同じ頃杉内は、1人市場をウロウロしていた。2日前の艦長達と女王陛下との会議で我々乗組員の自由上陸が許可された。だが、艦長は有事の際、直ぐにスクランブル発進できるよう、乗組員を半分に分け、それぞれ1日交代で上陸するよう命じた。昨日は杉内が待機組だったので今日、杉内は初めてこの地に降り立った。艦橋の窓から外をみていたがこうして実際に降りて見てみると改めて攻撃の凄惨さが分かる。だが、人々の心に絶望の色はなく、市場もほぼ壊滅しているにも関わらず、様々な人が露店を出し、かなりの賑わいを見せていた。…俺達はこの世界を救う選択をして本当に良かった。そう杉内が思って歩いているとふと横の小路で声が聞こえた。少し顔を覗かせて見ると1人の女性の周りに複数と男が取り囲んでいた。女性は先端に眩い光を放つ宝玉がついた杖を男の1人に向け
「これ以上近づいて見なさい。貴方方は跡形もなく消え去ることになりますわ。それが嫌なら、今すぐこ私から離れなさい。」
と言った。男達はヘラヘラと笑いながら
「へっ、いつ死ぬかわからない命、惜しくはねぇや。それよりも今やりたい事を好きなようにやる事の方が大切なのさ。いま、俺たちは腹減ってんだ。腹一杯飯を食いたいんだ。とりあえずそのバスケットを置いていきな。見た感じ王室御用達だろう?きっと豪華なものが入っているに違いねぇ。」
そう言って男達はジリジリと女性に詰め寄った。女性は顔を恐怖で歪ませ、杖をカタカタと震わせながら壁際に追い詰められていた。その様子を見かねた杉内は小路に入っていき
「おい、アンタら何してんだ。」
と声をかけた。男達は邪魔な奴が来たと言わんばかりに杉内のことを睨みつけ
「おうおう、お前、偽善者か?暇な奴だな。」
と一人の男が言ってきた。杉内はその言葉をスルーして
「そこの女性から離れなさい。さもないとどうなっても知らないぜ。」
そう言った。だが当然男達は離れる様子はなく、むしろ杉内と交戦する構えをとり、ジリジリと近づいてきた。それを見て杉内は…仕方ない、そう思い、一思いにホルスターから拳銃を取り出すと、一発、空に向かって放った。
「ひっ!」
男達は悲鳴をあげ、突如聞こえたおそらく今まで聞いた事ないであろう銃声に驚いたのか、ジリジリと後ろへ下がり始めた。そして杉内が改めて睨みつけると、彼らは一目散に逃げ出した。それを見て杉内は天に向けた拳銃を手慣れた手つきでホルスターに収め、女性の元へ駆け寄り
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
と言った。女性は先程の銃声で驚いて腰が抜けてしまったのだろうか、立ち上がることができず壁にへたり込んでいた。それを見て
「申し訳ありません。驚かせてしまいました。…とりあえず家の近くまで送っていきますから、肩を掴んでください。」
と言うと女性は杉内を見て驚いたような顔をして
「い…いえ、大丈夫よ…。」
と言い、立ちあがろうとしたが立ち上がることができないようであった。杉内は続けて
「いえ、そんな状況で帰ることはできないですよ。いいですから、肩を掴んでください。」
そう言うと女性は申し訳なさそうに杉内の肩を掴んだ。だが、それだけでは女性の体は安定しなかった。杉内はそれを見て、少し考えた後
「失礼ですが、貴方の家まで『抱えて』行っても宜しいですか?」
と訊ねた。女性は驚いたような顔をして
「抱える…?」
と聞いてきた。それを聞いて杉内は
「…こんな感じに…。」
と言って杉内は女性の足元を掬いあげて女性の体を持ち上げた。その瞬間女性は顔を盛大に赤らめて
「な、な、何を…!」
と言ったが、杉内はいたって冷静に
「腰を抜かしている方を歩かせる訳にもいかんでしょう…。」
と言い、歩き始めた。女性も自分の状況を理解し観念したのか、顔を真っ赤にしたまま、彼女は彼女の家の道を教え始めた。杉内は周りから痛々しい視線を浴びつつ、彼女を家まで送り届ける。そして彼女がここだ、と言って示したのはまさかの王宮だった。
「ここよ。」
女性は恥ずかしさを隠すように素っ気なく言う。杉内はとんでもない事をしたのではと思いながら呆然と歩いていると門の前で門兵に止められた。杉内を止めた門兵は杉内の腕の中にいる女性を見て驚いたような声をして
「マリア侍従長!」
と言った。杉内は落ち着いて考え始めた。
…待てよ。侍従長。いまこの門兵侍従長と言ったな。侍従長というと…どういう事だ。つまり国王に付き従う人のトップだな…。ん…?
