我々は再びブリーフィングルームに集まっていた。今後、我々はどうしていくべきなのか。ここが未知の空間だとして、元いた我々の空間に帰ることはできるのか…もし出来ないなら、我々はどうしていくべきなのか。それについての会議が開かれていた。
「…つまり、技術科としては依然として元いた空間に帰ることは目指していますが、なかなかその方法は見つかっていないのが現状です。」
そう、阿部が告げると、ブリーフィングルーム内が少しざわついた。やはり予想していたことだが帰還するのは現状では困難か…そう考えていると、杉内が手を挙げ、言った。
「艦長、少し宜しいでしょうか。」
「杉内、どうした。」
「現状、我々はこの空間がどのようなものか知りません…ですから、これから長期間ここで留まることを踏まえ、五式空間小型無人偵察機『こくちょう』によるこの空間の偵察を具申します。」
「ふむ、なるほどな…」
そう言い、少し考えて言った。
「よし、その案を採用しよう。阿部、技術科に『こくちょう』の発進準備を進めるよう指示してくれ。」
「わかりました。」
偵察機を発艦させてその後どうするか…暫し考えて口を開いた。
「偵察機発艦の後、本艦は再び未知の艦艇による攻撃を防ぐため、水中に潜伏する。水中潜伏中は第二種警戒体制を維持。潜伏については、外郭と内郭の間の通路に水を注入し、海底に着底する。該当通路にいる乗組員は30分後までに艦内内郭部に移動すること。30分後、1800をもって浸水防止のため、外郭隔壁及び内郭外郭分離隔壁の隔壁閉鎖を行い、注水を開始する。…通信士は以上の内容をブリーフィング終了次第艦内放送で流すこと。」
「了解。」
「他に何かある者は?」
そう言って辺りを見回す。特に問題がないことを見届けると、
「以上、解散。」
と言ってブリーフィングを終了した。
数分後、左舷格納庫の扉が開くと、全長1m,最大全幅0.5m、一基のコスモエンジンを搭載した無人機偵察機「こくちょう」がその漆黒の翼を陽の光で反射しながら勢いよく発進した。
「こちら左舷格納庫!『こくちょう』発艦しました!」
発艦作業をしていた技術科員から通信により報告が上がる。
「左舷格納庫、ハッチ閉鎖確認しました!」
阿部が、ハッチ閉鎖を報告する。それを首肯で返すと、
「外郭隔壁及び内郭外郭分離隔壁全閉鎖!船窓シャッター全閉鎖!急げ!」
と言い、隔壁と船窓シャッターの閉鎖を始めた。すぐに隔壁閉鎖のアラートが鳴り響く。
「隔壁閉鎖、完了!」
阿部からの報告を受け、
「両舷バラストタンク注水!『しまなみ』、潜水艦航行へ!総員、第二種警戒体制!」
と指示を飛ばすとバラストタンクが開かれ、外郭と内郭の間にある通路に水が積載されていく。元々有事の際に隔壁を閉鎖して潜水艦行動できるように設計されていたが、本当にこの機能が役に立つとは。にある通路を閉鎖してバラストタンクの役割をするような構造はつけられていたが、まさか本当にこと構造が役に立つ日が来るとは…小西は心底この艦を開発した技術陣に感嘆した。3分もすると通路に水が満載され、艦が沈み始めた。艦のやや後方に重心があるので、艦首が少し上を向きながら沈降する。
「桐原、艦首スラスターで艦の姿勢を安定させろ。」
「ヨーソロー、艦首スラスター展開!」
そのような細かい指示を出すこと数十分、ついに本艦は着底した。
「深度70!本艦、着底しました!」
「桐原、錨突き刺せ!」
「ヨーソロー、錨発射!」
瞬間、艦から錨が離れたかと思うと、錨に接続されているロケットエンジンに点火され、勢いよく地面に突き刺さった。これで、艦が水の流れに流されることはない。…さて、ここからは偵察機からの映像を見てここがどうなっているのか、判断しなければな…そう思い、
