。
「俺は思うんですが…逃げることは選択を放棄することと一緒だと思うんです。要所要所で選択を迫られた時常に逃げて、選択を放棄していった先に何が待ち受けているのか…。少なくとも幸せな世界にはならないと思うんです。で、あれば幸せを得る為には抗うしかない…。だけど、運命に抗う事は当然多くのものを失って痛みを伴う…そう思います。だから、今この世界が戦う事を選んで、運命に抗って、多くの痛みを伴っている事は、幸せに近づいている証。俺はそう思います。」
そう言った杉内をマリアはチラリと横を向いたがすぐに下を向いてしまった。杉内は一つふう、と息をついた。そして何を思ったのか、突然マリアの手を掴んだ。急な事にマリアは驚き、顔が真っ赤になりながら困惑したような声で
「ちょ、ちょっと、政信…?」
と言ったがそれを半ば無視して
「今、ここで約束しましょう。」
と言った。
「約束…?」
と困惑したマリアを差し置いて杉内は言葉を続けた。
「この戦いが終わったら。そうしたら俺と結婚してくれ。」
「な、な、な…!」
真っ赤な顔をさらに真っ赤にしてマリアは何を言うでもなく、顔を手で覆ったかと思うと目の前でパタパタと振ってみたり、パニックになった様子で暴れていた。そんな様子に杉内は微笑みながら
「マリア、俺は誓うよ。この戦いを生き残って貴女を幸せにするって。貴女は十分すぎるほど痛みを味わってきた。だから、そろそろ幸せになるべきだと思うんだ。だから、約束。俺はこれ以降の戦いで命を散らさないし、マリアもしっかりと生き残る。お互いの、約束。」
そう言って杉内はマリアに微笑んだ。マリアはまだ顔を赤らめていたが、少し落ち着いたようで杉内の話を聞いた後真面目な、でも嬉しそうな顔で
「私、それを言った人の中で無事に生きて帰ったきた人を知らないのだけど。」
と言う。
「フラグ、か。確かにな。その話は俺らの世界でも割と有名だよ。創作の話じゃその言葉を言って死ぬって言うのが鉄板だな。」
そう杉内が言って豪快に笑った。その様子にマリアはくすくすと笑う。
「わかってるなら、良いわ。約束よ。絶対生き残ってみせるわ。この世界で仮に私達二人になったとしても。」
杉内は大きく頷き、掴んだマリアの手と自身の手を絡め合わせるようにして手を繋ぎ直した。マリアもそれに応じ、杉内の指と指の間に自身の指を合わせた。お互いに何も発する事なく、ただ空を見上げていた。いつの間にか雨は上がり、晴れ間が差し込んでいた。そこから見える青空はまるで困難に打ち勝った世界を表しているかのようであった。


それから数日経ち、小西は再びしまなみを訪れていた。今度こそ本来の目的を果たす為に。全員をブリーフィングルームに集めると小西は全員に聞こえるように言った。
「間も無く、ディ・イエデ第一防衛艦隊が結成される。新兵教育プログラムにより、この国の兵士もある程度は艦を操れるようになった。しかし、まだ諸君ら程の技量があるかと言われればそうではない。よって、本艦乗組員を各艦に配属し、それぞれの幹部を務めてもらう。いきなりで困惑する点もあると思うが、しかし各員の技量を遺憾なく発揮してもらいたい。諸君らは配置転換を以てそれぞれの艦の幹部となる。だから、完全に俺の指令を聞く必要性は無くなり、各自の現場判断に任せることもある。だが、一点だけ、これだけはなんとしても守ってもらいたい。全員、生きてこの艦に戻って来い。以上だ。」
全員が小西に対して敬礼をする。小西が答礼をし、全員が落ち着いた事を確認すると
「それでは、皆さんの配属先をお伝えさせていただきます。船務長の石原です。まず小西艦長は防衛艦隊司令長官兼艦隊旗艦の旗艦級戦艦の艦長を務めていただきます。続いて杉内砲雷長は本艦の艦長へ、桐原航海長は変わらず本艦の航海長を、西村機関長は旗艦級戦艦の機関長を務めていただきます。そして…」
その後も総勢百余名の配属先が告げられそれぞれ緊張しつつも凛とした表情で聞いていた。石原が全員の配属先を聞き終わった後、再び小西が前に出て
「尚、第一防衛艦隊は戦艦及び巡洋艦からなる主力戦隊としまなみを旗艦とした駆逐艦からなる機動宙雷戦隊の2個戦隊から構成される事となる。戦隊へ別れる際は主力戦隊は俺が、機動宙雷戦隊は杉内が指揮を執る。指揮系統はそのようになるから、よろしく頼む。」
その言葉に全員が敬礼をした。
「尚、配置転換は明日付けで行われます。本日は配置転換の為の身辺整理に充ててください。以上です。」
石原が内容を補足し、その場は解散となった。艦橋乗組員は、旗艦級戦艦へは小西と阿部、しまなみ残留は杉内と桐原そして西村、巡洋艦へは石原が配属される事となった。それぞれが別れる事になると寂しい事になるな、と小西は思ったが出会いあれば別れあり、という言葉がある以上、いつかは別れがあるが、また会える。そのことを信じて小西は艦を降りた。

翌日、しまなみ残留の乗組員は新たに迎えた乗組員を甲板上で出迎えていた。残留乗組員十数名に対し、新乗組員九十余名。圧倒的に新兵が多い中、今後の防衛をしなければならない。その重責を杉内は双肩に背負い新乗組員の顔を見つつ
「新乗組員の諸君に告ぐ。私が本艦の艦長、杉内政信である。現在、艦艇の建造は順調であるが未だ一隻も完成しておらず、本艦がこの国の防衛の大部分を担っている。諸君らにも防衛を担うという重責は重く伸し掛かると思うが死力を尽くして取り組んでもらいたい。以上だ。」
そう言った。残留乗組員が形の整った敬礼をする一方、新兵は少しぎこちない敬礼をする。…一年半でここまでやれるのならまだ上出来か、そう杉内が思っていると警報が鳴り響いた。詳細な情報を待たず
「総員、第一種戦闘配備!配置につけ!」
そう叫んだ。途端に甲板上が、そして艦内通路が人の往来で慌ただしくなる。杉内は戦闘配置完了まで熟練乗組員より8分多い10分を見込んでいたが、意外な事に戦闘配置の完了は熟練乗組員並みに早かった。杉内はなるほど、儀礼的なところは程々に技量を重点的に学んだのだな、そう自己完結しつつ桐原にアイコンタクトを送った。桐原は意図を把握すると
「機関長!機関出力最大!緊急発進!」
「了解!機関接続、出力最大!」
と叫ぶ。先程の電探士からの報告では、超弩級戦艦3、戦艦45、巡洋艦385、駆逐艦542とあった。まずいな、そう呟いた杉内の額には脂汗が滲んでいた。あまりにも数が多すぎる。駆逐艦の砲撃では超弩級戦艦に対して有効打がほぼなかった事は先の戦闘で自明だった。有効になりうる新型魚雷や新型ミサイルの開発はひとまず小西司令がお願いしたようであるが、完成していない以上当然ながら今本艦に搭載されているはずがない。どうする…。そこまで杉内は考えて、思考を切り替えた。いや、とにかく意味が無かろうとも今やるべき事を死力を尽くしてやるんだ。それしかない。そう結論づけ、杉内はまだ座り慣れていない艦長席からまだ見えるはずもない敵艦隊を睨め付けた。