そう困惑していると女性は
「もう大丈夫だから、下ろしてもらえる?」
と言った。杉内は
「ひゃい!」
という声を変なところから出したせいで咽せてしまい、女性…マリア侍従長といったか。を下ろした後、ゲホッ、ゲホッと咳き込んだ。それを見て侍従長は杉内の背中を叩き
「大丈夫?」
と言った。杉内は深呼吸をして
「い、いえ。大丈夫です。それよりも、侍従長とは知らずこのような無礼な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした。」
と平謝りした。侍従長は
「いいのよ。恥ずかしかったけど、本当に助かったし。」
と思い出したのか少し顔を再び赤らめて言った。
「は…はぁ…。それはそれは…。」
と困惑したように言うと
「また明日にでもお礼させて頂戴。どうかしら、名前教えてもらってもいい?」
と言ってきた。その質問にさらに困惑しつつ、
「えっと、明日はどうしても外に出られないのです。」
と言った。侍従長は不思議そうな顔をして
「なんでか、聞いてもいいかしら。」
と聞いた。その質問に対し、機密事項を教えないようにしつつ
「俺…失礼しました、私は『宇宙駆逐艦しまなみ』砲雷長なので…」
と言ったその瞬間、侍従長から、門兵に至るまで全員が目を丸にして驚いたような顔をした後、門兵は敬礼し、侍従長は深々と頭を下げた。そんな事をされるとは思いもよらなかった杉内はあたふたと慌てふためき、何度も何度もそんなに私に礼をしないで、と言った。やがて侍従長が
「でしたら尚の事、お礼をさせてください。いつでも構いませんので、申し訳ありませんが王宮までお越し頂き、私、マリアと言いますので、私をお呼びください。」
と恐れ多いと感じながらも言ったようだった。それを見て
「本当に大丈夫ですから、俺なんかに敬意を払わないでください。気まずくなったりするので…。これも何かの縁ですから、みなさん立場なんか忘れて仲良くしましょうよ…。」
と言った。それを聞いて侍従長は驚いたような顔を再びしたが、しかしニコリと笑って
「わかったわ。ところで貴方の名前は?」
と言った。それに対して
「あ、失礼しました、俺は杉内政信です。よろしくお願いします。」
と言った。すると
「政信ね、よろしく。私のこともマリアでいいから。」
と言われた。杉内は頷いて
「マリア、よろしく。」
杉内とマリアは固い握手をしてひとまずその場は解散となった。



夜、小西は艦長室で一人、物思いに耽っていた。
夕方、アリア達との会議から戻ると杉内がルンルンな様子で
「俺、侍従長と知り合いになった!」
と叫んでいた。石原も周りのみんなも
「本当なのか?それは。いつものホラじゃないのか?」
と言っていたが、杉内は
「本当だって!さてはお前ら、羨ましいんだな!マリアは渡さんぞ!」
と言って一人惚気ていた。
その様子を思い出し、羨ましいな、と心の中で呟く。中学を卒業して防衛学校に入って以来、俺は女性と顔を合わせる事が殆どなくなった。だが、恥ずかしい話、俺だって男だ、恋愛はしたい。…杉内が本当に羨ましい。小西はそう思いながら椅子でのけぞっていた時、急に戦闘配備の警報が鳴らされた。スピーカーから杉内の声が響く。
「総員、第一種戦闘配備につけ!繰り返す、総員、第一種戦闘配備につけ!電探が敵機およそ200機を捉えた!これを直ちに撃滅する!全艦、対空戦闘用意!繰り返す。全艦、対空戦闘用意!」
それを聞くが早いか小西は艦長室のドアを蹴飛ばし、CICへ駆け出して行った。

CICに入ると、乗組員が振り向いて敬礼しようとするが、それを制止し
「現在の状況、知らせ!」
と言った。それに杉内は
「3分ほど前、電探に敵戦闘機約200機を確認しました。敵は鶴翼陣形で本艦の方へ向かってきています。本艦との距離、およそ100000!尚も接近中!」
と報告した。既に艦はエンジンを始動させ、離水準備に入ろうとしていた。だが、小西は
「離水は中止させろ!水上を航行するんだ!敵機を目視でも捉える!見張り員は暗視装備を装着!」
と言った。CICにいた誰もが驚いたような顔をして小西を見る。杉内が