「阿部、『こくちょう』からの映像をメインパネルと艦内のビデオパネルに投影できるか。」
そう尋ねると、
「いけます。少しお待ちください。」
と自信満々な声でそう返され小西は頷きながら
「ああ、よろしく頼む。」
そう返した。
数分後、目の前のメインパネルに偵察機からの映像が映し出された。おそらく、今頃艦内各所のビデオパネルでも投影されたことだろう…そのことを乗組員に伝えるべく、小西はマイクを取った。
「全艦に達する。こちら艦長の小西だ。現在、艦内各所のビデオパネルに偵察機からの映像を映している。乗組員各位は出来る限りスクリーンに注視して気付いたことを艦橋に報告してほしい。我々もメインパネルで注視してはいるが、目は多い方がいい。どうか、よろしく頼む。以上だ。」
そう言い、小西もメインパネルに目を向けた。そこには、一面水面が広がっていた。…ここは未知の空間であるから、地球ではない…ということは、未だ未発見の水惑星ということか…そう考えていたところ、突如、石原から声が上がった。
「あれ、陸地じゃないのか!?」
その声は艦橋内をざわつかせた。
「おい石原、本当か!?」
「見間違いじゃないんだろうな!?」
杉内と桐原が石原に詰め寄る。石原は焦ったように
「お、落ち着けよ。間違いではないはずだ。」
と2人を落ち着かせていた。同時に、艦内に配備されている艦橋直通のインターホンに通信が入る。
「こちら砲雷科所属堀一等宙曹!我3時の方向に陸地らしき影認む!」
と、どうやら焦りを抑えているらしい声を出しながら艦橋に報告が上がった。…焦るのも無理はない。もし、先程の艦艇がこの国の艦だった場合、あの艦艇の性格から察するに、かなり攻撃的な国家であることが予想される。そして、あの艦の技術力を見ると、もし我々はこの国の艦艇から攻撃をすることなく逃げ切ることは難しい。そんなことを考えながら
「阿部、陸地と思われるものを拡大できるか。」
そう尋ねた。
「やってみます。…拡大できましたが映像が荒いですね。AI補正を行います」
「よろしく頼む。」
そうして、先ほどの陸地を拡大した映像が映し出された。それを見て、艦橋内そして艦内が驚きの声に包まれた。
映されたが映画には、砂浜が映り込んでおりそこには無数の連装砲が鎮座していた。だが、明らかに先程の艦艇と見るからに技術体系が違う。砲身には何らかの文様が刻まれ、儀礼的な物事を大切にしているように見える。そのようにして映像を眺めていると、杉内が声を上げた。
「おい、なんかきたぞ!」
その声を聞いて一同が杉内のもとに集う。
「おい、どこだ、どこだ!」
「よく見えんぞ!お前少し屈まんか!」
石原や、柄でもなく普段温厚な西村機関長ですら大声を上げながらパネル近くの席にいる杉内に詰め寄る。映像には、数百はいようかという人々がそれぞれ数十人ずつに分かれてそれぞれの砲塔に入っていくような様子が記録されていた。
「何か始まるのか…?」
桐原がつぶやいた刹那、砲身から七色の光の束が発射された。
「何!?」
そしてその砲撃を皮切りに全ての砲塔から射撃が開始される。
「阿部!射線上に何がいるのか、わかるか!?」
この状況に理解が追いつかず、とにかく情報を手に入れようと阿部に訊ねる。
「待ってください!今後部カメラに切り替えています!…切り替え完了、映像展開します!」
そうして左側に前部カメラ、左側に後部カメラの映像との映像が映し出された。そしてそこ映し出されたのは
先程我々を襲ってきた艦艇と同じ艦だった。
