第五章 現実

「…西!こら小西!いつまで寝てるつもりなの!」
その声で小西は目が覚めた。小西がしまなみの艦長職を退いて既におよそ一年半。建造される艦艇はおよそ9割完成しており、残すところ細部のみであった。新兵教育プログラムも効果的に機能し、多くのエリートを育んでいる。小西のアリアへの教育プログラムは全て終わっており、今はより実践的な図面演習に取り組んでいた。二人だけのコミュニケーションを取る機会が多かったからか、二人の距離はかなり近い状態であり、二人だけの時は小西は陛下のことを「アリア」呼び捨てし、陛下も小西をそのまま「小西」と呼び捨てすることが多くなった。
「小西、今日の予定はなんなの?」
「今日はとりあえず一度しまなみに戻ってやる事を午前中までに終わらせたらまた図面演習だね。」
そう言って小西はアリアと朝食を平らげると久しぶりに艦長時代に着ていたコートに袖を通し、
「それじゃあ、昼までには戻るから。」
と言って出ていった。

ドアが開くと、そこには懐かしい光景が広がっていた。艦を離れていたのはたった一年半だがそれでも戻ってくると何か懐かしい感覚がした。目の前にはいつもの艦橋乗組員が敬礼をして待っている。小西は目を潤ませながら敬礼を返した。そんな時だった。突如として警報が鳴り響く。小西たちはギョッとしてお互いに見つめ合う。そして情報が放送で伝えられた。
「レーダーに感!敵艦隊を距離100000の地点で補足!数29!現在艦種識別中!」
それと同時に杉内が
「全艦に告ぐ!総員、第一種戦闘配備!繰り返す、総員、第一種戦闘配備!」
と言った。すぐに警報から戦闘配置のアラートに切り替わる。小西はいい機会だ、今のうちに杉内の指揮を見てみよう、そう思ったが不意に自身に視線が集まっていることに気づいた。顔を上げると杉内も、西村も桐原も、艦橋乗組員全員が小西の方を見ていた。…まるで久しぶりの小西の指揮を楽しみにしていたと言わんばかりに。小西は視線の意図に気付き、やれやれと言ったように顔を振って深呼吸した後、小西は艦長席に歩み寄り、懐かしい艦長席に深々も腰掛けた。目を一度閉じ、再び開ける。小西は気持ちをリセットし、状況を把握した。現状基本的な指示は全て杉内が行なっており、小西は戦術を立てることに全ての能力を傾けた。そんな時、再び放送が入る。
「艦種識別完了!超弩級戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦20、識別不能艦4!」
小西は識別不能艦の存在に違和感を覚えた。小西は
「電探士!識別不能艦を拡大してメインモニターへ映せ!」
と指示を出した。ここへきて小西はCICに移動しなかったことを少し後悔したが特に深く考える事なく艦長席から動こうとはしなかった。やがてモニターに識別不能艦が映し出された。それは一見すると輸送艦のように見えた。小西は最前線に輸送艦を送り込むとは不用心だな、そう思いつつ
「本艦目標正面敵超弩級戦艦!防衛砲台は敵駆逐艦へ照準!」
とそれぞれへ目標を割り振り杉内へアイコンタクトを送った。そして杉内は
「各砲座、撃ち方始め!」
と言った。その刹那、艦が少し揺れ、ビーム砲やミサイル、宇宙魚雷が戦艦へ向けて飛んでいった。既に一年半前の会議で消耗品の生産については目処が付いており、作戦の自由度はかなり高くなっていた。やがて砲撃が敵戦艦へ命中しようかというその瞬間、敵駆逐艦が敵戦艦の前に出たかと思うと、駆逐艦が戦艦の盾となり砲撃を庇い、バラバラになって落ちていった。そして敵戦艦の前から敵駆逐艦が消えた瞬間、敵艦隊から砲撃が飛んできた。桐原がすかさず回避行動を取るが、あまりにも激しい砲火の前では徒労に終わり、左舷と右舷にそれぞれ二発が着弾した。杉内が
「ダメージコントール!隔壁閉鎖、急げ!」
と指示し、被害を最小限に抑えようとする。そんな時だった。
「識別不能艦!地表へ向けて降下中!」
という声が聞こえた。この時、小西はようやく識別不能艦の正体が分かった。
「ソイツは強襲揚陸艦だ!直ちに迎撃を!」
「ヨーソロー!両舷最大戦速!」
意図を理解した桐原が艦を傾け、強襲揚陸艦へ向けて舵を取る。
「敵艦との距離110000!敵艦はあと90秒で地表に到達します!」
その電探士の声に耳を傾けつつ小西は
「杉内!主砲弾種実体弾!主砲へのエネルギーをカット!西村機関長!全てのエネルギーを推進力へ!」
と指示。瞬間、再び艦が加速する。
「距離95000!相対速度148000!」
じわりじわりと接近する。間に合え。そう祈っていた時だった。
「本艦正面250に敵駆逐艦二隻、ワープアウト!」
電探士のその声と共に船窓からは禍々しいワープエフェクトと共に敵の駆逐艦が出現し、すぐに砲火が飛来する。一瞬の出来事。その一瞬で桐原は必死にスラスターを始動させ、なんとか回避しようとする。しかし、あと少し。あと少し足りなかった。
「艦首魚雷発射管損傷!使用不能!」
杉内の悲痛な叫びが聞こえる。だが小西はそれを聞き流し
「主砲弾種そのまま!目標、左舷敵駆逐艦へ!VLS目標右舷敵駆逐艦へ!一斉撃ち方!」
と冷静に指示を飛ばす。すると敵駆逐艦は火だるまになって落ちていったが強襲揚陸艦はこの隙にさらに地表面へ近づいていった。
「敵揚陸艦!あと15秒で地表面へ到達!」
電探士からの報告は、もはや絶望だった。敵の本土上陸は避けられない、誰もがそう思った時、電探士から驚きの声を含んだ報告が聞こえた。
「敵揚陸予定地点に反応!防衛陸軍所属第一迎撃旅団です!」
全員が驚いて見えるはずもないが船窓へ視線を飛ばす。一体どうするんだ、と言わんばかりに。