「しかし!それでは下部VLSの防空装備が使えなくなってしまいます!」
と言った。小西はそれに頷いて早口で
「だが、逆に離水すれば上下左右から攻撃される羽目になるが、本艦は下部の武装は下部VLSしか存在せず、潜り込まれたら撃墜できる保証はない。で、あれば武装がある上部で戦うべきだ。」
と言い切った。若干納得したような表情になった杉内はマイクを取り、
「艦橋!離水は中止!水上を航行!外見張り員に暗視装備をつけ監視任務を続けさせろ!」
と指示を飛ばした。本来、作戦行動中なら航海長である桐原や機関長である西村もCICにいるはずだが、今回は敵の奇襲である為、発進準備をする桐原や機関の面倒を見る西村機関長はCICに来る時間などなく、艦橋に残って操舵や機関の管理をする事となったのだ。

そして本艦は波を切り裂いて進む。空は当然暗く、敵機を視認出来るわけがなかった。だが、目標が見にくいのは敵方も同じこと。だからどうにかなる、と小西は自分自身を震え立たせる。さぁ、どうする。しばらく考え、小西はマイクを取った。
「桐原!西村機関長!指示あるまでメインエンジンは停止。だが接続準備だけはしておき、補助エンジンも様々な出力に対応できるようにしといてくれ。『アレ』をやる。」
そう言うとヘッドセットから
「任せてください!機関員の腕がなります!」
と西村機関長の声。続いて
「航海科も全力をあげていきます!」
と桐原の声が聞こえた。頼むぞ、そう思いながら目の前の空席となった航海長席と機関長席を見た。すると電探士から
「敵機、通常ビーム砲の射程80000に到達!」
と報告が来た。まだだ、まだ早い。そう思い、小西は自身を落ち着かせた。面でくる戦闘機に対しては点のビーム砲では相性が悪い。だから、ミサイルや三式弾の射程まで待つ必要がある。
「主砲!三式弾装填!上部VLS、α群目標04〜20までに照準!対空機銃、撃ち方用意!」
敵がいよいよ近づいてきたのを見て杉内が各砲座へ指示を飛ばす。スクリーン上の敵機を示す光点が目覚ましい速度で迫ってくる。小西は深呼吸をし、目を閉じる。やがて、電探士から
「敵機との距離、50000!コスモスパローの射程内に入りました!」
と報告が来た。小西と杉内は顔を見合わせた後、互いに頷いた。そして杉内が
「コスモスパロー、一斉撃ち方!撃て!」
と言った。すると艦上部にあるVLSからミサイルの弾頭がニュッと出てきたかと思うと、ロケットエンジンに点火し、計16発のミサイルが勢いよく飛んで行った。目の前のスクリーンには16個のミサイルを示す矢印が光点に吸い取られるように近づいていく。そして電探士が
「インターセプトまで5秒前…4、3、2、1…マークインターセプト!」
と報告する。その瞬間、敵編隊の中に閃光が現れた。ミサイルが敵機に命中し、命中した敵機が闇の中に堕ちていく。だが、敵機はそれでも近づいてくる。
「第二射、装填完了!」
砲術員からの報告を聞いた杉内は
「第二射目標同α!01〜03,21〜34まで照準合わせ!撃て!」
と目標を指示してミサイル発射ボタンを押す。すると再びVLSからミサイルが飛び出していき、敵機へ向けて猛進していく。そしてまた電探士のインターセプトの掛け声。ミサイルが雨霰と敵機に向けて放たれていく。そんな時、電探士から再び報告が上がる。
「敵機との距離26000!主砲三式弾射程内!」
結局、ミサイルの斉射ができたのはわずか2回。ここからは主砲も交えて防空をしなければならない。杉内は
「主砲β群目標の敵編隊中心部へ!左90°、仰角38°!各砲身散布界を大きく取れ…。主砲斉射、撃て!」
と的確に指示を出す。刹那、砲身から眩いばかりの閃光が煌めいたかと思うと、闇の中を4発の砲弾が勢いよく敵編隊に向かって飛んでいく。やがて三式弾の近接信管が敵機を捉え、雷管を通じて内部の火薬に点火、激しい閃光と共に爆散した。三式弾に含まれた無数の高温の弾子が周辺を飛行する敵戦闘機に命中し、敵機は錐揉みをしながら落ちていった。だが、それでも敵機を本艦上空にたどり着く前に落とすことは難しかった。電探士が告げる。
「敵編隊本艦の対空機銃の射程内!極めて至近!」