それが5、6隻はいようか、隊列を組んで砂浜の砲台に攻撃を加えている。艦艇の砲撃は砲台を一撃で貫通し、爆発四散する。が、砲台からの攻撃は敵艦の装甲によって完全に弾かれ、傷一つついていないように見える。艦艇からの攻撃により爆発した砲台からは、燃えあがり悶え苦しみながら、空に助けを求めて手を伸ばしフラフラと歩き、息絶える人が何名もいた。それでも砲台は攻撃の手を止めることなく、艦艇に対して有効打でないと分かっていても尚、砲撃を続けていた。…いや、もしかしたら砲撃を続けるしかなかったのかもしれない。暫くして、前部カメラが少しずつ遠くを映し始める。すると、逃げ惑う住民を機銃掃射する戦闘機の姿が映し出されてきた。戦闘機が通り過ぎるごとに、大量の遺体が道にバタリバタリと無惨にも倒れていく。機銃掃射をしているのはおそらく砲台を攻撃している艦艇と同じ所属の戦闘機あろう…色や細部のエッジが艦艇と類似していた。
「なんて酷いことを…」
そう呟き、小西は唇を噛みながらずっと何もできない自身を恨んでいた。今こうして俺たちが隠れている間に何百、何千という尊き命が失われていく…その不甲斐なさに小西は拳を握りしめた。だが、小西達はこの戦いに参加することは出来ない。小西はあるべき事実を自身の中で落ち着かせるように反芻していた。そもそも俺達の所属は「日本国航宙自衛隊」。基本的に他国の戦争には不介入の方針を掲げている上に、我々の至上命題は「専守防衛」だ。攻撃を受けていないのにも関わらず、我々が勝手にあの攻撃を受けている人々を助ける為にこの戦いに参加することは許されない。俺は、俺たちは、ここで傍観していることしか…そう思い、さらに拳を握る力を強くする。だが、次の瞬間、小西は目を疑った。卑劣な戦闘機に対して激しい憎悪の念を抱き、同時にここでただ椅子に腰掛けて何もしない自分を恨んだ。何が起こったのか。それは、少女が逃げる途中、石に躓いたのか、少女は転んでしまっていた。そこへ、戦闘機が襲いかかり、機銃掃射を始めた。このままでは少女の身体に風穴が開き、幼き命は絶えてしまっていただろう。だが、すんでのところで若い女性が少女のもとへ滑り込むと、我々が今まで見たことのないバリアのようなものを展開した。機銃の弾丸は、バリアに弾かれ、戦闘機は反転、再攻撃を加えようとした。そこへどこからともなく砲台のものよりかはやや小さい七色の光線が煌めき、戦闘機に向かって飛んでいった。丁度油断しており、ループ軌道の頂点で運動エネルギーを失っていた戦闘機はバランスを崩し、スピンをしながら墜落していった。…この様子を見て小西は今まで感じたことのない怒りを覚えた。少女は間一髪で助かったから良かったものの、それでも逃げ惑う避難民、しかも明らかな市民であり、幼い子供をまるで楽しむかのように殺そうとするとは…。小西はとてつもない怒りに駆られていた。もしこの艦に俺しかおらず、所属も日本国航宙自衛隊でなかったら、俺は真っ先に戦闘の渦中に飛び込んでいただろう…。そう小西は思った。だが、同時に俺はこの艦の乗組員の命を預かる艦長だ。俺の勝手な感情で乗組員の命を危険に晒すわけには…そう思い、小西は自身の思いを自制していた。そんな時、艦橋内に声が響いた。
「…許せない…人をあんなに楽しそうに殺して…あれが文明人のやることか…」
わなわなと震えながら、静かに、しかしとてつもなく力強い声でそう言ったのは、意外にも、先程まで冷静にパネルを見ていた阿部であった。阿部は小刻みに肩を振るわせ、今にも手から血が流れ出るかと思うほど力強く拳を握りしめ、小西に具申…いや、直訴してきた。
「艦長…意見具申…してもよろしいでしょうか…」
その厳しい眼差しに、小西は暫く口を開けなかった。やがて、ゆっくりと口を開き、
