暗い部屋の中で3,4メートルはあろうかという巨体が彼にとっては狭い通路を歩いていた。通路を道行く者達は彼の姿を見ると素早く姿勢を正し、敬礼をした。彼はそれを無視しながら通路を突き進み、ある部屋の前で立ち止まると、部屋の扉の右側にあるキーにパスコードを打ち込み、1人その部屋に入っていった。そして入って右側にあるコンソールに再び何かを打ち込むと、目の前の虚空に無数の幾何学模様が現れた。そして目の前の幾何学模様の中心に、何か人影のようなものが映った事を確認すると、その男は人影の前に跪いた。彼が跪いた事を確認するように人影がやや俯き、その後驚くほど低い声で話し始めた。
「ジュリコー。」
それを聞いた瞬間巨体の男は戦慄したように肩をわなわなと震わせながら
「…はっ。」
と恐る恐る返事した。ジュリコーと呼ばれた男が返事をした事を人影が確認すると再び重々しい声で話し始める。
「貴様、劣等国家相手に2小隊、失ったというのは本当か。」
男はこの話である事を予想していたようであったが、いざこの場にいると画面から滲み出る圧力で潰れそうであったがすんでのところでそれに耐え、唇を震わせながら言った。
「…本当です。しかし…!」
と言ったところで
「黙れ!」
と怒号が飛んできた。男はやらかした、と思い頭からさらに汗を流しながら
「も、申し訳ございません!」
とひたすらに謝る。やがてその影は大きくため息をついたような動きをして
「貴様、本当に第7艦隊の司令官としての自覚があるのか。このような醜態を晒し続けるのであればその地位から引きずり下ろされ、首を切られることとなるぞ。」
と言った。
「閣下、名誉挽回の機会を…!」
跪いた男はそう懇願した。まだ死にたくないと言わんばかりに肩をわなわなと震わせていると
「最後の機会だ。必ず勝利を掴め。」
と嘆息しつつ言った。それを聞いて男はホッと胸を撫で下ろし
「承知致しました。帝国に栄光あれ!」
と言って通信を切った。すると、幾何学模様が一つに収束し、再び虚空が広がった。そのことを確認すると男は大きくため息をつきながら思いを巡らせた。…一体なんなのだ。あの艦は。いきなり現れたかと思うととてつもない火力で艦隊を撃ち倒し始めた。重巡洋艦を含む第二戦闘小隊を派遣したが、それらも全て撃沈されてしまった。神にも等しい閣下から賜った艦艇を失うとは、あってはならない事。まだ生きていることが奇跡のようだ。そう思い、深呼吸して動悸を整えると男は部屋を出て行った。

やがて男が艦橋にたどり着くと周りの兵が男に向かって敬礼をした。男その様子を横目で見ながら司令官席にドカリと座った。その席からは恒星の光を受けて淡く輝く惑星と、それを囲む数千、数万規模の艦艇を見下ろす事ができた。あと少し、あと少しでここを攻略できる。その思いが男をさらに急がせた。
「第一戦闘艦隊の派遣を準備せよ!そして第一空母艦隊から艦載機二百余機発艦。奴らの実力の程を調べよ。」
そう指示を出すとその指示に応じて関係各所が一斉に動き始め、派遣に際する作戦の立案など、急ピッチで進められ始めた。巨躯の男はニヤリと不敵な笑みを溢した。



数日後、再び応接室を訪れると既にアリア達は席に座って準備を終わらせていた。…まずい、少し遅れたか。そう思っていると
「あー、そこまで焦らなくても大丈夫だ。まだ一応開始時刻までは45分ある。落ち着いて準備しなさい。」
とモンナグ近衞連隊長から落ち着いた声で言われた。それに
「はっ、ありがとうございます。」
と敬礼で返し、落ち着いて、されど若干急ぎ目に準備を進めた。そして数分の後、資料を整理して机の上に置き、こちらの準備が完了したところで開始時間をおよそ40分前倒しして始まった。
「ご紹介いたします。こちらが本艦の技術長、阿部則弘一等宙尉。彼は本艦の機関『クォーク機関』の開発者の1人でもありますので、機関の論理的構造に関しては彼が1番知っているかと思います。」