ついには対空機銃の射程内にまで到達されてしまった。対空機銃が敵機を近づけまいと必死に射撃を続けるが、駆逐艦の装備する対空機銃はあってないようなもの。数機は対空機銃で防げたものの、迫り来る敵編隊全てを撃墜する能力なとはあるはずがなかった。やがて、敵機は本艦の直上で急降下体制になった。見張り員から
「敵機直上!急降下!」
の報がヘッドセット越しに届く。それを聞いたが俺は絶望はせず、まだいけると不敵に笑った。急いで手に握り締めていたマイクのスイッチを入れ
「機関長!左補助エンジン後進最大出力!ノズル変形、逆噴射!右補助エンジン全身最大出力!メインエンジン5秒接続、最大出力!桐原!取舵一杯!右舷艦首スラスター及び左舷艦尾スラスター最大出力!」
と指示した。その刹那、艦体が急加速したかと思うと物凄い勢いで左へ曲がり始める。急降下体制でうまく旋回できる状態ではない敵機は無理に曲がろうとして互いに衝突するか、爆弾を投棄して離脱していくしかなかった。ひとまず第一波の攻撃を凌いだか、と思ったのも束の間、再びまだ爆弾を保持する敵機が急降下してくる。再び
「敵機直上!」
の報が再びもたらされると
「左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン3秒接続、最大出力!面舵一杯!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と再び指示を飛ばす。今度は艦体が再び急加速し右へ大きく傾く。そして再び敵からの爆撃を逃れた。杉内はこれからはもうここから指示を飛ばしている場合ではなくなる、と思い
「各砲座!今後全兵装使用自由!指示ある場合を除いて各個自由射撃!」
と指示を出した。それを受けてミサイル発射管からは敵をロックオンし、それぞれのタイミングで飛んでいく。主砲も、それぞれの砲塔がバラバラの方向を向いて、それぞれの砲塔から1番近い敵編隊に向けて射撃し、対空機銃も爆弾を投下して退避する敵機に向けて容赦ない追撃を加える。
だが、善戦もここまでだった。敵のβ群目標がついに戦線に到達した。その瞬間、敵機は編隊を組みながら低空を這うようにして本艦に接近してきた。見張り員が叫ぶ。
「敵機雷撃隊5機、本艦左舷より接近!さらに右舷より4機接近!敵機直上!」
…波状攻撃が始まった。ここでどこに舵をきっても被弾を避けられる可能性が高い。小西は冷や汗を流した。だが、諦めるわけにはいかない。
「主砲目標右舷敵雷撃隊!航路を切り拓く!撃ち方始め!」
と言い杉内に指示を出すと杉内は復唱し
「主砲目標右舷敵雷撃隊!撃ち方始め!」
と言った。主砲から三式弾が撃ち出され、敵の雷撃隊が堕ちていく。
「よし、面舵一杯!左補助エンジン前進最大出力!右補助エンジン後進最大出力!逆噴射!メインエンジン4秒接続、最大出力!右舷艦尾スラスター及び左舷艦首スラスター最大出力!」
と言い回避行動しようとするが、見張り員から悲鳴が聞こえた。
「右舷に雷跡発見!数4!」
「遅かったか!」
小西はそう叫ぶ。だが、艦は既に面舵をとり始め、右に傾いている。…ここでさらに転舵すればさらなる被雷を増やしかねない。小西は、覚悟を決めた。
「桐原!進路そのまま!全乗組員に告ぐ!外郭通路にいる乗組員はただちに内郭通路へ退避せよ!」
そうアナウンスをかける。その瞬間、外郭通路にいた乗組員は急いでそこから離れようとする。だが、全員が退避できるより先に、まず右舷方向から魚雷が接近し、無惨にも一本突き刺さった。その瞬間、魚雷が爆発し艦隊が大きく揺れる。被雷した箇所の外郭装甲には穴が開き、そこから莫大な量の水が浸水し逃げ遅れて人を押し流す。続いて左舷から魚雷が近づいてきたが、それはなんとかして回避することに成功した。小西はすぐに
「被雷箇所の隔壁を閉鎖!急げ!」
と言った。…まだ被雷箇所には逃げ遅れた乗組員が流されているだろう。だが、放っておけば艦が浸水によって沈む。…小西は目を固く瞑り
「…すまない。」
と小さくつぶやいた。
だが、嘆いてばかりはいられない。敵はまだまだやってくる。