「あ…あぁ…言ってみたまえ。」
そう言うと、彼は驚きの提案を口にした。
「…あの戦いに我らも参戦しましょう…」
小西自身も、そう思っていた。だが、それをすればやはり乗組員の命を危険に晒し、自衛隊の命題、専守防衛にも反してしまう。その事に気づいているのか、問いただす事にした。
「阿部、お前今自分の言ったことの意味を理解しているのか…?」
そう言うと、彼は少し黙って、やがてこう言葉を紡いだ。
「…我々は日本国航宙自衛隊所属です。ですから、我々は専守防衛を第一として考え、行動しなければならない…それはわかります。ですが、自衛隊の至上命題とは別にさらにもう一つ、人間として我々に課せられたある種『至上命題』があります。それは、何よりも人命を第一として考える事です。力がある者が、目の前で失われていくのを見過ごしてていいのでしょうか…。」
その訴えは、小西の心に深く、とても深く刺さった。自衛隊の至上命題ばかりを気にして、人間としての「至上命題」を忘れていた、そう思ったがやはりこの状況で動くのに戸惑いはあった。そんな様子を見ていた杉内が告げる。
「艦長、自分は阿部の意見に賛成です。人として、この惨状を見過ごしてはいけない、そう思います。」
と、阿部の意見を支持した。だが、一方でその次に口を開いた西村機関長は違う思いを持っていた。
「艦長、我々が今ここであの未知の艦艇に攻撃をすれば、我々が戦端を開いた事になり、地球を新たな戦争の舞台にしてしまいます…ここは我慢です、艦長。」
そう言われ、小西はまた迷ってしまった。一体、どの選択が正解なんだ…とずっと考えていたが、ついに答えが出ることはなかった。小西は、ゆっくりと口を開いて、
「…みんな、すまない。今すぐに判断を下せそうにない…すまないが、今日はもう休ませてもらう…本当に申し訳ない。何か要件があれば艦長室まで来てくれ…。俺は艦長室にいるから。」
そう言い残し、小西は艦橋を後にした。
「…つまり、技術科としては依然として元いた空間に帰ることは目指していますが、なかなかその方法は見つかっていないのが現状です。」
そう、阿部が告げると、ブリーフィングルーム内が少しざわついた。やはり予想していたことだが帰還するのは現状では困難か…そう考えていると、杉内が手を挙げ、言った。
「艦長、少し宜しいでしょうか。」
「杉内、どうした。」
「現状、我々はこの空間がどのようなものか知りません…ですから、これから長期間ここで留まることを踏まえ、五式空間小型無人偵察機『こくちょう』によるこの空間の偵察を具申します。」
「ふむ、なるほどな…」
そう言い、少し考えて言った。
「よし、その案を採用しよう。阿部、技術科に『こくちょう』の発進準備を進めるよう指示してくれ。」
「わかりました。」
偵察機を発艦させてその後どうするか…暫し考えて口を開いた。
「偵察機発艦の後、本艦は再び未知の艦艇による攻撃を防ぐため、水中に潜伏する。水中潜伏中は第二種警戒体制を維持。潜伏については、外郭と内郭の間の通路に水を注入し、海底に着底する。該当通路にいる乗組員は30分後までに艦内内郭部に移動すること。30分後、1800をもって浸水防止のため、外郭隔壁及び内郭外郭分離隔壁の隔壁閉鎖を行い、注水を開始する。…通信士は以上の内容をブリーフィング終了次第艦内放送で流すこと。」
「了解。」
「他に何かある者は?」
そう言って辺りを見回す。特に問題がないことを見届けると、
「以上、解散。」
と言ってブリーフィングを終了した。
数分後、左舷格納庫の扉が開くと、全長1m,最大全幅0.5m、一基のコスモエンジンを搭載した無人機偵察機「こくちょう」がその漆黒の翼を陽の光で反射しながら勢いよく発進した。