そう言って阿部を紹介すると阿部は深々と頭を下げた。するとアリアはそれに応じ、次にアリアの横にいる白髭の長い、小柄な老人を紹介し始めた。
「私も紹介するわ。この人はアレクサンドリア・フォスニート。数千年を生きるドワーフで彼が間違いなくこの国で最高の鍛治職人であり最高の技師よ。」
そう紹介されたアレク技師はフン、と荒々しく息を吐いて
「なんじゃい、こんなけったいなところに呼び出して。ワシははよ死ぬ前に作らにゃならん工作が山ほど残っとるんじゃ。」
と呆れ気味に言った。それをアリアは
「そこを何とか、頼むわよアレク。もしかしたら貴方の人生で最大のものを作ることになるかもしれないのよ?」
と必死に宥めていた。アレク技師は
「全く、ワシとお前さんの親父との関係があったから今日の招聘に応じただけで、普通の勅令じゃったら無視しとったぞ。」
とブツクサ言っていたが、そんなアレク技師を置いて会議は始まった。
「ここからはこちらは阿部宙尉を中心に進めさせていただきます。」
そう言うと阿部は軽くお辞儀をして
「ご紹介にありました、技術長の阿部則弘です。私からは『クォーク機関』の詳細な構造を話させていただきます。本機関は空間中に存在する原子から素粒子の一つであるクォークをクォークボイラー内部で析出させます。大気中から取り出したクォークはその強力な核力を保ちながらエネルギー伝動管を通ってクォークタービンへ入ります。クォークタービン内部でクォークの持つエネルギーをエネルギー増幅器を用いて増幅させ、エネルギベクトル指向器を用いて一方方向にエネルギーの流れを集約し、そのエネルギーの流れが一定程度になるとクォークタービンが回り始め、これによってクォークエネルギーが力学的エネルギーに変換され、その後エンジンノズル付近でクォークエネルギーと結合、それによってエンジンを点火し推力を得る、と言った感じです。ですから、特にクォークタービン付近ではエネルギーが増幅され、機関内のエネルギー内圧がかなり上昇するので、機関に使われる金属は出来る限り耐久性が高いモノの方がいいのですが…。」
そこまで言うとアリアは頭ごちゃごちゃになりながらアレク技師に
「アレク…。貴方が知っている中で1番耐久性があるのは、なんなの…?」
と訊ねた。今までの話にかなり興味を持ったのか、はたまた話の相手が技術の心得があることが分かって喜んだのだろうか。どちらにせよアレク技師はさっきとは打って変わって興味津々な様子でひとまずアリアからの質問に
「ワシが知っている中ではオリハルコンと…あとはミスリルじゃな。ただどちらも希少金属だからどこまで揃うかわからんぞ。」
と答えつつ
「おい、そこのお主。」
と阿部を指差し、こう言った。
「お主の話、もう少しこの老いぼれに聞かせてはくれんか。どうにもお前さんの話はワシのまだ知らぬ話でな、興味が尽きんのじゃ。」
と言った。阿部は嬉しそうな顔をして
「勿論です。おそらく今後貴方様のお力を借りなければならないと思いますので、貴方様からお声掛けいただいて本当にありがたいです。」
と言った。それに大きく頷き
「陛下、そこのお前さん、この男はしばらく借りてくぞ。工房にいるから何か用があったら呼んでくれぃ。」
と言って阿部を連れて工房とやらへ行ってしまった。小西はそれを呆然としながら見ているとアリアが
「まぁ、技術的なところは彼らに任せましょうか。私たちがやっても何一つできないし。」
とくすくす笑いながら言った。小西もそれに同調し、今日の会議はここまでとなった。阿部に建造する艦の設計を任せていたが、アレク技師に連れて行かれてしまったのでどうなるのか、とも思っていたところ耳に装着していた軍用イカンムに
「艦長、私にお任せいただいた仕事は全てお任せください。この方と機関も組み上げ、艦の設計もやって参ります。」
と通信があった。小西はそれを聞いて、耳元のマイクボタンを押しながら
「了解した。よろしく頼む。」
と返し、機関長と帰路についた。