「続いて取舵15°!メインエンジン3秒接続!」
艦は回避行動を続ける。右に左に転舵しながら航行し、反撃し続ける。だが、被弾・被雷が相次ぎ、遂には艦が立っていられないほど右に傾いた。それでも小西は諦めなかった。
「左舷未浸水区画に注水!艦を水平に保て!」
そう石原に指示する。石原は
「左舷第8区画から第10区画へ、注水はじめ!」
と言った。次第に本艦は水平を取り戻すが、注水や度重なる浸水により艦の喫水は下がるに下がり、遂にはVLSが撃てなくなるかどうかギリギリなところまで喫水が下がっていた。だが、敵機はどうみてもまだ50機以上はおり、なおも攻撃を仕掛けてくる。幸いにも、爆撃による被害は桐原の巧みな操艦によって大半は回避できているが、既に何十発という三式弾やミサイルを放っており、いつ弾薬が欠乏してもおかしくなかった。
「クソ…。」
そう思いながら小西は唇を噛む。どうすれば良い。そう思い悩んでいたその矢先、見張り員から驚いたような声が上がった。
「か…艦首に…!艦首に女王陛下がいらっしゃいます!」
「なんだと…?何を寝ぼけたことを言っている!よく見ろ!」
そう言いながら小西は、「俺は陛下をこの艦に連れてきた覚えはない…。一体どこから…。」と困惑した。が、見張り員は
「陛下です!間違いありません!」
と返答を変えることなく言った。小西は半信半疑ながら
「石原、カメラの映像を上方から艦首方面のものに切り替えてくれ。」
と言った。
「了。艦首展望カメラ、展開します」
と石原がいい、艦首方向の映像がスクリーンに映った。するとそこには確かにアリアの後ろ姿が映った。
「い、一体何を…!」
そう叫んだ。そこにいては敵機の機銃掃射でやられてしまう。しかもなぜ本艦にいるのだ。様々な疑問点が浮かび上がったが、小西は一旦疑問を振り払い、マイクを掴むと艦首方面のスピーカーをオンにするよう石原に指示し、石原から合図があると小西はスイッチを勢いよく押して、
「陛下!そんなところで何をなさっているのですか!危険です!早く艦内へお入りください!」
とそう捲し立てるように言うとアリアは少し後ろを向いて口角を上げたように見えた。一体何を…。そう思っていると、敵機がアリアめがけて一直線に迫ってくる。
「桐原!陛下を敵機の射線から外せ!」
小西はそう桐原へ指示を飛ばす。桐原もことの重大さを理解しており
「ヨーソロー!取舵40、最大戦速!」
ととるべき回避行動をした。だが、敵機はしぶとく喰らいつき、遂には機銃を撃ち始めた。アリアの周りに機銃弾があたり跳弾の火花が散る。幾つかはアリアの皮膚を掠め、そこからは鮮血が流れ出ていた。それでもアリアは動こうとしない。どうすれば。小西は必死に思考を巡らす。第一主砲で迎撃しようにも、今撃てば陛下が爆風に晒されててしまい、とても撃つ事はできない。いよいよアリアと敵機との距離が近づき、回避行動も十分に取れず、陛下がやられてしまう。そう小西が思っていた刹那、アリアは勢いよく自身の手を上に掲げたかと思うと、手のまわりに巨大な魔法陣が現れ、アリアを先頭に本艦の周りが見たことのないバリアで覆われた。するとどういうわけか、迫り来た機銃弾をバリアで全て跳ね返した他、接近してきた魚雷までもがバリアで防がれ、本艦の装甲の少し手前で起爆する。…一体どういうことだ、そう思っていると艦首から戻ってきたアリアが兵に連れられCICに入ってきた。小西はアリアが来たと理解した瞬間、アリアの前に飛んでいき
「陛下!お怪我はありませんか!」
と大きな声で訊ねた。アリアは
「見ればわかるじゃない、頰や足を掠めただけよ。大丈夫だから。」
と言った。そしてアリアはそれよりも、と続けて
「貴方達、一人で戦ってるんじゃないんだから、少しでもいいから私達を頼りなさいよ。そりゃ艦できてからじゃないと十分な防衛ができないのはわかってるけど!」
とそう叫んだ。小西はそれに何も言えないでいると陛下は
「私たちだって、有効にはならないものしか無いけど、戦う意思は誰よりも強いわ。」