「こちら左舷格納庫!『こくちょう』発艦しました!」
発艦作業をしていた技術科員から通信により報告が上がる。
「左舷格納庫、ハッチ閉鎖確認しました!」
阿部が、ハッチ閉鎖を報告する。それを首肯で返すと、
「外郭隔壁及び内郭外郭分離隔壁全閉鎖!船窓シャッター全閉鎖!急げ!」
と言い、隔壁と船窓シャッターの閉鎖を始めた。すぐに隔壁閉鎖のアラートが鳴り響く。
「隔壁閉鎖、完了!」
阿部からの報告を受け、
「両舷バラストタンク注水!『しまなみ』、潜水艦航行へ!総員、第二種警戒体制!」
と指示を飛ばすとバラストタンクが開かれ、外郭と内郭の間にある通路に水が積載されていく。元々有事の際に隔壁を閉鎖して潜水艦行動できるように設計されていたが、本当にこの機能が役に立つとは。にある通路を閉鎖してバラストタンクの役割をするような構造はつけられていたが、まさか本当にこと構造が役に立つ日が来るとは…小西は心底この艦を開発した技術陣に感嘆した。3分もすると通路に水が満載され、艦が沈み始めた。艦のやや後方に重心があるので、艦首が少し上を向きながら沈降する。
「桐原、艦首スラスターで艦の姿勢を安定させろ。」
「ヨーソロー、艦首スラスター展開!」
そのような細かい指示を出すこと数十分、ついに本艦は着底した。
「深度70!本艦、着底しました!」
「桐原、錨突き刺せ!」
「ヨーソロー、錨発射!」
瞬間、艦から錨が離れたかと思うと、錨に接続されているロケットエンジンに点火され、勢いよく地面に突き刺さった。これで、艦が水の流れに流されることはない。…さて、ここからは偵察機からの映像を見てここがどうなっているのか、判断しなければな…そう思い、
「阿部、『こくちょう』からの映像をメインパネルと艦内のビデオパネルに投影できるか。」
そう尋ねると、
「いけます。少しお待ちください。」
と自信満々な声でそう返され小西は頷きながら
「ああ、よろしく頼む。」
そう返した。
数分後、目の前のメインパネルに偵察機からの映像が映し出された。おそらく、今頃艦内各所のビデオパネルでも投影されたことだろう…そのことを乗組員に伝えるべく、小西はマイクを取った。
「全艦に達する。こちら艦長の小西だ。現在、艦内各所のビデオパネルに偵察機からの映像を映している。乗組員各位は出来る限りスクリーンに注視して気付いたことを艦橋に報告してほしい。我々もメインパネルで注視してはいるが、目は多い方がいい。どうか、よろしく頼む。以上だ。」
そう言い、小西もメインパネルに目を向けた。そこには、一面水面が広がっていた。…ここは未知の空間であるから、地球ではない…ということは、未だ未発見の水惑星ということか…そう考えていたところ、突如、石原から声が上がった。
「あれ、陸地じゃないのか!?」
その声は艦橋内をざわつかせた。
「おい石原、本当か!?」
「見間違いじゃないんだろうな!?」
杉内と桐原が石原に詰め寄る。石原は焦ったように
「お、落ち着けよ。間違いではないはずだ。」
と2人を落ち着かせていた。同時に、艦内に配備されている艦橋直通のインターホンに通信が入る。
「こちら砲雷科所属堀一等宙曹!我3時の方向に陸地らしき影認む!」
と、どうやら焦りを抑えているらしい声を出しながら艦橋に報告が上がった。…焦るのも無理はない。もし、先程の艦艇がこの国の艦だった場合、あの艦艇の性格から察するに、かなり攻撃的な国家であることが予想される。そして、あの艦の技術力を見ると、もし我々はこの国の艦艇から攻撃をすることなく逃げ切ることは難しい。そんなことを考えながら