と言った。その瞬間、本艦の左舷を七色のビーム砲が飛んできたかと思うと、敵機に着弾した。敵機に被害自体は与えられなかったもの、突如閃光に覆われた敵機は驚いたのかバランスを崩し、しかも雷撃隊として低空を突き進んでいたことが災いし、姿勢が回復する前に全機海の底へ落ちてしまった。その様子を見て
「これは…。」
と思わず声を上げた。すると陛下に小西の肩にポン、と手を置いて
「この国を護るのは、貴方達だけじゃない。私たちだって、できることがあるわ。」
と言った。小西はその声に少しグッとくるものがあったが、必死に堪えマイクのスイッチを押すと、言った。
「よし。これより本艦は陸上部隊と共同で敵に当たり、これを殲滅する!」
そう言うとCIC、いや、艦内が再び引き締まるような感じがした。小西は続ける。
「桐原!進路反転180°!両舷補助エンジン及びメインエンジン最大出力、艦体最大戦速へ!各砲座、合図あるまで発砲は控ろ。全てのエネルギーをエンジンに回せ!陸上部隊の砲火支援が十分に得られる距離まで近づく!もう一踏ん張りだ!各員一層奮励努力せよ!」
そう言うとCIC内部から
「応!」
と大きな声がした。大丈夫。まだ士気は落ちていない。そのことを実感し、小西はさらに希望を持った。そしてすぐに艦体が大きく揺れたかと思うと、艦は転舵を始めた。小西は杉内に指示を出す。
「杉内!主砲2番、3番弾種切り替え!弾種、通常ビーム弾に切り替え!」
そう言うと杉内は困惑しつつも
「…了!主砲2番、3番弾種通常ビーム弾に切り替え!」
と指示を出した。喫水が低いため、切り裂いた水飛沫が艦首VLS発射管にかかる。こうなっては発射管を開いた時に中に水が入ってしまうので、もう艦首からミサイルは撃てない。この著しく低下した防空力をどう補うか。小西は一つ、賭けにも似た策があった。だが、それはまだ実行することができない。…まだ、まだ我慢だ。そう自分に言い聞かせた。

やがて電探に映る敵機が、本艦を追撃するために縦一直線に並んだのが裏目に出て、本艦の射線上に並んだ。…来た。この機会を逃す手はない。
「杉内!主砲2番、3番連続撃ち方!一直線に連なった敵機をまとめて撃ち落とせ!」
と言った。杉内はようやく理解したと言わんばかりに大きく頷き、
「了!主砲2番、3番撃ち方始め!お行儀よく並んだ奴らに痛い一撃をお見舞いしてやれ!」
と言った。その刹那、今までの鬱憤を晴らすが如く2番、3番主砲から白く輝くビーム砲が煌めき、追撃してくる射線上に並んだ敵雷撃隊が全て、薙ぎ払われる。それを見て動揺したのか、まだ準備のできていない敵爆撃隊が無理矢理急降下してきたが、その瞬間、陸上から七色の支援砲撃が直撃し、爆撃隊は目をくらまされた挙句、編隊の間隔が狭かった為機体を立て直そうとして隣の機体とぶつかったり、そのまま海面へ墜落したりしてしまった。その様子にCICは拍手喝采の大盛り上がりだか、小西はそれを
「落ち着け。まだ戦いは終わってないぞ。」
と制し、再びパネルに映った敵機を睨め付ける。さぁ、どう来る。そう考えていたその瞬間、パネルの映像に映った敵機が反転していくのが見えた。電探士が
「て、敵機の撤退を確認!敵編隊、本艦に背を向けて離脱していきます!」
と言った。欺瞞か?と疑った。しかし敵機はそれ以上は戻って来ずしばらくして電探の探知範囲内から敵編隊が出ていったのを確認すると、いよいよこの戦いが終わったと感じた。小西は大きく息を吸って
「敵機の撤退を確認。対空戦闘、用具納め。」
と言った。杉内もそれを復唱し
「対空戦闘、用具納め!」
と言った。そして小西は後ろにいたアリアを見る。すると、かなり疲れ果てたような表情をしていた。アリアは小西に気づくと疲れた顔を隠すかのように優しく微笑んだ。小西はその様子を見て本当に申し訳なく思い、
「陛下、この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。しかし、陛下の行動が無ければ、本艦は撃沈させられていたでしょう。本当にありがとうございました。」
と跪き、深々と頭を下げた。それを見てCICにいた全員が小西と同じように跪き、礼をする。そんな小西達を見てアリアは
「さっきも言った通り、貴方達だけでこの国を護っているわけじゃないわ。頼りないかもしれないけど、私たちだって戦えるんだから。しかも、貴方達にはない魔法が使える。だから、私たちをもっと頼って頂戴。貴方達だけで背負い込まないで。」
そう言って再び微笑した。小西たちはその言葉にさらに頭を垂れ
「はっ!」
と返事をした。
そしてその後艦橋メンバーはCICの外に出て、艦橋へ向かった。小西は後で戦闘報告をするよう命ずると、小西はアリアを送り届ける為に艦内の廊下を歩いていた。外郭への通路が浸水し、艦の喫水が下がりすぎており、側面の乗艦口が使えなかった為、艦橋基部の扉へ向かっていた。やがて小西が扉を開けると夜が明けてきて、外が少し明るくなっていた。やがてアリアは少し歩くと詠唱を始めた。やがてアリアの周りに魔法陣ができたかと思うと、陛下の体はふわりと空へ浮いた。小西が唖然としながら少し浮遊したアリアを見つめるとアリアは王宮を背にして小西を見て言った。
「もう夜明けね…。今日の会議はなしでいいわ。あなた達はしっかり休みなさい。」
そう言われて小西は深く礼をして
「多大なるご配慮、感謝申し上げます。」
と言った。アリアは嘆息して
「とりあえず、頭を上げなさい。私、あんまりぺこぺこされるの好きじゃないから。」
と言い、小西が頭を上げ、アリアと視線があったことを確認すると再び口を開いて
「さっきも言ったけど、今後は絶対に私たちを頼ること。…本当に、今日は心配したんだから…。だから、お願いね?」
そう言ったその時、目の前が眩しくなったかと思うと王宮の塔の隙間から旭日が顔を覗かせた。輝かしい旭日は陛下を神々しく照らした。小西はその様子を見た時、足元にある魔法陣も相まってアリアが神のように見えた。陛下は小西に再び笑いかけ、
「それじゃあ、また。」
と言って日に向かって飛び去っていった。小西はそれを敬礼して見送り、やがてアリアが見えなくなると手を下ろし、艦内へ戻って行った。

艦内は外の神秘的な情景と違い、地獄の様相を呈していた。負傷者が医務室から溢れ、腕や足が無い者や全身が血塗れの者が大勢いた。まだ、被弾箇所からは煙が出ており、応急工作班による必死の消火活動が続いていた。小西はその廊下を一歩一歩、自身の侵した罪を踏みしめながら歩いていた。…俺が、この惨状を生んだ。その思いが小西の頭を再び駆け巡る。だが、同時にグスタフ司令から以前言われたことも思い出していた。「自分自身で人を殺したことを受け入れ、それを悔やみ、そうならないことを願い続け、どうすればこの人を殺さねばならない現状を変えられるのか考え続ける…そうすればその魂も救われる。」小西はこの言葉をこれまで何度も反芻してきた。それでもなお理解できないところもあるが、少なくともこの行為で魂が救われる可能性があるなら…。そう思い、小西は静かに目を閉じ、艦内の至る所にある遺体に手を合わせ続けた。…この戦いが終わった後、この世界にもう二度と血を流させない。だから、安らかに眠ってくれ。そう鎮魂していると、石原が俺の方は駆け寄ってきた。
「艦長。」
暗い表情で石原が呼びかけ、それに小西が無言で頷く。
「本艦の被害の全容がわかりました。艦体は喫水線を2メートル下げ、速力は30%まで低下しています。また、砲座自体に損傷はありませんが、三式弾の残弾が残り15発、コスモスパローの残弾が上部下部合残り21発となっています。また、艦体の被害が大きく、これ以上本艦は戦闘を続行できません。したがって、修理が終わるまでドッグ入りする必要があります…。」
その石原の報告を受け、小西は愕然とした。小西は、石原からの表情で、それがいい知らせでないことはわかっていたが、ここまで酷いとは夢にも思わなかった。小西は重々しい口調で言った。
「…本艦のドッグ入りは避けられない。だが、その間のここの防衛をどうするか、考えなくてはいけない。…メインスタッフをブリーフィングルームに集めてくれ。今後の計画について話し合う。」
そう言って小西はフラフラとした足取りでその場を離れた。

ブリーフィングルームに一同が集まると、小西は全員の顔を見た。どの顔も先程の戦闘で疲れ切り、これ以上は何もできない、というような感じであった。