「阿部、陸地と思われるものを拡大できるか。」
そう尋ねた。
「やってみます。…拡大できましたが映像が荒いですね。AI補正を行います」
「よろしく頼む。」
そうして、先ほどの陸地を拡大した映像が映し出された。それを見て、艦橋内そして艦内が驚きの声に包まれた。
映されたが映画には、砂浜が映り込んでおりそこには無数の連装砲が鎮座していた。だが、明らかに先程の艦艇と見るからに技術体系が違う。砲身には何らかの文様が刻まれ、儀礼的な物事を大切にしているように見える。そのようにして映像を眺めていると、杉内が声を上げた。
「おい、なんかきたぞ!」
その声を聞いて一同が杉内のもとに集う。
「おい、どこだ、どこだ!」
「よく見えんぞ!お前少し屈まんか!」
石原や、柄でもなく普段温厚な西村機関長ですら大声を上げながらパネル近くの席にいる杉内に詰め寄る。映像には、数百はいようかという人々がそれぞれ数十人ずつに分かれてそれぞれの砲塔に入っていくような様子が記録されていた。
「何か始まるのか…?」
桐原がつぶやいた刹那、砲身から七色の光の束が発射された。
「何!?」
そしてその砲撃を皮切りに全ての砲塔から射撃が開始される。
「阿部!射線上に何がいるのか、わかるか!?」
この状況に理解が追いつかず、とにかく情報を手に入れようと阿部に訊ねる。
「待ってください!今後部カメラに切り替えています!…切り替え完了、映像展開します!」
そうして左側に前部カメラ、左側に後部カメラの映像との映像が映し出された。そしてそこ映し出されたのは
先程我々を襲ってきた艦艇と同じ艦だった。
それが5、6隻はいようか、隊列を組んで砂浜の砲台に攻撃を加えている。艦艇の砲撃は砲台を一撃で貫通し、爆発四散する。が、砲台からの攻撃は敵艦の装甲によって完全に弾かれ、傷一つついていないように見える。艦艇からの攻撃により爆発した砲台からは、燃えあがり悶え苦しみながら、空に助けを求めて手を伸ばしフラフラと歩き、息絶える人が何名もいた。それでも砲台は攻撃の手を止めることなく、艦艇に対して有効打でないと分かっていても尚、砲撃を続けていた。…いや、もしかしたら砲撃を続けるしかなかったのかもしれない。暫くして、前部カメラが少しずつ遠くを映し始める。すると、逃げ惑う住民を機銃掃射する戦闘機の姿が映し出されてきた。戦闘機が通り過ぎるごとに、大量の遺体が道にバタリバタリと無惨にも倒れていく。機銃掃射をしているのはおそらく砲台を攻撃している艦艇と同じ所属の戦闘機あろう…色や細部のエッジが艦艇と類似していた。
「なんて酷いことを…」
そう呟き、小西は唇を噛みながらずっと何もできない自身を恨んでいた。今こうして俺たちが隠れている間に何百、何千という尊き命が失われていく…その不甲斐なさに小西は拳を握りしめた。だが、小西達はこの戦いに参加することは出来ない。小西はあるべき事実を自身の中で落ち着かせるように反芻していた。そもそも俺達の所属は「日本国航宙自衛隊」。基本的に他国の戦争には不介入の方針を掲げている上に、我々の至上命題は「専守防衛」だ。攻撃を受けていないのにも関わらず、我々が勝手にあの攻撃を受けている人々を助ける為にこの戦いに参加することは許されない。俺は、俺たちは、ここで傍観していることしか…そう思い、さらに拳を握る力を強くする。だが、次の瞬間、小西は目を疑った。卑劣な戦闘機に対して激しい憎悪の念を抱き、同時にここでただ椅子に腰掛けて何もしない自分を恨んだ。何が起こったのか。それは、少女が逃げる途中、石に躓いたのか、少女は転んでしまっていた。そこへ、戦闘機が襲いかかり、機銃掃射を始めた。