「皆、疲れているところすまない。だが、今回の戦闘を受けて我々は今後の方針を改めて考えなければならない。」
俺がそう言うと石原が
「改めて、本艦の被害を申し上げます。今回の戦闘で戦死者は38名、重軽傷12名が出ました。また少なくとも、左舷に9本、右舷に14本の被雷、そして8発の被弾を確認しており、本艦の戦闘の続行は不可能です。また、このレベルの被害となりますと、ドックによる修理が必要となります…。」
と言った。小西は戦死者と重軽傷の数に唖然としたが、そんな暇はなく今度は杉内が。
「砲雷科としては、本艦の三式弾及びコスモスパローがほぼ底をついており、これ以上本艦は効果的な対空戦闘を行うことが不可能となっています。」
と言った。また、西村機関長は
「幸いにも機関に被弾はない。だが、破口が多く、本艦の速力が著しく減少しとる。」
と言った。それぞれの報告を集計すると各々がその被害の大きさを改めて感じることとなった。重苦しい空気が漂う中、口を開いたのは、小西だった。
「これだけの損害がある以上、本艦のドック入りは避けられない。だが、本艦が修理を行うことで敵の侵攻が増えるのは避けたい。これをどう打開するか、案がある者はいるか?」
と訊ねたが誰も手を挙げることはなく、気まずい静寂がその場を支配した。結局その日は何も得ることはできず、その場は解散となった。
小西はその後、ポケットからインカムを取り出すと耳に装着して、マイクのスイッチを入れて話し始めた。
「…阿部。聞こえるか。」
少し経っても応答が無かった為、その場にいないのか、そう思ったが
「すいません、艦長!遅れました!」
と艦内の空気とは打って変わって陽気な声をした阿部の声が聞こえてきた。小西はその様子に羨ましいなと思いつつ
「状況はどうだ?」
と訊ねた。阿部は少し考えた後、
「今、我々は二つの結論に行き着きました。それは、この世界の金属でエンジンを作るなら合金ではなく単純に一つの金属で作ったほうがいいこと、そして使うべき金属はミスリルとオリハルコン、この二つのうちどちらかがいいだろう、ということになりました。」
と報告した。小西はそれを聞いて
「わかった。ありがとう。」
と言った後、
「ああ、それと陛下に次回の会議はこの艦に来るようお願いしてくれ。」
と言った。阿部は
「わかりました。しかし、いいのですか?」
と聞いてきた。おそらく本艦の機密保持のことを言っているのだろうな、そう思ったが本艦の現状はそうは言っている場合ではない。
「先程の戦闘で本艦は壊滅的被害を負ってな。浸水によって内火艇格納庫や両舷の格納庫、そして乗艦口が使えなくなってしまってな。陸に上がることが出来なくなったから、申し訳ないが来てもらうしか無くてな。」
というと阿部は驚いたような声で
「え…。では艦は…。艦は大丈夫なのですか?」
と聞いてきた。俺は少し考えた後、正直に話すことを決めた。
「正直状況は芳しく無い。本艦の修理にはドックが必要になってくると思われるが、この国に本艦が使えるドックがあるかどうかもわからんしな…。」
そう言うと
「わかりました。会議場所変更の件に合わせてドックの件も陛下に申し上げておきます。」
と阿部から心強い声が聞こえた。気が利く奴だ、そう思いながら
「本当か?それはありがたい。では、引き続きエンジンの設計や新規建造の艦艇の設計に戻ってくれ。
と言うと
「はっ!」
と言う声が聞こえ、通信が切れた。


その後各科から報告を受け取り、小西は、艦長室に戻っていた。椅子を移動させて倒し、その上に寝転がる。…本当に俺の判断は正しかったんだろうか。そう小西は思い続けていた。もし離水して空中戦に持ち込んでいれば、浸水で死ぬ人はいなかったかもしれない。だが…。小西はこの先の言葉を飲み込んだ。そして再びグスタフ司令の言葉を思い出す。反省し続ければ魂は救われる。簡単にいえばそう言うことだが、小西にはその奥にもっと深い意味があるような気がしてならなかった。だが、その意味にたどり着くことはできず、小西は瞼をゆっくりと閉じた。夜通し戦っていた為か、考えたいことは大量にあったのにも関わらず、すぐに落ちてしまった。