このままでは少女の身体に風穴が開き、幼き命は絶えてしまっていただろう。だが、すんでのところで若い女性が少女のもとへ滑り込むと、我々が今まで見たことのないバリアのようなものを展開した。機銃の弾丸は、バリアに弾かれ、戦闘機は反転、再攻撃を加えようとした。そこへどこからともなく砲台のものよりかはやや小さい七色の光線が煌めき、戦闘機に向かって飛んでいった。丁度油断しており、ループ軌道の頂点で運動エネルギーを失っていた戦闘機はバランスを崩し、スピンをしながら墜落していった。…この様子を見て小西は今まで感じたことのない怒りを覚えた。少女は間一髪で助かったから良かったものの、それでも逃げ惑う避難民、しかも明らかな市民であり、幼い子供をまるで楽しむかのように殺そうとするとは…。小西はとてつもない怒りに駆られていた。もしこの艦に俺しかおらず、所属も日本国航宙自衛隊でなかったら、俺は真っ先に戦闘の渦中に飛び込んでいただろう…。そう小西は思った。だが、同時に俺はこの艦の乗組員の命を預かる艦長だ。俺の勝手な感情で乗組員の命を危険に晒すわけには…そう思い、小西は自身の思いを自制していた。そんな時、艦橋内に声が響いた。
「…許せない…人をあんなに楽しそうに殺して…あれが文明人のやることか…」
わなわなと震えながら、静かに、しかしとてつもなく力強い声でそう言ったのは、意外にも、先程まで冷静にパネルを見ていた阿部であった。阿部は小刻みに肩を振るわせ、今にも手から血が流れ出るかと思うほど力強く拳を握りしめ、小西に具申…いや、直訴してきた。
「艦長…意見具申…してもよろしいでしょうか…」
その厳しい眼差しに、小西は暫く口を開けなかった。やがて、ゆっくりと口を開き、
「あ…あぁ…言ってみたまえ。」
そう言うと、彼は驚きの提案を口にした。
「…あの戦いに我らも参戦しましょう…」
小西自身も、そう思っていた。だが、それをすればやはり乗組員の命を危険に晒し、自衛隊の命題、専守防衛にも反してしまう。その事に気づいているのか、問いただす事にした。
「阿部、お前今自分の言ったことの意味を理解しているのか…?」
そう言うと、彼は少し黙って、やがてこう言葉を紡いだ。
「…我々は日本国航宙自衛隊所属です。ですから、我々は専守防衛を第一として考え、行動しなければならない…それはわかります。ですが、自衛隊の至上命題とは別にさらにもう一つ、人間として我々に課せられたある種『至上命題』があります。それは、何よりも人命を第一として考える事です。力がある者が、目の前で失われていくのを見過ごしてていいのでしょうか…。」
その訴えは、小西の心に深く、とても深く刺さった。自衛隊の至上命題ばかりを気にして、人間としての「至上命題」を忘れていた、そう思ったがやはりこの状況で動くのに戸惑いはあった。そんな様子を見ていた杉内が告げる。
「艦長、自分は阿部の意見に賛成です。人として、この惨状を見過ごしてはいけない、そう思います。」
と、阿部の意見を支持した。だが、一方でその次に口を開いた西村機関長は違う思いを持っていた。
「艦長、我々が今ここであの未知の艦艇に攻撃をすれば、我々が戦端を開いた事になり、地球を新たな戦争の舞台にしてしまいます…ここは我慢です、艦長。」
そう言われ、小西はまた迷ってしまった。一体、どの選択が正解なんだ…とずっと考えていたが、ついに答えが出ることはなかった。小西は、ゆっくりと口を開いて、
「…みんな、すまない。今すぐに判断を下せそうにない…すまないが、今日はもう休ませてもらう…本当に申し訳ない。何か要件があれば艦長室まで来てくれ…。俺は艦長室にいるから。」
そう言い残し、小西は艦橋を後にした。